2026年11月現在、中谷将大さんは福岡ソフトバンクホークスの四軍打撃コーチです。球団が2025年11月7日に公表した2026年度コーチングスタッフ一覧には、次の情報が掲載されています。
- 所属:福岡ソフトバンクホークス
- 役職:四軍打撃コーチ
- 背番号:018
- 生年月日:1993年1月5日
- 年齢:33歳
- 出身地:福岡県
- 投打:右投右打
NPBの2026年度監督・コーチ一覧にも同じ役職と背番号が登録されています。つまり、現在の肩書は報道上の推測ではなく、球団と日本野球機構の公的な情報で確認できるものです。
現役引退後もホークスに残った理由中谷さんのキャリアで特徴的なのは、現役引退後もソフトバンクとの関係が続いていることです。
2023年1月20日、ソフトバンクは中谷さんを野球振興部のスタッフとして迎えると発表しました。現役選手としての契約ではなく、球団スタッフとして新たなキャリアを始めたのです。
その後の役職の変化を見ると、指導者として経験を積んできたことが分かります。
- 2023年:野球振興部スタッフ
- 2024年:リハビリ担当コーチ(野手)
- 2025年:リハビリ担当コーチ(野手)
- 2026年:四軍打撃コーチ
特に2026年の役職変更は注目点です。選手のコンディションを支えるリハビリ担当から、打撃を専門に指導するコーチへと役割が変わっています。
【プロフィールと経歴】福岡工大城東高校から阪神のドラフト3位へ

中谷将大さんは、福岡県小郡市出身の元プロ野球選手です。
1993年1月5日生まれ。福岡工業大学附属城東高校(福岡工大城東高校)で野球に取り組み、2010年のドラフト会議で阪神タイガースから3位指名を受けました。
中谷将大の基本プロフィール| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 中谷将大 |
| 読み方 | なかたに・まさひろ |
| 生年月日 | 1993年1月5日 |
| 出身地 | 福岡県小郡市 |
| 身長・体重 | 187cm・95kg |
| 投打 | 右投右打 |
| 出身高校 | 福岡工大城東高校 |
| ドラフト | 2010年3位 |
| 阪神入団 | 2011年 |
| ソフトバンク移籍 | 2021年7月 |
| 現役引退 | 2023年 |
| 2026年の所属 | 福岡ソフトバンクホークス |
| 2026年の役職 | 四軍打撃コーチ |
出身地や高校、ドラフト順位などはNPBの選手記録と小郡市の公式プロフィールでも確認できます。
捕手として入団し、外野手へ転向中谷さんは高校時代、捕手を中心にプレーしていました。
阪神からも捕手として指名されましたが、プロ入り後は持ち前の打撃力を生かすため、早い段階で外野手に専念することになります。
阪神の公式コラムでも、捕手として入団したものの、打撃力を生かす方向で外野手に転向した経緯が紹介されています。
この転向は、その後のキャリアを考えるうえで重要です。
捕手として培った配球や投手との駆け引きへの理解に加え、外野手として打撃を磨く機会を得たことが、2017年の飛躍につながる土台になりました。
中谷将大の経歴・年度別成績と主な転換点NPB公式記録をもとに、プロ入りから引退後までを整理しました。
出典:NPB個人年度別成績、阪神タイガースおよび福岡ソフトバンクホークスの公式発表。数値は一軍公式戦の打撃成績。
【阪神時代の全盛期】2017年の20本塁打はなぜ記憶に残るのか
中谷将大さんの現役時代を語るうえで、外せないのが2017年シーズンです。
この年は阪神の外野手として133試合に出場し、打率.241、20本塁打、61打点を記録しました。
自己最多の20本塁打は、プロ入り後のキャリアハイです。
2017年は自己最多の20本塁打を記録2016年に64試合出場、打率.266、4本塁打を記録していた中谷さんは、翌2017年に出場機会を大きく増やしました。
数字を比較すると、成長の幅が分かります。
- 2016年:64試合、4本塁打
- 2017年:133試合、20本塁打
- 2017年:61打点
- 2017年:455打席、99安打
単純にホームランが増えただけではありません。出場試合数が倍以上になり、チームの主力打者として起用される機会も増えました。
日刊スポーツなどの報道では、2017年には4番を務めた時期もあったと紹介されています。右打ちの長距離砲として、阪神打線に貴重な選択肢をもたらした存在でした。
打率よりも長打力が際立った打撃スタイル2017年の打率は.241でした。一方、長打率は.443、出塁率は.308です。
この数字から読み取れるのは、安打を量産するタイプというより、長打によって得点機会を生み出す打者だったという特徴です。
20本塁打という数字は、単独で見るよりも、133試合出場と61打点を合わせて見ることで価値が伝わります。
甲子園球場を本拠地とする阪神で、右打者として20本塁打を放ったことも印象的でした。
2018年以降に成績が変化した背景2017年の翌年は5本塁打、2019年は6本塁打、2020年は2本塁打でした。
出場試合数も2017年の133試合から、2018年77試合、2019年62試合へと減っています。
2019年には打率.181まで低下しました。
スポニチの報道では、その後の出場機会減少について、若手選手の台頭も背景にあったと説明されています。
一度レギュラーをつかんでも、プロ野球では毎年の競争を勝ち抜かなければなりません。中谷さんのキャリアは、突出した一シーズンを残すことと、その成績を継続することの難しさを示しています。
【トレードの経緯】中谷将大はなぜ阪神からソフトバンクへ移籍したのか
2021年7月2日、中谷さんの阪神からソフトバンクへの移籍が正式に発表されました。
この移籍は、自由契約や戦力外通告によるものではありません。
阪神の中谷将大選手とソフトバンクの二保旭投手による交換トレードでした。
阪神とソフトバンクの両球団が公式に発表しています。
トレードの相手は二保旭投手
中谷将大
阪神からソフトバンクへ移籍。右の長距離打者として期待され、福岡で新たな出場機会を目指しました。
二保旭
ソフトバンクから阪神へ移籍。福岡県出身の右投手で、投手陣の戦力として新天地に移りました。
両球団が公表した交換トレードであり、移籍の事実や相手選手は明確です。
ただし、公式発表には編成上の具体的な判断理由までは記されていません。
阪神での出場機会の変化も背景に2017年に20本塁打を記録した中谷さんでしたが、その後は若手選手の台頭などによって出場機会が減少していました。
報道でも、阪神での競争環境が厳しくなっていたことが紹介されています。
移籍は、選手にとって新しい環境で実力を発揮する機会にもなります。
中谷さんにとっては、地元・福岡に戻り、ソフトバンクで再び存在感を示すための転機でした。
当時の阪神公式発表では、中谷さんが11年間在籍した球団とファンへの感謝を述べ、新天地で成長した姿を届けたいという意向を示しています。
ソフトバンク移籍後の成績移籍後は、阪神時代のような出場機会を確保できませんでした。
2021年は一軍公式戦への出場記録がなく、2022年も一軍出場は16試合にとどまっています。
2022年の成績は次のとおりです。
- 試合数:16試合
- 打率:.214
- 安打:6本
- 本塁打:1本
- 打点:4
それでも、移籍後に印象的な一打を放っています。
2022年5月6日のロッテ戦では、9回に代打で同点2ランを記録しました。出場機会が限られるなかで結果を残した試合として、当時の報道でも取り上げられています。
【戦力外通告と引退理由】中谷将大が現役生活に区切りをつけた真相
中谷さんの現役生活に大きな転換が訪れたのは2022年10月でした。
10月17日、ソフトバンクから来季の選手契約を結ばない旨を通告されます。
当時29歳。2017年に20本塁打を記録した選手にとって、戦力外通告は大きな節目となりました。
2022年10月17日に戦力外通告日刊スポーツの報道によると、中谷さんは球団から通告を受けた後、現役続行への意欲を示しました。
その際に語った言葉として報じられたのが、次のコメントです。
「まだやりたい。挑戦できるだけ挑戦したい」
この発言から分かるのは、戦力外通告を受けた時点では、本人が現役引退を決めていたわけではないということです。
むしろ、別の球団でプレーを続ける可能性を探っていました。
12球団合同トライアウトにも参加2022年11月、中谷さんは12球団合同トライアウトに参加しました。
トライアウトは、戦力外となった選手などが他球団への入団機会を求めて実力をアピールする場です。
中谷さんも現役続行の道を模索しました。
しかし、2023年1月20日のスポニチ報道によると、NPB球団からのオファーはありませんでした。
この結果を受け、選手生活に区切りをつける決断をしました。
引退理由は何だったのか中谷さんの引退に至る経緯は、次のように整理できます。
1. 2022年10月、ソフトバンクから戦力外通告を受ける。
2. 現役続行を希望し、12球団合同トライアウトに参加する。
3. NPB球団から契約のオファーを得られなかった。
4. 2023年1月、現役生活に区切りをつける。
5. ソフトバンクの野球振興部スタッフとして新しい道に進む。
ここで押さえておきたいのは、戦力外通告を受けたその日に引退を決めたわけではないという点です。
本人は最後まで現役続行を目指し、その可能性を探ったうえで引退を決断しています。
また、引退理由について、特定のけがや家庭事情が直接の原因だったとする公式発表は確認できません。
少なくとも公表された経緯からは、契約先を探したもののNPB球団からオファーを得られず、次のキャリアに進んだことが大きな転換点だったと分かります。
【引退後の現在】野球振興部から四軍打撃コーチへ
2023年1月20日、ソフトバンクは中谷さんを野球振興部スタッフとして迎えることを公式発表しました。
選手として所属した球団にスタッフとして残り、野球に関わり続ける道を選んだのです。
2023年は野球振興部スタッフ野球振興部スタッフとして新たなスタートを切った中谷さん。
球団の公式発表では、生年月日や出身高校、阪神とソフトバンクでの在籍歴も紹介されています。
野球振興部への加入は、引退後も野球界で活動を続けることを示す最初の公的な節目でした。
2024年・2025年はリハビリ担当コーチその後、球団のコーチングスタッフ名簿では、リハビリ担当コーチ(野手)として名前が掲載されました。
2024年度、2025年度ともに背番号018で、野手のリハビリを担当する役職でした。
現役時代にプロ野球選手として経験してきたことを、選手のコンディション管理や復帰を支える側で生かすキャリアに移行したと考えられます。
ただし、個別の指導内容や担当選手、具体的な復帰支援の実績については、球団のスタッフ一覧だけでは明らかになっていません。
2026年は四軍打撃コーチに就任2026年の大きな変化は、四軍打撃コーチへの役職変更です。
ソフトバンクの公式スタッフ表では、中谷さんは背番号018の四軍打撃コーチとして登録されています。
この役職は、野手のリハビリを担当する以前のポジションとは異なり、打撃指導を専門とするものです。
現役時代に阪神で20本塁打を放った経験を持つ中谷さんにとって、打撃技術を次世代の選手に伝える仕事は、自身のキャリアとも結びついています。
特に、次のような経験は指導者としての強みになり得ます。
- プロ入り後に捕手から外野手へ転向した経験
- 一軍で出場機会をつかむまでの競争経験
- 2017年に20本塁打を記録した打撃経験
- レギュラー定着後に出場機会が減少した経験
- トレードと戦力外通告を経て、異なる環境でプレーした経験
成功した時期だけでなく、思うように結果が出なかった時期も知っていることは、若手選手にとって参考になる可能性があります。
2026年11月現在、四軍打撃コーチという役職はNPBの公式コーチ登録でも確認できます。
【地元・小郡市との関係】ふるさとスポーツ大使としての活動
中谷さんには、プロ野球選手や指導者とは別の顔もあります。
出身地である福岡県小郡市の「ふるさとスポーツ大使」です。
小郡市の公式プロフィールによると、中谷さんは2017年12月にふるさとスポーツ大使に就任しました。その後、2023年に更新されています。
小郡市が紹介する中谷将大の地域活動小郡市は2025年1月6日、中谷さんから市民に向けた動画メッセージが届いたことを紹介しました。
そのメッセージでは、地域のスポーツ環境に触れながら、小郡市のスポーツ人口が増えるような活動をしていきたいという意向が伝えられています。
ふるさとスポーツ大使は、スポーツ分野で実績を持つ人物に地域の魅力を発信してもらい、スポーツ振興につなげる制度です。
中谷さんの場合、プロ野球での経験を持つ地元出身者として、地域とのつながりを維持している点が特徴です。
現役を引退しても、野球を通じて地元に関わる機会が続いています。
【プロの結論】中谷将大のキャリアから見える3つのポイント
中谷将大さんの経歴を振り返ると、単純な成功や失敗だけでは整理できない、プロ野球選手のキャリアの現実が見えてきます。
1. 2017年の20本塁打はキャリアを代表する実績中谷さんの最大の実績は、2017年の20本塁打です。
133試合に出場し、61打点を記録したことは、一時的な代打起用ではなく、主力として打席に立って結果を残したことを示しています。
通算成績だけでは見えにくい、キャリアのピークを理解するうえで重要な数字です。
2. トレードと戦力外通告は同じではない中谷さんの経歴で混同されやすいのが、2021年のトレードと2022年の戦力外通告です。
2021年は二保旭投手との交換トレードであり、球団間の選手移籍でした。
一方、2022年はソフトバンクから翌シーズンの契約を結ばないと通告されたものです。
加えて、その後に合同トライアウトへ参加し、現役続行を目指していたことも重要です。
この違いを理解すると、引退に至る経緯が正確に見えてきます。
3. 現役引退後もプロ野球でキャリアを築ける中谷さんは2023年に引退しましたが、野球界を離れたわけではありません。
野球振興部スタッフ、リハビリ担当コーチを経て、2026年には四軍打撃コーチに就任しています。
現役時代の成績を生かしながら、今度は若い選手を育てる側へ進んだわけです。
プロ野球選手のキャリアは、現役時代の成績だけで完結するものではありません。引退後にどのような役割を担うかも、その人物の野球人生を理解する大切な要素です。
【中谷将大の現在・経歴に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:中谷将大は2026年現在、何をしていますか?
A1:福岡ソフトバンクホークスの四軍打撃コーチを務めています。背番号は018です。2026年度の球団公式スタッフ名簿とNPBのコーチ登録で確認できます。
Q2:中谷将大はなぜ現役引退したのですか?
A2:2022年10月にソフトバンクから戦力外通告を受け、12球団合同トライアウトに参加しました。しかしNPB球団からオファーがなく、2023年1月に現役引退を決断しました。
Q3:中谷将大の阪神時代の最高成績は?
A3:2017年の20本塁打、61打点です。133試合に出場し、打率.241を記録しました。
Q4:中谷将大の通算成績はどれくらいですか?
A4:NPB公式記録による通算成績は439試合、237安打、38本塁打、140打点、打率.230です。
Q5:中谷将大は阪神から戦力外になったのですか?
A5:阪神から戦力外になったわけではありません。2021年7月に二保旭投手との交換トレードでソフトバンクへ移籍し、2022年10月にソフトバンクから戦力外通告を受けました。
Q6:中谷将大は現在も小郡市と関係がありますか?
A6:小郡市のふるさとスポーツ大使を務めています。2017年12月に就任し、市の公式プロフィールにも掲載されています。
中谷将大さんの野球人生は、阪神での飛躍、ソフトバンクへのトレード、戦力外通告、現役引退という大きな転換点を経て、指導者としての新しい段階に進んでいます。
特に押さえておきたいのは、次の5つです。
- 2010年ドラフト3位で阪神に入団。
- 2017年に自己最多の20本塁打、61打点を記録。
- 2021年7月、二保旭投手との交換トレードでソフトバンクへ移籍。
- 2022年10月に戦力外通告を受け、2023年1月に現役引退。
- 2026年現在はソフトバンクの四軍打撃コーチとして活動。
通算439試合、38本塁打という数字は、プロ野球選手としての中谷さんの足跡です。
しかし、彼のキャリアはそこで終わっていません。
2017年に20本塁打を放った打者が、現在は若い選手に打撃を伝える立場になっています。阪神時代に培った経験、ソフトバンクでの経験、そして現役続行を模索した過程。そのすべてが、指導者としての今につながっています。
中谷将大さんの2026年現在を理解するうえで最も重要なのは、現役引退を野球人生の終わりと捉えないことです。 選手から球団スタッフ、そして四軍打撃コーチへ。福岡に根を置きながら、野球に携わり続ける新たなキャリアに注目が集まります。