2026年8月30日、ベルーナドームで行われた埼玉西武ライオンズ対東北楽天ゴールデンイーグルスの一戦。
栗山にとって25年間の現役生活を締めくくる試合となった。
試合は西武が4対1で勝利。栗山は「6番・指名打者」で先発出場し、4打席に立った。
最終打席までの打席結果| 打席 | 対戦・状況 | 結果 |
|---|---|---|
| 第1打席 | 2回裏・岸孝之 | 左飛 |
| 第2打席 | 4回裏・岸孝之 | 左飛 |
| 第3打席 | 試合中盤 | 二ゴロ |
| 第4打席 | 8回裏・2死走者なし | 中前安打 |
この試合で最も注目されたのは、やはり8回裏の第4打席だった。
相手は楽天の4番手・泰勝利投手。2死走者なしで打席に立った栗山は、初球の低めのストレートを振り抜いた。
打球は二遊間を抜けて中前へ。
これがプロ通算2152本目の安打となった。
一塁に到達した栗山は、安打をかみ締めるような表情を見せた。その後、代走が送られてベンチに戻ると、西口監督やチームメイトがハイタッチで出迎えた。
ヘルメットを掲げてスタンドの歓声に応える姿は、まさに現役最後の打席にふさわしい場面だった。
最後の安打を打った相手は岸孝之ではないここは間違えやすいポイントだ。
引退試合で岸孝之との対戦が大きく取り上げられたため、岸から最後の安打を打ったと誤解される可能性がある。
しかし、実際には次のような結果だった。
- 岸孝之との2打席:いずれも左飛
- 現役最終打席:泰勝利から中前安打
つまり、岸との対決は実現したものの、通算2152本目の安打を許した投手は泰勝利だった。
この違いを押さえておくと、引退試合の記録を正確に理解できる。
現役最後の一打が持つ意味栗山は2025年11月の引退発表時点では通算2150安打だった。
2026年4月18日に今季初安打となる2151本目を記録。そして、8月30日の引退試合で2152本目を放った。
最後のシーズンは一軍出場機会が限られたものの、最後の試合で安打を残したことは、25年間の打撃へのこだわりを象徴する出来事だった。
数字だけで見れば、わずか1本の追加安打かもしれない。しかし、その1本には、最後まで打席に立ち続けたプロ野球選手としての姿勢が表れていた。
【栗山巧の引退セレモニー】背番号1とTEAM PR1DEが伝えた感謝

引退試合終了後には、ベルーナドームで栗山の引退セレモニーが開催された。
球団が用意したのは、栗山の25年間を振り返る映像と、歴代の仲間たちによる花束贈呈だった。
花束を贈ったのは、後藤高志オーナー、岸孝之、炭谷銀仁朗、中村剛也、中島宏之、片岡保幸、野茂英雄。
栗山の野球人生を彩った人物が集まり、現役最後の日を祝福した。
「今もこれからもライオンズの栗山です」セレモニーで栗山がファンに伝えた言葉の中でも、特に印象的だったのが次の一節だ。
「25年間、ライオンズの栗山であり続けました。今もこれからもライオンズの栗山です」
パ・リーグ公式メディアが掲載したあいさつ全文には、楽天ファンへの感謝や岸への言葉、長年支えてくれたライオンズファンへの思いも含まれていた。
栗山は、ここ数年は一軍の戦力になれない時期もあったと振り返りながら、ファンからの温かい言葉や視線が、打席で一本を打ちたいという気持ちにつながっていたと語った。
また、現在のチームメイトたちが活躍し、日本シリーズに連れて行ってくれると後輩への期待も口にした。
背番号52から背番号1へ続いた25年間栗山の背番号には、プロ野球人生の変化が刻まれている。
2001年のドラフト4巡目で西武に入団した栗山は、当初背番号52を着用。その後、背番号1を背負い、長年チームの中心選手としてプレーした。
背番号1は、ファンにとって栗山を象徴する数字になった。
引退試合では、栗山への敬意を示すため、選手・監督・コーチが背番号1のPR1DEユニフォームを着用した。
個人の引退試合でありながら、チーム全体が同じ背番号を掲げたことには、栗山がライオンズに残した影響の大きさが表れている。
TEAM PR1DEとは?栗山巧を応援する特別なファンクラブTEAM PR1DEは、2026年シーズン限定で展開された栗山巧の公式ファンクラブだ。
球団は引退試合に合わせ、会員向けの特別企画も実施した。
特に注目されたのは、8月30日の引退会見への会員招待。パ・リーグ公式メディアの報道によると、引退会見には約630人のファンクラブ会員が招待された。
会見で栗山は、引退試合当日を迎えた心境や、ファームで若手選手と過ごした時間、25年間の思い出について語った。
TEAM PR1DEは、単なるグッズ販売やファンクラブの企画ではなく、栗山とファンが最後のシーズンを共有するための取り組みだった。
【プロの結論】栗山巧がミスターレオと呼ばれる理由と西武に残した功績
栗山巧の実績を評価する際、2152安打という数字だけに注目するのは十分ではない。
本当に大きな価値があるのは、一つの球団で25年間プレーし、チームの歴史とともに成長してきたことだ。
① 球団生え抜き初の2000本安打という歴史的価値プロ野球では、2000本安打は一流打者の証しとされる大きな節目だ。
しかし、栗山の記録にはもう一つの意味があった。
それが、埼玉西武ライオンズの生え抜き選手として初めて達成したことだ。
他球団から移籍してきた選手ではなく、西武にドラフト指名され、プロとして成長し、同じユニフォームで2000本に到達した。
これは個人の記録であると同時に、球団の育成と歴史を象徴する記録でもある。
2021年9月4日の達成が特別視された理由は、ここにある。
② 5年間のキャプテン経験が示すリーダーシップ栗山は2012年から5年間、ライオンズのキャプテンを務めた。
この期間は、2008年のリーグ優勝・日本一を経験した世代がチームを支え、次の世代へとつながっていく時期でもあった。
打撃成績だけでなく、日々の練習や試合への準備、チームの勝利に向けた姿勢など、若手に伝えられるものは多かった。
2026年の引退会見でも、栗山はファームで若手選手と過ごした経験を自身の財産として振り返っている。
現役最後の年まで、チームの中で学び続ける姿勢を持っていたことは見逃せない。
③ 打撃職人としての評価栗山の通算打率は.277。通算2152安打に加えて、1052四球を記録している。
この数字から見えるのは、単純な安打製造能力だけではない。
打席でボールを見極め、出塁し、次の打者につなぐ。状況に応じた打撃を積み重ねることで、長期間チームに貢献してきた。
2008年の最多安打獲得や、2010年の172安打という実績は、その打撃技術が高い水準にあったことを示している。
長打力だけで評価されるタイプではなく、打席での対応力や出塁能力も含めて評価すべき打者だった。
④ ミスターレオという呼称が持つ意味「ミスターレオ」は、栗山を象徴する呼び名として広く定着した。
その理由は、長年ライオンズ一筋でプレーしてきたことにある。
2001年の入団から2026年の引退まで、25年間にわたり同じ球団のユニフォームを着続けた。
もちろん、長く在籍しただけで自動的に評価されるわけではない。レギュラー定着までの苦労、タイトル獲得、2000本安打、キャプテン経験、そして引退までの姿勢が積み重なって、この呼び名を特別なものにした。
現役生活の最後に本人が「今もこれからもライオンズの栗山です」と語ったことは、その象徴ともいえる。
⑤ 栗山巧の功績を正しく評価するための3つの視点栗山のキャリアを振り返る際には、次の3点を押さえておきたい。
- 通算記録を見る: 2323試合・2152安打という25年間の積み重ねを評価する。
- 球団史で見る: 生え抜き選手初の2000本安打という歴史的な意味を理解する。
- チームへの貢献で見る: キャプテン経験や若手への影響、ファンとの関係も含めて評価する。
2026年の打率.154だけを切り取って、栗山の選手としての評価を決めるのは適切ではない。
一方、全盛期の成績だけを見て最後のシーズンを美化する必要もない。出場機会が減少した現実と、それでも最後まで一軍を目指し続けた姿勢の両方を評価することが、栗山の25年間を理解するうえで大切だ。
【西武・栗山巧に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:栗山巧はいつ引退しましたか?
A1:2026年8月30日です。ベルーナドームで開催された東北楽天ゴールデンイーグルス戦が引退試合となり、試合後に引退セレモニーが行われました。
Q2:栗山巧の通算成績と2152安打の記録は?
A2:NPBの最終記録は2323試合出場、2152安打、128本塁打、914打点、通算打率.277です。2021年9月4日には、球団生え抜き選手として初めて2000本安打を達成しました。
Q3:栗山巧の引退試合で最後に対戦した投手は誰ですか?
A3:楽天の泰勝利投手です。8回裏2死の第4打席で初球を打ち返し、中前安打を記録しました。岸孝之投手とは第1・第2打席で対戦しています。
栗山巧は2026年8月30日、ベルーナドームでの引退試合を最後に、25年間のプロ野球生活を終えた。
最終的な通算成績は2323試合出場、2152安打、128本塁打、914打点、打率.277。
2021年の球団生え抜き選手初となる2000本安打、2008年の最多安打獲得、2010年のゴールデングラブ賞、そして5年間のキャプテン経験など、数多くの実績を残した。
引退試合では岸孝之との対戦が実現し、最後の打席では泰勝利から2152本目の安打を放った。
そして、引退セレモニーでファンに伝えた「今もこれからもライオンズの栗山です」という言葉。
背番号1の現役生活は終わったが、栗山がライオンズに残した記録と功績は、これからも球団の歴史に刻まれていく。
ミスターレオ・栗山巧の25年間は、安打数だけでは測れない、一人の選手と一つの球団が歩んだ物語だった。
主な参考資料:日本野球機構(NPB)個人年度別成績、埼玉西武ライオンズ公式発表、栗山巧公式プロフィール、日本プロ野球名球会、パ・リーグ公式メディア、スポーツ報知、日刊スポーツ。