1988年から1989年にかけて東京都足立区綾瀬で発生した「女子高生コンクリート詰め殺人事件」。17歳の女子高校生が約40日間にわたって監禁され、凄惨な暴行を受けて命を奪われたこの事件は、日本の少年犯罪史に深い傷跡を残した。
事件から37年以上が経過した2026年11月現在、刑事裁判で実刑判決を受けた4人のその後には、大きな違いが生じている。準主犯格Bは2022年に51歳で死亡し、監視役Dも2021年に49歳で病死した。一方、主犯格Aは2013年の逮捕後に不起訴となり、現在の消息は分かっていない。監禁場所となった自宅の住人だったCこと湊伸治は、2018年に別の傷害事件で逮捕されている。
2025年の北海道放送(HBC)による長期取材報道、2026年刊行のノンフィクション、裁判記録などから、4人の判決と出所時期、再犯、死亡報道を整理する。事件後の人生を追うと、少年犯罪における更生と社会復帰の難しさも浮かび上がる。
【事件の全貌】綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件とは何だったのか

事件が始まったのは1988年11月25日。埼玉県三郷市でアルバイトを終え、帰宅途中だった高校3年生の女子生徒(当時17歳)が少年らに連れ去られた。
主犯格AとCらは、被害者を東京都足立区綾瀬にあったCの自宅へ連れて行った。そこから約40日間に及ぶ監禁が始まる。
被害者は長期間にわたって性的暴力や身体的暴行を受け、食事も十分に与えられなかった。複数の少年が関与するなかで、被害は深刻化していった。
1989年1月4日、被害者は死亡した。その後、少年らは遺体をドラム缶に入れてコンクリートで固め、東京都江東区若洲の埋め立て地に遺棄した。
遺体が発見されたのは1989年3月29日。事件は大きな社会的衝撃を与え、少年犯罪に対する司法制度のあり方が厳しく問われることになった。
事件に関わったのは刑事裁判の4人だけではない事件の中心となったのは主犯格A、準主犯格B、監禁場所を提供したC、監視役Dの4人だった。
ただし、事件への関与者全体を4人だけと捉えるのは正確ではない。HBCの長期取材では、少年院送致となったE・Fらについても取り上げられている。
この違いは、後に加害者たちの人生を比較するうえでも重要になる。刑務所で服役した者と、少年院で矯正教育を受けた者とでは、出所後の経過に異なる傾向が見られたからだ。
【判決と出所時期】主犯格A・神作譲・湊伸治・Dの刑期を比較
1990年の東京地裁判決と1991年の東京高裁判決4人は家庭裁判所から検察官へ逆送致され、刑事裁判を受けた。
1990年7月19日、東京地裁は4人に対して実刑判決を言い渡した。しかし、検察側は量刑が軽すぎるとして4人全員について控訴した。
1991年7月12日の東京高裁判決では、Aの刑が懲役17年から20年に引き上げられ、CとDについても刑が重くなった。Bについては一審判決が維持された。
最終的に確定した刑は以下のとおりだ。
| 人物 | 事件当時の年齢 | 東京地裁判決 | 東京高裁・確定刑 | 出所時期・その後 |
|---|---|---|---|---|
| 主犯格A | 18歳 | 懲役17年 | 懲役20年 | 2007年2月仮出所と報道。2013年逮捕後、不起訴。消息不明 |
| 準主犯格B(神作譲) | 17歳 | 懲役5年以上10年以下 | 同じ刑で確定 | 1999年出所。再犯後2009年再出所。2022年死亡 |
| 少年C(湊伸治) | 16歳 | 懲役4年以上6年以下 | 懲役5年以上9年以下 | 1997年ごろには出所後の活動が報道。2018年に再逮捕 |
| 少年D | 17歳 | 懲役3年以上4年以下 | 懲役5年以上7年以下 | 1996年出所。2021年5月に死亡 |
なお、B・C・Dに科されたのは、刑の長期と短期を定める不定期刑である。Aの定期刑とは制度上の違いがある。
判決の経緯については、裁判資料を基にした事件記録や日刊SPA!の解説、HBCの2025年の調査報道でも確認できる。
主犯格Aの現在と消息は?主犯格Aには東京高裁で懲役20年が言い渡された。
2025年の文春オンラインの記事では、Aは千葉刑務所で服役し、2007年2月に仮出所したと紹介されている。出所後は養子縁組によって改名し、複数の地域で解体作業員や寝具店従業員などとして働いていたという。
しかし、2013年1月には、パチンコ必勝法の情報料金を名目に現金を振り込ませる振り込め詐欺の容疑で逮捕された。
重要なのは、この事件ではAが不起訴処分となった点だ。逮捕された事実と有罪判決を受けた事実は同じではない。
その後、さらに改名したとの報道もあるが、現在の所在や生活状況は分かっていない。2026年時点でも、本人の現在を具体的に示す確かな公開情報は確認できない。
したがって、Aについては「死亡した」「別の重大犯罪で有罪になった」といった断定的な情報を事実として扱うことはできない。現在の状況は消息不明という整理が妥当だ。
準主犯格B・神作譲は2022年に51歳で死亡準主犯格Bは、神作譲の名前で検索される人物だ。東京高裁では懲役5年以上10年以下の不定期刑が維持された。
HBC報道部の山﨑裕侍氏による長期取材では、Bは1999年8月4日に満期出所したことが明らかにされている。
出所後はコンピューター関連の派遣業務に就き、2000年12月には中国籍の女性と結婚した。しかし、結婚生活は数年で終わり、仕事も長続きしなかったという。
2004年5月、Bは知人男性を監禁して負傷させた事件で逮捕された。逮捕監禁致傷罪で起訴され、2005年3月に東京地裁で懲役4年の実刑判決を受けた。
2009年に府中刑務所を満期出所した後は、埼玉県内のアパートで一人暮らしを始めた。仕事をせず、生活保護を受けながら孤立した生活を送っていたとHBCは報じている。
そして、Bは2022年7月16日、51歳で死亡した。
2025年のHBC報道によると、母親が自宅のトイレで倒れているBを発見した。長年Bを支援していた関係者は、薬の影響による転倒と、その後の事故について証言している。
事件から数十年後、Bの死が明らかになったことは、加害者のその後を追う報道が再び注目を集めるきっかけとなった。
少年C・湊伸治は2018年に再び事件を起こした監禁場所となった自宅に住んでいた少年Cは、湊伸治という名前で知られている。
1991年の東京高裁判決では懲役5年以上9年以下の不定期刑が確定した。
出所後の一時期にはムエタイジムに所属し、プロとして試合に出場した経験もあったと報じられている。
しかし、2018年8月19日、埼玉県川口市の路上で男性とトラブルになり、男性を殴打したうえ、警棒やナイフを使って負傷させたとして逮捕された。
逮捕時の容疑は殺人未遂だったが、後に傷害罪で起訴されている。2019年8月のFRIDAYデジタルの法廷取材では、さいたま地裁で公判が続いていたことが報じられた。
この事件については、殺人未遂容疑で逮捕されたという事実と、傷害罪で起訴されたという事実を区別する必要がある。
2026年までの公開報道からは、その後の生活や現在の居場所を確実に示す情報は十分に得られない。ただし、2026年に刊行された山﨑氏の著書やインタビューでも、Cが出所後に再び事件を起こしたことが取り上げられている。
実行犯Dは2021年5月に49歳で病死監視役だったDは、東京高裁で懲役5年以上7年以下の不定期刑を受けた。
1996年に出所した後、母親と東京都内のアパートで暮らしていた。2000年の取材時には仕事に就かず、部屋に閉じこもる生活を送っていたとHBCは伝えている。
2005年の再取材では、母親からDが脳の病気を患っていることも明かされた。
その後、HBCの山﨑氏が約20年ぶりに母親へ連絡したところ、Dは2021年5月、自宅で呼吸困難に陥り、49歳で死亡していたことが判明した。
Dについては、BやCとは異なり、出所後に重大な刑事事件で再逮捕されたという報道は確認されていない。
ただし、再犯が報じられていないことと、被害者への償いや更生が完了していたことは別の問題である。
【出所後の再犯】4人のうち3人が再び事件を起こした経緯
この事件の特徴は、刑事裁判で有罪判決を受けた4人のうち、A・B・Cの3人について出所後に再び事件を起こした経緯が報じられていることだ。
2004年:準主犯格Bの逮捕監禁致傷事件Bは2004年5月、知人男性を監禁して負傷させた事件で逮捕された。
HBCの取材によると、Bは相手の男性に対して女性関係を理由に因縁をつけ、母親が経営していたスナックに監禁したという。
2005年3月には懲役4年の実刑判決を受け、再び刑務所に収監された。
この事件は、単に生活上のトラブルがあったという話ではない。以前の重大事件で服役した人物が、出所後に再び他人の自由と身体を侵害したという点で、再犯防止のあり方を問うものだった。
2013年:主犯格Aの特殊詐欺容疑による逮捕Aは2013年1月、振り込め詐欺に関与した疑いで逮捕されたと報じられている。
ただし、この件は不起訴処分となった。Aの再犯を論じる場合、この逮捕を有罪判決と同じ意味で扱ってはならない。
事件後の足取りを追った報道では、その後さらに名前を変えたとされるものの、現在の消息は不明となっている。
2018年:湊伸治の傷害事件2018年8月、湊伸治は川口市で起きた男性への暴行・負傷事件で逮捕された。
逮捕時には殺人未遂容疑と報じられたが、起訴された罪名は傷害罪だった。
FRIDAYデジタルの公判取材では、湊被告が法廷で事件当時の状況について説明し、被害者への攻撃をめぐって自身の主張を述べていたことが伝えられている。
この一連の報道によって、少年時代の重大事件で実刑を受けた人物が、成人後にも暴力事件で刑事責任を問われたという事実が改めて注目された。
「4人中3人が再犯」という情報の正しい読み方2026年のJBpressによる山﨑裕侍氏へのインタビューでも、実刑判決を受けた4人のうち3人が再び事件を起こしたという経過が取り上げられている。
ただし、3人の刑事上の経過は同一ではない。
- A:特殊詐欺容疑で逮捕されたが、不起訴。
- B:逮捕監禁致傷罪で有罪となり、懲役4年の実刑。
- C:殺人未遂容疑で逮捕された後、傷害罪で起訴。
- D:重大な再逮捕報道は確認されず、2021年に死亡。
このように、逮捕・起訴・有罪判決という刑事手続の段階を分けて理解することが、事件の正確な把握につながる。
【少年法と更生】なぜ出所後の人生にこれほど大きな差が生まれたのか
当時の少年法でも重大事件は刑事裁判の対象になった少年法は、未成年者の健全な育成と更生を目的とする法律である。
少年事件は原則として家庭裁判所に送致され、調査の結果に応じて少年院送致や保護観察、検察官への逆送致などが決定される。
この事件では、重大な犯罪であることから中心的な4人が逆送致され、刑事裁判で実刑判決を受けた。
したがって、少年法が適用されたからといって、加害者が刑罰を受けなかったわけではない。
2022年の少年法改正で何が変わったのか2022年4月1日には改正少年法が施行され、18歳・19歳は「特定少年」と位置付けられた。
18歳・19歳も少年法の対象ではあるが、重大事件での原則逆送対象が拡大され、逆送後に起訴された場合には実名等の推知報道を禁じる規定の例外も設けられた。
一方、17歳以下については、従来どおり保護・教育を重視する制度の枠組みが維持されている。
この事件の発生当時と現在では、法制度そのものが異なる。現在の少年法を1988年の事件にそのまま当てはめて、当時の判決の妥当性を判断することはできない。
2026年の長期取材が示した「刑務所」と「少年院」の違い事件のその後を検証するうえで、特に注目したいのがHBC報道部デスクの山﨑裕侍氏による長期取材だ。
山﨑氏は2000年ごろから加害者本人や家族、関係者への取材を続けてきた。その成果は2026年1月7日発売の著書『償い 綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件 6人の加害少年を追って』(文藝春秋)にまとめられている。
2026年2月のJBpressのインタビューでは、刑務所で服役したA・B・C・Dと、少年院送致となったE・Fのその後に違いが見られたと説明している。
山﨑氏の取材によると、EとFは少年院で自身の課題と向き合い、退院後も再犯することなく生活していた。2026年1月時点で、社会の中で生活していることが確認されている。
一方、実刑判決を受けたBとCについては、山﨑氏は本人への取材を通じて、事件への向き合い方や償いについて明確な姿勢を感じ取れなかったと述べている。
この比較から考えられるのは、刑罰の重さだけで更生の成否を判断することの難しさだ。
少年院では、生活指導や対人関係の訓練、自身の問題行動を振り返る教育などが行われる。単に施設に収容するだけでなく、社会に戻った後の行動を変えるための教育が重視されている。
ただし、この6人の経過だけで刑務所と少年院の効果を一般化することはできない。個人の性格、家庭環境、周囲の支援、本人が事件と向き合う姿勢など、複数の要素が関係している。
【ネットの噂を検証】犯人の死亡・消息不明・再犯をめぐる誤解
4人全員が死亡したという情報は事実ではない2026年現在、死亡が報道で確認されているのはBとDの2人である。
Aは2013年の逮捕後の消息が分かっておらず、Cについても2018年の傷害事件以降の生活を明確に示す最新情報は限られている。
したがって、4人全員が死亡したという情報は正しくない。
湊伸治の2018年の事件は殺人未遂罪で有罪になったのかこれも誤解されやすい点だ。
逮捕時には殺人未遂容疑と報じられたものの、後に傷害罪で起訴されている。事件名や逮捕時の容疑だけを見て、殺人未遂罪で有罪判決が確定したと説明するのは正確ではない。
主犯格Aは詐欺事件で有罪になったのか2013年の振り込め詐欺容疑による逮捕は報道されているが、不起訴処分となった。
逮捕歴があることを理由に、その事件について犯罪が確定したかのように扱うのは誤りである。
事件現場と遺体発見場所は同じではないもう一つの誤解が、事件の現場と遺体の発見場所の混同だ。
被害者が監禁されていたのは東京都足立区綾瀬にあったCの自宅である。一方、遺体が発見されたのは東京都江東区若洲の埋め立て地だった。
この2つは別の場所であり、事件を調べる際には区別する必要がある。
【プロの結論】女子高生コンクリート詰め殺人事件が2026年に問いかけるもの
この事件を2026年の視点から振り返ると、注目すべきなのは、単に4人の犯人がどこで何をしているかという情報だけではない。
被害者の命が奪われた事件の責任を、司法がどのように判断し、服役後の社会復帰をどう支え、再犯をどう防ぐのかという問題である。
特に、A・B・Cの3人に出所後の再度の事件が報じられている一方、少年院送致となったE・Fは再犯せずに生活しているという違いは、少年犯罪の更生を考えるうえで重要な材料となる。
もちろん、被害者への償いは、加害者が刑期を終えたり、社会で生活を再開したりしただけで完了するものではない。
被害者と遺族が受けた苦痛は、年月が経過したからといって消えるものではない。加害者の更生を論じる際にも、被害者の尊厳と遺族の思いを中心に置く必要がある。
事件の記憶を風化させないためには、刺激的な噂や未確認情報を追いかけるだけでは不十分だ。判決、刑事手続、本人や関係者への取材、そして更生教育の実態を継続して検証することが求められる。
【女子高生コンクリート詰め殺人事件の犯人の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:女子高生コンクリート詰め殺人事件の犯人4人は現在どうしていますか?
A1:主犯格Aは2013年の逮捕後、不起訴となり現在の消息は不明です。準主犯格Bは2022年に51歳で死亡。少年Cこと湊伸治は2018年に傷害事件で逮捕され、監視役Dは2021年に49歳で病死したと報じられています。
Q2:準主犯格Bの神作譲はいつ死亡したのですか?
A2:HBCの2025年の調査報道によると、2022年7月16日に51歳で死亡しました。2004年には出所後の逮捕監禁致傷事件で再び実刑判決を受け、2009年に満期出所していました。
Q3:主犯格Aは現在も生きているのですか?
A3:現在の生死を確定できる公開情報は確認されていません。2013年の特殊詐欺容疑による逮捕後は不起訴となり、その後の消息は不明と報じられています。
Q4:湊伸治は2018年に殺人未遂事件を起こしたのですか?
A4:2018年8月に川口市で男性に暴行し、負傷させた事件で殺人未遂容疑により逮捕されました。ただし、後に傷害罪で起訴されています。逮捕時の容疑と起訴罪名を混同しないことが大切です。
Q5:犯人4人の出所時期はいつですか?
A5:報道では、Aは2007年2月に仮出所、Bは1999年8月に出所、Cは遅くとも1997年ごろには出所後の活動が確認され、Dは1996年に出所しています。Cの正確な出所年月は公表情報から特定できません。
Q6:少年法はこの事件の犯人を守りすぎたのでしょうか?
A6:4人は少年法の適用を受けながらも、家庭裁判所から逆送致され、刑事裁判で実刑判決を受けています。少年法は刑罰を免除する制度ではなく、少年の年齢や更生可能性を踏まえて処遇を決める制度です。事件後の再犯や更生の経過は、刑罰と教育のあり方を考える重要な論点になっています。
女子高生コンクリート詰め殺人事件の中心的な加害者4人は、全員が刑期を終えて出所した。その後、BとDは死亡し、Aは消息不明、Cは2018年の傷害事件で再び刑事事件の当事者となった。
特に2025年のHBCによる調査報道と、2026年刊行の山﨑裕侍氏の著書『償い』は、事件後の加害者の人生を長期的に検証する貴重な報道・記録となっている。
この事件が残した教訓は、少年犯罪に対する厳罰化だけでは再犯防止や更生の問題を解決できないということだ。被害者の尊厳を守りながら、加害者が再び犯罪を起こさないための教育と社会的支援をどう実現するか。司法と社会の双方に、今も重い課題が残されている。
主な参考資料・報道
- 北海道放送(HBC)・TBS NEWS DIG「孤独死、再犯、結婚…遠い償い『女子高生コンクリート詰め殺人』加害者のその後」
- 文春オンライン「トイレに頭を突っ込み孤独死、人を殴ってまた逮捕…」
- FRIDAYデジタル「コンクリ殺人・湊伸治 異常興奮でズボンも破れた傷害事件公判」
- JBpress「加害者の更生と償いは誰が決めるのか?」
- 法務省「少年法改正Q&A」
- 国立国会図書館『償い 綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件 6人の加害少年を追って』