角替和枝さんの家族といえば、夫の柄本明さんと、2人の息子である柄本佑さん、柄本時生さんがよく知られています。
ただし、夫婦と息子2人だけの家族ではありません。角替さんと柄本さんには3人の子どもがおり、長女と2人の息子という家族構成でした。
夫・柄本明との出会いと結婚さんと角替さんが出会ったのは、1976年ごろです。
柄本さんが劇団東京乾電池を結成した後、角替さんに客演を依頼したことがきっかけでした。
その後、角替さんが劇団に移籍し、2人は交際を始めます。柄本さんが角替さんのアパートに転がり込む形で同棲生活を送るようになり、1981年に結婚しました。
2019年1月に行われた角替さんのお別れの会で、柄本さんは2人の出会いを振り返っています。
スポニチの報道によれば、柄本さんは1976年の舞台共演で出会った角替さんに一目ぼれしたと語りました。
結婚後も、仕事以外の時間を一緒に過ごすことが多く、喫茶店に通うことが夫婦の日課だったそうです。劇団や芝居について語り合う時間を大切にしていたことも紹介されています。
長男・柄本佑は実力派俳優として活躍さんは、1986年生まれの長男です。
母親の角替さんと父親の柄本明さんと同じく俳優の道へ進み、映画やテレビドラマで活躍してきました。
2012年には女優のさんと結婚しています。
安藤さんは俳優の奥田瑛二さんとエッセイストの安藤和津さんの娘であり、映画監督の安藤桃子さんを姉に持ちます。
そのため、柄本家と安藤家は、俳優や映画関係者が集まる芸能一家としても知られています。
2014年公開の映画『0.5ミリ』では、安藤サクラさんが主演を務め、柄本明さんと角替和枝さんも出演しました。家族関係だけでなく、作品を通じたつながりもあったのです。
次男・柄本時生も母と同じ俳優の道へさんは1989年生まれの次男です。
兄の佑さんと同じく俳優として活動し、映画やテレビドラマなどに出演しています。
母親との共演で知られる作品の一つが、2011年のNHK連続テレビ小説『おひさま』です。
この作品では、角替さんと時生さんが親子役を演じました。実際の母と息子がドラマでも親子を演じたことは、2人の出演歴を振り返る際の興味深いエピソードです。
2022年には時生さんがテレビ朝日系『徹子の部屋』に出演し、母親との思い出を振り返りました。
また、スポニチが紹介した同番組での発言によると、両親は大げんかをした翌日でも一緒に喫茶店へ行き、そこで仲直りすることがあったそうです。
このエピソードからも、夫婦にとって喫茶店で過ごす時間が特別なものだったことが伝わります。
角替和枝を中心とした家族・関係者一覧| 人物 | 角替さんとの関係 | 主な活動・関係 |
|---|---|---|
| 柄本明 | 夫 | 俳優。1981年に結婚 |
| 柄本佑 | 長男 | 俳優。安藤サクラの夫 |
| 柄本時生 | 次男 | 俳優。母と『おひさま』で共演 |
| 長女 | 第一子 | 3人の子どものうちの1人 |
| 安藤サクラ | 長男の妻 | 女優 |
| ベンガル | 劇団関係者 | 東京乾電池の結成メンバー |
| 綾田俊樹 | 劇団関係者 | 東京乾電池の結成メンバー |
角替さんの家族を語る際に大切なのは、柄本家が単に有名俳優を何人も輩出した家庭というだけではないことです。
夫婦ともに演劇を仕事の中心に据え、子どもたちもそれぞれの形で映画や舞台の世界に進みました。家族の生活と演劇が近い距離にあったことが、この一家の大きな特徴です。
【2018年10月27日の死去】角替和枝の死因と最期までの経緯

角替和枝さんは、2018年10月27日午前6時27分、東京都内の自宅で亡くなりました。享年64歳でした。
夫の柄本明さんが翌28日、所属事務所を通じて報道各社に文書を送り、死去を公表しています。
死因として公表されたのは、原発不明がんです。
原発不明がんとはどんな病気?原発不明がんとは、十分な検査を行っても、がんが最初に発生した臓器や部位を特定できないがんのことです。
国立がん研究センターのがん情報サービスによると、転移したがんが見つかっても、詳しい検査で最初の発生場所が判明しない場合に、この診断名が使われます。
つまり、特定の臓器のがんと同じ意味ではありません。
角替さんについても、柄本さんが公表した死去の報告では、病名は原発不明がんとされています。
そのため、ネット上で見かける特定の臓器のがんだったという情報と、公式に公表された病名を混同しないことが大切です。
2017年8月にがんが発覚していた2019年1月のお別れの会に関するスポニチの報道によると、角替さんは2017年8月、柄本明さんと一緒に受けた人間ドックでがんが発覚しました。
その時点ですでにステージ4だったと柄本さんが明かしています。
また、日刊スポーツの報道では、角替さんは約1年間にわたって闘病していたとされています。
闘病中も演劇教室に顔を出していたことが伝えられており、仕事や演劇とのつながりを大切にしていた様子がうかがえます。
2018年10月27日、64歳で永眠2018年10月27日、角替さんは家族に見守られながら自宅で息を引き取りました。
翌28日に柄本さんが発表した文書では、長年応援してきたファンや関係者への感謝が述べられています。
葬儀については近親者のみで執り行い、後日お別れの会を開くことも伝えられました。
2019年1月30日には、東京・世田谷区の北沢タウンホールでお別れの会が営まれ、柄本さんや長男の佑さん、次男の時生さんらが参列しました。
柄本さんは妻を亡くした悲しみを語り、2人で過ごした日々を振り返りました。
【角替和枝の現在】2026年も作品が放送され続ける理由
2026年11月現在、角替和枝さんはすでに亡くなっており、新たな芸能活動はありません。
一方、過去の出演作品は現在も映像作品として残り、テレビで再放送される機会があります。
ザテレビジョンの番組情報では、2026年11月4日にKBS京都やテレビせとうちで『マメシバ一郎 フーテンの芝二郎』の放送予定が掲載されています。
角替さんのような名脇役の出演作は、主演俳優や作品そのものが再び注目された際に、共演者の演技を振り返るきっかけにもなります。
女優としてだけではない功績角替さんの活動を振り返ると、評価すべき点は映画やドラマの出演歴だけではありません。
- 舞台を中心に長年活動したこと
- 劇団東京乾電池の一員として演劇を支えたこと
- 映画やテレビで幅広い役柄を演じたこと
- シニア向け演劇ワークショップを主宰したこと
- 舞台演出にも取り組んだこと
2018年11月には、角替さんが演出を手掛ける予定だった舞台『さらっていってよ ピーターパン』の上演も控えていました。
映画.comの訃報記事は、本人が公演の開幕を見届けられなかったことも伝えています。
俳優として舞台に立つだけでなく、演出や指導にも携わっていた点は、角替さんのキャリアを理解するうえで見落とせない部分です。
【角替和枝に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:角替和枝の正しい読み方は「かどかえかずえ」ですか?
A1:いいえ。正しくは「つのがえかずえ」です。「かどかえ」は読み間違いで、本人のプロフィールや訃報でも「つのがえ」と表記されています。
Q2:角替和枝の本名と生年月日は?
A2:本名は柄本和枝(えもと・かずえ)です。1954年10月21日生まれで、静岡県出身です。
Q3:角替和枝の夫と息子は誰ですか?
A3:夫は俳優の柄本明さんです。息子は長男の柄本佑さんと次男の柄本時生さん。子どもは2人の息子を含めて3人です。
Q4:角替和枝の死因は何ですか?
A4:2018年10月27日に原発不明がんで亡くなりました。夫の柄本明さんが所属事務所を通じて公表しています。享年64歳です。
Q5:角替和枝の代表作は何ですか?
A5:映画では『居酒屋ゆうれい』『マリと子犬の物語』『幼獣マメシバ』など、テレビドラマでは『ハイカラさん』『おひさま』『花子とアン』などが知られています。
Q6:角替和枝は劇団東京乾電池の創設者ですか?
A6:創設者ではありません。劇団東京乾電池は1976年に柄本明さん、ベンガルさん、綾田俊樹さんによって結成され、角替さんはその後に加入しました。
角替和枝さんは、1954年10月21日に生まれ、2018年10月27日に64歳で亡くなった女優です。
正しい読み方は「つのがえかずえ」。本名は柄本和枝で、夫は柄本明さん、息子は柄本佑さんと柄本時生さんです。
つかこうへいの作品に関わる演劇活動を経て、劇団東京乾電池に加入。その後は映画やテレビドラマでも活躍し、舞台出演だけでなく演劇指導や演出にも取り組みました。
【プロの結論】
角替和枝さんの生涯を理解するうえで重要なのは、柄本明さんの妻や柄本佑さん・柄本時生さんの母という家族関係だけで人物像を捉えないことです。
彼女自身が舞台で培った表現力を持ち、映画やテレビでは作品の世界観を支える名脇役として活躍していました。さらに晩年には演劇指導にも力を注いでいます。
家族と演劇を大切にしながら、自分自身の俳優としての道を歩み続けたことこそ、角替和枝さんの大きな功績です。
2026年現在も、出演作品や劇団での歩みをたどることで、その存在感を改めて知ることができます。名前の読み方をきっかけに調べ始めた人にも、作品と経歴の両方から彼女の人生を知ってほしいところです。