2026年11月3日現在、大相撲では元幕内の矢後や大翔丸をはじめ、関取経験者が相次いで現役を引退している。日本相撲協会の公式発表によると、2026年9月場所では矢後を含む9人の引退が公表された。加えて、幕下以下の力士も含めると、九月場所までの引退者は53人に上る。
注目されるのは、引退後の進路が一様ではないことだ。九重部屋の千代丸は若者頭に転身し、押尾川部屋の矢後は大学相撲の指導に携わる予定と報じられた。一方、年寄名跡を襲名して親方になる道や、角界を離れて新しい仕事に就く道もある。引退相撲や断髪式の日程も、現役引退の時期とは別に確認する必要がある。
【2026年最新】大相撲の引退力士は9月場所までに53人!最新発表を整理

2026年の大相撲では、初場所から九月場所まで各場所で引退発表が続いている。
相撲専門ライターによる日本相撲協会の公式資料の集計では、九月場所までの引退者は合計53人。そのうち、十両以上の経験がある元関取は10人だった。53人には元関取10人も含まれており、別々に加算する数字ではない。
なお、この53人は日本相撲協会が公表した場所別の引退力士情報を集計した数字であり、2026年の年間確定人数ではない。十一月場所の引退発表分は、この集計に含まれていない。
2026年の場所別引退者数- 一月場所:8人
- 三月場所:11人
- 五月場所:20人
- 七月場所:5人
- 九月場所:9人
五月場所までの引退者が20人と比較的多く、九月場所でも9人が角界を去った。場所によって人数に差があるため、単純に一場所あたりの平均だけで引退の増減を判断することはできない。
2026年9月場所の最新引退発表は9人日本相撲協会の公式サイト「引退力士情報」には、令和8年9月場所の引退者として、9月25日発表の矢後と、9月30日発表の8人が掲載されている。
9月30日に発表された力士は次の通りだ。
- 出羽ノ城(出羽海部屋)
- 朝阪神(高砂部屋)
- 房州山(境川部屋)
- 黎大丸(式秀部屋)
- 山野邊(出羽海部屋)
- 天清(玉ノ井部屋)
- 大光(阿武松部屋)
- 遥人(錣山部屋)
この8人に9月25日発表の矢後を加えた9人が、九月場所の引退力士となる。
特に矢後は元幕内という実績を持つ力士であり、引退発表とともに、その長い現役生活や膝の故障に注目が集まった。
【一覧表】2026年に引退した元関取10人の四股名・所属部屋・発表日・番付
2026年に引退した関取経験者10人について、日本相撲協会の「協会からのお知らせ」「引退力士情報」および力士プロフィールを照合すると、次のように整理できる。
ここで掲載する番付は、最高位ではなく、引退場所の「引退力士情報」に掲載された番付である。現役時代の最高位と引退時の番付は異なるため、混同しないようにしたい。
| 引退発表日 | 四股名 | 所属部屋 | 引退時番付 |
|---|---|---|---|
| 2026年1月16日 | 大奄美 | 追手風部屋 | 西幕下17枚目 |
| 2026年2月13日 | 大翔鵬 | 追手風部屋 | 西三段目16枚目 |
| 2026年3月6日 | 紫雷 | 木瀬部屋 | 東幕下21枚目 |
| 2026年3月20日 | 千代栄 | 九重部屋 | 西序二段3枚目 |
| 2026年3月23日 | 千代丸 | 九重部屋 | 西三段目筆頭 |
| 2026年3月23日 | 英乃海 | 木瀬部屋 | 西幕下3枚目 |
| 2026年4月6日 | 剣翔 | 追手風部屋 | 東幕下11枚目 |
| 2026年5月25日 | 勇磨 | 阿武松部屋 | 西幕下13枚目 |
| 2026年7月25日 | 大翔丸 | 追手風部屋 | 西幕下57枚目 |
| 2026年9月25日 | 矢後 | 押尾川部屋 | 西三段目22枚目 |
出典:日本相撲協会公式サイト「協会からのお知らせ」「引退力士情報」。引退時番付は各引退場所の掲載情報に基づく。
一覧から見える追手風部屋の動向2026年の元関取の引退者一覧で目を引くのが、追手風部屋の存在だ。
大奄美、大翔鵬、剣翔、大翔丸の4人が同年に現役を退いている。いずれも幕内経験者であり、それぞれ異なる時期に関取として活躍した。
ただし、同じ部屋から複数の引退者が出たことだけで、共通の引退理由や部屋全体の問題を結びつけることはできない。大奄美は関取から幕下に陥落し、大翔鵬は幕下以下での成績が続き、大翔丸は長期間にわたって関取復帰を果たせなかった。それぞれの競技生活を個別に見る必要がある。
最高位と引退時番付はなぜ違うのか大相撲では、本場所ごとの成績によって番付が変動する。
たとえば大翔丸の最高位は東前頭5枚目だが、2026年7月場所の引退時番付は西幕下57枚目だった。矢後も最高位は西前頭10枚目でありながら、引退時には西三段目22枚目となっていた。
したがって、力士の実績を調べる場合は、最高位と引退時番付の両方を確認することが大切だ。最高位は競技人生の到達点を、引退時番付は最後に立っていた競技上の位置を示している。
【引退理由を検証】矢後・大翔丸はなぜ現役を退いたのか
2026年の引退力士の中でも、矢後と大翔丸は引退理由が具体的に報じられた力士だ。両者の経歴を振り返ると、故障や身体能力の変化が競技生活に与える影響が見えてくる。
矢後:右膝の故障が引退を決断する大きな要因に矢後(やご)は北海道出身。埼玉栄高校から中央大学へ進み、大学4年時にはアマチュア横綱のタイトルを獲得した実績を持つ。
2017年夏場所に尾車部屋から初土俵を踏み、所要2場所で十両へ昇進。2019年初場所には新入幕を果たした。最高位は西前頭10枚目で、大学相撲で培った実力をプロの土俵でも発揮した力士だった。
しかし、以前から抱えていた膝の故障が競技生活に影響を与えた。2024年夏場所後には右膝の手術を受け、3場所連続休場を余儀なくされた。その後も番付を戻そうとしたが、関取復帰には至らなかった。
2026年9月25日、秋場所13日目の取組後、日本相撲協会に引退届を提出し、受理された。この日の最後の取組では千代雷山を寄り切りで破り、3勝4敗で現役最後の場所を終えた。
日刊スポーツの引退会見報道によると、矢後は右膝の故障を決断の大きな理由として挙げ、長く回復を願いながら相撲を続けてきたことを振り返った。
引退後については、中央大学相撲部の指導に携わる予定と報じられている。競技者としての経験を学生の育成に生かす、新しい形の相撲との関わり方だ。
大翔丸:幕下陥落から4年間、関取復帰を目指した現役生活大翔丸(だいしょうまる)は大阪府出身。2014年春場所に初土俵を踏み、2015年夏場所で新十両、2016年春場所で新入幕を果たした。
最高位は東前頭5枚目。幕内在位は19場所で、幕下優勝も経験している。押し相撲を持ち味とし、約12年間にわたって土俵に立ち続けた。
転機となったのは2022年名古屋場所での幕下陥落だった。その後4年間、関取復帰を目指して土俵に上がり続けたものの、思うような結果を残せなかった。
2026年7月25日に引退届が受理され、翌26日の名古屋場所千秋楽に引退会見を実施した。
日刊スポーツの報道によると、大翔丸は幕下に落ちた頃から引退を考え始め、時間が経つにつれて体が思うように動かず、自分が理想とする相撲を取れなくなったことを決断の理由として説明した。
思い出の一番として挙げたのは、2016年春場所の新入幕時に大砂嵐を破り、勝ち越しを決めた取組だった。幕内で戦った19場所の中でも、特別な意味を持つ一番だったことがうかがえる。
引退時点では今後の活動や断髪式の日程は未定と報じられていた。
大奄美・大翔鵬・紫雷など、ほかの元関取のケースほかの引退力士についても、引退前の競技状況には違いがある。
大奄美は2025年秋場所で十両から幕下に陥落し、2026年初場所では西幕下17枚目に位置していた。初日から休場し、1月16日に引退が発表された。幕内在位は12場所、最高位は東前頭11枚目だった。
大翔鵬は最高位が西前頭9枚目。2025年初場所を最後に関取から遠ざかり、その後も幕下や三段目で土俵に上がっていた。初土俵以来、特別な休場を除いて長く連続出場を続けたことでも知られる。
紫雷は最高位が十両2枚目で、十両在位16場所。2026年春場所では東幕下21枚目となり、3月6日に引退が発表された。
このように、引退理由は膝などの故障だけではない。番付の下降、関取復帰の難しさ、身体の状態、競技を続けることへの判断など、力士ごとに背景は異なる。本人や関係者が説明していない理由を、番付だけから断定することはできない。
【引退後の進路】年寄襲名・若者頭・世話人・一般社会への転身
力士が引退した後の進路には、大きく分けて日本相撲協会に残る道と、角界の外で新しい生活を始める道がある。
協会に残る場合も、年寄(親方)、若者頭、世話人などで役割は異なる。引退したからといって、全員が親方になれるわけではない。
年寄襲名の条件とは?親方になるための資格年寄とは、日本相撲協会で正式に認められた親方のことだ。現役を引退した力士が年寄名跡を襲名することで、協会員として親方の仕事に携わることができる。
一般的な年寄襲名の主な資格には、次のような競技実績がある。
- 横綱または大関を経験していること。
- 三役(関脇・小結)以上を経験していること。
- 幕内在位が通算20場所以上であること。
- 幕内と十両の関取在位が通算30場所以上であること。
これらは主な資格基準であり、実際の襲名には年寄名跡の取得や協会による審査・承認が必要になる。
日本相撲協会の定款では、年寄名跡の襲名者について、年寄資格審査委員会の審査結果に基づいて理事会が決定すると定められている。
また、既存の年寄名跡を襲名する資格と、自分で新しい相撲部屋を創設する資格は別の問題だ。新規部屋の創設には、横綱・大関経験、三役通算25場所以上、幕内通算60場所以上といった、さらに高い競技実績が求められる。
つまり、現役時代に幕内で活躍した実績があっても、必ず親方になれるわけではない。資格、名跡、協会の承認という複数の条件が関係する。
千代丸は若者頭へ転身!親方とは異なる協会員の仕事2026年の引退後の進路で特に注目されたのが、元幕内千代丸だ。
千代丸は九重部屋所属で、最高位は東前頭5枚目。2007年夏場所に初土俵を踏み、約19年間にわたって土俵に立った。幕内在位は31場所、十両在位は33場所に及ぶ。
日本相撲協会は2026年3月23日、千代丸(本名・木下一樹)の引退届が受理されたことを発表。同時に、今後は若者頭になることを公表した。
若者頭は年寄とは異なる協会員で、若い力士の指導や本場所の運営補助などを担う。土俵の上で培った経験を、協会の運営や後進のサポートに生かす仕事だ。
4月には若者頭として新弟子の運動能力検査を補助する姿も報じられた。日本相撲協会の公式若者頭一覧にも千代丸の名前が掲載されている。
ここで注意したいのは、千代丸を親方と同じ立場だと考えないことだ。若者頭は年寄名跡を襲名した親方ではなく、別の役職である。
若隆元も若者頭へ!2026年に広がる協会内での転身2026年5月には、荒汐部屋の若隆元も引退し、若者頭に転身した。
若隆元は最高位が幕下7枚目。弟には幕内で活躍する若隆景、若元春がおり、大波三兄弟の長兄としても知られていた。
日本相撲協会が5月に公表した引退力士の中には、元十両の勇磨や幕下以下の力士も含まれていた。その中で若隆元は、現役を終えた後も協会に残る進路を選んだ。
千代丸と若隆元の事例は、引退後に協会で働く道が親方だけではないことを示している。
角界を離れて新しい仕事に進む力士もいる引退後の進路は、相撲協会に残ることだけではない。
剣翔については、飲食店経営に進む動きが報じられている。また、矢後については大学相撲の指導に携わる予定が伝えられた。
相撲経験者が選ぶ仕事には、飲食業、教育・指導、会社員、自営業などさまざまな選択肢がある。現役時代に身につけた礼儀や集団生活の経験、身体づくりの知識などを生かせる仕事もある。
ただし、引退発表と同時に次の仕事まで公表されるとは限らない。進路が未定の力士については、本人や協会から正式な発表が出るまで、確定した職業として扱わないことが大切だ。
【断髪式・引退相撲の日程】照ノ富士の開催実績と2027年の予定
引退力士を調べる際に混同されやすいのが、引退発表、断髪式、引退相撲の3つだ。
現役を終えた日と、髷を切る日、ファンに最後の土俵姿を披露する日は必ずしも一致しない。引退相撲は引退後しばらく時間を置いて開催されることもある。
断髪式と引退相撲は何が違う?- 引退発表:力士が現役を退くことを公表する手続き。日本相撲協会への引退届の提出・受理などを経て正式に扱われる。
- 断髪式:力士の象徴である大銀杏などの髷を切り、現役生活に区切りをつける儀式。
- 引退相撲:引退した力士を主役として行われる興行。最後の土俵入り、取組、断髪式などが組み込まれる。
一般的には引退相撲の中で断髪式が行われる。ただし、断髪式そのものと引退相撲という興行全体は、意味が異なる。
照ノ富士の引退相撲は2026年1月31日に開催済み2026年の引退相撲で大きな注目を集めたのが、第73代横綱照ノ富士の引退伊勢ヶ濱襲名披露大相撲だ。
照ノ富士は2025年1月場所を最後に現役を引退した。幕内優勝10回を誇り、横綱として長く角界を支えた力士である。
引退相撲は2026年1月31日、東京・両国国技館で開催された。主催者である伊勢ヶ濱部屋の公式案内によると、当日の主な予定は次の通りだった。
- 午前10時:開場
- 午前11時:取組開始
- 午前11時45分頃:照ノ富士最後の土俵入り
- 正午:断髪式
- 午後2時30分頃:幕内・横綱土俵入り、幕内取組
- 午後4時頃:打ち出し
この興行は、単なる引退記念イベントではない。照ノ富士から伊勢ヶ濱親方への新たな歩みを披露する意味も持っていた。
2026年11月3日時点では、照ノ富士の引退相撲はすでに終了している。
2027年1月30日には遠藤の引退相撲を開催予定次の注目イベントとして、日本相撲協会は元幕内遠藤の「遠藤引退北陣襲名披露大相撲」を告知している。
開催日は2027年1月30日(土)、会場は両国国技館。公式発表によると、午前10時開場、午前11時30分取組開始、午後4時終了予定となっている。
遠藤は2025年に現役を引退した力士であり、引退した年と引退相撲の開催年は異なる。この点は照ノ富士のケースとも共通する。
2026年引退力士の断髪式日程は?2026年に引退した元関取10人については、2026年11月3日時点で、日本相撲協会の公式告知から引退相撲・断髪式の確定日程を確認できない。
大翔丸については、引退会見時に今後の活動と断髪式の日程は未定と報じられていた。矢後についても、引退発表と今後の指導活動の予定は報じられているが、引退相撲の開催日とは別の情報である。
今後の予定を確認する場合は、日本相撲協会の「協会からのお知らせ」や各相撲部屋の公式発表を確認するのが確実だ。
【情報の見極め方】引退発表・番付・所属部屋で間違えやすいポイント
大相撲の引退情報を調べる際には、公式サイトの掲載場所と情報の種類を理解しておく必要がある。
日本相撲協会の公式情報は2つの入口を使い分ける日本相撲協会の公式サイトでは、引退情報を主に2つのページから確認できる。
「協会からのお知らせ」は、関取経験者などの引退届の受理や年寄襲名について個別に発表するページだ。四股名、本名、所属部屋、発表日などを確認できる。
一方、「引退力士情報」は、本場所ごとの引退者を番付・四股名・所属部屋でまとめた一覧だ。幕下以下の力士を含め、引退時の番付を調べる際に役立つ。
ただし、引退力士情報は場所ごとの掲載内容が更新されるため、過去の引退者を年間単位で調べる場合には、以前の発表資料や各力士のプロフィールも照合する必要がある。
ネット検索で混同しやすい4つのポイント- 最高位と引退時番付:最高位は現役時代の到達点であり、引退時の番付とは異なる。
- 引退発表日と最終出場日:最後の取組を終えた日と、協会が引退届の受理を公表した日が異なる場合がある。
- 年寄と若者頭:どちらも協会に残る進路だが、役職も資格も異なる。
- 引退相撲と現役引退:引退相撲は引退後に行われる興行であり、開催年が引退年と同じとは限らない。
また、引退理由についても注意が必要だ。膝の故障を公表した矢後と、体が思うように動かなくなったと説明した大翔丸では、背景が違う。ほかの力士について、成績だけを理由に本人の心情や健康状態まで推測することはできない。
公式発表、本人の会見、報道機関による取材記事を分けて確認することが、正確な情報を得るための基本となる。
【大相撲引退力士】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2026年に引退した大相撲の力士は何人ですか?
A1:2026年9月場所までの専門家による集計では53人です。このうち十両以上の経験がある元関取は10人。十一月場所の引退者はまだ含まれていないため、年間の最終人数ではありません。
Q2:2026年に引退した元関取で注目されている力士は誰ですか?
A2:矢後、大翔丸、大奄美、大翔鵬、紫雷、千代丸、英乃海、剣翔、勇磨、千代栄などです。特に矢後は右膝の故障、大翔丸は身体の動きや関取復帰の難しさが引退の背景として報じられました。
Q3:引退した力士は全員親方になれるのですか?
A3:いいえ。年寄襲名には競技実績などの資格条件があり、年寄名跡の取得と協会の承認も必要です。千代丸のように若者頭として協会に残る道や、一般社会に転身する道もあります。
Q4:千代丸は親方になったのですか?
A4:千代丸は2026年3月に引退し、若者頭に就任しました。若者頭は年寄名跡を襲名した親方とは異なる役職で、若い力士の指導や本場所の運営補助などを担当します。
Q5:照ノ富士の断髪式はいつ開催されましたか?
A5:2026年1月31日に両国国技館で「照ノ富士引退伊勢ヶ濱襲名披露大相撲」として開催されました。断髪式は正午頃に行われています。
Q6:大翔丸の引退後の進路は決まっていますか?
A6:2026年7月の引退会見時点では、今後の活動や断髪式の日程は未定と報じられていました。その後の進路については、本人や所属部屋の正式発表を確認する必要があります。
Q7:2026年に引退した矢後の引退時番付は何枚目ですか?
A7:西三段目22枚目です。最高位は西前頭10枚目であり、現役時代の最高位と引退時の番付は異なります。
2026年11月3日時点で、九月場所までに引退した力士は専門家の集計で53人、そのうち元関取は10人となっている。矢後、大翔丸、大奄美、大翔鵬など、幕内や十両で活躍した力士も土俵を去った。
引退理由をたどると、故障や身体の変化、番付の下降、関取復帰の難しさなど、それぞれの競技人生に固有の事情がある。矢後は大学相撲の指導、大翔丸は今後の進路を検討する段階、千代丸は若者頭という形で、引退後の歩みも分かれている。
特に覚えておきたいのは、年寄襲名と若者頭就任は別の制度であること、そして断髪式と引退相撲も同じ意味ではないことだ。引退発表を確認する際には、四股名、所属部屋、発表日、引退時番付、引退後の進路をそれぞれ整理すると、力士の現在地が分かりやすくなる。
今後は十一月場所の引退発表と、2026年に現役を退いた力士たちの引退相撲・断髪式の日程が注目される。長年土俵を支えた力士たちが、次の人生でどのような役割を担うのか。その動向も大相撲を見続けるうえで大切な見どころとなる。