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【幕末男性と比較】江戸時代の平均身長155〜156cmよりどれほど高かった?

桂木 洋 桂木 洋 • 更新: • 公開: • 読了約 11 分
目次

龍馬の体格を理解するには、現代人の感覚だけでなく、同じ時代に生きた男性との比較が欠かせません。

江戸時代の成人男性は、現代の日本人男性よりも平均身長が低かったとされています。

東京都江戸東京博物館のレファレンス資料によると、江戸時代の平均身長は、男性がおおむね155〜158cm、女性が143〜146cmです。

この数値は、墓地などから出土した人骨、とりわけ大腿骨の長さをもとに推定されています。研究者によって計算式や対象となる人骨のサンプルが異なるため、平均値にも幅があります。

江戸時代の男性と龍馬の身長を比較
比較対象 身長 備考
江戸時代の男性 155〜158cm 人骨からの推定平均
坂本龍馬 173〜179cm 3人の証言による推定
現代の日本人男性 時代・統計によって異なる 単純比較には注意が必要

仮に龍馬が173〜179cmだったとすれば、江戸時代の男性平均より約15〜24cm高かった計算になります。

平均身長を155〜156cmとする研究値を基準にすれば、差は17〜24cmです。

これは、当時の人々のなかでも相当に目立つ体格だったことを意味します。

170cmを超える男性は珍しかったのか

江戸時代に170cmを超える男性が存在しなかったわけではありません。

江戸東京博物館の資料でも、当時、2mを超える力士がいたことが紹介されています。

文政期の大空武左衛門や天保期の生月鯨太左衛門は、身長7尺5寸、約227cmと伝えられています。

つまり、当時の平均身長が低かったからといって、長身の人物が存在しなかったわけではありません。

龍馬の特徴は、単に背が高かったというだけでなく、後述する証言にあるように、肩幅や肉付きも含めて大柄な人物として記憶されていた点にあります。

【実際に会った人物の証言】豊川良平と原考徳が語った龍馬の体格

坂本龍馬身長

坂本龍馬の身長を考えるうえで、数字以上に興味深いのが、本人と実際に接した人物の回想です。

なかでも注目したいのが、豊川良平と原考徳の証言です。

豊川良平の証言「背丈高く肉附が良く」

豊川良平は、龍馬について次のように回想しています。

「背丈高く肉附が良く、恰度今の海軍々令部長島村大将に彷彿たる格好で風貌魁偉な處にも何処やらに優しみのある柔和な顔であったと記憶する」

この証言で注目したいのは、単に「背が高い」と述べているだけではないことです。

豊川は、龍馬について次の3つの特徴を挙げています。

- 背丈が高い: 周囲の人物と比べても長身だった印象。
- 肉付きが良い: 細身というより、しっかりした体格だった。
- 風貌が大きい: 存在感のある堂々とした姿だった。

さらに興味深いのは、外見の迫力とは対照的に、顔には優しさや柔和さがあったと述べている点です。

豊川の母親が安政年間のコレラで亡くなった際、龍馬は近所に住んでいた関係から、幼い豊川を何度も訪ねて慰めたといいます。

足袋がなく正月の外出に困っていた豊川のために、龍馬は祖母を手伝って足袋を縫い、着物まで着せて外へ連れ出しました。

この回想からは、屈強な剣士という印象だけでは説明できない、龍馬の人柄も伝わってきます。

豊川が記憶していたのは、背が高く体格の良い人物でありながら、子どもに対して非常に親切な青年だったという姿でした。

原考徳の回想「躯幹偉大」の意味

もう一つ重要なのが、原考徳による回想です。

原は昭和6年(1931年)の聞き取りで、幼少期に接した龍馬について語っています。

「躯幹偉大にして、武市も背高き人なりしも、坂本はも少し丈夫にて大きく見えたり」

ここに登場する「躯幹偉大」という表現が、龍馬の体格を考えるうえで重要です。

「躯幹」とは、頭部や手足を除いた胴体、あるいは身体全体の骨格や体つきを指す言葉です。

つまり、原は龍馬を単に背が高い人物としてではなく、身体のつくりそのものが大きい人物として記憶していました。

加えて、原は土佐勤王党の武市半平太も背の高い人物だったとしたうえで、龍馬のほうがさらにがっしりして大きく見えたと述べています。

この比較は非常に興味深いものです。

身長だけでなく、胴回りや肩周辺の体格、全体的な骨格の印象まで含めて、龍馬が大柄だったことを示唆しています。

2人の証言から分かる龍馬の身体的特徴

豊川と原の証言には、共通する特徴があります。

それは、龍馬が単なる長身ではなく、肉付きの良い堂々とした体格だったという点です。

原の回想には、龍馬が片方の肩を怒らせて歩く癖や、肩の上に大きな黒い痣があったという描写もあります。

また、原は龍馬が胸や背中に長い毛が生えていたことにも触れています。

こうした身体的特徴の描写は、龍馬の人物像を具体的に伝えるものです。

もちろん、これらの証言から173cmなのか179cmなのかを決めることはできません。しかし、複数の回想が共通して伝える「大きな身体」という印象は、長身説を考えるうえで重要な材料です。

【坂本乙女との関係】身長175cmの姉と龍馬の体格は関係していた?

坂本龍馬の体格を語る際、忘れてはならない人物が姉の坂本乙女です。

乙女は龍馬より年上の姉で、母・幸が亡くなった後、弟の面倒を見た人物として知られています。

その体格は、当時の女性としては非常に大柄だったと伝えられています。

坂本乙女は身長175cm、体重100kg超の大柄な女性

鹿児島県霧島市の観光・文化紹介では、坂本乙女について次のように紹介されています。

- 身長:約175cm
- 体重:100kg超
- 異名:「坂本家の仁王様」

身長175cmという数字は、現代の女性と比較しても高身長です。

当時の女性の平均身長が143〜146cm程度だったことを考えると、乙女が際立った体格の持ち主だったことが分かります。

また、乙女は身体が大きかっただけではありません。

剣術、馬術、弓術、水泳などの武芸に通じ、琴や三味線、和歌などの教養も備えていたと伝えられています。

龍馬に剣術や水泳などを教えた人物としても知られています。

姉の大柄な体格は龍馬の身長にも影響したのか

ここで気になるのが、乙女の体格と龍馬の長身に関係があったのかという点です。

兄弟姉妹には遺伝的な共通性があるため、同じ家族に大柄な人物がいたことは興味深い情報です。

ただし、乙女が175cmだったから龍馬も高身長になった、と直接結び付けることはできません。

龍馬自身の身長を証明するのは、あくまで本人に関する証言や残された衣服です。

乙女の存在は、坂本家に伝わる人物像や家族の体格を考えるための補足的な情報として捉えるのが適切です。

龍馬の体重は何kgだったのか

身長とともに気になるのが体重です。

しかし、高知県立坂本龍馬記念館のFAQでは、龍馬の体重は不明とされています。

紋服の寸法や知人の回想から、身長や体格について一定の推定はできますが、体重を具体的に確定できる資料はありません。

豊川良平が「肉附が良く」と語り、原考徳が「躯幹偉大」と表現していることから、細身ではなく、がっしりした身体つきだった可能性は十分考えられます。

ただし、姉の乙女の体重を龍馬に当てはめたり、現代の体格から体重を逆算したりすることには慎重さが必要です。

【坂本龍馬の身長に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:坂本龍馬の身長は結局何cmだったのですか?

A1:高知県立坂本龍馬記念館が紹介する証言では173〜179cmです。一般的には175cm前後という目安で語られることがありますが、正確な身長が確定しているわけではありません。

Q2:坂本龍馬は江戸時代の男性としてどれくらい大きかったのですか?

A2:江戸時代の男性の平均身長は約155〜158cmと推定されています。龍馬が173〜179cmだった場合、平均より約15〜24cm高く、かなり目立つ長身だったと考えられます。

Q3:坂本龍馬の姉・乙女の身長も高かったのですか?

A3:はい。坂本乙女は身長約175cm、体重100kg超の大柄な女性だったと伝えられています。「坂本家の仁王様」と呼ばれるほどの体格と武芸の持ち主でした。

坂本龍馬の身長について、2026年時点で参考になる資料を整理すると、最も注目すべきなのは高知県立坂本龍馬記念館が紹介する173〜179cmという推定です。

田中光顕、関義臣、信太歌之助の3人がそれぞれ異なる身長を伝えており、残された紋服の寸法も体格を考える手掛かりになっています。

加えて、豊川良平の「背丈高く肉附が良く」という証言や、原考徳の「躯幹偉大」という回想は、龍馬が背の高さだけでなく、身体全体の大きさでも印象に残る人物だったことを示しています。

江戸時代の男性平均身長155〜158cmと比較しても、173〜179cmという推定は際立っています。

坂本龍馬の身長について押さえておきたい要点は次の3つです。

1. 身長は173〜179cmと推定され、175cm前後という数字も目安になる。
2. 豊川良平と原考徳の証言から、長身で肉付きの良い体格だったことがうかがえる。
3. 正確な測定記録はなく、身長を1cm単位で断定することはできない。

坂本龍馬は、薩長同盟の成立に協力し、亀山社中や海援隊を通じて新しい時代の仕組みを構想した幕末の志士です。

その行動力や大胆さに注目が集まりがちですが、実際に接した人々の証言を読むと、堂々とした体格と、子どもを思いやる優しさを併せ持った人物像が浮かび上がります。

身長の数字だけを追うのではなく、当時の平均身長、衣服の寸法、そして本人を知る人々の回想を組み合わせること。それが、坂本龍馬の実像に近づくための最も確かな手掛かりです。

主な参考資料:高知県立坂本龍馬記念館「龍馬FAQ」、東京都江戸東京博物館「江戸時代の男女の平均身長はどれくらいか」、国立国会図書館「近代日本人の肖像」、鹿児島県霧島市「龍馬・お龍日本最初の新婚旅行地」。

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桂木 洋

映画・ドラマの公開情報を担当。配給会社のプレスシートと公式サイト記載を基準に、あらすじと配役をまとめます。

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