ホーム 芸能ニュース・ゴシップ 【2026年最新】目黒記念の由来と秋季企画展「目黒と馬」の見どころ

【2026年最新】目黒記念の由来と秋季企画展「目黒と馬」の見どころ

高峰 弦 高峰 弦 • 更新: • 公開: • 読了約 10 分
目次

目黒競馬場の歴史は、競馬場が移転した1933年で終わったわけではありません。

現在もJRAの重賞競走として「目黒記念」の名称が残っており、2026年には目黒区が馬と地域の歴史を振り返る秋季企画展を開催します。

この2つは、目黒と競馬の関係を現在に伝える重要な存在です。

目黒記念の名前は目黒競馬場に由来する

現在の目黒記念は、東京競馬場で行われる中央競馬のGⅡ競走です。

その名前には、かつて目黒に競馬場があった歴史が刻まれています。

JRAの公式資料によると、目黒記念の前身は1925年(大正14年)秋に目黒競馬場で行われた「各内国産抽籤豪州産馬混合競走」です。

その後、「各内国産古馬競走」と改称され、春と秋の年2回開催される競走として親しまれました。

そして1932年、競馬場の府中移転が決まった際、目黒の名前を後世に残すために「目黒記念」と改称されました。

目黒記念の歴史を整理すると、次のようになります。

- 1925年: 前身となる競走が目黒競馬場で開催される。
- 1932年: 目黒記念が創設される。
- 1933年: 府中への移転後、東京競馬場で開催される。
- 1950年: 秋の競走から距離が2,500メートルに短縮される。
- 1984年: 春秋2回の開催から年1回の開催となる。

現在の目黒記念は、日本で最も古い歴史を持つハンデキャップ競走として知られています。

競馬場そのものは目黒から姿を消しましたが、レース名によって土地の記憶が引き継がれているのです。

2026年秋季企画展「目黒と馬」が11月17日から開催

目黒区公式発表・2026年10月23日更新

2026年の目黒に関する歴史イベントとして注目したいのが、目黒区による令和8年度秋季企画展「目黒と馬」です。

目黒区の公式発表では、午年にあたる2026年の締めくくりに、馬と歩んできた目黒の歴史を紹介する展示として企画されています。

目黒競馬場だけでなく、地名の由来や馬に関係する史跡、軍事施設なども取り上げられます。


令和8年度 秋季企画展「目黒と馬」

目黒競馬場

入館無料


開催期間
2026年11月17日~2027年1月8日


開館時間
9:30~17:00


会場
東山社会教育館


入館料
無料

会場所在地

東京都目黒区東山三丁目24番2号
東山地区センター2階

アクセス

東急田園都市線「池尻大橋駅」東口から徒歩7分

休館日

月曜日、12月29日~2027年1月4日
目黒区公式イベント案内に基づく情報

展示内容① 「目黒」という地名と馬の関係

展示では、目黒という地名が馬に由来するという説が取り上げられます。

また、区内の駒場や衾といった地名についても、馬に関する伝承とのつながりが紹介される予定です。

地名は普段の生活で何気なく使っていますが、その由来をたどると、地域の歴史やかつての土地利用が見えてきます。

展示内容② 目黒区に残る馬のランドマーク

企画展では、目黒区内に残る馬に関連した史跡も紹介されます。

主なテーマは次のとおりです。

- 馬頭観音:馬の供養や信仰に関係する石造物。
- 葦毛塚:世田谷区との区境にある、源頼朝ゆかりの伝承を持つ場所。
- 駒沢練兵場:近代の軍事施設と馬の関係。
- 陸軍騎兵学校:軍馬や騎兵に関係する歴史。
- 目黒競馬場:近代競馬の発展を支えた競馬場。

目黒区の公式案内では、こうしたランドマークの成立経緯や現在の姿、地域への影響を紹介するとされています。

展示解説と屋外講座の日程

企画展に関連して、学芸員による展示解説と、実際に地域を歩く屋外講座も予定されています。

イベント 日時・内容
展示解説 12月5日・12日・26日、各日14時開始
屋外講座 12月19日、13時~15時
屋外講座の定員 20名
屋外講座の費用 保険料50円
屋外講座の申込期間 11月11日~30日必着

展示解説は予約不要で、当日会場に直接参加できます。

屋外講座は約2キロメートルの行程で、馬に関連する地域を実際に巡ります。定員を超えた場合は抽選です。

なお、展示内容は期間によって異なります。

- 11月17日~12月4日: パネル展示のみ。
- 12月5日~2027年1月8日: パネルに加えて資料展示も実施。

実物資料も見たい人は、12月5日以降の訪問がおすすめです。

2026年11月3日現在、屋外講座の申し込み開始日は11月11日です。参加を希望する場合は、目黒区の公式イベント案内で最新の受付条件を確認しておきましょう。

【プロの結論】目黒競馬場は日本競馬の原点を伝える歴史遺産

目黒競馬場の歴史を振り返ると、単に昔存在した競馬場という枠には収まらないことが分かります。

1907年の開設は、近代日本が馬匹改良を進めていた時代の出来事でした。その後、馬券発売の禁止や競馬人気の復活を経験し、1932年には第1回日本ダービーという日本競馬史上の大きな節目を迎えます。

そして1933年、宅地化と競馬施設の拡張という課題を背景に、競馬場は府中へ移転しました。

この歴史から読み取れる要点は3つあります。

第一に、目黒競馬場の移転は競馬の衰退ではなく、発展に伴う施設の再編だったことです。

競馬人気が高まり、より広い敷地と充実した施設が必要になったことが、移転を後押ししました。

第二に、目黒と府中の関係は現在も日本競馬の歴史の中でつながっていることです。

日本ダービーは目黒で誕生し、府中で発展しました。現在の目黒記念にも、その歴史が残されています。

第三に、歴史を知るには大きな記念建造物だけでなく、日常の街並みを見ることも大切だということです。

外周道路のカーブ、元競馬場前というバス停、トウルヌソル像。これらは、競馬場が住宅街へと変わっても歴史が消えていないことを示しています。

目黒競馬場跡地はこんな人におすすめ

- 日本ダービーや競走馬の歴史に興味がある人
- 東京の近代史や都市開発を知りたい人
- 目黒区の隠れた史跡を歩いてみたい人
- 2026年の「目黒と馬」企画展を訪問したい人

一方、当時のスタンドや競走路をそのまま見学したい人には、現在の跡地は期待と異なる可能性があります。残されているのは主に道路の形状や記念碑などで、競馬場の施設そのものは現存していないためです。

歴史の痕跡を読み解きながら歩くことに、この場所ならではの面白さがあります。

【目黒競馬場に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:目黒競馬場の跡地は現在どこにありますか?

A1:東京都目黒区下目黒四丁目・五丁目・六丁目周辺です。目黒消防署の裏手に広がる住宅街が中心で、元競馬場の碑は下目黒五丁目1番11号付近の目黒通り沿いにあります。

Q2:目黒競馬場はなぜ府中に移転したのですか?

A2:周辺の宅地化による地価・地代の高騰、敷地の大部分が借地だったこと、競馬人気の拡大による施設の狭さなどが主な理由です。広大な土地と水・青草に恵まれた府中が移転先に選ばれました。

Q3:第1回日本ダービーは目黒競馬場で開催されたのですか?

A3:はい。1932年4月24日に開催され、ワカタカが初代優勝馬となりました。翌1933年の第2回も目黒で開催され、第3回の1934年から府中の東京競馬場へ移っています。

Q4:元競馬場の碑にある馬はワカタカですか?

A4:いいえ。銅像はトウルヌソル号です。第1回日本ダービー優勝馬ワカタカの父にあたる種牡馬で、1983年11月15日に記念碑の除幕式が行われました。

Q5:2026年の「目黒と馬」企画展はいつ、どこで開催されますか?

A5:2026年11月17日から2027年1月8日まで、目黒区東山三丁目24番2号の東山社会教育館で開催されます。入館無料で、12月5日以降は資料展示も加わります。

目黒競馬場は、1907年に誕生し、1933年に府中へ移転するまで、26年間にわたって東京の競馬文化を支えました。

第1回日本ダービーが開催された場所であり、ワカタカという初代優勝馬を生み出した場所でもあります。

現在、かつての競馬場は住宅街へと姿を変えていますが、下目黒の外周道路、元競馬場前バス停、トウルヌソル像が、その歴史を伝えています。

そして2026年11月には、目黒区の秋季企画展「目黒と馬」が始まります。

目黒競馬場の歴史を知ってから街を歩けば、普段見慣れた道路やバス停も違った景色に見えてくるはずです。

目黒競馬場はなくなっても、日本ダービーの原点と競馬文化の記憶は、今も目黒の街に残っています。

主な参考資料・情報源

- 目黒区「歴史を訪ねて 目黒競馬場 1・2」
- 目黒区「目黒競馬場外周の道」
- 目黒区立図書館「目黒競馬場跡の記念碑の建立日」
- 東京馬主協会「東京競馬場の沿革・年表」
- JRA「日本ダービーの歴史」「目黒記念の歴史」
- 目黒区「令和8年度 秋季企画展『目黒と馬』」

同じカテゴリの記事

高峰 弦
コンテンツディレクター 高峰 弦
プロフィールを見る →

全記事の校閲を担当。人名・日付・数字の整合性を確認し、断定できない内容は表現を弱めて掲載します。

おすすめの関連記事