2026年現在、元大関・琴奨菊は現役を引退し、14代秀ノ山親方として後進の育成に力を注いでいます。2020年11月に19年間の力士生活に幕を下ろした後、佐渡ヶ嶽部屋で指導経験を積み、2024年10月19日には東京都墨田区に秀ノ山部屋を開設しました。
現役時代には、豪快な「がぶり寄り」と独特のパフォーマンス「琴バウアー」で人気を集め、2016年初場所では14勝1敗で幕内初優勝。通算828勝という実績を残しています。現在は師匠としてどのような活動をしているのか、弟子の育成方針や部屋の最新状況、引退に至った経緯まで、現役時代から2026年11月までの歩みを振り返ります。
【2026年最新】琴奨菊は現在、秀ノ山親方として何をしている?

琴奨菊は現在、現役力士ではなく、相撲部屋の師匠として活動しています。親方としての正式な名前は秀ノ山和弘(ひでのやま・かずひろ)。日本相撲協会に所属し、東京都墨田区東向島にある秀ノ山部屋を運営しています。
2024年に秀ノ山部屋を開設し、独立大きな転機となったのは2024年です。
琴奨菊は2020年の引退後、佐渡ヶ嶽部屋の部屋付き親方として後進の指導に携わっていました。そして2024年9月26日、日本相撲協会の理事会で秀ノ山部屋の新設が承認され、同年10月19日付で独立しました。
秀ノ山部屋は東京都墨田区東向島に開設され、当初は佐渡ヶ嶽部屋から移籍した4人の力士とともにスタート。1914年に閉鎖されて以来、約110年ぶりに「秀ノ山部屋」の名称が復活したことでも話題になりました。
同年12月16日には部屋の建物が完成し、初稽古を実施。独立した親方として、本格的な部屋運営と力士育成が始まりました。
2026年11月現在の秀ノ山部屋の活動2026年11月3日時点で、日本相撲協会の公式部屋紹介と秀ノ山部屋の公式サイトには、師匠・秀ノ山和弘のもとで活動する8人の所属力士が掲載されています。
2026年10月26日に発表された11月場所の番付では、誠雄が幕下、菊ノ城が三段目、添田山・康誠・出野・菊昇基が序二段、美浪・杣乃心が序ノ口に名を連ねています。
横綱や大関を経験した親方が、今度は自らの部屋から上位力士を育てる。その挑戦は現在も続いています。
部屋の活動は稽古だけではありません。2026年7月には名古屋場所期間中の朝稽古見学日程を公式ブログで案内。加えて、2026年1月には体験型の企業研修プログラムについても告知しています。
公式サイトでは「秀ノ山部屋ちゃんねる」というYouTubeチャンネルも紹介されており、所属力士の紹介や相撲部屋の日常を発信する取り組みも行われています。
つまり、2026年の秀ノ山親方は、単に弟子を指導するだけではなく、部屋の運営、地域との交流、相撲文化の発信など、幅広い役割を担っているのです。
【引退理由と経緯】琴奨菊はなぜ2020年に現役を退いたのか
琴奨菊の引退は、突然の不振だけが原因ではありません。長年にわたる身体への負担や故障、そして大関陥落後も土俵に立ち続けた経験が重なった末の決断でした。
2017年、大関から関脇へ陥落琴奨菊は2011年秋場所後に大関へ昇進し、32場所にわたって大関を務めました。
しかし、2016年の初優勝後も安定した成績を維持することは容易ではありませんでした。左膝などの故障が重なり、2017年初場所では大関からの陥落が決定。その後、大関への復帰は果たせませんでした。
それでも現役を続行し、幕内で長く活躍。大関経験者として若手力士と対戦しながら、土俵に上がり続けました。
2020年11月場所、左ふくらはぎの負傷が決定打に引退の直接的なきっかけとなったのは、2020年9月の秋場所で負った左ふくらはぎの負傷です。
当時、西前頭11枚目だった琴奨菊は途中休場。その影響もあり、11月場所では15年ぶりに十両へ転落しました。
同場所では西十両3枚目として出場しましたが、6日目終了時点で1勝5敗。5日目終了後には師匠の佐渡ヶ嶽親方に引退の意思を伝えていました。
師匠から慰留されたこともあり、一度は稽古を再開して現役続行を考えたものの、翌朝には身体が思うように動かなかったといいます。
2020年11月15日の引退会見では、本人が身体の限界を感じたことを率直に説明しました。
「体が言うことを聞かずここが自分の終わりと思って決断した」
これは引退会見での本人の発言として、デイリースポーツが報じたものです。最後まで土俵に立つことを望んでいたからこそ、身体の状態と向き合った決断だったことが伝わります。
最後の取組前に披露した琴バウアー引退を決めた琴奨菊は、11月場所6日目の千代ノ皇戦の前に、しばらく封印していた「琴バウアー」を披露しました。
勝っても負けても、この一番を最後にするという覚悟を決め、自分にできることをすべて出し切ろうとしたのです。
そして翌15日、日本相撲協会の理事会で引退と年寄「秀ノ山」の襲名が正式に承認されました。
約19年間の現役生活はここで幕を閉じましたが、相撲界から離れたわけではありません。引退後は親方として、新たな道を歩み始めています。
【通算828勝の実績】2016年初場所の幕内優勝と大関時代を振り返る
琴奨菊の現役時代を語るうえで欠かせないのが、2016年初場所の優勝です。
この優勝は本人にとって初めての幕内最高優勝であり、日本出身力士にとっても大きな節目となりました。
2016年初場所で14勝1敗の初優勝2016年1月24日、大相撲初場所の千秋楽。大関・琴奨菊は同じ大関の豪栄道を破り、14勝1敗で幕内初優勝を決めました。
日本出身力士の幕内優勝は、2006年初場所の大関・栃東以来、実に10年ぶり。外国出身力士が優勝争いを牽引する時代が続いていたなかで、日本出身の大関が賜杯を抱いたことは大きなニュースになりました。
しかも、この優勝は初土俵から84場所目、大関昇進から26場所目での達成でした。決して早い段階でつかんだ栄冠ではありません。長いキャリアのなかで積み重ねてきた努力が、31歳で実を結んだ瞬間でした。
琴奨菊の生涯戦歴・幕内成績日本相撲協会の公式プロフィールによると、琴奨菊の主な成績は次のとおりです。
| 項目 | 成績・記録 | 内容 |
|---|---|---|
| 生年月日 | 1984年1月30日 | 福岡県柳川市出身 |
| 初土俵 | 2002年1月場所 | 佐渡ヶ嶽部屋からデビュー |
| 新入幕 | 2005年1月場所 | 幕内力士に昇進 |
| 大関昇進 | 2011年11月場所 | 大関在位32場所 |
| 幕内優勝 | 1回 | 2016年初場所・14勝1敗 |
| 十両優勝 | 1回 | 十両でも優勝経験あり |
| 生涯戦歴 | 828勝676敗41休 | 112場所 |
| 幕内戦歴 | 718勝621敗41休 | 幕内在位92場所 |
| 大関戦歴 | 256勝192敗32休 | 大関在位32場所 |
| 三賞 | 殊勲賞3回・技能賞4回 | 金星3個 |
| 引退 | 2020年11月場所 | 年寄・秀ノ山を襲名 |
特に注目したいのは、通算828勝676敗41休という数字です。
ここで注意したいのが、828勝は幕内だけの勝利数ではないという点です。序ノ口から幕内までを含めた生涯の勝利数であり、幕内だけでも718勝を記録しています。
日本相撲協会の公式プロフィールでは、幕内在位92場所、幕内勝利718勝という記録も確認できます。長期間にわたり幕内で戦い続けたことが、琴奨菊の大きな功績です。
大関時代に見せた粘り強さ琴奨菊が大関に昇進したのは2011年11月場所。得意の左四つから相手を押し込む相撲で番付を上げ、長く大関の地位を守りました。
大関在位32場所は、短期間の昇進・陥落とは異なる、安定した実力を示す記録です。
また、2016年の優勝によって、長年の努力が大きな形で報われました。優勝は1回ですが、殊勲賞3回、技能賞4回、金星3個という実績も残しています。
優勝回数だけで力士の価値を判断するのではなく、長期間の幕内在位や勝利数、三賞なども含めて評価することが、琴奨菊のキャリアを理解するポイントです。
【琴バウアーとがぶり寄り】琴奨菊がファンの記憶に残る理由
琴奨菊は成績だけでなく、独特の身体表現や豪快な取り口でも知られています。その代表が「琴バウアー」と「がぶり寄り」です。
琴バウアーとは何だったのか琴バウアーとは、取組前に琴奨菊が腰を落とし、上体を大きく反らすように見せる独特の動作です。
名前の由来は、フィギュアスケートの技「イナバウアー」を連想させる大きな反りの動きにあります。琴奨菊のしこ名と組み合わせて、ファンやメディアから「琴バウアー」と呼ばれるようになりました。
単なる見せ場ではなく、琴奨菊を象徴するルーティンとして定着。取組前に披露されるたびに観客の注目を集めました。
2020年11月場所で久しぶりに披露した際には、最後の取組に向かう本人の覚悟と重なり、現役時代を象徴する場面として報道されました。
がぶり寄りはどんな相撲だった?もう一つの代名詞が「がぶり寄り」です。
相手のまわしを引き付け、胸を密着させながら腰を低く保ち、上下に揺さぶるような動きで前進して土俵際まで追い込む取り口です。
琴奨菊は左四つを得意とし、相手に十分な体勢を作らせず、自分の圧力を生かして勝負を決める相撲を得意としていました。
特に印象的だったのは、相手を組み止めてからも止まらず、何度も前へ出る粘り強さです。力任せに押すだけではなく、低い姿勢と足腰の強さ、相手を逃がさない引き付けが重要になります。
琴奨菊の取り口が親方として生きる理由がぶり寄りは、琴奨菊の身体的特徴と長年の稽古によって磨かれた武器でした。
ただし、現役時代の技術をそのまま弟子に押しつけるだけでは、指導者として十分とはいえません。体格や得意な動きが違う弟子には、それぞれに適した相撲があります。
現役時代に立ち合いの一歩や下半身の使い方を追求してきた経験は、弟子の長所を伸ばす指導にも生かせるはずです。
琴奨菊の魅力は、勝利数や優勝歴だけではありません。独自の取り口を磨き続け、最後まで自分の相撲を貫いた姿勢にもあります。
【引退後の生活と指導方針】秀ノ山親方が育てる次世代の力士
引退後の琴奨菊は、親方として相撲界に残る道を選びました。2022年10月1日には両国国技館で引退相撲と断髪式が行われ、約400人がはさみを入れました。
その後も佐渡ヶ嶽部屋で後進を指導し、2024年に独立。現在は自らの名前を冠した部屋で、師匠としての新しいキャリアを築いています。
秀ノ山部屋の設備と稽古環境秀ノ山部屋の所在地は東京都墨田区東向島4丁目。建物は力士の生活と稽古を支える複数の設備を備えています。
公式サイトで紹介されている施設は次のとおりです。
- 1階:玄関を入るとすぐに稽古場がある。
- 2階:ちゃんこ場。稽古見学後に食事ができるスペースも設けられている。
- 3階:所属力士が生活する宿舎。
- 4階:稽古場よりも広いスペースを確保したトレーニングジム。
特に注目したいのが、トレーニングジムです。相撲の稽古だけでなく、丈夫で力強い身体づくりを重視していることが施設構成からもうかがえます。
秀ノ山親方が掲げる指導理念秀ノ山親方が公式サイトで掲げている育成理念は、「忍耐」「集中」「継続」です。
また、力士一人ひとりと向き合い、基礎を大切にしながら確実な成長を支えることを重視しています。
「自分を超える力士、そして横綱を育て上げること」
これは秀ノ山親方が部屋の紹介文で掲げている目標です。
自分自身が大関まで昇進し、幕内優勝も経験したからこそ、弟子には自分を超える存在になってほしいという思いがあるのでしょう。
公式サイトの所属力士紹介では、弟子が部屋の特徴として「一人ひとりにアドバイスが届く」ことを挙げています。また、稽古中にモニターで自分の動きを確認できる環境についても紹介されています。
こうした取り組みは、経験や精神論だけに頼らず、基礎技術や動作の確認を通じて成長を促す指導の一端といえます。
現役時代とは異なる親方としての挑戦現役力士であれば、自分の身体を鍛え、目の前の取組に勝つことが最優先です。一方、部屋の師匠には、弟子の成長、生活管理、稽古環境の整備、部屋の経営など、異なる責任が生まれます。
琴奨菊が掲げる「自分を超える力士を育てたい」という目標は、単に強い力士を育成するだけでなく、自らの経験を次世代へ受け継ぐという意味も持っています。
2026年現在、秀ノ山部屋は幕下から序ノ口までの力士が所属する育成段階にあります。これから弟子がどこまで番付を上げられるかは、部屋の将来を測る大きなポイントです。
【プロの結論】琴奨菊の本当の功績は優勝後も土俵に立ち続けたこと
琴奨菊のキャリアを振り返ると、2016年の初優勝が最も華やかな場面であることは間違いありません。しかし、より深く評価したいのは、その後も長く幕内で戦い続けたことです。
大関陥落後も現役を続け、幕内718勝、通算828勝を積み上げた実績は、単発の優勝だけでは測れない価値を持っています。
また、琴バウアーやがぶり寄りのように、自分の相撲を象徴するスタイルを確立したことも大きな特徴です。強さだけでなく、観客に記憶される個性を持っていたことが、長く愛された理由の一つでしょう。
親方になってからは、現役時代の成功を自分だけのものにせず、次世代へ伝える立場に変わりました。
秀ノ山部屋の今後を評価する際には、次の3点が判断材料になります。
- 弟子の番付上昇:幕下や十両へ昇進する力士が現れるか。
- 指導理念の実践:基礎を重視する育成方針が、個々の力士の成長につながっているか。
- 部屋の継続的な発展:新弟子の確保や地域との交流を通じて、安定した育成環境を維持できるか。
現役時代の実績だけで親方としての評価を決めることはできません。これからは、琴奨菊が育てた弟子たちがどのような力士に成長するかが、秀ノ山親方自身の新たな実績になっていきます。
【琴奨菊の現在と経歴】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:琴奨菊は2026年現在、何をしていますか?
A1:14代秀ノ山親方として、東京都墨田区東向島の秀ノ山部屋を運営しています。弟子の指導や部屋の管理に加え、公式ブログやYouTubeでの情報発信、企業研修などにも取り組んでいます。
Q2:琴奨菊はなぜ引退したのですか?
A2:左ふくらはぎの負傷などで身体の状態が悪化し、2020年11月場所で引退を決断しました。引退会見では、身体が思うように動かなくなったことを理由に挙げています。
Q3:琴奨菊の通算成績は何勝ですか?
A3:生涯戦歴は828勝676敗41休です。幕内では718勝621敗41休を記録し、幕内優勝は2016年初場所の1回です。
Q4:秀ノ山部屋はいつ開設されましたか?
A4:2024年10月19日付で日本相撲協会の承認を受けて開設されました。東京都墨田区東向島にあり、1914年以来約110年ぶりに秀ノ山部屋の名称が復活しました。
Q5:琴奨菊の琴バウアーとは何ですか?
A5:取組前に腰を落として上体を大きく反らす、琴奨菊独特のルーティンです。フィギュアスケートのイナバウアーを連想させることから、琴バウアーと呼ばれるようになりました。
Q6:琴奨菊は大関として何場所務めましたか?
A6:2011年11月場所から2017年1月場所まで、合計32場所にわたって大関を務めました。2016年初場所には14勝1敗で幕内初優勝を果たしています。
Q7:琴奨菊の出身地はどこですか?
A7:福岡県柳川市です。小学校3年生の頃に先代佐渡ヶ嶽親方(元横綱・琴櫻)と出会い、相撲界に進むきっかけを得ました。
琴奨菊は2020年11月に現役を引退しましたが、相撲界を離れたわけではありません。2022年の断髪式を経て、佐渡ヶ嶽部屋での指導経験を積み、2024年10月には秀ノ山部屋を開設しました。
2026年11月現在は、8人の所属力士を抱える師匠として、稽古や部屋の運営、相撲文化の発信に取り組んでいます。
現役時代の主な実績は、2016年初場所の幕内初優勝と通算828勝。琴バウアーやがぶり寄りで多くのファンを魅了した力士は、今度は自分を超える弟子を育てる立場になりました。
琴奨菊の相撲人生は、優勝した2016年や引退した2020年で終わったわけではありません。秀ノ山部屋から将来の関取や大関、そして横綱が誕生するか。現役時代とは違う形で、秀ノ山親方の新たな挑戦が続いています。
主な情報源: 日本相撲協会公式サイト、秀ノ山部屋公式サイト・公式ブログ、日刊スポーツ、デイリースポーツ、スポニチアネックス。