1980年代の女子プロレス界を代表する二人、長与千種とダンプ松本。かつて同期として苦楽をともにした二人は、なぜリング上で激しく憎しみ合い、1985年8月28日の大阪城ホールで伝説的な敗者髪切りデスマッチを繰り広げることになったのか。
実は、二人の関係は最初から険悪だったわけではない。新人時代には同じ境遇に苦しむ仲間であり、後年には互いの仕事と生き方を認め合う関係へと変化している。2024年配信のNetflix『極悪女王』で再び注目された二人の因縁を、当事者インタビュー、試合記録、2026年11月現在の活動から読み解く。
【結論】長与千種とダンプ松本は本当に不仲だったのか?

結論からいえば、現役時代の二人には、演出だけでは説明できない本当の怒りや憎しみが存在した。しかし、それが二人の関係のすべてではなかった。
長与千種とダンプ松本は、全日本女子プロレスで同じ時代にデビューした同期世代の選手である。
テレビ朝日POSTが2021年に掲載したダンプ松本のインタビューでは、二人が新人時代に「落ちこぼれ同士」で仲がよかったことが紹介されている。
長与は後にクラッシュ・ギャルズのスターとなり、ダンプは極悪同盟を率いるトップヒールへと成長した。
本来なら同じ団体を支える仲間だった二人が、人気を二分するライバルへと変わっていったのである。
不仲の理由は全日本女子プロレスの情報操作だった二人の関係を考えるうえで欠かせないのが、当時の全日本女子プロレスのマネジメント手法だ。
ダンプ松本はテレビ朝日POSTのインタビューで、試合前に松永高司会長から相手の悪口を聞かされていたと振り返っている。
長与千種とライオネス飛鳥がダンプを嫌っている、といった話を伝えられ、反対にクラッシュ側にもダンプが二人を嫌っているという趣旨の話が伝えられていたという。
後になって、それらが事実ではなく、対立を生み出すための作り話だったと分かったとダンプは語っている。
この証言は、長与本人の説明とも一致する。
2022年1月20日の関東弁護士会連合会のインタビューで、長与は当時の全女について、両陣営に異なる情報を伝え、憎しみ合う状況を作るのが非常に巧みだったと振り返った。
つまり、二人の不仲には、次の三つの要素が重なっていた。
- 同期として親しかったからこそ生まれた感情的な衝突。
- 会社側による情報操作とライバル関係の強化。
- リング上で役割を徹底することによって生じた、現実と演出の境界の曖昧さ。
単なる営業上の演出だったと片付けることも、最初から個人的な確執があったと決めつけることも、実際の証言とは合わない。
現在の二人の関係は?長与千種は同じ2022年のインタビューで、ダンプとの現在の関係について次のように話している。
自分達が40台半ばを過ぎてから、お互い称え合うことができるようになりましたね。
当時の憎しみが、年月を経て相手への理解や敬意へと変わったことを示す発言だ。
長与とダンプは、それぞれベビーフェイスとヒールという異なる立場を背負い、観客の期待に応えるために自分自身を作り上げていた。
その苦労を理解できるようになったことが、関係の変化につながったと考えられる。
2026年のダンプ松本の公式ブログでも、極悪同盟40周年のイベント報告に「千種ありがとね」という言葉が記されている。
少なくとも公に確認できる二人の姿は、現役時代の憎悪を引きずる関係ではなく、長い歴史を共有した同業者としての敬意を感じさせるものだ。
【同期時代】長与千種とダンプ松本の友情、クラッシュ・ギャルズと極悪同盟の抗争
二人の関係を理解するには、1980年代の女子プロレス界がどのような状況だったのかを知る必要がある。
同じ時代に全日本女子プロレスでデビュー長与千種は1980年8月8日、全日本女子プロレスでプロレスラーデビューを果たした。
ダンプ松本も同じ1980年にデビュー。新人時代の二人は、必ずしも将来を期待されたエリート選手ではなかった。
ダンプはテレビ朝日POSTの取材で、長与を自分と同じ落ちこぼれだったと振り返っている。
一方、ライオネス飛鳥は入門当初から身体能力や運動能力に優れた存在だったという。
長与と飛鳥は1983年にクラッシュ・ギャルズを結成。二人の個性がぶつかり合うスタイルは、女子プロレス界に新しい熱狂を生み出した。
クラッシュ・ギャルズと極悪同盟の誕生1984年、松本香はリングネームをダンプ松本へ変更。クレーン・ユウらと極悪同盟を結成し、クラッシュ・ギャルズの宿敵として注目を集めるようになる。
ダンプ自身が金髪、黒いペイント、革ジャン、チェーンなどの独特なスタイルを考案したことも、テレビ朝日POSTのインタビューで明らかになっている。
クラッシュ・ギャルズが若い女性ファンを中心に支持を集めたのに対し、極悪同盟は徹底した悪役として観客の感情を刺激した。
この対立は、単なるタッグチーム同士の争いを超えた社会現象になっていく。
長与千種とライオネス飛鳥の関係も重要長与千種のキャリアを語る際、ライオネス飛鳥の存在も欠かせない。
二人は1983年にクラッシュ・ギャルズを結成し、女子プロレス界の人気を押し上げた。
しかし、長年の活動のなかでは意見の違いや関係の変化もあり、一度は解散。その後、再結成も経験している。
2024年の『Number』の対談では、二人がクラッシュ・ギャルズの活動や解散、再生について語っている。
長与にとって飛鳥は、ダンプとの抗争をともに戦ったパートナーであると同時に、自分のプロレス人生を形作った重要な存在だ。
クラッシュ・ギャルズと極悪同盟の対立は、長与・飛鳥というタッグの存在があってこそ、より大きな意味を持ったのである。
【1985年8月28日】大阪城ホールの髪切りデスマッチ、その衝撃の真相
長与千種とダンプ松本の関係を象徴する出来事が、1985年8月28日の大阪城ホール大会である。
この日、二人は敗者髪切りデスマッチで対戦した。
1万1000人が見守った歴史的な一戦ベースボール・マガジン社の『週刊プロレス』編集部による試合記録によれば、当日の観衆は約1万1000人。
女子プロレスの歴史に残る大規模な興行だった。
試合前、長与千種は紋付袴姿で登場した。対するダンプ松本は、極悪同盟を率いる悪役としてリングに上がった。
試合は時間無制限1本勝負。
凶器攻撃を交えた激しい攻防のなか、長与は額から大量の血を流しながらも反撃を続けた。
セコンドのジミー加山がタオルを投入したものの、長与はそれを投げ返すほどの執念を見せた。
しかし、ダンプの強烈なイス攻撃を受けて長与は倒れ、10カウントを数えられる。
試合結果は11分4秒、ダンプ松本のKO勝ち。
敗れた長与は、試合後にリング上で髪を切られることになった。
なぜ髪切りマッチはこれほど衝撃的だったのか敗者髪切りデスマッチは、負けた選手が髪を切られるという条件を設けた試合である。
通常の試合なら、敗北はその日の勝敗として終わる。しかし、この試合では敗北によって選手の外見まで大きく変わる。
長与はクラッシュ・ギャルズの人気選手であり、髪型もファンに親しまれていた。
その長与がリング上で髪を切られるという光景は、観客に大きな衝撃を与えた。
当時の試合を振り返ったBBMスポーツの記事では、テレビ局に抗議が殺到するほどの反響があったと紹介されている。
ダンプ自身もテレビ朝日POSTのインタビューで、試合後にクラッシュの熱狂的なファン約500~600人が極悪同盟のバスを取り囲み、車体を揺らしながら罵声を浴びせたと証言した。
本人が「本当に殺されると思った」と振り返るほど、リング外にも激しい感情があふれていた。
1986年11月7日には立場が逆転この因縁には、さらに重要な続編がある。
1986年11月7日、全日本女子プロレスの大阪城ホール大会で、長与千種とダンプ松本は再び敗者髪切りデスマッチを行った。
前年の試合で長与の髪を切ったダンプは、今度は自分が髪を賭ける立場になった。
試合ではダンプが凶器攻撃を繰り出し、長与を追い詰める。
しかし、長与は驚異的な粘りを見せ、最後はダンプを丸め込んで勝利した。
今度はダンプ松本がリング上で髪を切られることになる。
1985年に長与が味わった屈辱を、1986年にはダンプが経験した。
この二つの試合を並べると、二人の抗争が一方的な勝敗で終わらなかったことがよく分かる。
【関係年表】長与千種とダンプ松本の因縁から和解まで
二人の関係は、友情、対立、歴史的な試合、相互理解という段階を経て変化してきた。
| 年代 | 出来事 | 二人の関係・意味 |
|---|---|---|
| 1980年 | 全日本女子プロレスでデビュー | 同期世代として歩み始める |
| 1983年 | クラッシュ・ギャルズ結成 | 長与とライオネス飛鳥が人気を拡大 |
| 1984年 | ダンプ松本へ改名、極悪同盟結成 | クラッシュの対抗勢力として台頭 |
| 1985年8月28日 | 大阪城ホール髪切りマッチ | ダンプが勝利、長与が髪を切られる |
| 1986年11月7日 | 大阪城ホールで再戦 | 長与が勝利、ダンプが髪を切られる |
| 40代半ば以降 | 互いの立場を理解 | 長与が相互に称え合える関係になったと証言 |
| 2024年 | Netflix『極悪女王』配信 | 二人の抗争が新しい世代にも知られる |
| 2026年 | Marvelousの10周年、極悪同盟40周年の活動 | それぞれの立場で女子プロレスに関わる |
二人の関係改善について、特定の日に和解式を行ったという事実が広く確認されているわけではない。
むしろ、長与の2022年のインタビューから読み取れるのは、年月を経て互いの苦労を理解するようになったという変化だ。
当時の二人は、善玉と悪玉という正反対の役割を背負っていた。
長与は、どれだけ嫌なことがあっても善玉として振る舞わなければならなかった。一方のダンプは、徹底して嫌われる存在であり続ける必要があった。
その役割の裏側にあった苦労を理解できるようになったことが、二人の関係を変えた。
ここで重要なのは、かつての友情が戻ったという単純な話ではなく、互いの仕事と覚悟を認め合えるようになったことである。
【Netflix『極悪女王』】唐田えりかが演じた長与千種とダンプ松本の実像
2024年9月19日、Netflixシリーズ『極悪女王』が世界独占配信された。
同作は1980年代の女子プロレス界を舞台に、ダンプ松本が最恐ヒールへと変貌していく姿を描いた半自伝的ドラマである。
主要キャストと実在人物の関係- ダンプ松本役:ゆりやんレトリィバァ
- 長与千種役:唐田えりか
- ライオネス飛鳥役:剛力彩芽
Netflix公式発表によれば、長与千種本人もプロレススーパーバイザーとして作品に参加している。
これは作品のプロレス描写を理解するうえで要点だ。
実際の女子プロレスを知る長与が制作に関わったことで、試合の動きや当時のリングの空気感を再現するための専門的な知見が取り入れられた。
唐田えりかの長与千種役が注目された理由長与千種は、当時の女子プロレス界を代表するスターだった。
そのため、唐田えりかが演じる際には、単に外見を似せるだけではなく、リング上での存在感や感情表現も求められた。
一方、ゆりやんレトリィバァが演じるダンプ松本は、悪役としての迫力だけでなく、松本香という一人の女性がヒールになるまでの背景も表現している。
剛力彩芽が演じるライオネス飛鳥も、クラッシュ・ギャルズの物語を構成する重要な存在だ。
ドラマと史実を区別するポイント『極悪女王』は実在の人物と出来事を題材にした作品だが、歴史資料そのものではない。
視聴する際は、次の三つを区別すると理解が深まる。
1. 実際の試合日、勝敗、髪切りの結果など、記録で確認できる出来事。
2. 長与やダンプ本人が後年のインタビューで語った当時の感情や舞台裏。
3. 物語を成立させるために再構成されたドラマ上の演出。
特に二人の不仲については、ドラマの描写だけでなく、本人たちの後年の証言も合わせて理解することが大切だ。
【2026年最新】長与千種のMarvelousとダンプ松本の現在
2026年11月3日現在、二人は異なる形で女子プロレスに関わっている。
長与千種はMarvelousの運営と後進育成に注力長与千種は2016年に女子プロレス団体Marvelousを設立した。
2026年は旗揚げ10周年という節目に当たる。
5月5日には横浜BUNTAIで旗揚げ10周年記念大会を開催。株式会社MarvelCompanyの代表取締役として、女子プロレスの未来に向けた大規模な挑戦を進めた。
また、2026年10月20日には、長与代表から「タッグリーグ・ザ・ベスト2026」の開催が発表された。
同大会には8組が参加し、優勝チームにはAAAWタッグ王座への挑戦権が与えられる。決勝は12月10日の新木場大会に予定されている。
10月17日の能登復興支援チャリティー大会や10月25日の札幌大会など、Marvelousの公式スケジュールにも長与の名前が掲載されている。
現在の長与は、かつてのように自分がスターとしてリングに立つだけではなく、選手を育て、団体を成長させ、女子プロレス界全体を盛り上げる役割を担っている。
ダンプ松本は2026年に膝の人工関節手術を経験ダンプ松本も、2026年に大きな身体的転機を迎えた。
2026年1月、本人は右膝の人工関節置換手術を受けるため入院することを公表した。
1月30日には手術が無事に終わったことを報告。その後、リハビリを始めたことも明かしている。
加えて、2026年10月27日には再び入院し、28日に手術を受けたと自身の公式ブログで報告した。
10月29日の投稿では、歩く練習を始めたことを伝えている。今回の投稿では手術部位や詳しい診断名には触れていない。
ダンプは1月の手術前から、リングに戻る意欲を示していた。2026年の公式ブログでも、リングへの復帰を目指す姿勢が確認できる。
ただし、11月3日現在、復帰戦の具体的な日程は公表情報から確認できない。
2026年の二人を比較| 項目 | 長与千種 | ダンプ松本 |
|---|---|---|
| 主な活動 | Marvelousの運営、選手育成 | プロレスラーとして活動、復帰を目指す |
| 2026年の節目 | Marvelous旗揚げ10周年 | 極悪同盟40周年関連の活動 |
| 注目された出来事 | タッグリーグ2026開催発表 | 1月の右膝人工関節手術、10月の再手術 |
| 現在の方向性 | 女子プロレスの次世代育成 | 手術後の回復とリング復帰への意欲 |
ダンプ松本の評価を考える際、単純に勝敗だけで判断することはできない。
1980年代の極悪同盟で見せた存在感は、女子プロレス史に残るものだ。
観客から徹底的に嫌われるために、自分自身で金髪やペイント、衣装、凶器を使った演出を考案したというエピソードは、ダンプが単なる悪役ではなく、独自のキャラクターを作り上げた表現者でもあったことを示している。
2024年のNetflix作品によって、その生き方や背景に関心を持つ新しい視聴者も増えた。
2026年もリングへの復帰を望む姿勢を示しているが、今後の活動は手術後の回復状況によって左右される。
【プロの結論】長与千種とダンプ松本の友情と因縁から見える女子プロレスの本質
長与千種とダンプ松本の関係を一言で表すなら、友情から生まれた本気のライバル関係が、年月を経て相互尊重へと変わった関係である。
1985年8月28日の髪切りデスマッチは、単に髪を切られた選手が敗者になったという試合ではない。
長与はクラッシュ・ギャルズのスターとして、ダンプは極悪同盟のトップヒールとして、それぞれの役割を背負ってリングに立っていた。
その裏側では、同じ時代を生きた選手同士の感情が複雑に絡み合っていた。
二人の証言から見えてくるのは、当時の女子プロレスが選手個人の能力だけで成立していたのではなく、団体の興行戦略、テレビ中継、ファンの熱狂、そして選手の感情が一体となって巨大なブームを生み出していたという事実だ。
また、長与がMarvelousで若い選手を育て、ダンプが年齢や身体的な困難と向き合いながら復帰を目指す現在の姿も、二人のキャリアを考えるうえで重要である。
過去の因縁だけで二人を語るのではなく、それぞれが女子プロレス界に残している功績と現在の挑戦にも目を向けたい。
【長与千種とダンプ松本の関係】よくある質問(FAQ)
Q1:長与千種とダンプ松本は本当に仲が悪かったのですか?
A1:現役時代には本当の怒りや憎しみがあったと、二人とも後年のインタビューで語っています。ただし、新人時代は仲のよい同期であり、会社側の情報操作も対立を深める原因になりました。現在は互いの苦労や仕事を認め合う関係です。
Q2:1985年8月28日の髪切りマッチでは誰が勝ちましたか?
A2:ダンプ松本が11分4秒、KO勝ちしました。敗れた長与千種は大阪城ホールのリング上で髪を切られました。翌1986年11月7日の再戦では長与が勝利し、今度はダンプが髪を切られています。
Q3:長与千種とダンプ松本は現在も交流がありますか?
A3:長与は2022年のインタビューで、40代半ばを過ぎてから互いを称え合えるようになったと語っています。また、ダンプも2026年の公式ブログで長与への感謝を記しています。現役時代のような敵対関係が続いているわけではありません。
Q4:Netflix『極悪女王』で長与千種を演じたのは誰ですか?
A4:唐田えりかです。ダンプ松本役はゆりやんレトリィバァ、ライオネス飛鳥役は剛力彩芽が担当しました。長与本人もプロレススーパーバイザーとして作品に参加しています。
Q5:2026年現在、長与千種は何をしていますか?
A5:女子プロレス団体Marvelousの運営と後進の育成に取り組んでいます。2026年は旗揚げ10周年を迎え、10月にはタッグリーグ・ザ・ベスト2026の開催も発表しています。
Q6:2026年現在、ダンプ松本は現役を引退していますか?
A6:引退を発表した事実は確認できません。2026年1月に右膝の人工関節手術を受け、10月にも手術のため入院したことを本人が報告しています。リング復帰への意欲は示していますが、復帰戦の日程は未公表です。
長与千種とダンプ松本の関係は、単純な善玉と悪玉の物語ではない。
同期として苦労した新人時代、クラッシュ・ギャルズと極悪同盟として激突した全盛期、1985年の大阪城ホールでの髪切りデスマッチ、そして年月を経て互いを認め合うようになった現在。
そのすべてが、女子プロレスの歴史を形作っている。
2024年のNetflix『極悪女王』は、この歴史を新しい世代に伝えるきっかけとなった。
そして2026年、長与はMarvelousの10周年を迎え、女子プロレスの次世代を育てている。ダンプも手術とリハビリを経験しながら、リングへの復帰を目指している。
二人が歩んだ道は違っても、女子プロレスに残した功績は大きい。
1985年の髪切りマッチを単なる過激な試合として見るのではなく、その裏側にあった友情、葛藤、プロとしての覚悟まで理解すること。それこそが、長与千種とダンプ松本という二人のレスラーを知るうえで最も大切な視点である。