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名古屋アベック殺人事件の犯人は現在どうなった?出所説と無期懲役の真相を2026年最新解説

宮部 宗介 宮部 宗介 • 更新: • 公開: • 読了約 19 分
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1988年2月、名古屋市の大高緑地で発生した「名古屋アベック殺人事件」。交際中だった野村昭善さん(当時19歳)と末松須弥代さん(当時20歳)が、若者6人のグループに襲われ、金品を奪われたうえ、連れ回されて殺害された事件です。事件から38年が経過した2026年現在も、犯人の出所や仮釈放、主犯格の服役状況を知りたいという関心が続いています。

結論からいうと、主犯格は一審で死刑判決を受けた後、1996年の名古屋高裁判決で無期懲役に減刑されました。2021年の報道では岡山刑務所で服役中と伝えられています。一方、有期刑を受けた共犯者4人は、2009年までの報道で全員が出所済みとされています。2026年11月現在、主犯格の仮釈放や出所を裏付ける新たな公的発表は確認できません。

【2026年現在】名古屋アベック殺人事件の犯人はどうなった?主犯格と共犯者の出所状況

名古屋アベック殺人事件犯人現在

名古屋アベック殺人事件の犯人現在を調べる際、最初に理解しておきたいのが、6人全員に同じ刑罰が科されたわけではないという点です。

事件に関与した6人のうち、2人は無期懲役、残る4人は有期刑または不定期刑となりました。1996年の控訴審によって主犯格の死刑判決が無期懲役へ変更されたため、最終的には無期懲役2人、有期刑・不定期刑4人という構成になっています。

主犯格の現在は?2021年の獄中取材で確認された状況

主犯格は、1989年6月28日の名古屋地裁判決で死刑を言い渡されました。しかし、1996年12月16日の名古屋高裁判決によって無期懲役へ変更され、1997年1月に刑が確定しています。

その後の状況については、共同通信記者による取材を基にした2016年の『新潮45』の記事や、2021年5月11日のライブドアニュース掲載記事などで伝えられています。

2021年の報道では、主犯格は岡山刑務所で約30年間服役しており、記者による取材にも応じていました。自らの罪や被害者への向き合い方、将来の社会復帰を意識した生活について語ったとされています。

ただし、これは2021年時点の取材情報です。2026年11月現在の収容先や仮釈放の許否について、本人の最新の状況を確定できる公的発表は確認できません。したがって、すでに出所したとする情報を確定事項として扱うことはできません。

共犯者4人はすでに出所している

一方、有期刑を受けた共犯者4人については、2009年2月の毎日新聞報道で、事件に関与した6人のうち4人がすでに出所していたことが伝えられています。

この4人には、懲役17年から13年に変更された男性、懲役13年の男性、懲役5年以上10年以下の不定期刑を受けた女性2人が含まれます。

ただし、共犯者4人が出所したことと、事件に関与した全員が出所したことは同じではありません。無期懲役を受けた2人については別に考える必要があります。

もう1人の無期懲役受刑者について

主犯格とは別に、犯行当時17歳だった共犯者にも一審で無期懲役が言い渡されました。この人物は、18歳未満への死刑適用を禁じていた当時の少年法の規定により、死刑相当と判断された場合でも無期懲役が適用される立場でした。

この人物の2026年現在の仮釈放や出所については、個別に確認できる新しい公的情報がありません。主犯格の報道だけを根拠に、もう1人の現在まで断定することはできません。

【事件の経緯】1988年の大高緑地殺人事件で何が起きたのか

名古屋アベック殺人事件は、単に大高緑地で起きた殺人事件ではありません。金品を奪う目的で始まった複数の襲撃が、被害者を拘束し、最終的に2人の命を奪う重大犯罪へと発展した事件です。

1988年2月23日未明:若者6人が集まり強盗を計画

事件当時、6人は17歳から20歳の男女で構成されていました。

名古屋市中区のテレビ塔周辺で集まった彼らは、遊ぶ金を得る目的で、深夜に車内で過ごしている男女を狙う強盗を計画します。

大高緑地に向かう前にも、名古屋港の金城ふ頭周辺などで複数の男女を襲撃していました。最初の襲撃は未遂に終わりましたが、その後の襲撃では金品を奪い、被害者にけがを負わせています。

2月23日午前4時30分ごろ:野村昭善さんと末松須弥代さんが襲われる

6人は名古屋市緑区の大高緑地に駐車していた野村昭善さんと末松須弥代さんを襲撃しました。

野村さんは理容師、末松さんは理容師見習いとして働いており、2人は同じ理容店で仕事をしていました。交際していた2人に、加害者グループとの面識はありませんでした。

6人は2人に暴行を加えて金品を奪い、末松さんには性的暴行も加えました。しかし、犯行はそこで終わりませんでした。

2月24日:野村さんが長久手町で殺害される

犯行の発覚を恐れたグループは、2人をすぐには解放せず、車で連れ回しました。

その後、名古屋市内で殺害についての共謀が成立し、2月24日午前4時30分ごろ、野村さんが当時の愛知県長久手町の墓地で殺害されました。

2月25日:末松さんも三重県で殺害される

野村さんの殺害後も末松さんは解放されず、翌25日午前3時ごろ、三重県阿山郡大山田村の山林で殺害されました。

その後、2人の遺体は同じ地域の山林に遺棄されました。

2月27日から28日:6人全員の身柄を確保

愛知県警は2月27日から28日にかけて、事件に関与した6人の身柄を確保しました。捜査の過程で三重県内の山林から2人の遺体も発見されています。

この事件は、強盗致傷、性的暴行、殺人、死体遺棄など複数の犯罪が連続した重大事件として、全国的な注目を集めました。

【裁判と判決の全貌】一審死刑判決から1996年の名古屋高裁判決まで

この事件の刑事裁判で特に注目されたのが、主犯格に対する一審の死刑判決と、7年以上の控訴審審理を経て下された無期懲役への変更です。

1989年6月28日:名古屋地裁が言い渡した6人の刑罰

名古屋地裁は、1989年6月28日、6人全員に有罪判決を言い渡しました。

犯行の残虐性、被害者2人の命が奪われた結果、犯行における各人の役割などを踏まえ、それぞれ異なる刑罰が選択されました。

対象者 一審判決 控訴審・確定後
主犯格の男性(犯行時19歳) 死刑 1996年に無期懲役へ変更
殺害に関与した男性(犯行時17歳) 無期懲役 無期懲役が確定
男性共犯者(事件当時20歳) 懲役17年 1996年に懲役13年へ変更
男性共犯者(犯行時18歳) 懲役13年 確定
女性共犯者2人 懲役5年以上10年以下 確定

この表から分かるように、事件に関わった6人のうち、主犯格だけが一審で死刑を言い渡されたわけではありません。17歳の共犯者には、少年法第51条の規定に基づいて無期懲役が適用されました。

1996年12月16日:名古屋高裁が死刑判決を破棄

控訴審を担当した名古屋高裁は、1996年12月16日、一審の死刑判決を破棄し、主犯格に無期懲役を言い渡しました。

同じ判決では、一審で懲役17年だった共犯者についても、野村さん殺害の共謀に参加したとは認められないと判断し、懲役13年へ変更しています。

検察側は主犯格に対する死刑判決の維持を求めていましたが、最終的に上告を断念しました。1997年1月、控訴審の判決が確定しています。

つまり、主犯格が死刑を免れたのは、最高裁が死刑判決を無期懲役に変更したからではありません。名古屋高裁の控訴審判決が確定したためです。

【判決理由を検証】なぜ主犯格の死刑は無期懲役に変更されたのか

名古屋アベック殺人事件の判決理由を理解するうえで重要なのは、裁判所が事件の重大性を否定したわけではないという点です。

名古屋高裁は、犯行の残虐性や結果の重大さ、遺族の処罰感情を重く受け止めながら、主犯格の年齢、犯行の展開、個人的な犯罪傾向、反省の状況などを総合的に検討しました。

理由1:犯行時19歳という年齢と精神的な未成熟さ

主犯格は犯行当時19歳6か月でした。

当時の少年法では20歳未満が少年として扱われていましたが、18歳以上であれば死刑が法律上不可能だったわけではありません。

高裁は、19歳という年齢だけを理由に減刑したのではなく、集団内での心理的な影響や精神的な未成熟さなど、犯行に至る背景を検討しました。

理由2:殺人は当初から綿密に計画されていたわけではない

控訴審で重視されたのが、当初の強盗計画と、その後に発生した殺人の関係です。

6人は金品を奪う目的で行動していましたが、最初から野村さんと末松さんを殺害することを目的に大高緑地へ向かったわけではありません。

2人を拘束した後、犯行の発覚を恐れる心理が殺害の共謀につながっていきました。高裁は、この一連の犯罪が当初から殺人を綿密に計画して実行したものではない点を、量刑判断の材料にしました。

理由3:矯正可能性と犯行後の反省

高裁は主犯格の生活歴や前科などを検討し、粗暴犯罪の前科がないことや、控訴審までに反省の態度が深まったことなどを考慮しました。

そのうえで、矯正可能性が残されていると評価し、無期懲役によって長期にわたり罪を償わせる余地があると判断したのです。

これは、死刑と無期懲役の選択において、犯行の客観的な重大性だけでなく、被告人の年齢、性格、前科、犯行後の情状なども総合的に考慮する日本の量刑判断に関わる問題でした。

一審と二審で異なった評価

一審では、主犯格の主導的な役割や犯行の冷酷さが重視され、死刑が選択されました。

これに対し、二審では、殺人の計画性がどの段階で生まれたのか、集団内で誰がどの共謀に加わったのか、本人に更生の可能性が残されているのかが改めて検討されました。

その結果、同じ事件でも、個別の責任や量刑事情の評価によって結論が変わったのです。

【少年法と仮釈放】2026年の制度から出所説の真相を考える

この事件は、少年犯罪に対してどのような刑罰を科すべきなのかという議論を考えるうえでも重要な事例です。

17歳の共犯者が死刑ではなく無期懲役になった理由

当時の少年法第51条では、犯行時18歳未満の者に対して死刑を科すことが禁止されていました。

そのため、17歳だった共犯者について死刑相当の判断が問題となる場合でも、法律上は無期懲役が適用される仕組みでした。

一方、19歳だった主犯格には死刑を選択する法的余地があり、実際に一審では死刑判決が言い渡されています。

なお、2022年4月に施行された改正少年法では、18歳・19歳を特定少年として扱う制度が導入されました。ただし、この改正によって1988年の事件の判決が遡って変更されることはありません。

無期懲役なら必ず出所できるのか

無期懲役は、必ずしも法律上の絶対的な終身刑ではありません。刑法第28条などの規定により、一定の条件を満たした場合には仮釈放が認められる可能性があります。

しかし、無期懲役を受けたからといって、一定の年数が経過すれば自動的に出所できるわけではありません。

法務省が公表している無期刑受刑者の仮釈放運用では、刑の執行開始から30年が経過した場合、原則として1年以内に仮釈放審理を開始する取り扱いが示されています。

ここで注意したいのは、30年という期間は仮釈放の許可が自動的に出る時期ではなく、審理開始に関する運用上の基準だという点です。

主犯格の仮釈放は2027年が一つの節目

主犯格の無期懲役判決は1997年1月に確定しています。服役開始も同時期であれば、2027年1月ごろに30年という節目を迎える計算です。

ただし、これは制度上の審理開始時期を考えるための目安であり、2027年に出所するという意味ではありません。

仮釈放の審理では、本人の改善更生の状況、再犯のおそれ、社会の感情、被害者や遺族の意見などが考慮されます。

法務省の公表資料でも、無期刑受刑者の仮釈放審理については、複数の委員による面接や検察官への意見照会、被害者等への調査などを行う慎重な運用が示されています。

したがって、ネット上で見られる「30年服役すれば必ず出所する」という説明は正確ではありません。

【真相と実態】名古屋アベック殺人事件の犯人現在をめぐる噂と事実

事件から長い年月が経過したことで、インターネット上には犯人の出所や生活状況に関する情報が数多く存在します。しかし、古い報道、個人ブログ、匿名掲示板の情報が混在しているため、事実関係を整理する必要があります。

噂1:主犯格はすでに出所している?

確認できる事実:2021年の取材報道では服役中だった。

2021年5月の報道では、主犯格が岡山刑務所で服役を続けていることが伝えられています。

2026年現在、出所したことを裏付ける公的な発表は確認できません。したがって、主犯格がすでに社会復帰しているという説を事実として扱うことはできません。

噂2:共犯者は全員出所した?

確認できる事実:有期刑を受けた4人は出所している。

2009年の毎日新聞報道では、事件に関与した6人のうち4人が出所していたことが伝えられています。

しかし、無期懲役を受けた2人と、有期刑を受けた4人は区別しなければなりません。「共犯者全員が出所した」という説明は、事件全体の刑罰構成を正確に反映していません。

噂3:野村昭善さんと末松須弥代さんは加害者側の人物?

確認できる事実:2人は事件の被害者です。

野村昭善さんは当時19歳の理容師、末松須弥代さんは当時20歳の理容師見習いでした。2人は交際中で、大高緑地にいたところを襲撃されました。

事件を検索する際には、被害者の名前と加害者の名前を混同しないことが大切です。

事件後の遺族への償いも重要な論点

この事件では、刑事裁判の判決だけでなく、被害者遺族への謝罪や賠償も長く取り上げられてきました。

2009年の共同通信記者による取材記事では、無期懲役となった主犯格と被害者遺族との間で手紙のやり取りが続いていたことが紹介されています。

一方で、遺族との関係や賠償の状況は一様ではありません。刑期を終えたことと、被害者や遺族に対する償いが完了したことは別の問題です。

事件の真相を考える際には、刑事責任の確定だけでなく、被害者の人生が奪われた事実と、その後も続く遺族の苦しみに目を向ける必要があります。

【名古屋アベック殺人事件の犯人現在】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:名古屋アベック殺人事件の主犯格は2026年現在も刑務所にいる?
A1:2021年の取材報道では岡山刑務所で服役していました。2026年11月現在の個別の収容状況を確認できる公的発表はなく、最新の出所状況を断定することはできません。

Q2:主犯格はいつ仮釈放される可能性がある?
A2:無期懲役の判決は1997年1月に確定しています。服役開始が同時期であれば、2027年ごろに30年の節目を迎えます。ただし、これは仮釈放審理開始の目安であり、出所が決定したわけではありません。

Q3:共犯者は全員出所している?
A3:有期刑を受けた共犯者4人については、2009年までの報道で出所が確認されています。一方、無期懲役を受けた人物は主犯格以外にも1人います。

Q4:主犯格はなぜ一審の死刑判決から無期懲役になった?
A4:1996年の名古屋高裁は、犯行時の年齢、集団犯罪の性質、殺人の計画性、前科、犯行後の反省や矯正可能性などを総合的に考慮しました。その結果、一審の死刑判決を破棄し、無期懲役を言い渡しました。

Q5:名古屋アベック殺人事件の被害者は誰?
A5:被害者は当時19歳の理容師・野村昭善さんと、当時20歳の理容師見習い・末松須弥代さんです。交際中だった2人が大高緑地で襲撃され、その後、長久手町と三重県大山田村で殺害されました。

名古屋アベック殺人事件は、1988年に発生した重大な少年犯罪であり、6人の加害者に対して異なる刑罰が言い渡された事件です。

主犯格は1989年の一審で死刑判決を受けましたが、1996年12月16日の名古屋高裁判決で無期懲役に変更されました。2021年の取材報道では服役中であり、2026年現在、出所や仮釈放を確認できる公的情報は見当たりません。

一方、有期刑を受けた共犯者4人はすでに出所しています。もう1人の無期懲役受刑者については、主犯格と同じように個別の最新状況を確認する必要があります。

今後の注目点は、1997年に確定した無期懲役刑が30年の節目を迎える2027年です。ただし、仮釈放審理と実際の出所は別の手続きであり、社会復帰が決まっているわけではありません。

この事件から考えるべきなのは、犯人が現在どこにいるのかという関心だけではありません。司法が少年犯罪の責任をどう判断したのか、被害者の命を奪った加害者にどのような償いを求めるのか、そして被害者遺族の苦しみを社会がどう受け止めるのかという問題です。

事件から38年が経過しても、野村昭善さんと末松須弥代さんが生きたかった未来は戻りません。2027年に向けた仮釈放の動向を考える際にも、被害者と遺族の存在を忘れてはならないでしょう。

主な事実確認資料

- 1989年6月28日付の朝日新聞による名古屋地裁判決要旨報道。
- 名古屋高裁1996年12月16日判決と、その量刑理由を検討した愛知産業大学の法学研究資料。
- 2021年5月の主犯格に関する獄中取材報道。
- 法務省「無期刑受刑者の仮釈放の運用状況等について」(2026年1月更新)。

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宮部 宗介
トレンドリサーチャー 宮部 宗介
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アニメ・漫画の制作発表を担当。制作会社・出版社の公式告知と原作者コメントを確認してから記事化します。

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