2026年に中核派をめぐって注目されたニュースの一つが、組織内部の対立と分裂問題だ。
1963年に革マル派と分裂した中核派が、今度は自らの組織内部で深刻な対立を抱えている。今回の問題は、単なる運動方針の違いだけでは説明できない。
2025年9月の第35回全国委員会総会で何が起きた?警察庁の2026年公表資料「焦点」は、中核派の組織内問題について具体的に記載している。
発端となったのは、2025年9月に開催された第35回全国委員会総会だ。
同派の中央学生組織委員会議長を務めていた政治局員の幹部活動家が、女性差別・性暴力などを理由として除名された。
これに対し、除名された幹部とその同調者らは、政治局側による女性差別行為や暴力的な襲撃、組織運営上の問題があったと主張して反発した。
つまり、中央指導部と学生活動家らの間で、処分の妥当性や組織運営をめぐる主張が正面から衝突したのである。
警察庁の報告では、双方が機関紙やSNSで反論し、それぞれ独自の集会・デモを開催するなど、対立が継続していると説明されている。
2026年2月の週プレNEWS報道が伝えた分裂の実態2026年2月3日、集英社の週プレNEWSは、中核派の内部対立を取り上げた記事を掲載した。
同記事によると、対立の背景には、学生組織の女性委員長と男性幹部をめぐる問題、幹部への処分をめぐる意見の相違があった。
記事では、中央派と学生メンバーを中心とする反発勢力との間で組織的な決裂が生じたと報じている。
また、対立の影響として、次のような動きが紹介された。
- 2025年10月に予定されていた成田空港反対集会の中止。
- 反イスラエル集会をめぐる別々の開催。
- 学生活動家と中央派とみられる活動家との間で発生した衝突。
- 指導部の世代交代や後継体制をめぐる問題。
特に注目したいのは、2025年9月に清水丈夫議長が退任したと同記事が報じている点だ。記事では、後任が定まっていないことも組織の求心力低下につながっているとの見方を紹介している。
ただし、幹部をめぐる問題については、当事者双方の説明が異なる。週刊誌の報道にある関係者の見解と、警察庁が確認した組織内対立の事実は、区別して読む必要がある。
中核派の分裂は今回が初めてではない今回の問題を理解するうえでは、過去の組織分裂も重要だ。
警察庁の資料は、2025年の対立とは別に、次の組織内問題も記録している。
- 2007年11月: 中央組織から関西地方委員会(関西反中央派)が分裂。
- 2022年8月: 第29回全国委員会総会で、東北地方委員会に端を発するEL5派との組織的決別を表明。
- 2025年9月: 第35回全国委員会総会で幹部の除名などをめぐる対立が表面化。
これらは、それぞれ異なる経緯を持つ組織内問題であり、すべてを一つの分裂事件として扱うことはできない。
2026年の警察庁資料では、これらの勢力についても独自の集会・デモなどを行う動きが確認されている。
2026年11月現在、活動は続いているのか2026年11月2日発行の中核派の『前進』第3470号では、反戦闘争や労働者集会に関する主張が掲載されている。
一方、革マル派についても、2026年8月刊行の理論機関誌『新世紀』第344号が出版流通資料で確認できる。
したがって、両派とも出版物や政治的主張の発信を継続している。ただし、機関紙の発行が続いていることと、組織全体の結束力や実際の動員力が強いことは別問題だ。
現在の中核派を理解するには、1963年の革マル派との分裂だけでなく、2025年以降の内部対立を含めた複数の分裂・再編の歴史を見る必要がある。
【新左翼の党派の違い】中核派・革マル派・革労協は同じなのか?

ここで、もう一つ整理しておきたいのが「新左翼」という言葉だ。
新左翼は一つの政党や団体を指す名称ではない。戦後日本の左翼運動の中で、日本共産党の路線などに批判的な立場を取ったさまざまな政治党派や運動を包括する呼称である。
中核派と革マル派は、その代表的な党派として知られている。
革労協との違い
革労協(革命的労働者協会)
1969年10月に発足した新左翼党派。1999年には主流派と反主流派に分裂した。成田闘争や反戦・反基地闘争などを主要な活動課題としてきた。
警察庁の2026年3月資料では、革労協の勢力は約400人(2024年6月現在)と推計されている。
中核派・革マル派と同様に新左翼の系譜に属するが、1963年の両派分裂によって生まれた組織ではない。発足時期も組織の歴史も異なる。
新左翼を理解するときに注意したい3つの誤解誤解1:中核派と革マル派は同じ組織の別名である
これは間違いだ。両派は1963年2月の分裂によって成立した別個の組織であり、それぞれ独自の機関紙と組織運営を持っている。
誤解2:反戦デモに参加していれば中核派か革マル派である
これも正しくない。反戦・反基地・反原発運動には、一般市民、労働組合、市民団体、さまざまな政治団体が参加している。主張や参加した集会だけで所属を断定することはできない。
誤解3:警察庁の勢力推計は2026年の構成員数である
これも誤りだ。2026年3月資料に掲載された党派別推計の基準日は2024年6月であり、2026年の実働人数を直接表す数字ではない。
こうした誤解を避けるには、組織の公式発信、警察庁の資料、国会会議録、報道機関の取材記事を分けて確認することが大切だ。
【中核派と革マル派の違い】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:中核派と革マル派はどちらが先にできたのですか?
A1:両派は1963年2月の革共同全国委員会の分裂によって成立したため、基本的には同時期の発足と整理できる。黒田寛一を中心とした勢力が革マル派、本多延嘉を中心とした勢力が中核派となった。
Q2:中核派と革マル派の一番大きな違いは何ですか?
A2:運動方針と組織建設の考え方だ。中核派は大衆運動や反戦闘争を重視し、革マル派は黒田理論の継承と組織建設、労働組合内での組織活動を重視してきた。
Q3:2026年現在、中核派と革マル派は何人いますか?
A3:警察庁の2026年3月資料では、革マル派約5,500人、中核派約4,700人とされている。ただし、推計の基準日は2024年6月であり、2026年現在の実数ではない。
Q4:中核派と革マル派は現在も対立しているのですか?
A4:両派の歴史的な対立は続いている。かつては殺人や傷害を伴う内ゲバに発展したが、2026年の現状を理解するには、過去の抗争と現在の政治活動を区別する必要がある。
Q5:中核派は2026年に分裂したのですか?
A5:正確には、2025年9月の第35回全国委員会総会をめぐって内部対立が表面化し、2026年にもその対立が報じられた。警察庁も双方が独自に集会やデモを行う状況を記録している。1963年の革マル派との分裂とは別の問題だ。
中核派と革マル派は、同じ革共同の源流から誕生した新左翼の政治党派だ。しかし、1963年2月の分裂以降、組織のあり方や労働運動への向き合い方、指導理論に違いが生まれた。
今回のポイントを整理すると、次のとおりだ。
- 中核派: 本多延嘉を歴史的指導者とし、大衆運動・反戦闘争・階級的労働運動を重視してきた。機関紙は『前進』。
- 革マル派: 黒田寛一を創始者とし、理論の継承・組織建設・労働組合内での組織活動を重視してきた。機関紙は『解放』。
- 内ゲバ: 1970年代には両派の対立が殺人や傷害を伴う抗争に発展した。
- 2026年の勢力推計: 警察庁の2026年3月資料では、革マル派約5,500人、中核派約4,700人。ただし基準日は2024年6月。
- 中核派の現在: 2025年9月に表面化した内部対立が2026年も続いている。
中核派と革マル派を比較するとき、最も重要なのは、歴史的な思想の違いと現在の組織状況を混同しないことだ。
1963年の分裂は、黒田寛一と本多延嘉の路線対立から生まれた。その後、両派はそれぞれ異なる組織運営と政治活動を続けてきたが、内ゲバという暴力の歴史も共有している。
さらに2026年には、中核派自身の内部対立が新たな注目点となっている。かつての二大党派の対立だけを追っていては、現在の新左翼運動の複雑な勢力関係を理解できない。
今後、両派の動向を確認する際には、次の3点を判断基準にするとよい。
1. 歴史を確認する: 1963年の分裂と、その後の組織再編を区別する。
2. 数字の基準日を見る: 警察庁の公表年と推計対象時点を混同しない。
3. 発信主体を確認する: 党派自身の主張、警察庁の評価、報道機関の取材内容を分けて読む。
新左翼の歴史は、思想の対立だけでなく、組織の権力構造、労働運動、学生運動、政治的暴力が複雑に絡み合った歴史でもある。中核派と革マル派の違いを正確に理解することは、戦後日本の政治運動と社会の変化を読み解く手掛かりになる。