深津旭弘さんの名前は、「ふかつ あきひろ」と読みます。日本男子バレーボール界で長い競技歴を持つセッターで、愛知県豊田市出身です。
東京グレートベアーズの公式選手プロフィールや日本オリンピック委員会(JOC)の登録情報から確認できる基本データをまとめました。
| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 名前 | 深津旭弘 |
| 読み方 | ふかつ・あきひろ |
| 英語表記 | AKIHIRO FUKATSU |
| 生年月日 | 1987年7月23日 |
| 年齢 | 39歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 愛知県豊田市 |
| 出身高校 | 星城高校 |
| 出身大学 | 東海大学 |
| 身長 | 183cm |
| 体重 | 70kg |
| ポジション | セッター |
| 利き腕 | 右 |
| 背番号 | 3 |
| ニックネーム | アキ |
| 所属 | 東京グレートベアーズ |
深津旭弘さんの生年月日は、1987年7月23日です。
2026年7月23日に39歳の誕生日を迎えました。そのため、2026年11月2日現在は39歳となります。
ここで注意したいのが、公式プロフィールに掲載された年齢との違いです。
東京グレートベアーズが2026年6月22日に発表した2026-27シーズンの契約継続ニュースでは、年齢が38歳と記載されていました。これは誕生日を迎える前の情報です。
生年月日そのものに変更はなく、2026年7月23日以降は39歳という計算になります。
年齢を調べる場合は、プロフィールの更新日と誕生日の前後関係を確認することが大切です。
出身は愛知県豊田市、出身校は星城高校と東海大学深津さんは愛知県豊田市の出身です。
高校は愛知県の星城高校、大学は東海大学に進学しました。高校・大学を通じてバレーボールの競技経験を積み、大学時代には主将も務めています。
東京グレートベアーズの公式プロフィールには、身長183cm、体重70kg、最高到達点337cmという身体データも掲載されています。
183cmという身長は、男子バレーボールのセッターとしてプレーするうえで、トスワークだけでなくブロックやネット際の攻防にも関係する要素です。
【深津旭弘の経歴】JTサンダーズ広島から東京グレートベアーズまで

深津旭弘さんの競技人生を理解するうえで欠かせないのが、JTサンダーズ広島で過ごした11年間と、その後の移籍です。
一見すると順調なキャリアに見えますが、実際には長い控え選手時代を経験しています。
小学5年生から始まったバレーボール人生J SPORTSの選手紹介によると、深津さんがバレーボールを始めたのは小学5年生のときです。
きっかけは小学校の先生からの誘いでした。
星城高校では当初アタッカーとしてプレーし、その後はセッターとの兼任も経験。東海大学でも1、2年生の頃は両方のポジションをこなしていましたが、最終的にはセッターに専念しました。
大学4年時には主将を務め、全日本インカレを含む大学の主要タイトルを制覇。J SPORTSの紹介では、この実績は「5冠」とされています。
JT時代に訪れた最初の転機2010年、深津さんはJTサンダーズ広島に入団しました。
ただし、入団直後からレギュラーとして活躍できたわけではありません。
2025年4月25日公開のNumber Webのインタビューでは、本人が27〜28歳頃までレギュラーを獲得できず、4〜5年間は下積みのような時期を過ごしたと振り返っています。
転機となったのは2014-15シーズンです。
JTサンダーズがVリーグで初優勝を達成したシーズンに、深津さんは初めてレギュラーとして出場しました。
長く積み重ねてきた経験が、チームの結果につながった時期です。
年代別に見る深津旭弘のキャリア年表| 年・時期 | 出来事 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 小学5年生 | バレーボールを開始 | 小学校の先生の誘いがきっかけ |
| 高校時代 | 星城高校に進学 | アタッカーからセッターも経験 |
| 大学時代 | 東海大学に進学 | 主将を務め、主要タイトル5冠 |
| 2010年 | JTサンダーズ広島に入団 | 日本代表登録メンバーにも選出 |
| 2014-15年 | JTがVリーグ初優勝 | レギュラーとして出場 |
| 2021年 | 堺ブレイザーズへ移籍 | 新しい環境で再挑戦 |
| 2023年 | 東京グレートベアーズへ移籍 | 日本代表での活動も広がる |
| 2023・2024年 | ネーションズリーグ出場 | 男子日本代表として活動 |
| 2024年 | パリオリンピック出場 | 37歳で五輪代表入り |
| 2026年6月 | 契約継続を発表 | 東京グレートベアーズの2026-27シーズン契約 |
【深津旭弘が日本代表に選ばれた理由】30代からの再挑戦と移籍の意味
深津旭弘さんのキャリアで特に興味深いのは、若い頃から代表の中心選手だったわけではないことです。
長い下積みを経験し、30代になってから日本代表としての存在感を高めていきました。
2021年の堺ブレイザーズ移籍が転機に2021年6月、深津さんは堺ブレイザーズへの入団を発表しました。
JTサンダーズ広島には2010年から2021年まで在籍しており、約11年間にわたってプレーしたチームを離れる決断でした。
堺ブレイザーズへの移籍発表では、本人も新たな挑戦への意欲を示しています。
その後、2023年には東京グレートベアーズへ移籍しました。
Number Webのインタビューで深津さんは、堺への移籍を機に、それまでの成績やキャリアにとらわれず、まっさらな状態で挑戦する気持ちになったと説明しています。
また、日本代表への復帰についても、34歳で選出されたことを振り返っています。
ここで重要なのは、単純に年齢を重ねても実力が落ちなかったという話ではない点です。
環境を変え、自分のプレーを見つめ直し、新しいチームで役割を築いたことが代表入りにつながりました。
2010年の代表登録と2023年以降の代表活動は別の意味を持つ深津さんについては、2010年に日本代表登録メンバーとなった記録があります。
一方、2021年の移籍後、2022〜2023年にも代表登録メンバーとして名前が掲載されています。
加えて、2023年と2024年のネーションズリーグ、2024年のパリオリンピックにも出場しました。
つまり、2010年の代表登録から長期間ずっと代表の中心にいたというわけではありません。
キャリアの途中で所属チームや役割を変えながら、30代半ば以降に再び国際舞台で活躍したことが、深津さんの経歴を特徴づけています。
【深津旭弘とパリ2024】37歳でつかんだオリンピック出場
深津旭弘さんの名前が広く知られるきっかけの一つとなったのが、2024年のパリオリンピックです。
当時37歳。長い競技人生を経て、男子日本代表の一員としてオリンピックの舞台に立ちました。
パリオリンピックで男子日本代表として出場東京グレートベアーズは2024年6月24日、深津さんがパリ2024オリンピックの男子日本代表に選出されたことを発表しました。
クラブにとっても、創設3年目で初めてのオリンピック出場内定選手となるニュースでした。
JOCの大会記録によると、日本男子代表はパリ大会で7位に入賞しています。
深津さん個人にとっても、37歳でのオリンピック出場は大きな節目となりました。
イタリア戦後に語った複雑な心境2025年4月のNumber Webのインタビューでは、パリオリンピック準々決勝のイタリア戦についても振り返っています。
深津さんは、試合に敗れた悔しさだけでなく、長い時間をともに過ごしてきた代表チームが終わることへの悲しさも感じていたと語りました。
試合後、選手同士の挨拶や記念撮影を終えても、なかなかコートを離れられなかったというエピソードが紹介されています。
この話から伝わるのは、オリンピック出場が単なる個人の実績ではなかったということです。
代表チームの中で過ごした時間や、仲間との関係も含めて、深津さんにとって大きな意味を持つ経験だったのでしょう。
杭州アジア大会でも銅メダルを獲得JOCの競技記録には、杭州アジア大会の男子バレーボールで銅メダルを獲得した実績も掲載されています。
オリンピックだけでなく、アジア大会などの国際大会でも日本代表として経験を重ねてきました。
【深津旭弘のプレースタイル】セッターとしての強みと2025-26年の成績
深津旭弘さんのポジションはセッターです。
セッターは、レシーブされたボールをアタッカーに配球し、攻撃を組み立てる役割を担います。
単にトスを上げるだけではなく、相手ブロックの配置や味方選手の状態を把握し、どの攻撃を選ぶか判断する必要があります。
丁寧なトスワークとサーブ、ブロックが特徴J SPORTSの選手紹介では、深津さんのプレーの特徴として、アタッカーが打ちやすいトスを丁寧に上げる技術が挙げられています。
加えて、サーブやブロックも武器とされ、セッター自身が攻撃に参加するツーアタックも見どころの一つです。
セッターは試合の流れを作るポジションであるため、得点数だけで実力を判断することはできません。
味方の攻撃力を引き出し、相手に攻撃を読ませない配球を続けられるかが評価のポイントになります。
2025-26シーズンの公式成績SVリーグの公式選手記録によると、深津さんの2025-26シーズンの成績は次のとおりです。
| 項目 | 2025-26シーズン |
|---|---|
| 所属チーム | 東京グレートベアーズ |
| 出場試合数 | 46試合 |
| 出場セット数 | 148セット |
| アタック得点 | 14点 |
| ブロック得点 | 16点 |
| サーブ得点 | 10点 |
| 総得点 | 40点 |
特に注目したいのは、46試合に出場している点です。
39歳を迎えるシーズンに向けても、トップレベルのリーグでプレーを続けていることが公式記録から確認できます。
もちろん、セッターの評価にはトスの質や攻撃の組み立て、チーム全体への貢献も欠かせません。
得点記録と実際の試合映像をあわせて見ると、深津さんのプレーをより立体的に理解できます。
【深津旭弘の2026年現在】所属チームと深津3兄弟の関係
2026年現在、深津旭弘さんは東京グレートベアーズに所属しています。
所属先については、過去の移籍情報だけでなく、2026-27シーズンの公式発表を確認が必要です。
東京グレートベアーズとの契約を継続2026年6月22日、東京グレートベアーズは深津さんとの2026-27シーズンの選手契約継続を発表しました。
公式プロフィールに掲載された情報は次のとおりです。
- ポジション:セッター
- 背番号:3
- 生年月日:1987年7月23日
- 出身地:愛知県豊田市
- 身長・体重:183cm・70kg
- 利き腕:右
また、2026-27シーズンの公式選手一覧にも深津さんの名前が掲載されています。
したがって、2026年11月時点では、東京グレートベアーズの選手として活動していることが確認できます。
なお、契約継続はチームへの在籍を示すものであり、全試合で先発することまで保証するものではありません。
深津3兄弟の長男としても知られる深津旭弘さんには、バレーボール界で知られる弟が2人います。
J SPORTSの選手紹介では、深津3兄弟の長男として紹介されています。
| 人物 | 旭弘さんとの関係 | バレーボール界での活動 |
|---|---|---|
| 深津旭弘 | 長男 | 東京グレートベアーズのセッター |
| 深津貴之 | 1歳下の弟 | ウルフドッグス名古屋のコーチ |
| 深津英臣 | 3歳下の弟 | ウルフドッグス名古屋の選手 |
3人は星城高校、東海大学へと進んだ共通の経歴を持っています。
兄弟それぞれが競技に関わり続けている点も、深津旭弘さんを語るうえで興味深い部分です。
特に、兄の旭弘さんがパリオリンピックに出場したことは、深津家と男子バレーボール界のつながりを知るうえでも印象的な出来事でした。
結婚や家族構成について公表されている?深津さんの競技経歴や兄弟については、公式プロフィールやスポーツメディアで紹介されています。
一方、結婚歴、配偶者、子どもの人数といったプライベートな情報については、今回確認できた主要な公式選手情報では詳細が掲載されていません。
そのため、結婚しているかどうかや家族構成について、確定的な情報として紹介できる材料はありません。
競技上のプロフィールと私生活の情報は分けて捉える必要があります。
【プロの結論】深津旭弘のキャリアから分かる3つの注目ポイント
深津旭弘さんの経歴を振り返ると、単に日本代表経験のあるベテラン選手という説明だけでは、その魅力を十分に伝えられません。
特に注目したいのは、次の3点です。
1. 長い下積みを経てレギュラーの座をつかんだこと
JTサンダーズ広島時代には、20代後半までレギュラーとして定着できない時期がありました。それでも競技を続け、2014-15シーズンの初優勝を転機に存在感を高めています。
2. 移籍によってキャリアを再構築したこと
2021年の堺ブレイザーズへの移籍、2023年の東京グレートベアーズへの移籍は、キャリアの新しい段階につながりました。
環境の変化を成長の機会に変えたことが、30代半ば以降の代表活動にも結びついています。
3. 39歳でもトップリーグでプレーを続けていること
2025-26シーズンの出場記録と2026-27シーズンの契約継続は、現在も競技の第一線にいることを示しています。
深津さんの価値を判断する際には、年齢や得点数だけでなく、セッターとしての配球、チームへの貢献、長期間にわたる競技経験にも注目するとよいでしょう。
【深津旭弘】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:深津旭弘の読み方は何ですか?
A1:ふかつ・あきひろです。英語表記はAKIHIRO FUKATSUです。
Q2:深津旭弘の生年月日と2026年現在の年齢は?
A2:1987年7月23日生まれです。2026年7月23日に39歳となり、2026年11月現在も39歳です。
Q3:深津旭弘は現在どこのチームに所属していますか?
A3:東京グレートベアーズです。2026年6月22日に2026-27シーズンの契約継続が発表され、公式選手一覧にも掲載されています。
Q4:深津旭弘のポジションは何ですか?
A4:セッターです。味方のアタッカーにトスを供給し、チームの攻撃を組み立てる役割を担っています。
Q5:深津旭弘はオリンピックに出場していますか?
A5:はい。2024年のパリオリンピックに男子日本代表として出場しました。当時37歳でした。
Q6:深津旭弘にはバレーボール選手の兄弟がいますか?
A6:弟に深津貴之さんと深津英臣さんがいます。3人は深津3兄弟として知られ、いずれもバレーボール界で活動しています。
深津旭弘さんは、1987年7月23日生まれ、愛知県豊田市出身の男子バレーボール選手です。
名前の読み方は「ふかつ・あきひろ」。2026年11月現在39歳で、東京グレートベアーズに所属しています。
星城高校、東海大学を経てJTサンダーズ広島に入団し、堺ブレイザーズ、東京グレートベアーズへと活躍の場を広げてきました。
特に印象的なのは、長い下積みを経て30代半ばから再び日本代表として活躍し、37歳でパリオリンピック出場を実現したキャリアです。
2026-27シーズンも契約を継続しており、今後も注目したい選手の一人です。
深津旭弘さんを知るなら、単に「39歳のベテラン」という年齢だけでなく、移籍を経て積み上げた経験、セッターとしての技術、そして国際大会での実績に注目してみてください。
年齢を重ねても挑戦を続ける選手として、そのプレーと今後の活躍に期待が集まります。