2026年現在、元大関・琴風豪規(ことかぜ ごうき)は何をしているのか。現役時代に幕内優勝2回、大関在位22場所という実績を残した琴風は、引退後に尾車親方として相撲界の指導者となり、豪風や嘉風らを育てた人物でもある。
本名は中山浩一。1957年4月26日生まれ、三重県津市出身で、2026年11月3日時点の年齢は69歳だ。尾車部屋の閉鎖、日本相撲協会からの退職を経て、現在は「琴風浩一」の名でNHK大相撲中継の解説者として活動している。現役時代の華々しい成績だけでなく、度重なる大けがからの復活や後進の育成にも、その相撲人生の大きな特徴がある。日本相撲協会公式プロフィール・公式退職発表・デイリースポーツ・朝日れすかPLUS
【琴風豪規とは?】読み方・本名・年齢・三重県津市出身のプロフィール

琴風豪規は、昭和後期の大相撲を代表する元大関の一人だ。現役時代は佐渡ヶ嶽部屋に所属し、左四つからの力強い寄りを持ち味とした。大関として活躍しただけでなく、引退後には尾車部屋を創設し、後進の育成にも力を注いだ。
琴風豪規の読み方は「ことかぜ ごうき」琴風豪規の読み方は「ことかぜ ごうき」。日本相撲協会の公式プロフィールでも、この読み方が掲載されている。
本名は中山浩一(なかやま こういち)。現役時代の四股名である琴風豪規と、本名の中山浩一は異なる名前だ。また、親方時代には年寄名跡の「尾車」を襲名していたため、報道では尾車親方と呼ばれることも多かった。
NHKの解説者として活動する際には「琴風浩一」という名前を使用している。琴風豪規、尾車親方、琴風浩一は、それぞれ現役時代、親方時代、退職後の活動で使われてきた名前であり、いずれも同一人物を指している。
琴風豪規の基本プロフィール- 四股名:琴風豪規
- 読み方:ことかぜ ごうき
- 本名:中山浩一
- 生年月日:1957年4月26日
- 年齢:69歳(2026年11月3日時点)
- 出身地:三重県津市
- 所属部屋:佐渡ヶ嶽部屋
- 最高位:大関
- 得意技:左四つ・寄り
- 初土俵:1971年7月場所
- 新入幕:1977年1月場所
- 大関昇進:1981年11月場所
- 引退:1985年11月場所
- 引退後の年寄名跡:尾車
これらは日本相撲協会の歴代大関プロフィールに掲載されている基本情報だ。現役時代の身長は183.5センチ、体重は173キロと記録されている。日本相撲協会公式・歴代大関 琴風豪規
【現役時代の経歴】度重なる膝の大けがから大関へ、引退理由まで
琴風の相撲人生は、順調な出世だけで語れるものではない。若くして頭角を現した一方、選手生命を脅かす膝の大けがに何度も苦しめられた。幕下まで転落してから大関に上り詰めた経歴は、当時の相撲界でも印象深いものだった。
中学生で初土俵、佐渡ヶ嶽部屋から頭角を現す琴風は1971年7月場所に初土俵を踏んだ。当初の四股名は「中ノ山」で、その後「琴風」に改名している。
1975年11月場所に新十両、1977年1月場所には新入幕を果たした。さらに1978年1月場所には新三役となり、関脇候補として注目される存在へと成長していった。
ところが、出世の勢いを止めたのが左膝の大けがだった。1978年には左膝の靱帯を断裂し、番付を幕下まで落とす苦境に陥った。さらに復帰後も左膝の靱帯や半月板を損傷するなど、負傷が重なった。
豊橋技術科学大学が2017年に紹介した琴風の経歴でも、幕下への転落と再入幕を果たすまでの復活劇が取り上げられている。単に身体能力に恵まれた力士ではなく、長いリハビリと努力によって地位を取り戻した力士だった。豊橋技術科学大学・2017年講師紹介
1981年に幕内初優勝、大関昇進を実現大けがを乗り越えた琴風は1981年に幕内初優勝を達成した。その実績を評価され、同年11月場所で大関に昇進する。
大関昇進は、琴風にとって単なる番付上昇ではなかった。膝の故障で一度は幕下まで落ちた力士が、再び幕内の頂点に立ったことを意味する。
さらに1983年にも幕内優勝を果たし、優勝回数を2回に伸ばした。特に大関として迎えた1983年1月場所の優勝は、安定した実力を示す大きな成果だった。
琴風豪規の引退理由は右膝の故障大関として活躍した琴風だったが、1985年に右膝の靱帯を損傷する大けがを負った。左膝の負傷を乗り越えてきた琴風にとって、今度は反対側の膝の故障が大きな打撃となった。
1985年5月場所を最後に大関から陥落。その後も復帰を目指したものの、同年11月場所を最後に現役引退を決断した。
引退時は28歳。大関を経験した力士としては非常に若い引退だった。引退の背景には、度重なる膝の故障、とりわけ右膝の靱帯損傷があった。
つまり、琴風の引退は指導者への転身を急いだというより、長年にわたる膝の負傷が現役続行を難しくしたことが大きい。度重なる故障を乗り越えてきた力士だからこそ、最後の負傷がどれほど重かったかもうかがえる。豊橋技術科学大学・講師紹介、日本相撲協会公式プロフィール
【大相撲成績を徹底検証】幕内優勝2回・大関在位22場所の実績
琴風豪規の実績を評価するうえで欠かせないのが、日本相撲協会の公式記録に掲載された通算成績だ。幕内優勝2回だけでなく、大関として22場所を務めたことも重要な実績である。
琴風豪規の通算成績一覧| 項目 | 公式記録 | 内容・評価 |
|---|---|---|
| 生涯戦歴 | 561勝352敗102休 | 87場所にわたる通算成績 |
| 幕内戦歴 | 395勝249敗80休 | 幕内在位49場所 |
| 大関戦歴 | 212勝110敗8休 | 大関在位22場所 |
| 幕内優勝 | 2回 | 1981年・1983年に優勝 |
| 十両優勝 | 1回 | 十両時代の優勝実績 |
| 幕下優勝 | 1回 | 下位からの復活を支えた実績 |
| 殊勲賞 | 3回 | 上位力士との対戦での活躍 |
| 敢闘賞 | 2回 | 土俵での奮闘を評価 |
| 技能賞 | 1回 | 技術面での評価 |
| 金星 | 6個 | 平幕時代に横綱を破った記録 |
出典:日本相撲協会公式サイト「歴代大関 琴風豪規」。日本相撲協会公式・歴代大関プロフィール
大関在位22場所はどれほどの実績なのか大関在位22場所という数字は、琴風が一時的な好成績だけで大関に昇進した力士ではないことを示している。大関は横綱に次ぐ高い地位であり、毎場所安定した成績を求められる。
琴風は1981年11月場所から1985年5月場所まで大関を務めた。その間、幕内優勝も経験し、上位陣の一角として土俵を盛り上げた。
また、殊勲賞3回、敢闘賞2回、技能賞1回という三賞の実績も見逃せない。優勝回数だけでは測れない、上位力士としての存在感が数字に表れている。
琴風の取り口は左四つからの力強い寄り琴風の得意技は左四つ・寄り。相手と組んでから前に出る相撲を得意としていた。
相撲では、単純な体格や力だけでなく、相手との距離、組み手、重心の位置、土俵際での判断が勝敗を左右する。琴風の取り口は、左四つの形を作ってから圧力をかける正攻法の相撲だった。
膝の故障を抱えながらも大関として活躍した背景には、持ち味を生かした取り口と、長期間にわたって土俵に立ち続けるための努力があった。
【尾車親方としての功績】尾車部屋閉鎖の経緯と豪風・嘉風の育成
1985年11月場所で引退した琴風は、年寄「尾車」を襲名した。その後、1987年3月に佐渡ヶ嶽部屋から独立し、尾車部屋を創設。現役時代の実績を生かして後進の指導に取り組んだ。
尾車部屋からは、関脇まで昇進した豪風や嘉風など、実力派の力士が育った。琴風の名前を現役時代から知る相撲ファンにとって、尾車親方としての功績も大きな意味を持っている。ベースボール・マガジン社「名力士たちの『開眼』」
豪風と嘉風は琴風が育てた代表的な関取尾車部屋を語るうえで欠かせないのが、元関脇の豪風と嘉風だ。
豪風は尾車部屋付きの親方を経て、2022年に押尾川部屋を創設した。一方、嘉風は中村親方として二所ノ関部屋へ移籍した。2人は同じ尾車部屋で指導を受けながら、その後は異なる形で相撲界の指導者として歩むことになった。
琴風が育てた力士たちが、それぞれ新しい環境で後進を指導する立場になったことは、尾車部屋が残した財産の一つといえる。
尾車部屋が閉鎖されたのは2022年2月7日尾車部屋は2022年2月7日付で閉鎖された。日本相撲協会の理事会が同日付の押尾川部屋新設と尾車部屋閉鎖を承認したことが、2022年1月27日の日刊スポーツで報じられている。
閉鎖の背景には、師匠である尾車親方の定年があった。琴風は2022年4月26日に65歳を迎える予定で、当初は春場所後の閉鎖を想定していたが、大阪の宿舎が使用できなくなるなどの事情から、1場所早い閉鎖となった。
閉鎖に伴う主な移籍先は次のとおりだ。
| 人物・組織 | 尾車部屋閉鎖後の動き | 琴風との関係 |
|---|---|---|
| 尾車親方(元琴風) | 押尾川部屋付きの親方へ | 尾車部屋の師匠 |
| 豪風(押尾川親方) | 2022年2月に押尾川部屋を新設 | 尾車部屋で育った元関脇 |
| 嘉風(中村親方) | 二所ノ関部屋へ移籍 | 尾車部屋で育った元関脇 |
| 矢後・天風・飛燕力 | 押尾川部屋へ転属 | 尾車部屋所属力士 |
| 友風ら | 二所ノ関部屋へ転属 | 尾車部屋から移籍した力士 |
このように、尾車部屋の閉鎖は単純に所属力士が解散するという話ではなかった。豪風が新しい部屋を立ち上げ、嘉風が別の部屋に移るなど、指導者と力士がそれぞれの道を進む再編だった。日刊スポーツ・2022年1月27日報道
尾車親方を襲った2012年の大事故と復帰琴風の親方時代には、現役時代の膝の負傷とは別に、人生を大きく変える事故も起きている。
2012年4月、福井県小浜市で行われた大相撲巡業の際、尾車親方は体育館で転倒し、頸髄を損傷する重傷を負った。首から下が動かなくなるほどの深刻な状態となり、長期間のリハビリを余儀なくされた。
しかし、懸命なリハビリを経て協会の仕事に復帰。2026年8月20日付の朝日れすかPLUSの記事でも、この事故と復活までの過程が紹介されている。
現役時代には膝の負傷から復活し、親方時代には大事故から復帰した。琴風の経歴を振り返ると、逆境から立ち上がる経験が後進の指導にも生かされてきたことが分かる。朝日れすかPLUS・2026年8月20日、豊橋技術科学大学
【2024年の協会退職から2026年現在へ】琴風浩一としてNHK大相撲解説者に
琴風豪規の現在を知るうえで、重要な転換点となったのが2024年5月11日の日本相撲協会退職だ。
尾車部屋の閉鎖後も相撲協会に残っていた琴風は、2024年5月11日付で正式に退職した。その後はNHK大相撲中継の解説者として活動し、現役時代や親方時代とは異なる立場から相撲を伝えている。
日本相撲協会を退職したのは2024年5月11日日本相撲協会は2024年5月11日付のお知らせで、年寄・尾車(本名・中山浩一)の退職を公表した。
琴風は2022年4月に65歳の定年を迎えた後、再雇用の参与となっていた。報道によると、通常の任期満了となる70歳を迎える前に協会を離れたことになる。
ここで押さえておきたいのは、尾車部屋の閉鎖と日本相撲協会の退職は別の出来事だという点だ。
尾車部屋が閉鎖されたのは2022年2月。琴風自身が協会を退職したのは2024年5月であり、約2年の時間差がある。
また、日本相撲協会の退職発表には退職日と年寄名が記載されているが、退職理由の詳細までは公表されていない。そのため、健康問題や部屋閉鎖だけを直接の退職理由と断定することはできない。日本相撲協会公式・2024年5月11日発表、日刊スポーツ
2024年11月、NHK大相撲中継の解説者としてデビュー協会退職後の新しい活動として注目されたのが、NHK大相撲中継の解説だ。
2024年11月10日、大相撲九州場所初日に、琴風浩一氏はNHK大相撲中継の専属解説者としてデビューした。中入り後の取組を担当し、長年にわたって相撲界で過ごしてきた経験を生かした解説を披露した。
デビュー時には、次のような率直な感想も報じられている。
「前日は緊張して寝られなかった」
長年にわたって力士、親方、協会理事として相撲界に携わってきた人物でも、新しい仕事の初日には緊張があった。デイリースポーツは、琴風氏が実際の取組を見て、改めて相撲の面白さを感じたことも伝えている。デイリースポーツ・2024年11月10日
2026年現在もNHKの大相撲解説者として活動2026年の琴風は、現役力士でも相撲部屋の師匠でもなく、解説者という立場から大相撲に関わっている。
2026年8月20日付の朝日れすかPLUSの記事でも、元大関琴風がNHKの解説者を務めていることが紹介されている。退職後に相撲界との関係が途切れたわけではなく、放送を通して相撲の魅力を伝える活動を続けていることが分かる。
解説者としての琴風には、複数の視点がある。大関として土俵に立った経験、尾車部屋で弟子を育てた経験、そして日本相撲協会の理事や事業部長などを歴任した経験だ。
単に勝敗を説明するだけでなく、力士の心理や相撲の組み立て、部屋での指導、協会運営の背景まで理解できることは、長年角界に身を置いた人物ならではの強みといえる。
2026年11月3日時点では69歳。琴風豪規として築いた実績を土台に、琴風浩一として相撲を伝える活動が現在の大きな柱となっている。朝日れすかPLUS・2026年8月20日、デイリースポーツ・2024年11月10日
【琴風豪規に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:琴風豪規の読み方と本名は何ですか?
A1:読み方は「ことかぜ ごうき」です。本名は中山浩一。現役時代は琴風豪規、親方時代は尾車、現在の解説活動では琴風浩一という名前を使用しています。
Q2:琴風豪規は2026年現在何歳ですか?
A2:1957年4月26日生まれの69歳です。2026年4月26日に69歳の誕生日を迎えています。
Q3:琴風豪規は現在何をしていますか?尾車親方は辞めたのですか?
A3:2024年5月11日付で日本相撲協会を退職し、現在は琴風浩一の名でNHK大相撲中継の解説者として活動しています。尾車親方として相撲部屋を運営していた時期はすでに終わっています。
琴風豪規は、幕内優勝2回、大関在位22場所という輝かしい実績を持つ元大関だ。三重県津市出身で、本名は中山浩一。左膝の大けがによる幕下転落を経験しながらも復活し、28歳で現役を引退するまで大相撲の第一線で活躍した。
引退後は尾車親方として尾車部屋を創設し、豪風や嘉風といった関脇経験者を育成。2012年には巡業中の大事故から復帰するという試練も経験した。2022年2月には尾車部屋が閉鎖され、2024年5月11日には日本相撲協会を退職している。
そして2024年11月からはNHK大相撲中継の解説者として新たな道を歩み始めた。2026年現在も、琴風浩一として相撲を伝えている。
琴風豪規の経歴を調べる際に、特に区別しておきたいのは次の3点だ。
- 現役時代:琴風豪規として幕内優勝2回、大関在位22場所。
- 親方時代:尾車親方として部屋を運営し、豪風・嘉風らを育成。
- 現在:協会を退職し、琴風浩一としてNHKの大相撲解説に携わる。
琴風が残したものは、優勝回数や大関という肩書だけではない。度重なる負傷から立ち上がった経験、後進を育てた指導者としての功績、そして長年の経験を視聴者に伝える解説者としての役割もある。現役引退から40年以上が経過した2026年も、その歩みは大相撲とともに続いている。