2026年11月現在、お笑いコンビ「ザ・ぼんち」の里見まさとは74歳。1980年代の漫才ブームを代表する人気漫才師として知られ、相方のぼんちおさむとともに、70代になった現在も舞台に立ち続けている。2025年にはフジテレビ系の漫才賞レース『THE SECOND~漫才トーナメント~』でグランプリファイナルに進出。さらに2026年4月には、45年ぶりとなる上方漫才大賞の大賞を受賞した。
1972年のコンビ結成、1986年の活動休止、2002年の再結成という波瀾万丈な経歴も、里見まさとを語るうえで欠かせない。亀山房代とのコンビ時代や、月収7万円まで落ち込んだ苦難、2026年1月発売の著書『漫才の一滴 笑吉が教えてくれた「念、縁、運」』、芸道55周年の挑戦ツアーまで、その歩みには何度でも立ち上がる芸人としての姿勢が刻まれている。
この記事では、吉本興業の公式プロフィール、出版社の発表、2026年の受賞報道や本人のインタビューをもとに、里見まさとの人物像とザ・ぼんちの現在を詳しく整理する。
【プロフィール】里見まさとの年齢は74歳!出身地や芸歴を紹介

里見まさとは、長年にわたり関西のお笑い界を支えてきた漫才師である。ザ・ぼんちのツッコミ役として知られ、相方のぼんちおさむが繰り出す予測不能なボケを受け止めながら、漫才全体を組み立てる役割を担ってきた。
里見まさとの基本プロフィール吉本興業の公式プロフィールに掲載されている情報は次のとおり。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 芸名 | 里見まさと |
| 読み方 | さとみまさと |
| 生年月日 | 1952年4月25日 |
| 年齢 | 74歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 兵庫県 |
| 身長 | 170cm |
| 体重 | 69kg |
| 血液型 | A型 |
| 所属 | 吉本興業 |
| コンビ | ザ・ぼんち |
| 芸人としての入門 | 1971年 |
| 入門先 | タイヘイトリオ |
| 趣味 | ゴルフ、お遍路、講談、創作落語、野球、料理 |
出典:吉本興業公式プロフィール。
1952年4月25日生まれのため、2026年4月25日に74歳を迎えている。2026年1月から4月上旬の報道では73歳と紹介されていたが、誕生日を迎えた11月現在は74歳である。
また、里見まさとは1971年にタイヘイトリオへ入門している。芸道55周年という節目は、この芸人としての出発点に由来する。
1971年の入門から漫才師としての道へ里見まさとの芸人人生は、ザ・ぼんちの結成よりも前に始まっている。
1971年にタイヘイトリオへ入門し、芸の基礎を学んだ。その後、高校時代の同級生だったぼんちおさむとコンビを組み、漫才師として本格的に活動を始める。
里見の特徴は、相方の勢いを生かす舞台運びにある。
おさむの独特なテンションや自由奔放なボケに対して、里見は状況を整理し、観客が笑いに入りやすい流れを作る。単に相方の言葉に反応するだけではなく、漫才全体のリズムを保つ技術が長年の活動を支えてきた。
趣味に講談や創作落語が含まれていることも興味深い。漫才だけにとどまらず、話芸そのものへの関心を持ち続けている人物である。
【経歴・年表】ザ・ぼんちの結成から解散、2002年の再結成まで
ザ・ぼんちの歴史を理解するには、漫才ブームによる成功だけでなく、その後の活動休止と再出発までを見る必要がある。
1972年に結成、1973年にデビュー里見まさととぼんちおさむは大阪の興国高校時代の同級生だった。
吉本興業の公式プロフィールによると、ザ・ぼんちの結成年月は1972年10月。翌1973年にデビューし、テレビ番組への出演を重ねて知名度を上げていった。
代表的な出演番組には、MBSテレビの『ヤングおー!おー!』『モーレツ!しごき教室』などがある。
1970年代後半には上方漫才界で存在感を強め、1979年には第14回上方漫才大賞の新人賞を受賞した。
1980年代の漫才ブームと「恋のぼんちシート」ザ・ぼんちが全国的な人気を獲得したのは、1980年代初頭の漫才ブームだった。
1980年には花王名人大賞の最優秀新人賞、1981年には上方漫才大賞の大賞を受賞。加えて、音楽活動でも大きな成功を収める。
代表曲は1981年1月1日発売の「恋のぼんちシート」だ。
オリコンの作品データでは、最高順位2位、ランキング登場回数16週を記録している。
作詞・作曲を近田春夫、編曲を鈴木慶一が担当した楽曲で、漫才師の枠を超えた人気を象徴する作品となった。
加えて、ザ・ぼんちは日本武道館でのコンサートも成功させた。漫才師が武道館で単独コンサートを開催すること自体が大きな話題となり、当時の人気の高さを物語っている。
ザ・ぼんちの経歴と関係者を時系列で整理| 年・時期 | 出来事 | 関係する人物・実績 |
|---|---|---|
| 1971年 | 芸人として入門 | タイヘイトリオ |
| 1972年10月 | ザ・ぼんち結成 | 里見まさと・ぼんちおさむ |
| 1973年 | コンビとしてデビュー | テレビ出演で知名度上昇 |
| 1979年 | 上方漫才大賞新人賞 | ザ・ぼんち |
| 1980年 | 漫才ブームで全国的人気 | 花王名人大賞など受賞 |
| 1981年 | 上方漫才大賞大賞 | 「恋のぼんちシート」もヒット |
| 1986年 | コンビ活動休止 | 里見の提案がきっかけ |
| 1989年 | 別コンビを結成 | 里見まさと・亀山房代 |
| 1998年 | 上方漫才大賞大賞 | 里見まさと・亀山房代 |
| 2001年 | 亀山とのコンビ解消 | それぞれの人生の転機 |
| 2002年 | ザ・ぼんち再結成 | 16年のブランクを経て復活 |
| 2025年 | THE SECONDファイナル進出 | ベスト8 |
| 2026年 | 上方漫才大賞を再受賞 | 45年ぶり2度目の大賞 |
| 2026年 | 新刊・芸道55周年ツアー | 現在も精力的に活動 |
出典:吉本興業公式プロフィール、日刊スポーツ、Lmaga.jp、吉本興業の出版発表資料。
1986年の解散理由は不仲だったのか?ザ・ぼんちの活動休止について、単なるコンビ仲の悪化や方向性の違いと理解するのは正確ではない。
2025年7月の日刊スポーツの報道によると、里見まさとは当時の劇場で漫才をしていた際、客席にいた親子連れの会話を耳にしたという。
そこでは、ザ・ぼんちがかつて人気だったことを振り返るような話が交わされていた。
里見は、その状況を受けて、ぼんちおさむにしばらく休憩しようと提案した。
つまり、活動休止の背景には、漫才ブームのピークを過ぎたことや、当時の自分たちの立ち位置に対する意識があった。
解散後は、おさむが俳優業などで活動する一方、里見は別のコンビで新しい漫才人生を歩み始める。
【ぼんちおさむ・亀山房代との関係】2人の相方と歩んだ芸人人生
里見まさとの経歴を語るうえで欠かせないのが、ぼんちおさむと亀山房代という2人の相方である。
この2つのコンビは、里見にとって異なる時代の芸人人生を象徴している。
ぼんちおさむとは高校時代からの同級生ぼんちおさむは1952年12月16日生まれ。里見と同じ1952年生まれで、大阪の興国高校時代からの付き合いがある。
2人は1972年にザ・ぼんちを結成し、漫才ブームの中心的存在となった。
おさむの持ち味は、独特のハイテンションと予測しにくいボケである。一方、里見は相方の勢いを受け止め、観客に笑いを届ける構成力を発揮してきた。
1986年の活動休止後、2人は長期間別々の道を歩んだが、完全に相手との漫才を否定していたわけではない。
亀山房代とのコンビで1998年に大賞受賞1989年、里見はタレントの亀山房代と「里見まさと・亀山房代」を結成した。
男女コンビとして正統派の漫才を展開し、関西を中心に評価を高めていく。
1995年には上方漫才大賞の奨励賞、1998年には同賞の大賞を受賞した。
この受賞は、ザ・ぼんちとは異なる相方と組んでも、里見が漫才師として高い評価を得られることを示した重要な実績である。
その後、亀山の結婚や妊娠・出産などを経て、2001年にコンビを解消した。
亀山は2009年に42歳で亡くなっている。
2026年4月の上方漫才大賞受賞時、里見は亀山の写真に手を合わせ、受賞できたことへの感謝を伝えたと日刊スポーツが報じた。
里見は、ザ・ぼんちとしての受賞だけでなく、亀山と組んでいた時代の経験も自身の芸人人生を形作ったものとして大切にしている。
2002年の再結成はどちらが提案した?ザ・ぼんちの再結成は、2002年に吉本興業側から話が持ちかけられたことがきっかけだった。
里見は、それまでほとんど会っていなかったおさむの自宅を訪問した。
おさむは、漫才を再開するなら相棒は里見しかいないという思いを持っていた一方、長いブランクを理由に返事を保留していたという。
その後、おさむの妻と長男が里見を追いかけ、再びコンビを組んでほしいと頼んだというエピソードも報じられている。
最終的に2人は2002年に再結成を果たした。
1986年の活動休止から16年。里見は2026年1月の新刊発売イベントでも、再結成を提案したのは自分だったと振り返っている。
この経緯を見ると、再結成は単なる懐かしさだけで決まったものではない。かつての相方ともう一度舞台に立つという意思と、周囲の後押しが重なった結果だった。
【月収7万円からTHE SECONDへ】里見まさとの苦難と復活
里見まさとの芸人人生には、華やかな成功と厳しい生活の両方がある。
特に1986年の活動休止後に経験した収入の激減は、本人がテレビ番組で振り返ったエピソードとして知られている。
最高月収860万円から月収7万円へ2025年7月の日刊スポーツの報道によると、漫才ブームの全盛期には、ザ・ぼんちの最高月収は約860万円に達していた。
しかし、1986年の活動休止によって、里見の仕事は大幅に減少した。
本人によれば、月収は約7万円まで落ち込んだという。
かつて全国的な人気を獲得し、テレビや劇場で活躍していた漫才師にとって、この変化は非常に大きかった。
人気がある時期には、コンビ名や出演実績によって多くの仕事が集まる。しかし、コンビとしての活動を止めると、個人としての仕事を一から築き直す必要がある。
里見の経験は、芸能界における人気と個人の仕事量が必ずしも一致しないことを示している。
それでも里見は漫才師としての道を諦めなかった。亀山房代とのコンビで再び賞を獲得し、その後はザ・ぼんちとして再出発することになる。
THE SECOND 2025で最年長クラスのファイナリストに再結成後も、ザ・ぼんちは舞台で漫才を続けてきた。
大きな転機となったのが、フジテレビ系の『THE SECOND~漫才トーナメント~』への挑戦である。
この大会は、結成16年以上の漫才師を対象とした賞レースで、ベテラン漫才師が若い世代とは異なる経験や技術を競い合う舞台として注目されている。
ザ・ぼんちは2024年から大会に挑戦し、2025年にはグランプリファイナルへ進出。ベスト8入りを果たした。
70代の漫才コンビが若手・中堅の実力派と同じ舞台で競い合ったことは、大きな話題となった。
特に注目したいのは、単に年齢の高さだけが評価されたわけではない点だ。
長年の経験に裏打ちされた掛け合いと、おさむの自由なボケ、里見の対応力が、現在の観客にも通用することを証明した。
THE SECOND 2026に不参加だった本当の理由2026年大会への不参加は、ファンの間でも関心を集めた。
2026年1月20日、東京グランド花月の公演後に行われた取材で、おさむは欠場理由について「わからん!」と冗談交じりに回答した。
一方、里見は別の目標に集中するためだと説明した。
「二兎を追うものは一兎をも得ず」
2026年1月30日の新刊発売イベントでは、里見自身が、THE SECONDを一つの目標とし、もう一つの大きな目標として上方漫才大賞を獲得したいと明かしている。
つまり、2026年の不参加は実力不足によるものでも、引退を意味するものでもない。
実際に、里見が目標としていた上方漫才大賞は、同年4月7日に実現することになる。
2025年のTHE SECONDで結果を残し、2026年には関西漫才界の歴史ある賞を狙う。賞レースへの向き合い方にも、里見の計画性が表れている。
【2026年最新】新刊・芸道55周年・上方漫才大賞の現在
2026年の里見まさとは、単に過去の人気を振り返る存在ではない。
書籍の発売、漫才賞の受賞、若手との共演など、複数の活動を並行している。
新刊『漫才の一滴 笑吉が教えてくれた「念、縁、運」』※書名は『漫才の一滴 笑吉が教えてくれた「念、縁、運」』。
吉本興業の2025年12月26日付プレスリリースによると、里見まさとの新刊は2026年1月30日にヨシモトブックスから発売された。
書籍の基本情報は以下のとおり。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 書名 | 漫才の一滴 笑吉が教えてくれた「念、縁、運」 |
| 著者 | 里見まさと |
| 発売日 | 2026年1月30日 |
| 出版社 | ヨシモトブックス |
| 発売元 | ワニブックス |
| 定価 | 1,800円(税込) |
| 判型 | 四六判ソフトカバー |
| ページ数 | 304ページ |
この本には、漫才ブームでの成功と転落、異なる相方とのコンビ活動、50歳からのザ・ぼんち再結成、70代でのTHE SECONDファイナル進出などが収められている。
特に印象的なのが、「笑吉」という三毛猫の守護神の存在だ。
出版社の紹介によると、笑吉は里見の人生の節目に現れる存在として描かれ、苦しい状況を乗り越えるための叱咤激励を届ける。
書名に含まれる「念、縁、運」は、里見の人生観を象徴する3つの言葉だ。
- 念: 結果を出すまで諦めずに取り組む気持ち。
- 縁: 人との出会いや、相方とのつながりを大切にすること。
- 運: 苦しい状況でも、その先にある転機を信じること。
この本は漫才師の成功談だけではない。月収7万円まで落ち込んだ経験や、別の相方との活動、再結成までの道のりを振り返る自伝的な内容になっている。
2026年4月、45年ぶりに上方漫才大賞を受賞2026年の最大のニュースが、4月7日に発表された第61回上方漫才大賞での大賞受賞だ。
ザ・ぼんちは1981年に第16回の大賞を受賞しており、今回が45年ぶり2度目となった。
これはコンビ再結成後、初めての大賞受賞でもある。
さらに注目すべきなのが、里見個人としては3度目の受賞だったことだ。
1度目は1981年のザ・ぼんち、2度目は1998年の里見まさと・亀山房代、そして3度目が2026年のザ・ぼんちである。
つまり、異なる2つのコンビで合計3度の大賞を獲得したことになる。
日刊スポーツの報道によると、受賞に際して里見は、亀山房代の写真に向かって感謝を伝えていた。
1986年の活動休止から40年、2002年の再結成から24年。長い時間を経て、かつてのコンビで再び大賞に輝いたことは、ザ・ぼんちの歴史における大きな節目となった。
芸道55周年挑戦ツアーで若手と共演2026年はザ・ぼんちにとって芸道55周年の節目でもある。
ここで押さえておきたいのが、55周年の起点だ。
ザ・ぼんちのコンビ結成は1972年10月だが、里見は1971年にタイヘイトリオへ入門している。芸道55周年は、コンビ結成からの年数だけではなく、芸人として歩み始めた時期を基準にした節目である。
2026年4月25日には、大阪・よしもと道頓堀シアターで「ザ・ぼんち芸道55周年挑戦ツアー」が開幕した。
初日の公演は「温故知新」と題され、若手コンビのぐろうを迎えて開催された。
注目されたのは、夢路いとし・喜味こいしの名作漫才をザ・ぼんち流に披露したこと。そして、里見が生成AIを活用して制作した新しい漫才にも挑戦したことだ。
伝統的な上方漫才を受け継ぐ一方で、新しい技術も取り入れる姿勢が見られた。
加えて、ツアーには若手・中堅芸人との共演企画も組み込まれている。
2026年11月3日時点で確認できる公演情報では、次のような活動が予定されている。
- 7月:ハンジロウ、モグライダーとのスリーマンライブ。
- 9月:金属バットとのツーマンライブ「ばっとぼんちー2026」。
- 11月14日:東京・ルミネtheよしもとでニッポンの社長とのツーマンライブ「ニッポンのぼんち」。
吉本興業のFANY Magazineは、ツアーが11月まで続くことも紹介している。
かつて漫才ブームを牽引した2人が、今度は若手芸人と同じ舞台に立ち、互いに刺激を受けながら活動する。芸道55周年を単なる記念行事で終わらせず、次の挑戦につなげているところが特徴だ。
【プロの結論】里見まさとの現在地は「過去の栄光」ではなく再挑戦にある
里見まさとの経歴を振り返ると、成功した漫才師が長く芸能界に残っているという単純な話ではないことが分かる。
むしろ、異なる相方との活動、コンビ解散、収入の激減、再結成、賞レースへの挑戦という複数の転換点を経験しながら、そのたびに漫才師としての立ち位置を作り直してきた人物である。
里見まさとのキャリアから見える3つの強み1. 相方が変わっても漫才師として評価された経験
ザ・ぼんちでの成功だけでなく、亀山房代とのコンビでも上方漫才大賞を受賞したことは重要だ。
特定のコンビ名だけに依存せず、漫才師としての技術を別の相方との活動にも生かしてきた。
2. 過去の成功に固執しない姿勢
1980年代に大きな人気を獲得した後、活動休止によって収入が激減した。それでも新しい相方と活動し、再びザ・ぼんちを結成して舞台に戻った。
さらに70代でTHE SECONDに挑戦している。
過去の実績があるからこそ挑戦しないのではなく、過去の実績があっても新しい舞台で評価を受けようとする姿勢が特徴的だ。
3. 上方漫才の伝統と新しい笑いの両立
2026年の芸道55周年ツアーでは、夢路いとし・喜味こいしの名作を披露する一方、AIを活用した新ネタにも取り組んでいる。
古典的な漫才を守るだけではなく、現代の観客に届く形へと変えていく姿勢がある。
ネットで誤解されやすい3つのポイント| よくある疑問・誤解 | 確認できる事実 |
|---|---|
| 1986年の解散は不仲が原因? | 里見の提案による活動休止がきっかけ。 |
| 2026年のTHE SECONDに出ないのは実力不足? | 上方漫才大賞を優先するための戦略的な不参加だった。 |
| 芸道55周年は1972年のコンビ結成から? | 1971年の芸人としての入門を起点とした節目。 |
また、月収7万円というエピソードは、1986年の活動休止後の苦しい時期についての話であり、2026年現在の収入を示すものではない。
里見まさとのキャリアを評価する際には、過去の月収や年齢だけでなく、実際にどのような舞台に立ち、どんな賞を獲得してきたかを見ることが大切だ。
2026年4月の上方漫才大賞受賞は、その評価を裏付ける具体的な成果である。
【ザ・ぼんちの里見まさと】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:里見まさとは2026年現在何歳ですか?
A1:1952年4月25日生まれで、2026年11月現在74歳です。兵庫県出身で、吉本興業に所属しています。
Q2:ザ・ぼんちが解散した理由は何ですか?
A2:1986年、里見まさとが劇場での出来事をきっかけに、ぼんちおさむへ活動休止を提案したことがきっかけです。その後、2002年に再結成しました。
Q3:里見まさとがTHE SECOND 2026に出場しなかった理由は?
A3:2026年は上方漫才大賞の獲得を優先したためです。実際に4月7日の第61回上方漫才大賞で大賞を受賞しました。
Q4:里見まさとの著書は何ですか?
A4:2026年1月30日に発売された『漫才の一滴 笑吉が教えてくれた「念、縁、運」』です。漫才ブームでの成功と苦難、再結成、70代での賞レース挑戦などを振り返る304ページの書籍です。
Q5:里見まさとは亀山房代とどのような関係でしたか?
A5:1989年に漫才コンビ「里見まさと・亀山房代」を結成し、1998年に上方漫才大賞を受賞しました。2001年にコンビを解消しています。亀山は2009年に42歳で亡くなりました。
里見まさとは、1971年の芸人としての入門から55年以上にわたり、漫才の世界で活動を続けてきた人物だ。
1972年のザ・ぼんち結成、1980年代の漫才ブーム、1986年の活動休止、亀山房代とのコンビ、2002年の再結成。華やかな成功だけでなく、月収7万円まで落ち込んだ時期も経験している。
それでも2025年にはTHE SECONDのグランプリファイナルに進出し、2026年には45年ぶり2度目の上方漫才大賞を受賞した。
加えて、新刊『漫才の一滴 笑吉が教えてくれた「念、縁、運」』を発売し、芸道55周年挑戦ツアーでも若手との共演や新しい漫才に取り組んでいる。
2026年11月現在74歳。里見まさとの現在を象徴するのは、過去の栄光にとどまらず、今も舞台に立ち、新しい笑いを追求している姿だ。
ザ・ぼんちの歴史は、漫才ブームを知る世代にとっては懐かしい記憶であり、若い世代にとってはベテラン漫才師の新しい可能性を知る機会でもある。
芸道55周年を迎えた今も、里見まさととぼんちおさむの挑戦は続いている。
主な参照資料
- 吉本興業公式プロフィール・ザ・ぼんち受賞歴
- 吉本興業による2025年12月26日付書籍発売発表
- 日刊スポーツ(2025年7月19日、2026年1月20日、4月7日)
- Lmaga.jp(2026年1月31日、4月8日)
- FANY Magazine(2026年5月3日)
- オリコン「恋のぼんちシート」作品ランキング