2016年リオデジャネイロオリンピックの女子レスリング69kg級で金メダルを獲得した土性沙羅さん。東京オリンピックでの5位入賞を経て、2023年3月に現役を引退し、故郷の三重県松阪市役所に勤務するという新たな道を選びました。
2026年11月現在、土性沙羅さんは母校・至学館大学レスリング部のコーチとして後進の育成に携わっています。2021年には大学時代の同級生と結婚し、2025年7月には第1子の出産を報告。現在は妻、母、そして指導者という複数の役割を担っています。
加えて、松阪市役所を退職した後は松阪市ブランド大使にも就任。2026年7月に公開されたインタビューでは、市役所勤務で得た経験や育児とコーチ業の両立、次世代のオリンピック選手を育てる夢についても語っています。
【2026年最新】土性沙羅の現在は至学館大学コーチ!結婚・出産後の生活も明らかに

土性沙羅さんは2026年現在、現役選手としてではなく、レスリングの指導者として活動しています。
2025年4月に母校の至学館大学レスリング部コーチに就任。リオデジャネイロオリンピックの金メダリストとして培った経験を、次世代の選手たちに伝える立場になりました。
2026年7月18日公開のCHANTO WEBのインタビューでは、コーチ業と子育てを両立する日常について詳しく語っています。
2026年は母・妻・指導者の3つの顔を持つインタビューで明らかになった生活は、早朝から始まります。
朝4時30分に起床し、5時30分からの朝練に参加。その後は帰宅して子どもの世話をし、日中は子どもを外に連れ出して過ごします。夕方には再び練習に出向き、夜21時ごろには子どもの寝かしつけをするという生活です。
夫も元アスリートで、家事や育児を分担。さらに母親からのサポートも受けながら、大学での指導を続けています。
現役時代は自分自身が世界の頂点を目指して練習に励んでいましたが、現在は選手の成長を支えることが日々の大きな目標になっています。
特に注目したいのは、出産後も指導者としての活動を続けている点です。2026年のインタビューによると、出産から約2か月でコーチ業に復帰したといいます。
競技生活を終えた後もレスリングとの関係を断ち切るのではなく、生活環境に合わせながら新しい形で競技に携わっているのです。
現在の主な活動は2つ2026年時点で確認できる土性さんの主な活動は、至学館大学での指導と松阪市ブランド大使としての活動です。
| 活動 | 内容 |
|---|---|
| 至学館大学レスリング部コーチ | 選手の技術・精神面の育成 |
| 松阪市ブランド大使 | 出身地・松阪市の魅力発信 |
| スポーツ振興 | 自身の経験を生かした次世代への普及活動 |
松阪市との関係も続いています。市役所を退職したからといって故郷とのつながりがなくなったわけではありません。
むしろ、競技者としての知名度や経験を生かしながら、大学の指導現場と地域貢献の両方に携わっています。
【結婚・夫】土性沙羅の結婚相手は大学時代の同級生!夫婦の関係とは
土性沙羅さんは2021年9月28日、自身のSNSを通じて結婚を発表しました。
お相手は、かねてから交際していた大学時代の同級生の男性です。リオオリンピックで金メダルを獲得した後も競技を続けていた土性さんにとって、現役生活の最中に迎えた人生の節目でした。
結婚相手はどんな人?結婚相手について公表されている情報を整理すると、次のとおりです。
- 結婚発表:2021年9月28日
- 相手:至学館大学時代の同級生の男性
- 交際:結婚発表時点で以前から交際していた
- 職業・活動歴:2026年の本人インタビューでは元アスリートと紹介
- 結婚後:土性さんは2023年まで現役競技を継続
夫の氏名や詳しいプロフィール、具体的な競技歴などは広く公表されていません。
2026年7月のCHANTO WEBのインタビューでは、夫が同じ大学でスポーツに取り組んでいたことや、現役時代から精神面で支えてくれていたことが本人の言葉で明らかになりました。
また、結婚後の家事についても、夫がすべてを土性さんに任せるのではなく、きちんと分担していたと説明しています。
結婚を決めた背景には女性アスリートならではの悩みも同インタビューで印象的なのは、土性さんが結婚を人生の節目として考えていたことです。
リオオリンピック終了後も競技に打ち込み続け、世界選手権や次のオリンピックを目指していた土性さん。しかし、結婚や出産などのライフイベントを考えたとき、競技だけを優先し続けることへの迷いもあったといいます。
本人は、女性アスリートの間には、明文化された決まりではないものの、結婚を競技引退後の出来事として考えてしまうような雰囲気があったと振り返っています。
しかし、実際には2021年に結婚した後も競技を続け、2023年まで現役生活を送っています。
結婚したからすぐに引退したわけではありません。人生の選択と競技人生を、自分なりのタイミングで組み合わせていったことが分かります。
【第1子出産】土性沙羅は2025年7月に母親に!子供の性別や育児の近況
土性沙羅さんは2025年7月27日、自身のSNSを更新し、第1子を出産したことを報告しました。
2016年のリオオリンピックで日本中を沸かせた金メダリストが、今度は母親として新しい人生のステージに進んだニュースとして注目されました。
第1子の出産を報告したのは2025年7月27日スポニチアネックスなどの報道によると、土性さんは2025年7月27日に第1子の出産を公表しました。
発表では、出産を支えた医師や看護師、助産師、妊娠中にサポートしてくれた人たちへの感謝を伝えています。
「先日、第一子を出産いたしました」
2025年7月27日の本人による出産報告。スポニチアネックス掲載内容より。
加えて、我が子を腕に抱いた喜びや、元気に生まれてきてくれたことへの感謝もつづっていました。
なお、出産を報告した日と実際の出生日は同一とは限りません。出産日そのものについては、報告文から特定できません。
子供の性別や名前は公表されている?2026年11月時点で、報道や本人のインタビューから確認できるのは、第1子を出産したことと、育児に取り組んでいることです。
子供の名前や性別などの詳細は、広く公表されている情報として確認できません。
2026年7月のインタビューでは、子供が1歳を迎え、言葉の意味を理解したり、自分の意思を表現したりするようになったことを明かしています。
子供の成長を日々感じながら、母親としても新しい経験を重ねている様子が伝わります。
出産後わずか2か月でコーチ業に復帰注目されるのは、出産後の仕事復帰です。
2026年7月のインタビューで土性さんは、出産から約2か月後にコーチ業へ復帰したことを明らかにしました。
出産については16時間に及ぶ大変な経験だったと振り返り、産後の育児についても、夜中に2〜3時間おきに起きて授乳する生活が続いたと話しています。
それでもコーチ業を続けることを決めた理由は、選手たちの成長を自分の目で見続けたいという思いがあったからです。
夫は1か月間の育児休暇を取得し、新生児期を一緒に過ごしたとのこと。夫婦で交代しながら育児を行い、母親のサポートも受けていると説明しています。
現役時代に培った体力や精神力だけでなく、周囲の協力を得ながら働く環境をつくっていることも、現在の生活を支える要素です。
【現役引退の理由】土性沙羅はなぜ2023年にレスリングを辞めたのか
土性沙羅さんが現役引退を発表したのは、2023年3月30日です。
引退の大きな理由は、身体のコンディションや左肩のけが、積み重なる小さなけがによって、以前のような思い切ったレスリングができなくなったことでした。
2018年の左肩手術が競技人生に影響土性さんはリオオリンピックで金メダルを獲得した後も、世界のトップ選手として競技を続けていました。
しかし、2018年春には左肩の手術を受け、約半年間マットを離れることになります。
復帰後も国内大会で優勝するなど実力を示していましたが、以前と同じ状態で競技を続けることは簡単ではありませんでした。
特に東京オリンピックに向けた代表争いでは、厳しい状況を乗り越える必要がありました。
2020年の五輪代表決定プレーオフでは森川美和選手との対戦に勝利し、2大会連続のオリンピック出場を決めています。
東京オリンピックは5位で終了2021年の東京オリンピックでは、女子68kg級に出場しました。
リオ大会に続く2大会連続のメダル獲得を目指しましたが、3位決定戦で敗れ、最終順位は5位となりました。
その後、再び大舞台を目指したいという思いはあったものの、身体の状態やけがの影響と向き合う日々が続きました。
2023年3月30日に引退を正式発表引退発表で土性さんは、7歳から始めたレスリングに21年間を捧げてきたことを振り返り、競技人生に区切りをつける決断を伝えました。
「やりきった!と胸を張って言えます」
2023年3月30日の現役引退発表。日本オリンピック委員会掲載内容より。
この言葉からは、単に競技を続けられなくなったというだけではなく、自分の競技人生を振り返り、納得したうえで次の道へ進もうとする気持ちがうかがえます。
引退後は所属していた東新住建を2023年3月末で退社し、4月1日から松阪市役所で働くことになりました。
つまり、引退理由は結婚や出産ではなく、身体の状態と競技を続けるうえでの判断です。結婚発表は2021年、引退は2023年であり、それぞれ別の人生の決断として整理できます。
【レスリング経歴・歴代戦績】リオ五輪金メダルまでの軌跡を年表で整理
土性沙羅さんは1994年10月17日、三重県松阪市生まれです。
幼い頃からレスリングを始め、小学生、中学生、高校生の各年代で全国大会を制覇。至学館高校、至学館大学へと進み、国内外で実績を積み上げました。
特に2011年から2018年にかけての全日本選手権8連覇と、2016年リオオリンピックの金メダルは、競技人生を代表する実績です。
土性沙羅のプロフィール| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 土性沙羅(どしょう・さら) |
| 生年月日 | 1994年10月17日 |
| 出身地 | 三重県松阪市 |
| 競技 | 女子レスリング |
| 身長 | 159cm |
| 学歴 | 至学館高校・至学館大学 |
| 主な所属 | 東新住建(現役時代) |
| 主な実績 | リオ五輪金メダル |
| 現在 | 至学館大学レスリング部コーチ |
| 年 | 出来事・大会実績 |
|---|---|
| 2003年 | レスリングを開始 |
| 2004〜2006年 | 全国少年少女選手権3連覇 |
| 2008〜2009年 | 全国中学生選手権2連覇 |
| 2010〜2012年 | 全国高校女子選手権3連覇 |
| 2011年 | 全日本選手権初優勝 |
| 2011〜2018年 | 全日本選手権8連覇 |
| 2013年 | 世界選手権3位 |
| 2014年 | アジア選手権優勝・世界選手権2位 |
| 2015年 | 世界選手権3位 |
| 2016年 | リオデジャネイロ五輪69kg級金メダル |
| 2017年 | アジア選手権優勝・世界選手権優勝 |
| 2018年 | 左肩の手術を受ける |
| 2019年 | アジア選手権優勝・世界選手権5位 |
| 2020年 | 東京五輪代表決定プレーオフに勝利 |
| 2021年 | 東京オリンピック68kg級5位 |
| 2023年 | 現役引退 |
| 2025年 | 至学館大学レスリング部コーチに就任 |
※大会実績は日本オリンピック委員会、レスリング専門メディアなどの競技記録をもとに整理しています。階級は大会当時のものです。
リオオリンピックの金メダルが持つ意味土性さんの最大の功績は、2016年リオデジャネイロオリンピック女子69kg級での金メダルです。
女子レスリングの中でも重量級にあたる階級で、日本代表として頂点に立ったことは大きな意味を持ちました。
加えて、2017年には世界選手権でも優勝。オリンピックでの金メダルが一度きりの結果ではなく、世界選手権でも実力を証明したことが分かります。
東京オリンピックでは68kg級で5位となりましたが、2大会連続で五輪の舞台に立ったことも評価すべき実績です。
また、2018年の左肩手術から復帰し、2020年の代表決定プレーオフを勝ち抜いた過程も、土性さんの競技人生を語るうえで欠かせません。
【引退後の転身】松阪市役所を退職して至学館大学コーチになった理由
土性沙羅さんの引退後の経歴で特徴的なのが、いきなり指導者の道へ進んだわけではないことです。
2023年4月から2025年3月までの2年間、地元の松阪市役所で勤務。その後、2025年4月から母校の至学館大学レスリング部コーチに就任しました。
2023年4月から松阪市役所の職員に引退後の土性さんが最初に選んだのは、故郷への恩返しでした。
松阪市教育委員会事務局のスポーツ課で勤務し、市民の健康づくりやスポーツ振興に関する仕事を担当しました。
2025年3月の本人発表によると、市役所では電話対応や窓口業務、書類作成など、競技生活とは異なる仕事を一から経験したといいます。
特に印象に残ったのが、小中学校での出前授業です。
土性さんはもともと人前で話すことが苦手だったそうですが、子どもたちにスポーツの楽しさを伝える仕事を重ねるうちに、自分の言葉で経験を伝えられるようになったと振り返っています。
2025年3月28日に発表した退職報告では、市役所での経験を通じて多くのことを学び、成長できたと説明しています。
2025年3月末に松阪市役所を退職土性さんは2025年3月31日付で松阪市役所を退職しました。
この決断の背景には、レスリングへの情熱が再び強くなったことがあります。
市役所での仕事を経験するなかで、指導者という立場に対する考え方が変化していったといいます。
もともと自分には人を指導することは難しいと思っていたものの、子どもたちにスポーツを教える経験を重ねることで、指導することへの自信が生まれていきました。
加えて、母校である至学館大学への恩返しや、将来のオリンピック選手を育てたいという目標も明確になっていきました。
2025年4月から至学館大学レスリング部コーチに2025年4月、土性さんは母校・至学館大学レスリング部の外部コーチに就任しました。
至学館大学同窓会も2025年3月28日付で就任を紹介しており、金メダリストとしての経験を大学のレスリング部で生かす新たなキャリアが始まりました。
ここで注目したいのは、市役所を辞めた理由が単なる転職ではないことです。
本人の2026年のインタビューによれば、市役所で社会人としての経験を積んだことで、人前で話すことや人に教えることへの苦手意識が薄れ、指導者としての自信につながったといいます。
競技者時代の実績だけではなく、引退後の2年間も現在の仕事に生きているのです。
松阪市ブランド大使にも就任松阪市役所を退職した後も、土性さんと地元との関係は続いています。
2025年4月3日には、松阪市ブランド大使に就任しました。
松阪市の公式プロフィールでは、リオオリンピックの金メダルや東京オリンピック5位の実績とともに、2023年4月から2025年3月まで市役所で勤務していた経歴が掲載されています。
また、2025年5月号の広報まつさかでも、土性さんのブランド大使就任が紹介されています。
市役所職員として地域に貢献する立場から、ブランド大使として松阪市を発信する立場へ。地元との関係を保ちながら、新しい仕事にも挑戦していることが分かります。
【プロの結論】土性沙羅の現在から見える女性アスリートの新しいキャリア
土性沙羅さんの歩みを振り返ると、現役引退後のキャリア形成において興味深い特徴が見えてきます。
それは、競技で成功した人が必ずしも引退直後から指導者にならなくてもよいということです。
市役所での2年間が指導者としての土台になった一般的に、オリンピックメダリストの引退後の進路としては、指導者、解説者、講演活動、企業勤務などが考えられます。
土性さんの場合は、まず故郷の市役所で一般職員として働く道を選びました。
その理由として本人が語っているのは、地元への恩返しと、同世代の人たちが経験している社会人としての仕事を自分も経験したいという思いです。
市役所では、競技者時代には経験しなかった電話対応や書類作成、イベント運営などに取り組みました。
加えて、小中学校での出前授業を通じて、人前で話すことへの苦手意識も変わっていきました。
この経験が、後に至学館大学で選手を指導する際の自信につながっています。
結婚・出産と競技キャリアを切り離さない考え方もう一つ注目すべきなのが、女性アスリートのライフイベントに対する土性さんの考え方です。
2026年のインタビューでは、結婚や出産を経験しても、女性が肩身の狭い思いをせず、キャリアを諦めなくてよいスポーツ界をつくりたいという思いを語っています。
特に、子どもが体調を崩した際に周囲が快く送り出せるような環境づくりや、制度と周囲の理解が両立する競技現場の必要性を挙げています。
これは自身が出産後に育児とコーチ業を両立しているからこそ、実感を伴って語れるテーマです。
リオ五輪で金メダルを獲得した経験を、今度は競技者個人の成功だけでなく、スポーツ界全体の環境改善につなげようとしている点に、現在の土性さんの新しい役割があります。
次の目標はオリンピックチャンピオンの育成2026年7月のCHANTO WEBのインタビューでは、指導者としての将来の目標についても明かしています。
本人が目指しているのは、自身の経験を次世代につなぎ、最終的にはオリンピックチャンピオンを育てることです。
選手時代には、自分自身が世界の頂点に立つことを目指していました。しかし現在は、選手それぞれの夢を実現するための伴走者になろうとしています。
これは、金メダリストとしての経験を単に技術指導に生かすだけではなく、選手の悩みや競技生活全体を理解する立場へと役割を広げていることを意味します。
土性さんのキャリアは、現役引退が競技人生との別れではなく、スポーツとの新しい関わり方の始まりにもなり得ることを示しています。
【よくある質問】土性沙羅の現在・結婚・子供・引退に関するFAQ
Q1:土性沙羅は2026年現在、何をしていますか?
A1:母校の至学館大学レスリング部コーチとして後進の育成に取り組んでいます。また、松阪市ブランド大使として地元の魅力発信にも携わっています。
Q2:土性沙羅の結婚相手は誰ですか?
A2:2021年9月に、大学時代の同級生の男性と結婚したことを発表しています。2026年の本人インタビューでは、夫は元アスリートで、家事や育児を分担していることも明かされています。氏名などの詳しいプロフィールは公表されていません。
Q3:土性沙羅に子供はいますか?
A3:はい。2025年7月27日に第1子の出産を報告しています。2026年7月のインタビューでは、子供が1歳を迎えたことや育児の近況について語っています。
Q4:土性沙羅が現役を引退した理由は何ですか?
A4:左肩の手術歴や度重なるけが、身体のコンディションが影響し、以前のような思い切ったレスリングが難しくなったためです。2023年3月30日に現役引退を発表しました。
Q5:土性沙羅は松阪市役所をなぜ退職したのですか?
A5:市役所で2年間働くなかでレスリングへの情熱が再び強まり、母校・至学館大学で指導者に挑戦したいという思いが生まれたためです。2025年3月31日に退職し、4月から大学のコーチに就任しました。
Q6:土性沙羅はリオオリンピックで何のメダルを獲得しましたか?
A6:2016年リオデジャネイロオリンピックの女子レスリング69kg級で金メダルを獲得しました。2017年には世界選手権でも優勝しています。
Q7:土性沙羅は東京オリンピックで何位でしたか?
A7:2021年東京オリンピックの女子レスリング68kg級で5位でした。3位決定戦まで進みましたが、惜しくもメダル獲得には届きませんでした。
Q8:土性沙羅は出産後もレスリングの指導を続けていますか?
A8:はい。2026年7月のインタビューによると、出産から約2か月でコーチ業に復帰しています。現在は育児と大学での指導を両立しています。
土性沙羅さんの2026年現在を整理すると、リオオリンピックの金メダリストから、結婚・出産を経験した母親、そして次世代の選手を育てる指導者へと、人生のステージを着実に進めていることが分かります。
2021年の結婚、2023年の現役引退、松阪市役所での2年間、2025年の第1子出産と至学館大学コーチ就任。これらの出来事は、それぞれ独立した人生の転換点であり、現在の活動につながっています。
特に重要なのは、引退後に市役所で社会人経験を積んだことです。そこで得た経験が、人前で話す力や人を指導する自信につながり、現在のコーチとしての活動を支えています。
また、育児と指導を両立する自身の経験を通じて、女性アスリートが結婚や出産によって競技キャリアを諦めなくてもよい環境をつくりたいという目標も生まれています。
リオオリンピックで日本の頂点に立った土性沙羅さん。2026年は自分自身がメダルを目指す立場から、未来のオリンピックチャンピオンを育てる立場へと変わりました。
今後は至学館大学でどのような選手を育てていくのか。そして、松阪市ブランド大使として故郷にどのような貢献をしていくのか。第二の競技人生にも注目が集まります。