ホーム 芸能人プロフィール・現在 【2026年最新】大王製紙の現在の社長は若林賴房氏

【2026年最新】大王製紙の現在の社長は若林賴房氏

星川 美空 星川 美空 • 更新: • 公開: • 読了約 22 分
目次

2026年11月現在

大王製紙の現在の代表取締役社長は、若林賴房(わかばやし・よりふさ)氏です。2021年4月1日付で社長に就任し、2026年10月1日現在も代表取締役・社長執行役員を務めています。

若林氏は創業家の井川家出身ではなく、1984年に大王製紙へ入社した生え抜きの経営者です。長年にわたって営業部門を経験し、新聞用紙、洋紙、ホーム&パーソナルケア事業を担当してきました。

若林賴房氏の経歴
年月 経歴
1984年4月 大王製紙入社
2012年1月 執行役員・新聞用紙営業本部長
2016年4月 執行役員・洋紙営業本部長
2017年6月 取締役・ホーム&パーソナルケア国内事業部長
2018年7月 常務取締役
2019年4月 常務取締役・ホーム&パーソナルケア部門国内事業部長
2021年4月 代表取締役社長・社長執行役員
2025年6月 代表取締役・社長執行役員(現任)

出典:大王製紙公式サイト「役員一覧」

若林氏の経歴で注目したいのは、創業家の血縁や資本関係を背景にした登用ではなく、社内の営業・事業運営を経験した人物がトップに就いた点です。

大王製紙は、単に家庭紙を販売する会社ではありません。新聞用紙、印刷用紙、板紙、段ボール原紙、パルプ、紙おむつ、フェミニンケア用品など幅広い事業を展開しています。国内外の工場やグループ会社を管理するには、製造と販売の両方に関する知識が大切です。

2026年3月期の連結売上高は6,668億円、連結従業員数は1万1,639人です。若林社長が率いるのは、国内有数の規模を持つ総合製紙グループです。

【歴代社長一覧】井川伊勢吉氏から若林賴房氏までの経営者7人

大王製紙社長

大王製紙の歴代社長を振り返ると、経営体制は大きく3つの時代に分けられます。

最初は創業者・井川伊勢吉氏と、その長男である井川高雄氏が中心となった創業家主導の時代。続いて、創業家以外の経営者が社長を務めた時代。そして2007年に井川意高氏が社長に就任してから、2011年の事件を経て創業家以外の経営体制へ移行した時代です。

歴代社長の在任期間を整理すると、次のようになります。

代 社長名 在任期間 人物・経営上の特徴 初代 井川伊勢吉 1943~1964年、1965~1987年 創業者。製紙事業の基盤を築いた。 2代目 井川高雄 1987~1995年 伊勢吉氏の長男。創業家2代目。 3代目 大沢保 1995~2001年 創業家以外からの社長。 4代目 二神勝利 2001~2007年 創業家以外の経営者。 5代目 井川意高 2007~2011年 高雄氏の長男。創業家3代目。 6代目 佐光正義 2011~2021年 生え抜きの経営者。事件後の経営再建を担った。 7代目 若林賴房 2021年~現在 生え抜きの経営者。2026年現在の社長。

出典:歴代社長の在任期間に関する公開資料、大王製紙の役員情報。初代の在任期間には一時的な中断がある。

創業家出身の社長は何人?

井川家から社長に就任したのは、井川伊勢吉氏、井川高雄氏、井川意高氏の3人です。

ただし、井川家が一貫して社長の座を占めていたわけではありません。1995年には大沢保氏が社長となり、2001年には二神勝利氏が後任に就任しています。

その後、2007年に井川意高氏が社長に就任しました。創業家以外の社長が2代続いた後、再び創業家出身者が経営トップに戻ったことになります。

そして2011年、井川意高氏の巨額借入問題が発覚。佐光正義氏を中心とする経営体制へ移り、2021年には若林氏へ社長が引き継がれました。

【創業家の歴史】井川伊勢吉・井川高雄・井川意高の関係と大王製紙の成長

井川伊勢吉氏:大王製紙を創業した初代経営者

井川伊勢吉氏は、大王製紙の創業者です。愛媛県の旧宇摩郡三島村、現在の四国中央市で1928年に製紙原料商を始めました。

1943年5月5日には、四国紙業株式会社など14企業の合同によって大王製紙が設立されます。伊勢吉氏はその経営を担い、新聞用紙や洋紙を中心とした事業基盤を整えました。

当初は和紙の生産販売を目的としていましたが、1947年には洋紙への転換を進め、1950年には新聞用紙市場へ本格参入。新聞用紙や板紙を軸に、事業規模を拡大していきました。

井川高雄氏:創業家2代目として事業を拡大

井川高雄氏は、井川伊勢吉氏の長男です。大学卒業後の1962年に大王製紙へ入社しましたが、その年に会社が会社更生法の適用を申請するという厳しい局面に直面しました。

1965年に更生手続きが終結すると、大王製紙に復帰。その後、社内で経験を重ね、1987年に社長へ就任します。

高雄氏が社長を務めたのは1987年から1995年までです。退任後も会長や最高顧問などの立場で経営に関わり、創業家の影響力を維持していました。

2011年の特別調査委員会報告書では、高雄氏と意高氏の親子がグループ内で強い影響力を持っていたことが、事件の背景として指摘されています。

井川意高氏:創業家3代目として社長に就任

井川意高氏は、井川高雄氏の長男です。東京大学法学部を卒業し、1987年に大王製紙へ入社しました。

その後、取締役、副社長などを経験し、2007年6月に代表取締役社長へ就任。2011年6月には会長となりました。

しかし、会長在任中に発覚した子会社からの巨額借入問題によって、経営者としての立場は一変します。2011年9月16日に会長と取締役を辞任し、同年11月には東京地方検察庁特別捜査部に逮捕されました。

東京地裁で懲役4年の実刑判決を受け、2013年6月に刑が確定しています。

1962年の会社更生法申請と2011年の事件は別の出来事

大王製紙の歴史を調べる際、混同されやすいのが1962年の会社更生法申請と2011年の特別背任事件です。

1962年の経営危機は、設備投資に伴う資金負担や原材料価格の高騰、製品価格の下落などが重なったことによる経営難でした。会社は1962年5月に会社更生手続きの開始を申し立て、1964年4月に更生計画が認可され、1965年4月に手続きが終結しています。

一方、2011年の事件は、創業家出身の経営者が子会社から個人的な用途で多額の資金を借り入れた問題です。こちらは会社更生法の適用申請ではありません。

エリエールブランドの誕生も創業家時代の重要な実績

大王製紙の経営史を事件だけで語ることはできません。消費者にとって最も身近な実績の一つが、家庭用品ブランド「エリエール」です。

1979年、大王製紙はティシューペーパー「エリエール」の製造販売を開始し、家庭紙市場へ参入しました。その後、トイレットティシュー、紙おむつ、生理用品などへ商品を広げています。

エリエールという名称は、フランス語で女性を意味する「elle」と風を意味する「air」を組み合わせた造語です。「風の妖精」という意味が込められています。

このブランドの成長によって、大王製紙は企業向けの紙製品だけでなく、一般消費者が日常的に商品を選ぶ家庭用品市場でも存在感を高めました。

【2011年大王製紙事件】特別背任事件の発覚から逮捕までの経緯

大王製紙事件は、2011年に発覚した井川意高元会長による巨額借入問題を指します。

問題の中心は、大王製紙本体ではなく、グループの連結子会社7社から資金が貸し付けられていたことです。特別調査委員会の調査報告書によると、2010年5月12日から2011年9月6日までの間に、合計26回の貸付が行われ、総額は106億8,000万円に上りました。

事件発覚から刑事事件化までの時系列

- 2011年9月7日: 井川意高氏への個人的な資金貸付問題が発覚。
- 2011年9月16日: 井川意高氏が代表取締役会長と取締役を辞任。大王製紙は特別調査委員会を設置。
- 2011年10月27日: 特別調査委員会が調査報告書を提出。
- 2011年10月28日: 大王製紙が調査報告を踏まえた対応を公表。井川高雄氏も顧問職を解嘱される。
- 2011年11月21日: 大王製紙が井川意高元会長を告発。
- 2011年11月22日: 東京地方検察庁特別捜査部が井川意高氏を特別背任容疑で逮捕。
- 2012年10月10日: 東京地方裁判所が懲役4年の実刑判決を言い渡す。
- 2013年6月: 最高裁への上告が棄却され、懲役4年の実刑判決が確定。

106億8,000万円の借入金は何に使われたのか?

問題となった貸付先は、次の7社です。

- ダイオーペーパーコンバーティング
- エリエールペーパーテック
- 大宮製紙
- いわき大王製紙
- 赤平製紙
- エリエールテクセル
- 富士ペーパーサプライ

これらの会社から井川氏に対して、複数回にわたる資金の貸付が実行されました。

特別調査委員会の調査報告書によれば、総貸付額106億8,000万円のうち、47億5,000万円が返済済みで、調査時点の未返済残高は59億3,000万円でした。

貸付金の使途については、井川氏の個人的用途と認定されています。カジノでの賭博に使われたことも、刑事事件の報道や公表された本人の経歴で説明されています。シンガポールやマカオでのカジノが関連していました。

なお、106億8,000万円という数字と、刑事裁判で問題となった55億3,000万円は同じ意味ではありません。前者は特別調査委員会が把握した7社からの貸付総額であり、後者は刑事事件の起訴対象となった貸付額です。数字が異なるからといって、どちらかが単純な誤報というわけではありません。

【大王製紙事件の真相】なぜ巨額の貸付を止められなかったのか

この事件で本当に注目すべきなのは、100億円を超える資金が動いたことだけではありません。上場企業のグループ会社で、なぜ経営トップへの個人的な貸付を止められなかったのかという組織上の問題です。

特別調査委員会が指摘した創業家の強い影響力

2011年10月27日付の特別調査委員会報告書は、井川高雄氏と井川意高氏の親子が大王製紙グループに対して非常に強い支配力を持っていたことを指摘しました。

その背景には、創業家やファミリー企業がグループ会社の株式を多く保有していたという資本構造があります。親会社である大王製紙が子会社の株式を十分に保有していないケースもあり、経営上の支配関係が複雑になっていました。

報告書が問題視したのは、創業家の指示に対して周囲が異議を唱えにくい組織風土です。経営トップの判断に従うことが当然視され、個人的な資金需要であっても、貸付を止めるための行動が取りにくい状態になっていたと分析されています。

社内のチェック機能も十分に働かなかった

調査報告書は、創業家だけでなく、大王製紙の役員や経理担当者、監査関係者の対応にも問題があったと指摘しています。

具体的には、貸付の事実を早い段階で把握していた関連事業担当取締役や経理担当取締役が、適切な報告を行わなかったことが貸付の拡大につながったとされています。

加えて、内部通報制度についても、通報内容が最終的に社長へ報告される仕組みでは、経営トップ自身が関与する不祥事に十分対応できないという弱点が指摘されました。

監査法人についても、貸付の存在に早い段階で気づいていたにもかかわらず、資金の使途を確認せず、社外監査役に必要な情報を伝えなかった点が問題視されています。

特別背任罪で懲役4年が確定

井川意高氏は2011年11月22日、会社法違反の特別背任容疑で東京地方検察庁特別捜査部に逮捕されました。

その後、東京地方裁判所は2012年10月10日に懲役4年の実刑判決を言い渡します。上訴を経て、2013年6月に判決が確定しました。

特別背任は、会社の役員などが自己や第三者の利益を図る目的で任務に背き、会社に財産上の損害を与える行為を対象とする犯罪です。

この事件では、個人の資金需要に会社の資金が使われたことに加え、それを阻止できなかったグループ内の統治体制が厳しく問われました。

2012年には貸付金が全額返済された

事件後の経済的な後始末についても押さえておく必要があります。

2012年8月15日、大王製紙は公式発表で、井川意高元会長から貸付を行った7社に対し、貸付金元本の残高と利息が全額返済されたと公表しました。

この返済は、創業家が保有していた大王製紙株式や関連会社株式を北越紀州製紙へ譲渡する取引などと関係していました。

つまり、事件は刑事裁判だけで終わったのではありません。資本関係の再編やグループ会社の管理体制の見直しまで発展したのです。

【社長交代の経緯と創業家の現在】佐光正義氏から若林賴房氏へ

2011年の事件を経て、大王製紙の経営体制は大きく変わりました。ここで重要なのは、佐光正義氏が社長になった時期と、若林賴房氏に交代した時期を区別することです。

佐光正義氏は2011年6月から社長を務めた

佐光正義氏は1978年に大王製紙へ入社した生え抜きの経営者です。ホーム&パーソナルケア事業を中心に経験を積み、常務取締役、専務取締役、取締役副社長を経て、2011年6月に代表取締役社長へ就任しました。

井川意高氏が会長に就任したのも2011年6月です。しかし、同年9月に巨額借入問題が発覚し、井川氏が会長を辞任したことで、佐光氏が代表取締役社長として経営を担うことになりました。

佐光氏の社長在任期間は2021年3月までの約10年間です。2021年4月には会長へ移り、後任に若林賴房氏を指名する形で経営トップが交代しました。

井川家と大王製紙の資本関係はどう変わった?

事件後の大きな転換点は、2012年8月15日の株式譲渡です。

大王製紙の公式発表によると、井川高雄氏、井川意高氏ら創業家が保有していた大王製紙株式などを北越紀州製紙が取得しました。北越紀州製紙は、大王製紙の発行済株式の19.6%、議決権ベースで22.2%を保有する筆頭株主となりました。

一方、北越紀州製紙が取得した関連会社株式のうち、大王製紙グループに戻す対象については、大王製紙が取得する仕組みが採られました。

この再編によって、創業家が直接・間接に保有していた大王製紙や関連会社の株式を売却する方針が実行され、創業家による株式支配の解消が進みました。

井川高雄氏は事件後どうなったのか?

井川高雄氏については、2011年10月28日に大王製紙の顧問を解嘱された後、2012年6月に改めて顧問契約が結ばれました。同年10月1日には会社での執務を開始しています。

ただし、大王製紙の公式発表は、高雄氏の役割について、グループ全体の経営権や人事権を持たず、製紙業界への知見を生かして役員に助言する立場と説明していました。

その後、2014年10月28日に再び顧問を解嘱されています。この2度の解嘱をめぐって高雄氏は大王製紙などを相手に損害賠償請求訴訟を起こしましたが、2016年9月15日に東京地方裁判所の和解勧告に基づいて訴訟が解決しました。

井川高雄氏は2019年9月19日に亡くなっています。大王製紙は同年10月に、創業者一族の元社長として訃報とお別れの会を公表しました。

井川意高氏は現在も大王製紙の社長なのか?

いいえ。井川意高氏は2011年9月に会長と取締役を辞任しており、2026年現在、大王製紙の社長ではありません。

また、2026年10月1日現在の公式役員一覧では、代表取締役社長は若林賴房氏です。現役員一覧に井川姓の執行役員が掲載されていますが、その公開プロフィールには創業家との親族関係は記載されていません。同じ姓であることだけを根拠に、創業家による経営支配が復活したと判断することはできません。

2025年以降のガバナンス改革にも注目

大王製紙は2025年6月26日、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行しました。

この制度では、監査等委員である取締役が取締役会の監督機能を担います。大王製紙は、取締役会の監督機能を強化するとともに、業務執行への権限委譲によって意思決定を迅速化することを移行の目的として説明しています。

2026年6月現在の取締役会は15人で、そのうち独立社外取締役は7人です。監査等委員である取締役は5人で、うち3人が独立社外取締役となっています。

2011年の事件で露呈したのは、創業家への権限集中だけでなく、社内外の監視機能が経営トップに対して十分に働かなかったという問題でした。その意味で、2025年の機関設計変更は、事件後のガバナンス改革の流れを考えるうえで注目される動きです。

【よくある質問】大王製紙の社長に関するFAQ

Q1:2026年現在の大王製紙の社長は誰ですか?

若林賴房氏です。2021年4月に社長へ就任し、2026年11月現在も代表取締役社長・社長執行役員を務めています。

Q2:大王製紙の社長だった佐光正義氏は現在どうしていますか?

佐光正義氏は2011年6月から2021年3月まで社長を務め、2021年4月に会長へ就任しました。若林賴房氏への社長交代は、この会長・社長の役割変更に伴うものです。

Q3:大王製紙事件で井川意高氏はいくら借り入れたのですか?

特別調査委員会が把握した貸付総額は106億8,000万円です。2011年の調査時点では59億3,000万円が未返済でしたが、2012年8月15日に貸付金元本の残高と利息の全額返済が公表されました。

Q4:井川伊勢吉氏と井川高雄氏、井川意高氏はどのような関係ですか?

井川伊勢吉氏は大王製紙の創業者で、井川高雄氏はその長男です。井川意高氏は高雄氏の長男にあたり、創業家3代目として2007年に社長へ就任しました。

Q5:大王製紙は2011年の事件で会社更生法を申請したのですか?

いいえ。会社更生法の申請は1962年の経営危機に関するものです。2011年の大王製紙事件は、井川意高元会長によるグループ会社からの巨額借入と特別背任をめぐる問題であり、会社更生法の申請とは別の出来事です。

Q6:大王製紙の創業家は現在も会社を経営していますか?

2026年現在、代表取締役社長は創業家出身ではない若林賴房氏です。2012年には創業家の保有株式の譲渡が実行され、経営体制も創業家主導から社内出身者を中心とする体制へ移っています。

大王製紙の歴代社長を振り返ると、創業家による経営、非創業家の経営者による事業運営、そして2011年の特別背任事件を経たガバナンス改革という大きな流れが見えてきます。

創業者の井川伊勢吉氏は、愛媛県から総合製紙メーカーへの発展を目指し、井川高雄氏はその事業を引き継ぎました。井川意高氏の時代には、創業家の経営権とグループ会社の資本構造が問題となり、巨額借入事件が発生しました。

その後、佐光正義氏が約10年間にわたり経営を担い、2021年からは若林賴房氏が社長に就任。2025年には監査等委員会設置会社へ移行し、経営監督体制の見直しも進んでいます。

読者が大王製紙の経営ニュースを理解する際には、次の3点を押さえておくと情報を整理しやすくなります。

- 現在の社長と創業家の区別: 2026年現在の社長は若林賴房氏であり、井川家出身ではない。
- 1962年と2011年の区別: 会社更生法申請と特別背任事件は、発生時期も原因も異なる。
- 事件後の経営改革: 2012年の創業家保有株式の譲渡、佐光氏から若林氏への交代、2025年の監査等委員会設置会社への移行は、それぞれ異なる段階の経営改革である。

大王製紙の歴史は、エリエールというブランドを育てた事業拡大の歴史であると同時に、創業家と上場企業の経営責任、企業統治のあり方を考えるうえでも重要な事例です。今後は若林社長のもとで、事業の成長と経営監督の実効性をどこまで両立できるかが注目されます。

同じカテゴリの記事

星川 美空

アイドルと音楽を担当。公式スケジュール、リリース情報、本人の発表を突き合わせてから記事を構成します。

おすすめの関連記事