改正後の自動車運転死傷処罰法第2条では、危険運転致死傷罪の対象となる運転行為が11類型に整理されています。
2026年の改正で新たに明確化された行為だけでなく、従来から対象だった運転も含めて理解することが大切です。
危険運転致死傷罪の対象となる11類型1.アルコールの影響による正常な運転が困難な状態での運転
前述の数値基準以上のアルコールを身体に保有している場合、または数値基準未満でもアルコールの影響で正常な運転が困難な状態で運転する行為です。
2.薬物の影響による正常な運転が困難な状態での運転
薬物の影響によって正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為です。薬物類型は2026年改正によって新設されたものではなく、従来から対象となっています。
3.進行を制御することが困難な高速度での運転
速度が速すぎるため、車両を自分の意図した進路に沿って走行させることが物理的に困難な状態で運転する行為です。
4.新しい数値基準に該当する高速度運転
道路の最高速度を一定以上超える速度で走行する行為です。また、数値基準に準ずる速度で、道路や交通状況から重大な交通の危険を回避することが著しく困難な場合も対象になり得ます。
5.進行を制御する技能を有しない状態での運転
車両を適切に制御するための技能を持たないまま運転する行為です。単に運転経験が浅いというだけでなく、法律上の要件を満たすかが判断されます。
6.殊更にタイヤを滑らせたり浮かせたりする運転
2026年改正で追加された類型です。
例えば、次のような行為が該当し得ます。
- 車体を意図的に横滑りさせながらカーブを曲がる
- タイヤを空転させて車両の進行を制御しにくい状態にする
- 二輪車の前輪を浮かせ、後輪だけで走行する
要点は、単にタイヤが滑ったという結果ではありません。殊更にタイヤを滑らせたり浮かせたりすることで、車両の進行を制御することが困難な状態にさせて走行することです。
やむを得ない事情による操作まで一律に対象とするものではありません。
7.人や車の通行を妨害する目的で接近・割り込みをする運転
他の車両や歩行者の通行を妨害する目的で、走行中の車両の直前に進入したり、通行中の人や車に著しく接近したりする行為です。
加えて、重大な交通の危険を生じさせる速度で運転していることが必要です。
8.走行中の車両の前方で停止するなどの妨害運転
車両の通行を妨害する目的で、重大な交通の危険が生じる速度で走行している車両の前方に停止するなど、著しく接近する方法で運転する行為です。
9.高速道路などで他車を停止・徐行させる妨害運転
高速自動車国道や自動車専用道路で、他の自動車の通行を妨害する目的で前方に停止するなどし、走行中の車両に停止または徐行をさせる行為です。
高速道路での強引な割り込みや停止強要が重大事故につながる危険性を踏まえた類型です。
10.赤信号を殊更に無視する運転
赤信号またはそれに相当する信号を意図的に無視し、重大な交通の危険を生じさせる速度で運転する行為です。
単純な信号の見落としと、危険運転致死傷罪に該当する信号無視は区別されます。
11.通行禁止道路を危険な速度で走行する行為
道路標識や道路標示、その他の法令によって自動車の通行が禁止されている道路またはその部分を進行し、重大な交通の危険を生じさせる速度で運転する行為です。
ただし、通行禁止道路であればどこでも自動的に該当するわけではありません。法律上、交通の危険を生じさせるものとして政令で定められた道路であることなどが必要です。
この類型も2026年に新設されたものではなく、従来から存在します。
妨害運転罪と危険運転致死傷罪はどう違う?あおり運転に関しては、道路交通法上の妨害運転罪と、自動車運転死傷処罰法上の危険運転致死傷罪を混同しないことが重要です。
警察庁によると、2020年6月30日から道路交通法上の妨害運転に対する罰則が設けられています。
他車の通行を妨害する目的で、車間距離不保持や急ブレーキ禁止違反などを行った場合、妨害運転罪の対象となり得ます。
一方、妨害目的の運転によって人を死傷させ、危険運転致死傷罪の要件も満たした場合には、より重い同罪が適用される可能性があります。
つまり、あおり運転をしただけで必ず危険運転致死傷罪になるわけではありません。妨害の目的、接近の程度、走行速度、死傷結果との因果関係などが判断材料になります。
【危険運転致死傷罪の判例】146km/hの事故で過失運転致死傷罪になった理由

危険運転致死傷罪の成立を考えるうえで、重要な参考事例が三重県津市で発生した高速度事故です。
津市の時速146km事故と2020年の判決2018年12月29日、三重県津市の法定速度60km/hの道路で、時速約146kmで走行していた自動車が、横断してきた車両に衝突する事故が発生しました。
事故では、相手車両の運転者と同乗者の計4人が死亡し、さらに1人が重傷を負いました。
検察側は危険運転致死傷罪を主位的訴因として起訴しましたが、津地方裁判所は2020年6月16日の判決で、危険運転致死傷罪の成立を認めませんでした。
その理由は、単純に速度が異常に高かったかどうかだけではなく、当時の法律が要求していた「進行を制御することが困難な高速度」に該当するかどうかが問題になったためです。
裁判所は、直線道路で車両の性能上、障害物がない状況で直進している限り、物理的な制御困難性が生じていたとは認められないと判断しました。
その結果、危険運転致死傷罪ではなく、過失運転致死傷罪が成立し、被告人には懲役7年の判決が言い渡されました。
2026年改正によって何が変わったのかこの判例を2026年改正後の法律に照らして考えると、重要な違いが見えてきます。
事故現場の最高速度は時速60kmでした。
改正後の数値基準では、最高速度が時速60km以下の道路の場合、最高速度を50km/h超える速度以上が対象になります。
つまり、時速60km制限の道路では、時速110km以上が新しい数値基準です。
当時の時速146kmという速度は、この基準を大きく上回っています。
仮に同様の運転行為と死傷事故が2026年7月21日以降に発生し、新しい法律の要件を満たすなら、数値基準による危険運転致死傷罪の成立が検討されることになります。
ただし、2018年の事故に2026年改正法をさかのぼって適用することはできません。
この事例は、危険運転致死傷罪の適用範囲がなぜ問題になり、今回の法改正で高速度類型の明確化が必要とされたのかを理解するうえで重要です。
飲酒運転に関する最高裁判例も重要飲酒運転については、最高裁判所の2011年10月31日決定が重要な判断基準を示しています。
最高裁は、正常な運転が困難な状態だったかどうかを判断する際、次のような事情を総合的に考慮すべきとしました。
- 事故の態様
- 事故前の飲酒量と酩酊状況
- 事故前の運転状況
- 事故後の言動
- 飲酒検知の結果
この考え方は、2026年改正で数値基準が導入された後も重要です。
特に数値基準を下回る飲酒運転については、従来の実質的な成立要件を検討する際の判断材料になります。
【法定刑と拘禁刑】死亡事故と負傷事故で刑罰はどう違う?
危険運転致死傷罪の法定刑は、過失運転致死傷罪よりも重く設定されています。
危険運転致死傷罪の法定刑| 事故の結果 | 法定刑 |
|---|---|
| 人を負傷させた場合 | 15年以下の拘禁刑 |
| 人を死亡させた場合 | 1年以上の有期拘禁刑 |
死亡事故の場合、一般的な有期拘禁刑の上限は20年です。
危険運転致死傷罪は、故意に危険な運転行為を行い、その結果として人を死傷させたことを重く評価する犯罪です。
そのため、過失犯である過失運転致死傷罪とは刑罰の水準に大きな差があります。
拘禁刑とは?懲役・禁錮との違い2026年の法律解説で注意したいのが、「拘禁刑」という用語です。
拘禁刑は、2025年6月1日に施行された刑法改正によって創設された新しい刑罰です。
それまでの懲役と禁錮が廃止され、拘禁刑に一本化されました。
従来の懲役は刑務作業が義務付けられ、禁錮は原則として刑務作業が義務ではありませんでした。
これに対して拘禁刑では、受刑者の特性や改善更生の必要性に応じて、作業や指導などの処遇を柔軟に組み合わせることができます。
したがって、2026年改正によって危険運転致死傷罪に拘禁刑が新設されたわけではありません。拘禁刑という刑罰自体は、2025年から導入されています。
過失運転致死傷罪との違いを比較危険運転致死傷罪と過失運転致死傷罪の最大の違いは、運転行為の性質と故意・過失の区別です。
| 比較項目 | 危険運転致死傷罪 | 過失運転致死傷罪 |
|---|---|---|
| 基本的な性質 | 故意による危険な運転行為 | 運転上の注意義務違反 |
| 成立要件 | 法定の危険運転類型と死傷結果 | 必要な注意を怠り死傷させること |
| 負傷時の法定刑 | 15年以下の拘禁刑 | 7年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金 |
| 死亡時の法定刑 | 1年以上の有期拘禁刑 | 7年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金 |
過失運転致死傷罪は、自動車運転上必要な注意を怠り、その結果、人を死傷させた場合に成立します。
例えば、前方不注意や安全確認不足によって事故を起こした場合などです。
一方、危険運転致死傷罪では、法律が定める危険な運転行為を故意に行ったことが重要になります。
なお、過失運転致死傷罪では、負傷の程度が軽い場合、情状によって刑を免除できる規定もあります。
同じ死亡事故でも、運転行為の内容や故意の有無によって適用される罪名が変わるという点が、両者の大きな違いです。
【危険運転致死傷罪のよくある質問(FAQ)】
Q1:危険運転致死傷罪は何キロ以上の速度で成立しますか?
A1:2026年7月21日以降は、最高速度60km/h以下の道路では最高速度を50km/h超える速度以上、60km/hを超える道路では最高速度を60km/h超える速度以上が新しい数値基準です。ただし、従来の制御困難な高速度類型も残っています。
Q2:飲酒運転は呼気アルコール濃度が何mg/L以上で危険運転になりますか?
A2:呼気1リットル当たり0.5mg以上、または血液1mL当たり1.0mg以上が数値基準です。基準未満でも、正常な運転が困難な状態だったと認められれば成立する可能性があります。
Q3:あおり運転をしただけで危険運転致死傷罪になりますか?
A3:あおり運転だけで必ず成立するわけではありません。妨害目的、接近の程度、速度、重大な交通の危険、実際の死傷結果との因果関係など、法律上の要件を満たす必要があります。
Q4:タイヤを滑らせるドリフト行為は危険運転致死傷罪になりますか?
A4:2026年改正で、意図的にタイヤを滑らせたり浮かせたりして車両の進行を制御困難な状態にする行為が新設類型に加わりました。ただし、危険な運転行為だけでなく、人の死傷結果との関係も必要です。
Q5:2026年7月21日より前の事故にも改正法は適用されますか?
A5:原則として適用されません。改正法は2026年7月21日以降の行為に適用されます。施行日前の行為については、行為当時の法律に基づいて判断されます。
2026年11月現在、危険運転致死傷罪は、飲酒・高速度の数値基準と新しいタイヤ滑走類型を盛り込んだ改正法が施行されています。
今回の改正で押さえておきたい要点は次のとおりです。
- 飲酒運転:呼気0.5mg/L以上、血液1.0mg/mL以上が新しい数値基準。
- 高速度運転:道路の最高速度に応じて、50km/hまたは60km/hの超過基準を設定。
- タイヤ滑走:意図的にタイヤを滑らせたり浮かせたりする危険な運転行為を新設類型として追加。
- 妨害運転・信号無視:従来から対象となる類型も引き続き適用。
- 法定刑:負傷は15年以下、死亡は1年以上の有期拘禁刑。
- 適用時期:2026年7月21日以降の行為が対象。
【プロの結論】
今回の法改正で最も重要なのは、危険運転致死傷罪が単純に厳罰化されたという理解では不十分だという点です。
これまでの判例では、極端な速度超過や悪質な運転であっても、従来の条文が求める要件を立証できなければ、過失運転致死傷罪にとどまるケースがありました。
2026年改正は、そうした適用上の問題に対し、飲酒と速度の数値基準を設け、タイヤ滑走という危険行為を明文化することで対応したものです。
一方で、数値基準未満なら必ず対象外になるわけではなく、妨害運転や信号無視についても、個別の成立要件が存在します。
読者が判断する際には、運転の危険性だけでなく、行為の故意、道路状況、速度、アルコール濃度、事故との因果関係、そして事故発生日が施行日の前後どちらなのかを確認が必要です。
交通事故の刑事責任は、被害の重大さだけで決まるものではありません。実際の運転行為と法律上の構成要件を照らし合わせることが、危険運転致死傷罪を正しく理解するための基本になります。
主な参考資料:法務省「危険運転致死傷罪(自動車運転死傷処罰法)の法改正 Q&A」、e-Gov法令検索「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」、衆議院法務委員会会議録、最高裁判所・津地方裁判所の公開判決、警察庁「あおり運転」に関する資料。