京都大学が公表している13人の受賞者は、1949年から2025年まで、物理学・化学・生理学・医学の3分野にわたっています。
ここで押さえておきたいのは、13人全員が京都大学を卒業したわけではないという点です。京都大学の卒業生に加え、同大学で研究や教育に携わった研究者も含まれています。
京都大学にゆかりのある13人の一覧以下は京都大学広報誌『紅萠』2026年春号に掲載された公式一覧をもとに、受賞業績と京大との関係を整理したものです。
出典:京都大学「京都大学とノーベル賞」、京都大学公式受賞者一覧、各研究者の経歴・受賞資料。
一覧から見える3つの特徴1. 物理学から化学、医学へと研究分野が広がっている
初期の受賞者は湯川秀樹、朝永振一郎を中心とした理論物理学の研究者でした。その後、福井謙一の理論化学、利根川進の免疫学、山中伸弥の再生医療研究など、異なる分野で成果が生まれています。
2. 京都大学の卒業生以外にも受賞者がいる
山中伸弥は神戸大学医学部、小林誠と益川敏英は名古屋大学を卒業しています。しかし、京都大学で研究・教育に携わった経歴があるため、13人の中に含まれています。
3. 2025年に2人が同時受賞した
北川進と坂口志文は、ともに京都大学の卒業生です。京都大学出身の研究者2人が同じ年にノーベル賞を受賞したのは初めてでした。
【歴代受賞者の功績】湯川秀樹から山中伸弥まで、京大の研究が世界を変えた

13人の業績を時系列で見ると、京都大学の研究者が単に優れた発見をしただけでなく、後世の研究や産業、医療の基盤を築いてきたことが分かります。
湯川秀樹|1949年、日本人初のノーベル物理学賞
ノーベル物理学賞
湯川秀樹は、1949年に日本人として初めてノーベル物理学賞を受賞しました。
受賞対象となったのは、原子核を構成する陽子と中性子を結びつける力を説明するために提唱した中間子論です。
1934年に発表されたこの理論は、当初から広く受け入れられたわけではありません。しかし、後の実験によって中間子の存在が確認され、理論の重要性が認められました。
京都大学は湯川の受賞を記念して湯川記念館の設立を進め、1953年には基礎物理学研究所が発足しました。現在も同研究所は理論物理学の重要な研究拠点となっています。
朝永振一郎|1965年、量子電磁力学の発展に貢献
ノーベル物理学賞
朝永振一郎は、量子電磁力学における基礎的な研究によって、1965年にノーベル物理学賞を受賞しました。
代表的な業績が、無限大の問題を数学的に処理する「くりこみ理論」です。これは素粒子の振る舞いを理解するうえで重要な理論となりました。
興味深いのは、朝永が湯川秀樹と第三高等学校、京都帝国大学で同級生だったことです。
同じ時代に京都で学んだ2人が、1949年と1965年に日本の物理学史を大きく変えました。
福井謙一|1981年、日本の化学研究を世界水準へ
ノーベル化学賞
福井謙一は、化学反応の仕組みを理論的に説明する「フロンティア軌道理論」によって、1981年にノーベル化学賞を受賞しました。
化学反応では、分子の電子状態が重要な役割を果たします。福井は、特定の電子軌道に着目することで、化学反応の起こりやすさや反応性を説明する理論を発展させました。
1941年に京都帝国大学工学部を卒業し、その後も京都大学で研究を続け、1982年の退官まで長く教員として在籍しました。
理論化学の発展に加え、多くの後進を育てたことも、京都大学に残した大きな功績です。
利根川進・野依良治|生命科学と化学の新しい地平1987年・生理学・医学賞
利根川進は、抗体の多様性が生み出される遺伝的な仕組みを解明しました。
人間の免疫システムは、膨大な種類の病原体に対応するため、多様な抗体を作り出します。その多様性がどのような遺伝的仕組みによって生まれるのかを明らかにした研究です。
京都大学理学部を卒業した後、海外で研究を進め、受賞時は米国マサチューセッツ工科大学の教授でした。
2001年・化学賞
野依良治は、キラル触媒による不斉水素化反応の研究で2001年にノーベル化学賞を受賞しました。
鏡に映した左右の手のように、分子にも互いに鏡像関係にある構造が存在します。医薬品などの合成では、こうした分子を目的に応じて作り分けることが重要です。
野依は京都大学工学部を卒業し、大学院でも研究を続けました。その後、名古屋大学を中心に研究を発展させ、化学合成の新しい可能性を切り開きました。
2008年|小林誠・益川敏英の理論が実証される2008年・物理学賞
2008年・物理学賞
2008年のノーベル物理学賞では、小林誠と益川敏英が共同受賞しました。もう1人の受賞者は南部陽一郎です。
小林・益川理論は、素粒子の世界におけるCP対称性の破れを説明し、少なくとも3世代のクォークが存在することを予言した理論です。
2人がこの理論を発表したのは、京都大学理学部で助手を務めていた時期でした。
注目すべきなのは、2人とも名古屋大学の卒業生であることです。京都大学での研究活動がノーベル賞につながった代表的な事例といえます。
2012年以降|再生医療、青色LED、がん免疫療法へ2012年・生理学・医学賞
山中伸弥は、成熟した細胞を初期化し、さまざまな細胞に分化できる能力を持つiPS細胞を作製した功績で受賞しました。
2006年にマウスの細胞から、2007年にはヒトの細胞からiPS細胞を作製したことを発表しています。
山中は神戸大学医学部の卒業生ですが、京都大学再生医科学研究所の教授を経て、iPS細胞研究所の所長を務めました。
つまり、山中伸弥は「京大卒のノーベル賞受賞者」ではなく、「京大で世界的な研究成果を生み出した受賞者」の代表例です。
2014年・物理学賞
赤﨑勇は、窒化ガリウム(GaN)を用いた高効率青色発光ダイオードの開発によって受賞しました。
青色LEDが実用化されたことで、赤・緑・青の光を組み合わせたフルカラー表示や、省エネルギー型の白色LED照明が実現しました。
赤﨑は1952年に京都大学理学部化学科を卒業しています。困難とされた材料研究に粘り強く取り組んだことが、世界的な成果につながりました。
2018年・生理学・医学賞
本庶佑の受賞対象は、免疫を抑制する分子PD-1の発見と、その働きを阻害することによるがん治療の発展です。
がん細胞は免疫システムから逃れる仕組みを持っています。本庶の研究は、その免疫抑制の仕組みを解除し、患者自身の免疫反応を利用してがんと闘う治療法の発展に大きく貢献しました。
この研究は、免疫チェックポイント阻害薬という新しいがん治療の流れを生み出しました。
2019年・化学賞
吉野彰は、リチウムイオン二次電池の開発と実用化への貢献によって2019年にノーベル化学賞を受賞しました。
スマートフォン、ノートパソコン、電気自動車など、現在の社会を支える蓄電技術の発展に欠かせない研究です。
京都大学工学部を卒業し、大学院工学研究科の修士課程を修了。卒業後は産業界で研究を続けました。
【2025年の歴史的快挙】北川進と坂口志文がノーベル賞を受賞した理由
2025年10月、日本の科学界に大きなニュースが届きました。
京都大学出身の北川進と坂口志文が、それぞれノーベル化学賞とノーベル生理学・医学賞に選ばれたのです。
京都大学の公式広報誌によれば、日本人が2人同時にノーベル賞を受賞するのは10年ぶり。京大出身者2人が同じ年に受賞するのは初めてでした。
北川進|2025年ノーベル化学賞はMOFの開発は、金属有機構造体(MOF:Metal-Organic Frameworks)の開発に関する功績によって、2025年ノーベル化学賞を受賞しました。
共同受賞者は、リチャード・ロブソンとオマール・ヤギーです。
MOFとは、金属イオンと有機分子を組み合わせて作る、内部に無数の微細な空間を持つ結晶性材料です。
この構造の特徴は、内部にある空間の大きさや性質を設計できることです。特定の物質を取り込んだり、貯蔵したりする能力を持ちます。
代表的な応用可能性として、次のようなものがあります。
- 二酸化炭素の回収: 大気や排出ガスからCO2を捕集する技術への応用。
- 水資源の確保: 砂漠の空気から水を集める技術への応用。
- 有害ガスの貯蔵: 危険な気体を安全に取り扱うための材料開発。
- 化学反応の促進: 触媒として利用する新しい反応技術。
京都大学の公式略歴によると、北川は1974年に工学部を卒業し、1976年に修士課程、1979年に博士課程を修了しました。
1998年に京都大学大学院工学研究科教授に着任し、2017年から特別教授、2024年から理事・副学長を務めています。
長年にわたって京都大学で研究と人材育成に取り組んできた人物です。
坂口志文|制御性T細胞の発見が医学を変えたは、免疫システムが自分自身の体を攻撃しないように調整する仕組みの解明によって、2025年ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
共同受賞者は、メアリー・E・ブランコウとフレッド・ラムズデルです。
受賞理由は「末梢性免疫寛容に関する発見」でした。
その中心となる研究成果が、制御性T細胞(Treg)の発見と機能の解明です。
免疫システムは、ウイルスや細菌などの異物を攻撃する働きを持っています。しかし、その働きが過剰になると、自分自身の正常な細胞や組織まで攻撃してしまうことがあります。
制御性T細胞は、こうした過剰な免疫反応を抑制する役割を担っています。
この発見は、次のような医学分野に影響を与えています。
- 自己免疫疾患の研究
- がん免疫療法の開発
- アレルギーの研究
- 臓器移植における免疫反応の制御
坂口は1976年に京都大学医学部医学科を卒業し、1983年に京都大学で医学博士号を取得しました。
1999年に京都大学再生医科学研究所の教授となり、2007年には同研究所長に就任。2011年に大阪大学へ移り、現在は大阪大学を研究活動の拠点としています。
京都大学名誉教授でもあり、京都大学で長年にわたって研究を進めてきた人物です。
2人の受賞が示した日本の基礎研究の可能性北川と坂口の研究には、共通する特徴があります。
それは、研究の初期段階では社会的な実用性が必ずしも明確ではなかったテーマを、長い時間をかけて掘り下げたことです。
北川のMOF研究は、材料の内部に空間を作るという発想から始まりました。坂口の研究も、免疫システムの仕組みを理解するという基礎的な問いを追究する中で発展しました。
一見すると異なる分野ですが、どちらも既存の常識にとらわれず、研究対象の本質を追い続けた成果です。
この点は、京都大学が掲げる自由な研究文化とも重なっています。
【京都大学の自由の学風】なぜノーベル賞受賞者が多いのか
京都大学とノーベル賞の関係を理解するうえで欠かせないのが、大学が長く受け継いできた「自由の学風」です。
京都大学の基本理念には、研究の自由と自主を基礎に、世界的に卓越した知を創造することが掲げられています。
教育面でも、対話を根幹とした自学自習を重視しています。
1. 研究テーマを自分で追究できる環境研究者にとって、まだ答えが見つかっていない問題に取り組むことは簡単ではありません。
研究成果がすぐに出る保証もなく、社会的な評価が得られるまで長い時間を要する場合もあります。
しかし、学問の発展には、既存の研究テーマを追うだけではなく、研究者自身が疑問を持ち、新しい課題を発見する姿勢が必要です。
京都大学が掲げる研究の自由と自主は、こうした探究を支える理念です。
2. 基礎研究を尊重する文化湯川秀樹の中間子論、福井謙一のフロンティア軌道理論、北川進のMOF研究には、共通するものがあります。
それは、最初から身近な製品やサービスを作ることを目的とした研究ではなかったという点です。
自然現象や物質の仕組みを根本から理解することが、後の技術革新につながりました。
例えば、吉野彰のリチウムイオン電池や山中伸弥のiPS細胞は、研究成果が社会に与える影響の大きさを示しています。
3. 研究者同士の対話と継続的な人材育成ノーベル賞級の研究は、必ずしも1人だけで完結するものではありません。
研究室での議論、学生の実験、異分野の研究者との交流など、複数の人々が関わることで研究は発展します。
2025年の北川の受賞記念インタビューでも、研究仲間や学生、京都大学の研究環境への感謝が語られています。
北川は、京都大学の広報誌で次のように若い研究者に呼びかけています。
「知的好奇心を携えて、〈おもろい〉ことを追い求めてほしい。」
出典:京都大学広報誌『紅萠』2026年春号・北川進氏のメッセージ
この言葉には、すぐに役立つ成果だけを追うのではなく、まだ価値が分からない研究にも挑戦する姿勢が表れています。
自由の学風だけでノーベル賞は生まれるのかここは冷静に考える必要があります。
自由な研究環境は、独創的な発見を支える重要な条件ですが、それだけでノーベル賞が保証されるわけではありません。
研究成果を生み出すには、研究者個人の能力や粘り強さに加え、設備、研究資金、共同研究者、国際的な研究交流など、複数の条件が必要です。
実際、2025年の坂口の受賞に際しても、京都大学関係者は研究の途中に逆風があったことに触れています。
自由の学風は、受賞者を自動的に生み出す仕組みではなく、既存の評価にとらわれず研究を続けるための土壌として捉えるのが適切です。
【京大卒と京大ゆかりは違う】ノーベル賞に関する誤解を検証
「京都大学のノーベル賞受賞者13人」という数字を正確に理解するには、大学との関係を整理する必要があります。
13人全員が京大卒業生というわけではない京都大学の公式資料が示す13人は、卒業生と教員を含めた人数です。
特に分かりやすい例が次の3人です。
| 人物 | 卒業大学 | 京都大学との関係 |
|---|---|---|
| 山中伸弥 | 神戸大学 | 教授・研究所長 |
| 小林誠 | 名古屋大学 | 理学部助手 |
| 益川敏英 | 名古屋大学 | 教授・名誉教授 |
この3人は京都大学を卒業していませんが、京都大学で研究・教育に携わった経歴があります。
一方、湯川秀樹、朝永振一郎、福井謙一、野依良治、北川進、坂口志文などは京都大学の卒業生です。
したがって、検索する際には次のように区別すると理解しやすくなります。
- 京大卒の受賞者: 京都大学で学位や学歴を持つ研究者。
- 京大ゆかりの受賞者: 卒業生に加え、京都大学で研究・教育を行った人物。
- 受賞時の所属が京大の受賞者: ノーベル賞が発表された時点で京都大学に所属していた人物。
この3つは必ずしも一致しません。
ノーベル賞に数学賞がない理由は?ノーベル賞には、物理学、化学、生理学・医学、文学、平和の5分野があります。
経済学については、1968年にスウェーデン国立銀行がアルフレッド・ノーベルを記念して賞を創設し、1969年から授与が始まりました。
このため、経済学賞は一般にノーベル賞の一部として扱われていますが、厳密にはノーベルの遺言によって創設された5つの賞とは別の賞です。
一方、数学賞はノーベル賞の正式な部門にありません。
「ノーベルが数学者に妻を奪われたため数学賞を作らなかった」という話もありますが、これは事実ではありません。アルフレッド・ノーベルは生涯結婚していませんでした。
数学分野には、フィールズ賞やアーベル賞など、ノーベル賞とは別の国際的な賞があります。
京都大学では2025年に柏原正樹がアーベル賞を受賞しましたが、これはノーベル賞の受賞者13人には含まれません。
朝永振一郎の受賞年は1964年ではなく1965年受賞年についても注意が必要です。
朝永振一郎のノーベル物理学賞は、1965年です。
京都大学の公式受賞者一覧とノーベル賞の公式記録でも1965年とされています。
インターネット上には1964年と記載された一覧も見られますが、正しい受賞年は1965年です。
【2026年最新】日本人ノーベル賞受賞者と京都大学の現在地
2026年のノーベル賞は、10月5日から12日にかけて各分野の受賞者が発表されました。
日本人研究者にとって特に大きなニュースとなったのが、10月7日に発表されたノーベル化学賞です。
硤合憲三が2026年ノーベル化学賞を受賞
ノーベル化学賞
東京理科大学名誉教授
硤合憲三は、フランスのアンリ・B・カガンとともに、2026年のノーベル化学賞を受賞しました。
受賞理由は、不斉有機合成における非線形効果と自己触媒作用の発見です。
この研究の要点は、化学反応の中で生まれた分子が、自分と同じ構造を持つ分子をさらに生み出す反応を促進するという仕組みです。
分子には、右手と左手のように鏡像関係にある構造が存在します。生命を構成する分子では、その一方の構造が選択的に使われる現象が知られています。
硤合らの研究は、こうした分子の左右の違いがどのように増幅されるのかを理解するうえで、大きな貢献を果たしました。
研究成果は、医薬品などの合成技術にも関係する重要なものです。
日本物理学会や文部科学省も、2026年10月7日の受賞決定を正式に発表しています。
2026年の日本人受賞者は京大ゆかりの13人に含まれる?答えは、含まれません。
硤合憲三は東京大学を卒業し、受賞時は東京理科大学名誉教授でした。
京都大学の公式ノーベル賞一覧でも、硤合は東京大学卒業と記載されています。
そのため、2026年11月時点で京都大学ゆかりの受賞者数は、2025年までの実績である13人のままです。
2026年のノーベル賞から見える日本の研究力2026年の全6部門を見渡すと、医学、物理学、文学、平和、経済学では海外の研究者が受賞し、化学賞では硤合憲三が受賞しました。
日本人の受賞という観点では、硤合の成果は、国内の化学研究が国際的に評価され続けていることを示す出来事です。
また、2025年の北川進、2026年の硤合憲三と、化学分野で日本人研究者の受賞が続いたことも注目点です。
ただし、京都大学の13人という実績と、日本全体のノーベル賞受賞者数は別の集計です。大学別の実績を見る場合は、卒業歴と研究歴の両方を確認する必要があります。
【ノーベル賞京大に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:京都大学出身のノーベル賞受賞者は何人ですか?
A1:京都大学の公式資料によると、2025年の北川進と坂口志文の受賞を含め、卒業生・教員のノーベル賞受賞者は13人です。ただし、13人全員が京都大学の卒業生というわけではありません。
Q2:京大で最初にノーベル賞を受賞した人物は誰ですか?
A2:湯川秀樹です。1949年に中間子論の業績によってノーベル物理学賞を受賞しました。日本人初のノーベル賞受賞者でもあります。
Q3:2025年にノーベル賞を受賞した京大関係者は誰ですか?
A3:北川進と坂口志文です。北川はMOFの開発によって化学賞を、坂口は制御性T細胞などの研究によって生理学・医学賞を受賞しました。
Q4:山中伸弥は京都大学の卒業生ですか?
A4:いいえ。山中伸弥は神戸大学医学部の卒業生です。その後、京都大学で教授やiPS細胞研究所長を務めたため、京大ゆかりの受賞者に数えられています。
Q5:2026年の日本人ノーベル賞受賞者は誰ですか?
A5:2026年の日本人受賞者は、ノーベル化学賞を受賞した硤合憲三です。フランスのアンリ・B・カガンと共同受賞しました。硤合は東京大学卒業であり、京都大学ゆかりの13人には含まれません。
Q6:京都大学には数学のノーベル賞受賞者もいますか?
A6:ノーベル賞には数学部門がありません。京都大学関係者では、2025年に柏原正樹がアーベル賞を受賞しています。アーベル賞は数学分野の国際的な賞ですが、ノーベル賞とは別の賞です。
京都大学とノーベル賞の関係は、1949年の湯川秀樹から2025年の北川進・坂口志文まで、長い歴史の中で築かれてきました。
13人の研究分野を振り返ると、理論物理学、化学、免疫学、再生医療、材料科学と、その領域は非常に幅広いものです。
特に重要なのは、受賞者の経歴を単純に「京大卒」という言葉だけで整理できないことです。
山中伸弥のように他大学を卒業して京都大学で研究を進めた人物もいれば、小林誠や益川敏英のように京都大学での研究活動が受賞につながった人物もいます。
2025年の北川進と坂口志文の同時受賞、2026年の硤合憲三のノーベル化学賞受賞も、日本の研究力を考えるうえで重要な出来事です。
【プロの結論】
京都大学のノーベル賞実績から学べることは、受賞者の人数だけではありません。
注目すべきは、次の3つです。
1. 研究の独創性を尊重すること。 既存の常識にとらわれず、新しい問いを生み出す姿勢が研究の出発点になる。
2. 基礎研究を長期的に支えること。 すぐに実用化できない研究も、将来の技術革新や医療の発展につながる可能性がある。
3. 研究者を育てる環境を整えること。 個人の才能だけでなく、研究設備、資金、対話、共同研究の機会が成果を左右する。
京都大学への進学や研究機関選びを考える人にとっても、受賞者の人数だけで大学を評価するのではなく、研究の自由度、指導体制、研究設備、学際的な交流の機会を確認することが大切です。
湯川秀樹から北川進、坂口志文へと受け継がれてきた探究の精神。その先にどのような新しい発見が待っているのか、京都大学の今後の研究にも引き続き注目が集まります。