元プロ野球選手の清原和博さんには、息子が2人います。長男は清原正吾さん、次男は清原勝児さんです。2026年11月現在、正吾さんは慶應義塾大学野球部を経て社会人として新たな生活をスタートさせ、勝児さんは慶應義塾大学野球部で野球を続けています。
2人は父親譲りの恵まれた体格と野球経験で注目されてきましたが、その歩みは対照的です。正吾さんは2024年のプロ野球ドラフト会議で指名されず、大学野球からの引退を決断。一方、勝児さんは2023年夏の甲子園で慶應高校の107年ぶりの優勝を経験し、2025年から慶大野球部に進みました。母親の亜希さんと和博さんの離婚後の家族関係にも、近年変化が見られています。
【まず結論】清原和博の息子は2人!長男・正吾と次男・勝児のプロフィール

清原和博さんと元妻でモデルの亜希さんとの間には、2人の息子がいます。
長男が正吾さん、次男が勝児さんです。2人とも慶應義塾で学び、野球に取り組んできました。
長男・清原正吾のプロフィール
清原正吾(きよはら・しょうご)
- 生年月日:2002年8月23日
- 2026年11月現在:24歳
- 身長:約186cm
- 体重:約90kg
- 出身:東京都
- 最終所属:慶應義塾大学野球部
- 2026年現在:社会人
正吾さんは幼少期から野球を経験しましたが、中学ではバレーボール、高校ではアメリカンフットボールに取り組みました。
その後、慶應義塾大学への進学を機に硬式野球を再開。6年間のブランクを乗り越え、大学4年時にはチームの4番打者を任されるまでに成長しました。
身長186cmという恵まれた体格と端正な顔立ちも注目され、父親の知名度とは別に本人の存在感を高めていきました。
次男・清原勝児のプロフィール
清原勝児(きよはら・かつじ)
- 生年月日:2005年5月1日
- 2026年11月現在:21歳
- 身長:175cm
- 体重:80kg
- 出身:東京都
- 出身高校:慶應義塾高校
- 所属:慶應義塾大学野球部
- ポジション:内野手
勝児さんは5歳から野球を始め、小学生時代にはジャイアンツジュニアにも選出されました。
中学時代は世田谷西シニアでプレーし、高校では慶應高校の野球部に所属。2023年夏の甲子園優勝メンバーとして名前を残しました。
慶應義塾体育会野球部の公式プロフィールでも、右投げ右打ちの内野手として掲載されています。尊敬する人物には兄の正吾さんを挙げています。
【長男・清原正吾の現在】2026年春に新社会人!野球引退後の進路は?
正吾さんの進路は、2024年のドラフト会議を境に大きく変わりました。
プロ野球選手を目指してプロ志望届を提出したものの、指名されず、その後は野球を引退。就職活動を経て、2026年春から社会人として歩み始めています。
2024年のドラフト指名漏れから2026年の就職まで正吾さんは慶應義塾大学野球部で4番・一塁手として活躍しました。
2024年春季リーグでは一塁手のベストナインを受賞。秋季リーグでも本塁打を記録し、プロ野球界からの注目を集めました。
しかし、2024年10月24日のドラフト会議では、支配下指名にも育成指名にも名前が挙がりませんでした。
その後、2024年11月24日に野球を続けない意向を表明しています。
本人は慶大野球部を通じて、今後は野球ではなく新たな目標を持ち、社会に出る準備をすることを明らかにしました。
2025年は就職活動に専念、2026年4月に社会人デビュー2024年のドラフト後、正吾さんは一般企業への就職を目指すことになりました。
ただし、すぐに大学を離れたわけではありません。
2025年4月の日刊スポーツの報道によると、正吾さんは大学4年時に野球部の活動に専念しており、就職活動をほとんど行っていませんでした。そのため、2025年4月以降も慶大に在学し、就職活動を続ける道を選びました。
そして2026年4月3日、母親の亜希さんがInstagramで長男の新社会人デビューに言及したことが報じられました。
2026年9月18日のNEWSポストセブンの記事では、正吾さんは大手広告代理店に勤務する社会人1年目と紹介されています。
同記事によると、コンテンツの企画・制作などに関わる制作営業の部署に配属されたと、知人が証言しています。
ただし、勤務先の具体的な企業名は公表されていません。
正吾さんはなぜ野球を辞めたのか?正吾さんが野球を辞めた背景には、ドラフト指名漏れだけでなく、自分の将来を考えたうえでの進路選択がありました。
ドラフト後には独立リーグなど9球団からオファーがあったと朝日新聞社の「4years.」が報じています。
つまり、野球を続ける選択肢が完全になくなったわけではありません。
それでも本人は、大学野球を一区切りとし、一般社会で新たな目標を探す決断をしました。
父親と同じプロ野球選手になることだけが成功ではないという、自分自身の進路を選んだのです。
【ドラフト指名漏れの理由】清原正吾がプロ入りできなかった背景を検証
正吾さんのドラフト指名漏れは、2024年の野球界でも大きな話題になりました。
父親はプロ通算525本塁打を記録した清原和博さん。大学野球で4番を務めた長身の内野手ということもあり、指名への期待が集まっていました。
では、なぜ指名されなかったのでしょうか。
① 守備位置が一塁に限られていた2024年10月25日のFull-Countの記事では、慶大で正吾さんを指導していた元プロ野球選手の中尾孝義氏が、指名漏れの要因を分析しています。
中尾氏が指摘したのは、一塁手以外の守備への対応です。
プロ野球では一塁手に強い打撃力が大切です。守備位置の選択肢が少ない選手の場合、打撃で他の候補を上回る評価を得る必要があります。
正吾さんは身体能力に恵まれていましたが、外野守備への適応などには課題があったとされています。
② 打撃技術に改善の余地があった中尾氏は打撃面についても、内角の速球への対応や、ストライクからボールになる変化球の見極めを課題として挙げました。
長打を打てるパワーがある一方、プロの投手に対応する技術面では、さらに成長が必要だったという評価です。
③ プロ側が即戦力として評価するには難しかった日刊スポーツによると、2024年のドラフトでは各球団から調査書が届いていませんでした。
また、秋季リーグでは2本塁打を記録したものの、打率は2割にとどまっています。
もちろん、これだけでプロ入りできなかった理由のすべてを説明することはできません。
重要なのは、正吾さんが大学から本格的に硬式野球を再開した選手だったという点です。
小学生以来の本格的な野球復帰から、わずか数年で慶大の4番に成長したこと自体は高く評価されています。
ドラフト後の進路を比較| 時期 | 出来事 | 内容 |
|---|---|---|
| 2024年春 | 慶大野球部 | 一塁手としてベストナイン受賞 |
| 2024年9月 | プロ志望届 | プロ入りを目指す決断 |
| 2024年10月24日 | ドラフト会議 | 支配下・育成ともに指名なし |
| 2024年11月24日 | 野球引退 | 野球以外の道へ進む意向を表明 |
| 2025年4月 | 就職活動 | 慶大に在学し就職活動を継続 |
| 2026年4月 | 新社会人 | 一般企業で社会人生活を開始 |
| 2026年9月 | 勤務先報道 | 大手広告代理店勤務との報道 |
【清原家の人物相関】父・和博、母・亜希、息子2人の関係
清原家を理解するうえでは、父親の和博さん、母親の亜希さん、そして2人の息子の関係を整理することも大切です。
| 人物 | 正吾さん・勝児さんとの関係 | 2026年現在の状況 |
|---|---|---|
| 清原和博 | 父親 | 元プロ野球選手。息子たちの野球を見守ってきた |
| 亜希 | 母親 | モデル・ブランドプロデュースなどで活動 |
| 清原正吾 | 長男・兄 | 大学野球を引退し社会人に |
| 清原勝児 | 次男・弟 | 慶應義塾大学野球部で活動 |
| 慶應義塾大学野球部 | 兄弟の野球との関係 | 正吾さんの競技生活の舞台であり、現在は勝児さんが所属 |
この関係で注目したいのは、両親が離婚した後も、息子たちを通じて家族の交流が続いていることです。
2026年5月には正吾さんが母親や弟を含む家族4人の写真を公開したと報じられました。
また、2026年8月には和博さんの誕生日を家族で祝ったことも伝えられています。
【次男・清原勝児の現在2026】慶應義塾大学野球部での活動と将来
次男の勝児さんは、2025年2月に慶應義塾大学野球部へ入部しました。
2026年度の公式部員一覧では2年生として掲載されており、現在も大学野球を続けています。
2026年はフレッシュトーナメントで主将を経験2026年6月に開催された東京六大学野球の春季フレッシュトーナメントでは、勝児さんが慶大の主将を務めました。
この大会は、リーグ戦での出場機会がまだ少ない1・2年生らを中心とする選手に活躍の機会を与える大会です。
6月2日の東大戦では途中出場し、7回に左前打を記録しました。
日刊スポーツによると、勝児さんは経験の浅い選手たちを引っ張るため、自ら主将に立候補したとされています。
単に父親の名前で注目されるだけでなく、チームをまとめる立場も経験していることが分かります。
慶大の東京六大学リーグ戦にはまだ出場していないここで注意したいのが、フレッシュトーナメントと通常の東京六大学野球リーグ戦は別の大会だという点です。
慶應義塾体育会野球部の公式プロフィールでは、勝児さんのリーグ戦通算成績は「出場なし」と記載されています。
2026年6月の報道でも、本人はリーグ戦への初出場を目標としていました。
つまり、2026年現在の勝児さんは大学野球で競技を続けながら、リーグ戦の舞台を目指している段階です。
公式プロフィールに記載された身体データは、身長175cm、体重80kg。ポジションは内野手です。
将来の夢としてプロ野球選手を挙げており、今後の成長が注目されます。
【清原勝児の甲子園優勝経歴】父・和博と親子2代で夏の日本一
勝児さんの野球人生を語るうえで欠かせないのが、2023年夏の甲子園です。
慶應高校は2023年8月23日の全国高校野球選手権大会決勝で仙台育英高校と対戦し、8対2で勝利しました。
この優勝は、慶應高校にとって107年ぶり2度目の夏の甲子園制覇でした。
決勝では代打で出場し、四球を選んだ勝児さんは当時、慶應高校の2年生内野手でした。
決勝戦ではスタメンではなくベンチからのスタートでしたが、9回表に代打として登場。
「代打清原」のアナウンスとともに球場から大きな歓声が上がり、勝児さんは四球を選んで出塁しました。
打撃で長打を放ったわけではありませんが、チームの優勝メンバーとして甲子園の決勝を経験しました。
この点は、勝児さんの甲子園での実績を理解するうえで重要です。
父・清原和博もPL学園時代に夏の甲子園で優勝父親の和博さんも、高校時代にPL学園の主力選手として甲子園で活躍しました。
PL学園は1983年と1985年の夏の甲子園で優勝しています。
つまり、和博さんと勝児さんは、それぞれ高校野球で夏の日本一を経験した親子です。
日刊スポーツは2023年8月23日の優勝を、父子2代での夏の優勝という記録的な出来事として報じました。
父親の実績が大きいだけに、勝児さんにとっても特別な経験だったはずです。
ただし、勝児さん自身の高校野球での実績は、父親と同じような本塁打記録ではなく、慶應高校の優勝メンバーとしてチームに貢献したことにあります。
【母親は亜希】清原和博との離婚経緯と2026年現在の家族関係
清原和博さんの息子について調べると、母親である亜希さんとの関係や、両親の離婚についても関心が集まっています。
亜希さんはモデルとして活動してきた人物で、清原和博さんとの結婚生活では2人の息子を育てました。
清原和博と亜希は2000年に結婚、2014年に離婚2人の結婚から離婚までの経緯は次のとおりです。
- 2000年:清原和博さんと亜希さんが結婚
- 2002年8月:長男・正吾さんが誕生
- 2005年5月:次男・勝児さんが誕生
- 2014年9月22日:離婚を公表
清原氏は2014年9月22日、報道各社に送った直筆署名入りのファクスで離婚を発表しました。
発表では、14年間の結婚生活に区切りをつけ、新しい道を歩むことを報告しています。
また、離婚後も子どもたちの父親であることに変わりはないという趣旨を記していました。
当時、離婚に向けて代理人を通じた話し合いが行われていたことや、亜希さんが息子たちと別の住居で生活を始めていたことも報道されています。
ただし、離婚の具体的な理由については、夫婦の公式発表で詳細に説明されていません。
亜希は離婚について「良かった」と語ったことも2024年1月、亜希さんはテレビ朝日系の「徹子の部屋」に出演し、清原和博さんとの離婚について話しました。
司会の黒柳徹子さんから離婚して良かったかと尋ねられると、亜希さんは「はい」と回答。
そのうえで、離婚を経験したことでさまざまなことが見えてきたと振り返っています。
一方、離婚後の家族関係は、時間の経過とともに交流が見られるようになりました。
2026年は家族4人の写真や誕生日のお祝いも話題に2026年の清原家について、特に注目されたのが家族写真です。
2026年5月には、正吾さんが母親の亜希さんや弟の勝児さんを含む家族4人の近影を公開したと報じられました。
さらに8月18日、和博さんの59歳の誕生日には、亜希さんが家族写真入りのバースデーケーキを公開しています。
その際、亜希さんは次のようにメッセージを添えました。
清原さん59歳おめでとうございます。還暦までの1年…お供します。
この投稿はABEMA NEWSでも取り上げられ、離婚後も家族として交流している様子が伝えられました。
また、2026年10月23日のABEMA TIMESの報道では、亜希さんが息子たちの野球人生を振り返り、2024年の正吾さんのドラフト指名漏れについても母親としての心境を明かしたことが紹介されています。
2026年4月には、スポーツジムで清原和博さんと再会した際のツーショットも公開されていました。
こうした出来事から見えてくるのは、夫婦としては離婚していても、子どもたちの成長や野球という共通の経験を通じて交流が続いているということです。
現在の関係を単純な復縁や再婚と結び付けることはできません。公に確認できるのは、家族としての交流が続き、それぞれの立場から息子たちを見守っている姿です。
【よくある誤解】清原和博の息子について知っておきたい3つのポイント
清原家については、兄弟の野球歴や両親の離婚が話題になるため、情報が混同されることもあります。
特に次の3点は整理しておきたいところです。
1. 正吾さんと勝児さんは同じ大学野球部でプレーしていた?
正吾さんは2024年まで慶大野球部に所属し、勝児さんは2025年に入部しました。2人が同時期に慶大野球部で競技していたわけではありません。
2. 勝児さんは甲子園決勝でホームランを打った?
いいえ。2023年夏の決勝では9回に代打で出場し、四球を選びました。優勝メンバーであることと、決勝で本塁打を放ったことは別です。
3. 正吾さんはプロ野球選手になった?
いいえ。2024年のドラフト会議では指名されず、その後、独立リーグなどからのオファーも断って野球を引退しました。2026年春からは一般企業で働いています。
【清原和博の息子】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:清原和博の息子は何人いますか?
A1:2人です。2002年生まれの長男・清原正吾さんと、2005年生まれの次男・清原勝児さんです。母親は元モデルの亜希さんです。
Q2:清原正吾は2026年現在、何をしていますか?
A2:2026年4月から新社会人として働いています。NEWSポストセブンは、大手広告代理店に勤務していると報じています。具体的な勤務先の企業名は公表されていません。
Q3:清原勝児は現在も慶應義塾大学野球部に所属していますか?
A3:はい。2026年度の慶應義塾体育会野球部の部員一覧に掲載されています。春季フレッシュトーナメントでは主将を務めました。通常の東京六大学リーグ戦には、公式プロフィール上まだ出場記録がありません。
Q4:清原和博と亜希は離婚後も交流していますか?
A4:はい。2026年には家族4人の写真や清原さんの誕生日を祝う様子が報道されています。夫婦としては離婚していますが、家族としての交流は続いています。
清原和博さんの息子は、長男の正吾さんと次男の勝児さんの2人です。
2026年現在、兄弟はそれぞれ異なる道を歩んでいます。
正吾さんは慶應義塾大学野球部で4番を務め、ベストナインを受賞するまで成長しました。しかし、2024年のドラフト指名漏れを経験し、野球を引退。就職活動を経て2026年4月に社会人として新たなスタートを切りました。
一方、勝児さんは2023年夏の甲子園優勝を経験し、2025年から慶應義塾大学野球部で競技を継続。2026年にはフレッシュトーナメントの主将を務め、東京六大学リーグ戦への初出場を目指しています。
また、両親の和博さんと亜希さんは2014年に離婚していますが、2026年も家族4人で写真を撮影したり、誕生日を祝ったりする様子が伝えられています。
清原家を理解するうえで大切なのは、父親の525本塁打という偉大な記録だけで息子たちを評価しないことです。
正吾さんは野球から社会人へ、勝児さんは高校野球から大学野球へ。それぞれが自分の選択を重ねています。
父親と同じ道を歩むことだけが親子の絆ではありません。 2026年の清原家から見えてくるのは、異なる進路を選びながらも、互いの人生を尊重し、家族としてつながり続ける姿です。
今後は正吾さんの社会人としての活動、そして勝児さんの東京六大学リーグ戦デビューや大学野球での成長が注目されます。