江戸時代の日本人は、現代人と比べてどれくらい小柄だったのでしょうか。江戸時代の平均身長は、墓地から出土した人骨、とりわけ大腿骨の長さをもとに推定されており、一般的な研究値では男性約155〜158cm、女性約143〜146cmとされています。男性は155cm台、女性は145cm前後という数字が、江戸庶民の体格を知る一つの目安です。
ただし、この数字は江戸時代の全住民を直接測定した統計ではありません。江戸時代前期と後期では推定値に違いがあり、発掘された地域や墓地の性格、使用する身長推定式によっても結果は変わります。2026年11月時点で参照できる研究資料をもとに、鈴木尚や平本嘉助らの研究、大腿骨による推定方法、地域差、現代人との比較まで整理します。
【男女別】江戸時代の平均身長は男性155〜158cm、女性143〜146cm

江戸時代の平均身長を調べるうえで、基本となる資料が東京都江戸東京博物館のレファレンス情報です。同館の図書室は、墓地などから発掘された人骨をもとにした研究を整理し、男性155〜158cm、女性143〜146cmという推定範囲を紹介しています。
この範囲には、研究者や調査対象の異なる複数の研究成果が含まれています。代表的なのが、鈴木尚の『骨は語る 将軍・大名家の人々』と、鈴木隆雄の『日本人のからだ』です。
江戸時代の男性の平均身長江戸時代の男性の平均身長は、おおむね155〜158cmと推定されています。
鈴木尚が1985年に刊行した『骨は語る 将軍・大名家の人々』では、江戸庶民の男性の平均身長は157.11cmとされています。
一方、鈴木隆雄の『日本人のからだ』(1996年)に掲載された関東地方の人骨資料では、江戸時代前期が155.09cm、後期が156.49cmです。
つまり、江戸時代の成人男性は155cm台から157cm台を中心とする体格だったと考えられます。ただし、これは集団の平均値であり、160cm以上の男性が珍しかったと断定することはできません。
江戸時代の女性の平均身長女性の平均身長は、男性よりも低く、約143〜146cmが目安です。
鈴木尚の研究では145.62cm、鈴木隆雄の研究では前期143.03cm、後期144.77cmと推定されています。
女性の推定身長が145cm前後という数字は、複数の研究で共通しています。ただし、143cmと146cmの違いは、年代だけでなく、対象となった墓地や計測方法にも左右されます。
江戸時代に145cmや155cmの人が多かったという意味なのか「江戸時代の女性は145cm」「男性は155cm」という表現は、あくまでも平均的な体格を簡潔に示したものです。
145cm未満の女性だけが存在したわけでも、155cmを超える男性が特別な存在だったわけでもありません。身長には個人差があり、栄養状態や成長期の健康状態、遺伝的な要素なども関係します。
また、平均身長が145cmだからといって、当時の女性の骨格や体格全体が現代人より一律に小さかったと考えるのも正確ではありません。
【研究と証拠】江戸時代人の身長は大腿骨からどう推定するのか
江戸時代には全国民を対象とした身長測定の統計が存在しません。そこで研究者たちは、寺院墓地や遺跡から発掘された人骨を分析し、骨の長さから生前の身長を推定してきました。
その中心となるのが大腿骨(だいたいこつ)です。大腿骨は太ももにある人体最大級の長骨で、全身の身長との間に統計的な関係があります。
大腿骨の長さが身長推定に使われる理由人間の身長は、頭部、胴体、骨盤、下肢などの長さによって構成されます。なかでも大腿骨は下肢の主要な骨であり、生前の体格を調べるための重要な資料です。
発掘された骨の保存状態が良好であれば、大腿骨の最大長をミリ単位で計測できます。その計測値を既知の身長を持つ人々の骨格データから作られた回帰式に当てはめ、推定身長を計算します。
こうした方法は、骨考古学や形質人類学において広く用いられています。
藤井明が1960年に発表した身長推定式江戸時代人の身長研究で重要な役割を果たしたのが、藤井明による1960年の研究「四肢長骨の長さと身長との関係に就いて」です。
この研究では、上腕骨や大腿骨などの四肢長骨と身長との関係が検討されました。そこから導かれた回帰式が、一般に藤井の身長推定式と呼ばれています。
平本嘉助は1972年の論文「繩文時代から現代に至る関東地方人身長の時代的変化」において、藤井の式を用いて各時代の人骨から平均身長を推定しました。
同論文では、大腿骨最大長を使って縄文時代から近代初期までの身長変化を検討しています。つまり、現在知られている江戸時代の平均身長には、こうした先行研究の積み重ねがあります。
骨から推定した身長には誤差がある骨の長さから身長を求めても、生前の身長を完全に再現できるわけではありません。
推定式には統計的な誤差があり、現代人を対象に作られた式が、過去の日本人にも同じ精度で適用できるとは限らないためです。
加えて、発掘された骨の保存状態、性別の判定、成人かどうかの判断、左右どちらの骨を使うかといった条件も結果に影響します。
このため、江戸時代の平均身長を比較するときは、数字だけでなく、どの研究者が、どの地域の、何体の人骨を対象にしたのかを確認する必要があります。
【前期・後期比較】江戸時代の平均身長は時代とともに伸びたのか
江戸時代は1603年の江戸幕府成立から1867年の大政奉還に至るまで、約260年続きました。この長い期間に、人々の食生活や都市環境、社会構造は変化しています。
そこで注目されるのが、江戸時代前期と後期の平均身長の違いです。
平本嘉助の研究に見る前期・後期の数値平本嘉助の1972年の研究をもとにした関東地方の成人骨資料では、江戸時代前期と後期の平均推定身長は次のようになっています。
| 対象時代 | 男性 | 女性 | 資料数(男性・女性) |
|---|---|---|---|
| 室町時代 | 156.81cm | 146.63cm | 26体・17体 |
| 江戸時代前期 | 155.09cm | 143.03cm | 51体・17体 |
| 江戸時代後期 | 156.49cm | 144.77cm | 60体・24体 |
この資料からは、前期から後期にかけて男性は約1.4cm、女性は約1.7cm高くなったように見えます。
しかし、これは関東地方から出土した成人骨を対象とする研究結果です。江戸時代の全国民が同じ割合で身長を伸ばしたことを示すものではありません。
2021年の研究では異なる結果も報告されているさらに重要なのが、2021年に国際学術誌に掲載された「Secular trend in skeletal growth among urban Japanese during the Edo period (1603-1867)」です。
この研究では、東京都内の江戸時代の墓地8遺跡から出土した未成年者90体と成人189体の骨格を調査し、前期と後期の大腿骨の長さを比較しました。
その結果、後期の未成年者、特に社会的地位が高い集団では大腿骨が長い傾向が見られた一方、成人男性は後期のほうがわずかに短い傾向を示しました。成人女性には明確な差が確認されませんでした。
研究者らは、成人の身長や成長パターンについて、明確で一貫した時代的変化は認められなかったと結論づけています。
標本数や年代判定、年齢推定などに限界があることも指摘されています。
この研究は、前期より後期のほうが必ず高身長だったという単純な理解に修正を迫るものです。江戸時代の身長変化は、集団や成長段階によって異なっていた可能性があります。
【地域差を検証】東京・京都・福岡の江戸時代人は同じ身長だったのか
江戸時代の平均身長を考えるうえで、見落とせないのが地域差です。
江戸時代の人骨は東京だけでなく、京都や福岡など各地の遺跡から発見されています。地域ごとの研究結果を比較すると、男性155〜158cm、女性143〜146cmという全国的な目安から外れる数値も確認できます。
東京の八丁堀三丁目II遺跡東京都中央区の八丁堀三丁目II遺跡では、江戸時代初期に営まれた墓地から約900体分の人骨が出土しました。
梶ヶ山真里と溝口優司による2004年の研究資料では、大腿骨から推定した平均身長は男性157.4cm、女性143.8cmです。
この遺跡の人骨は、江戸時代初期の庶民の体格を考えるうえで重要な資料となっています。
京都の伏見城跡遺跡京都市の伏見城跡遺跡では、近世墓地から600基近くの墓が確認され、少なくとも630人分の人骨が数えられました。
京都市埋蔵文化財研究所の年報に掲載された、京都大学の藤澤珠織と片山一道による分析では、藤井の式を用いた推定身長は次のとおりです。
- 男性:157.9cm(42人分)
- 女性:144.3cm(23人分)
この結果は、一般的に紹介される江戸時代の平均身長の範囲に収まっています。
福岡の天福寺遺跡福岡市の天福寺遺跡では、江戸時代後期に属すると考えられる約200体の人骨が出土しました。
九州大学の中橋孝博による1987年の研究では、推定身長は男性159.4cm、女性146.5cmと報告されています。
東京や京都の事例と比べると、男女ともに高い数値です。
ただし、発掘された人骨の構成や標本の選び方、推定方法が異なるため、この結果だけで「九州の江戸時代人は東京の人々より高身長だった」と断定することはできません。
地域差を正しく理解するには、複数の遺跡を対象に、同じ条件で比較する研究が必要です。
【江戸時代人の骨格】身長だけでは分からない体格と生活環境
江戸時代人の特徴を知るためには、平均身長だけでなく、骨格全体を見る必要があります。
大腿骨の長さは身長を推定する重要な手がかりですが、骨の太さや形状、頭蓋骨の特徴、四肢の比率なども当時の人々の身体的特徴を考える材料になります。
骨格から分かること人骨の分析では、次のような情報が調べられます。
- 大腿骨:下肢の長さや身長の推定に使われる。
- 脛骨:下腿の長さや四肢のプロポーションを調べる材料になる。
- 上腕骨:上肢の長さや身体的特徴を検討できる。
- 頭蓋骨:頭部や顔面の形態的特徴を比較できる。
- 歯や関節:虫歯や関節疾患など、生前の健康状態を知る手がかりになる。
京都の伏見人骨研究では、頭蓋骨や四肢骨の計測値が近代人骨と大きく異ならない一方、顔面の形状などに特徴が見られたことが報告されています。
こうした分析によって、江戸時代人の身体は単に身長が低かったというだけでは説明できないことが分かります。
栄養状態や生活環境は身長に影響したのか人間の身長は、遺伝的な要素だけで決まるものではありません。成長期の栄養摂取や感染症、健康状態、生活環境など複数の要因が関係します。
江戸時代の食生活は、地域や職業、経済状況によって異なっていました。都市部の町人、農村の住民、武家などを一つの集団として扱うことには限界があります。
また、成人の平均身長が似ていても、子どもの成長過程や疾病の頻度まで同じだったとは限りません。
2021年の東京の人骨研究が、未成年者と成人を分けて分析したのも、こうした成長過程の違いを検討するためです。
将軍や大名は庶民より明らかに高身長だったのか鈴木尚の『骨は語る 将軍・大名家の人々』では、徳川将軍や大名、その正室・側室などの推定身長も紹介されています。
江戸東京博物館が紹介する平本嘉助の研究では、将軍・大名の男性平均は約157cm、正室・側室の女性平均は約145cmと推定されています。
江戸庶民の平均値と比較しても、大きな差は認められないという見解です。
身分が高ければ必ず身長も高かった、という単純な関係ではありません。社会的地位と身体的特徴を結びつける際には、標本数や家系の偏りなども考慮する必要があります。
【現代人と比較】江戸時代の平均身長は現在より何cm低かったのか
江戸時代の身長を現代人と比較すると、その差はかなり大きくなります。
比較に使える公的資料として、厚生労働省の令和6年国民健康・栄養調査報告があります。2024年に実施され、2025年12月に公表された調査です。
江戸時代と現代の成人の平均身長同調査の20〜29歳の平均身長は、男性171.4cm、女性158.0cmでした。
これを江戸時代の推定値と比較すると、次のようになります。
- 男性:江戸時代155〜158cmに対して現代171.4cm。差は約13.4〜16.4cm。
- 女性:江戸時代143〜146cmに対して現代158.0cm。差は約12〜15cm。
つまり、現在の若い成人と比較すると、江戸時代人は男女ともに10cm以上小柄だったと考えられます。
ただし、現代の20〜29歳と江戸時代の成人骨では対象集団の構成が異なります。年齢や地域、標本の条件を完全に一致させた比較ではないため、あくまで大まかな目安です。
現代人の身長が高くなった背景日本人の平均身長が大きく変化した背景には、食生活や衛生環境、医療、乳幼児期から成長期にかけての健康状態など、さまざまな要素があります。
特に、成長期に十分な栄養を得られる環境が整ったことは、世代間の身長差を考えるうえで重要です。
平本嘉助の1972年の研究でも、縄文時代から近代初期までの身長変化と、現代における身長の増加が検討されています。
ただし、身長の変化を単一の食品や栄養素だけで説明することはできません。遺伝的な背景と生活環境の双方を考える必要があります。
【プロの結論】江戸時代の平均身長を正しく理解する3つの判断基準
江戸時代の平均身長について調べる際には、数字の大きさだけでなく、その数字がどのような資料から導かれたのかを確認することが大切です。
判断基準1:男女別の平均値を区別する江戸時代の平均身長は、男性約155〜158cm、女性約143〜146cmという男女別の範囲で理解するのが適切です。
男性155cm、女性145cmという単一の数字だけを取り上げると、研究による違いや個人差が見えにくくなります。
判断基準2:前期と後期の比較は研究対象を確認する平本嘉助の研究では前期から後期にかけて平均値が上昇していますが、2021年の研究では成人の身長に明確で一貫した時代変化は確認されませんでした。
研究結果が異なるのは、調査対象や分析方法が異なるためです。どちらか一方だけを江戸時代全体の確定的な結論として扱うべきではありません。
判断基準3:平均身長と個人の身長を混同しない江戸時代の平均身長が男性155〜158cmだったとしても、160cm以上の男性や150cm以上の女性が存在しなかったという意味ではありません。
平均値は集団全体の特徴を把握するための数字であり、個人の体格を決めつけるものではありません。
また、当時の力士には非常に大柄な人物もいました。江戸東京博物館の資料では、文政期の大空武左衛門や天保期の生月鯨太左衛門について、身の丈7尺5寸、約227cmと伝えられていることが紹介されています。
こうした例からも、江戸時代の人々を一律に小柄だったと捉えるのは適切ではありません。
江戸時代の平均身長に関するよくある質問(FAQ)
Q1:江戸時代の男性の平均身長は何cmですか?
男性は約155〜158cmと推定されています。鈴木尚の研究では157.11cm、鈴木隆雄の研究では前期155.09cm、後期156.49cmという数値が紹介されています。
Q2:江戸時代の女性の平均身長は何cmですか?
女性は約143〜146cmが目安です。研究によって143.03cmから145.62cmなどの推定値が報告されています。
Q3:江戸時代の女性は145cm以下が普通だったのですか?
145cmは平均値の目安であり、全員が145cm以下だったわけではありません。150cm以上の女性が存在した可能性も当然あります。
Q4:江戸時代の男性で155cmは低かったのでしょうか?
155cmは、一般的な男性の平均推定範囲に近い数値です。個人の身長を評価する場合には、当時の集団平均と比較する必要があります。
Q5:江戸時代の前期と後期では、どちらが高身長でしたか?
平本嘉助の関東地方の研究では後期の推定値が高くなっています。一方、2021年の東京の人骨研究では成人の身長に明確で一貫した変化は確認されていません。
Q6:江戸時代人の身長はなぜ大腿骨から分かるのですか?
大腿骨の最大長と生前の身長には統計的な関係があるためです。藤井明が1960年に発表した身長推定式などを用いて、骨の長さから身長を計算します。
Q7:江戸時代人は現代人より何cm低かったのですか?
現代の20〜29歳と比較すると、男性は約13〜16cm、女性は約12〜15cmの差があります。ただし、調査対象の条件が完全に一致する比較ではありません。
Q8:2026年現在、江戸時代の平均身長に新しい定説はありますか?
2026年時点でも、男性約155〜158cm、女性約143〜146cmという範囲が代表的な目安です。ただし、2021年の研究などから、時代変化や成長過程については単純に説明できないことも分かっています。
江戸時代の平均身長は、男性約155〜158cm、女性約143〜146cmと推定されています。この数字は、墓地から出土した大腿骨などの長さを測定し、藤井明の身長推定式などを使って算出された研究成果に基づいています。
鈴木尚の『骨は語る 将軍・大名家の人々』や、平本嘉助の関東地方の時代別研究、京都の伏見城跡遺跡、福岡の天福寺遺跡などの調査は、江戸時代人の身体的特徴を知るうえで重要な資料です。
一方、2021年の研究では、江戸時代前期と後期の成人身長に明確で一貫した変化は確認されませんでした。地域差や標本の構成、推定式の違いによって数値が変わることも、忘れてはならないポイントです。
現代の20〜29歳の平均身長と比較すると、江戸時代人との差は男女ともに10cm以上あります。しかし、江戸時代の人々が全員155cmや145cmだったわけではありません。大柄な人物もいれば、小柄な人物もいました。
江戸時代の平均身長を理解する最も確かな方法は、単一の数字を覚えることではなく、発掘された人骨、研究者の推定方法、年代や地域の違いを合わせて考えることです。骨に残された情報は、約260年間にわたる江戸時代の人々の暮らしと身体の歴史を、今も伝えています。
主要な参照資料- 東京都江戸東京博物館「江戸時代の男女の平均身長はどれくらいか」(2025年3月更新)。
- 平本嘉助「繩文時代から現代に至る関東地方人身長の時代的変化」(1972年、日本人類学会)。
- 鈴木尚『骨は語る 将軍・大名家の人々』(1985年)、鈴木隆雄『日本人のからだ』(1996年)。
- 京都市埋蔵文化財研究所年報「伏見人骨資料からみる江戸時代人の体格、虫歯、病気」。
- 中橋孝博「福岡市天福寺出土の江戸時代人頭骨」(1987年)。
- Nakayamaら「Secular trend in skeletal growth among urban Japanese during the Edo period」(2021年)。
- 厚生労働省「令和6年国民健康・栄養調査報告」。