テレビ朝日のアナウンサーとして活躍する斎藤ちはる。現在の知的で落ち着いたアナウンサーとしての姿から、かつて乃木坂46のメンバーだったことを知った人も多いのではないだろうか。彼女は2011年8月21日に乃木坂46の1期生として加入し、約6年10か月にわたってグループの歴史を支えたメンバーの一人だ。
乃木坂46時代には、アンダーメンバーとしての活動を長く経験し、2014年の10thシングル「何度目の青空か?」で初選抜入りを果たした。2018年7月16日にグループを卒業した後は、明治大学文学部を卒業し、2019年4月にテレビ朝日へ入社。2026年現在は「グッド!モーニング」などで活躍している。
【プロフィール】斎藤ちはるは乃木坂46の何期生?白石麻衣との関係も紹介

斎藤ちはるは、乃木坂46の1期生として活動した元メンバーだ。グループ結成初期から在籍し、白石麻衣、生駒里奈、橋本奈々未、西野七瀬、生田絵梨花、齋藤飛鳥らと同じ時代を過ごした。
1997年2月17日生まれで、埼玉県出身。2026年11月現在は29歳となる。身長はテレビ朝日の公式プロフィールで167cmと紹介されている。
斎藤ちはるの基本プロフィール- 名前:斎藤ちはる(さいとうちはる)
- 生年月日:1997年2月17日
- 年齢:29歳(2026年11月現在)
- 出身地:埼玉県
- 身長:167cm
- 乃木坂46加入日:2011年8月21日
- 所属期:1期生
- 乃木坂46卒業日:2018年7月16日
- 出身大学:明治大学文学部
- 現在の所属:テレビ朝日
- 主な担当番組:グッド!モーニング
テレビ朝日の公式プロフィールでも、出身校は日出高等学校から明治大学文学部、入社日は2019年4月1日と記載されている。
白石麻衣とは同じ乃木坂46の1期生斎藤ちはると白石麻衣は、乃木坂46の1期生という共通点を持つ同期メンバーだ。2011年8月21日の1期生加入を起点に、同じグループの歴史を歩んだ。
ただし、同じ1期生だからといって、2人の活動実績やグループ内での立ち位置が同じだったわけではない。
白石麻衣は選抜メンバーとしてグループの中心的な存在になった一方、斎藤ちはるはアンダーメンバーとしての活動期間が長かった。選抜とアンダーという異なる立場から、乃木坂46の成長を支えた関係といえる。
2024年1月には、斎藤アナがテレビ番組で白石麻衣と卒業後初めて共演したことも報じられた。乃木坂46時代の同期との再会は、当時のファンにとっても印象的な出来事となった。
【2011年〜2014年】1期生加入から「何度目の青空か?」初選抜まで
2011年8月21日、14歳で乃木坂46に加入斎藤ちはるが乃木坂46の1期生オーディションに合格したのは、2011年8月21日。当時は中学3年生で、14歳だった。
乃木坂46は、AKB48の公式ライバルとして結成されたグループ。まだグループとしての知名度も実績も十分ではなかった時代に、斎藤は初期メンバーの一人として活動をスタートさせた。
2012年2月22日に発売されたデビューシングル「ぐるぐるカーテン」では、収録曲「左胸の勇気」などに参加。表題曲の選抜メンバーではなかったものの、グループ初期の作品から音楽活動に携わっていた。
この時期の乃木坂46は、シングルの発売やライブ活動を重ねながら、少しずつファン層を広げていた。斎藤もその一員として、歌やダンス、握手会などの活動を経験していく。
アンダーメンバーとして積み重ねた経験乃木坂46では、シングルごとに選抜メンバーが決定され、表題曲を歌うメンバーとアンダーメンバーに分かれて活動する仕組みが採用されていた。
斎藤ちはるは、加入後の多くの期間をアンダーメンバーとして過ごした。
「狼に口笛を」「涙がまだ悲しみだった頃」「春のメロディー」「13日の金曜日」「扇風機」など、乃木坂46の初期アンダー楽曲にも参加。アンダー楽曲の充実とともに、ライブでの経験を積み重ねていった。
アンダー活動は、単に選抜に入れなかったメンバーの活動というだけではない。独自の楽曲やライブを通じて、メンバーの個性やパフォーマンスを見せる重要な場でもあった。
2014年、「何度目の青空か?」で初選抜入り斎藤ちはるの乃木坂46時代を語るうえで欠かせない転機が、2014年発売の10thシングル「何度目の青空か?」だ。
2014年10月8日に発売された同シングルで、斎藤は初めて表題曲の選抜メンバーに選ばれた。
加入から約3年が経過したタイミングでの初選抜だった。アンダーでの活動を続けてきた斎藤にとって、グループの表題曲に参加する機会を得たことは、大きな節目だった。
同作には「転がった鐘を鳴らせ!」や、現役高校生メンバーによるユニット曲「私、起きる。」なども収録されている。
なお、初選抜入りとセンター就任は別の実績だ。斎藤ちはるは「何度目の青空か?」の選抜メンバーではあるが、同曲のセンターを務めたわけではない。
【乃木坂46時代の年表】加入・初選抜・卒業・アナウンサー転身を一覧で整理
斎藤ちはるのキャリアは、乃木坂46の1期生時代、大学での学業、テレビ朝日への入社という3つの段階に分けて理解すると分かりやすい。
以下に、公式発表やテレビ朝日のプロフィール、大学の卒業生情報、当時の報道をもとに主要な出来事を整理した。
| 年月日・時期 | 出来事 | 内容・意味 |
|---|---|---|
| 2011年8月21日 | 乃木坂46加入 | 14歳で1期生オーディションに合格。 |
| 2012年2月22日 | デビューシングル発売 | 「左胸の勇気」など初期楽曲に参加。 |
| 2014年10月8日 | 初選抜入り | 10thシングル「何度目の青空か?」に参加。 |
| 2015年4月 | 明治大学へ進学 | 文学部で学びながら芸能活動を継続。 |
| 2018年5月20日 | 卒業発表 | アンダーライブ全国ツアー2018~中部シリーズ~千秋楽で発表。 |
| 2018年7月16日 | 乃木坂46卒業 | 20thシングル「シンクロニシティ」発売記念個別握手会が最後の活動。 |
| 2019年3月 | 明治大学卒業 | 明治大学文学部を卒業。 |
| 2019年4月1日 | テレビ朝日入社 | 入社と同日に「羽鳥慎一モーニングショー」のアシスタントとして出演。 |
| 2022年4月 | 番組担当変更 | 「羽鳥慎一モーニングショー」を卒業し、「グッド!モーニング」へ。 |
| 2026年 | アナウンサーとして活動 | テレビ朝日の「グッド!モーニング」出演者として紹介されている。 |
特に注目したいのは、2014年の初選抜と2018年の卒業だ。選抜入りはグループ内での一つの到達点であり、卒業はアイドルとしての活動を終えて新たな職業に進む転換点だった。
乃木坂46の公式発表では、2018年5月20日に卒業が告知され、最後の活動予定日は7月16日とされた。日刊スポーツも同日の卒業を報じている。
【選抜回数は1回】アンダーメンバー時代と参加楽曲35曲を徹底紹介
斎藤ちはるの選抜回数は何回?斎藤ちはるのシングル表題曲における選抜回数は1回だ。
初選抜となったのは、2014年の10thシングル「何度目の青空か?」。これが乃木坂46在籍中の唯一の表題曲選抜となった。
一方、ファン向けの楽曲データベースによる集計では、アンダーとしての参加区分は19回、その他の区分は7回と整理されている。なお、これらはシングルやアルバムなどの分類方法に基づく集計で、参加楽曲の総数とは別の数字だ。
選抜回数だけを見ると目立つ実績は少なく感じるかもしれない。しかし、斎藤の乃木坂46時代を理解するには、アンダー楽曲やライブでの活動も含めて見る必要がある。
乃木坂46時代の参加楽曲一覧楽曲データベースの集計では、斎藤ちはるの参加楽曲は35曲。ここには卒業後にOGとして参加した楽曲も含まれている。
2012年〜2014年:初期のアンダー楽曲・初選抜
- 左胸の勇気
- 乃木坂の詩
- 白い雲にのって
- 狼に口笛を
- 涙がまだ悲しみだった頃
- 人はなぜ走るのか?
- 春のメロディー
- 13日の金曜日
- 扇風機
- 人間という楽器
- 初恋の人を今でも
- 生まれたままで
- ここにいる理由
- 何度目の青空か?
- 転がった鐘を鳴らせ!
- 私、起きる。
2015年〜2016年:アンダー活動の継続
- 僕がいる場所
- 君は僕と会わない方がよかったのかな
- 別れ際、もっと好きになる
- 嫉妬の権利
- 不等号
- 欲望のリインカーネーション
- シークレットグラフィティー
- ブランコ
2017年〜2018年:卒業前の参加楽曲
- 風船は生きている
- 君が扇いでくれた
- 設定温度
- アンダー
- My rule
- 自惚れビーチ
- その女
- 誰よりそばにいたい
- Against
- 新しい世界
2020年:卒業後のOG参加楽曲
- 世界中の隣人よ
「世界中の隣人よ」は、現役メンバーだけでなく卒業生も参加した配信楽曲だ。そのため、35曲という参加数を乃木坂46在籍中だけの楽曲数と混同しないようにしたい。
アンダーライブ全国ツアー2018での存在感斎藤ちはるの乃木坂46時代を振り返るうえで、2018年の「アンダーライブ全国ツアー2018~中部シリーズ~」も重要だ。
このライブは、卒業発表の舞台にもなった。2018年5月20日、静岡県富士市文化会館ロゼシアターで行われた千秋楽で、斎藤はファンに向けて卒業を発表した。
当日のセットリストには、「新しい世界」「春のメロディー」「涙がまだ悲しみだった頃」「扇風機」「誰よりそばにいたい」など、彼女が参加してきたアンダー楽曲が並んだ。
アンコールでは「乃木坂の詩」や「羽根の記憶」も披露された。初期からグループを支えてきたメンバーが、アンダーライブのステージで卒業を伝えたことには、活動の歩みを象徴する意味があった。
【卒業理由と経緯】2018年7月16日に乃木坂46を離れた理由とは?
卒業発表は2018年5月20日斎藤ちはるが乃木坂46からの卒業を発表したのは、2018年5月20日だった。
発表の舞台となったのは、アンダーライブ全国ツアー2018~中部シリーズ~の千秋楽。静岡県富士市で開催された公演のアンコール後、本人がステージ上で卒業を報告した。
このとき、斎藤とともに相楽伊織も卒業を発表している。
翌日の公式発表では、2人が20thシングル「シンクロニシティ」の活動をもってグループを卒業することが告知された。そして、7月16日の個別握手会が最後の活動になると説明された。
卒業理由はアナウンサーという新しい夢への挑戦卒業発表時のあいさつで、斎藤は乃木坂46での活動を通して新しい夢を見つけたことに触れていた。また、その先の道は決して簡単ではないとしながらも、自分らしく前向きに進んでいく決意を伝えている。
この発言から読み取れるのは、単にグループを離れるという選択ではなく、乃木坂46での経験を次の人生につなげようとする姿勢だ。
その後、2019年4月にテレビ朝日のアナウンサーとして入社したことで、卒業後の進路が具体的な形になった。
ただし、卒業時の乃木坂46公式発表が示しているのは卒業の決定と活動終了日であり、アナウンサー転身だけを唯一の理由として説明したものではない。本人の卒業あいさつと、その後の進路を分けて理解することが大切だ。
2018年7月16日、約6年10か月の活動に区切り2018年7月16日、千葉県の幕張メッセで開催された20thシングル「シンクロニシティ」発売記念個別握手会をもって、斎藤ちはるは乃木坂46としての活動を終了した。
日刊スポーツの報道によると、握手会終了後には斎藤と相楽伊織の卒業セレモニーが行われた。会場にはファンが残り、2人の門出を見届けた。
斎藤が選抜入りした「何度目の青空か?」もセレモニーで流れ、初選抜という節目を振り返る演出となった。
2011年8月21日の加入から2018年7月16日の卒業まで、日付上の在籍期間は約6年10か月。中学生から大学生へと成長する時期を、乃木坂46のメンバーとして過ごしたことになる。
【卒業後の現在】明治大学文学部からテレビ朝日アナウンサーへ
明治大学文学部を2019年3月に卒業斎藤ちはるは、乃木坂46として活動していた時期に大学進学も実現している。
2015年4月に明治大学文学部へ進学し、アイドル活動と学業を両立。乃木坂46を卒業した後も大学での学びを続け、2019年3月に卒業した。
明治大学の卒業生を紹介する「校友山脈」でも、斎藤ちはるは2019年文学部卒業のアナウンサーとして掲載されている。
芸能活動と大学生活を並行していたことは、彼女のキャリアを考えるうえで見逃せないポイントだ。アイドルとしての経験だけでなく、大学で学びながら将来の仕事を考える時間も持っていた。
2019年4月1日、テレビ朝日に入社2019年4月1日、斎藤ちはるはテレビ朝日にアナウンサーとして入社した。
注目されたのは、入社初日から「羽鳥慎一モーニングショー」のアシスタントを担当したことだ。
テレビ朝日が2019年3月に公表した番組人事では、宇賀なつみの後任となる2代目アシスタントに斎藤が起用されることが発表されていた。
当時の本人コメントでは、入社直後に大役を務めることへの緊張と、ニュースを一生懸命伝えていきたいという意気込みを示していた。
乃木坂46の元メンバーという経歴が注目された一方で、入社後は生放送の情報番組を通して、ニュースを伝える仕事に取り組むことになった。
羽鳥慎一モーニングショーを3年間担当斎藤ちはるが「羽鳥慎一モーニングショー」のアシスタントを務めた期間は、2019年4月から2022年4月1日までの約3年間だ。
番組では羽鳥慎一の隣で、ニュースや社会問題、生活情報などを伝える役割を担当した。
2022年4月1日の卒業回では、これまでの出演映像や取材の様子などが紹介された。番組の最後には涙を見せ、出演者やスタッフ、視聴者への感謝を語ったことが報じられている。
乃木坂46のメンバーとしてステージに立っていた人物が、今度は情報番組の進行役として生放送に臨む。その変化は、斎藤のキャリアの大きな転換点だった。
2022年4月から「グッド!モーニング」へ2022年4月4日からは、テレビ朝日の朝の情報番組「グッド!モーニング」に担当を移した。
2026年現在もテレビ朝日の公式番組情報に出演者として掲載されており、同番組で司会を務めるメンバーの一人として活動している。
2026年10月15日放送分のテレビ朝日公式番組情報にも斎藤ちはるの名前が掲載されている。2026年の最新情報として、現在の担当番組を確認する際には、過去の「羽鳥慎一モーニングショー」の情報と混同しないことが大切だ。
また、テレビ朝日のアナウンサーとしては「ナニコレ珍百景」などの番組にも関わってきた。乃木坂46時代の経験を経て、情報番組やバラエティー番組など活動の幅を広げている。
【プロの結論】斎藤ちはるの乃木坂時代が現在のアナウンサー活動につながる理由
斎藤ちはるの乃木坂46時代を振り返ると、単純な選抜回数だけでは評価できないキャリアが見えてくる。
表題曲の選抜は1回だったものの、アンダーメンバーとして数多くの楽曲に参加し、ライブやファンとの交流を経験した。特に、長期間にわたってグループ活動を続けたことは、ステージでの表現力や人前で伝える力を身につける機会になったと考えられる。
アナウンサーへの転身では、これまでとは異なる能力が求められる。アイドルとしての表現力に加え、ニュースの内容を正確に理解し、限られた時間で視聴者に伝える力が必要だ。
乃木坂46時代の活動と現在の仕事を比較すると、次のような違いがある。
- アイドル時代:歌やダンス、ライブ、ファンとの交流を通じて表現力を磨く。
- 大学時代:明治大学文学部で学びながら将来の進路を考える。
- アナウンサー時代:ニュースや社会情報を正確に伝え、番組進行を担う。
また、斎藤ちはるについて情報を調べる際には、次の3点を区別すると理解しやすい。
- 選抜回数と参加楽曲数:選抜1回でも、アンダー楽曲やユニット曲などを含めた参加実績は多い。
- 卒業理由と卒業後の進路:卒業時の本人の発言と、後に明らかになったテレビ朝日への入社は、時系列を分けて捉える。
- 過去の担当番組と現在の担当番組:「羽鳥慎一モーニングショー」は2022年に卒業し、現在は「グッド!モーニング」が主な確認対象となる。
斎藤ちはるの魅力は、乃木坂46の1期生として過ごした時間を土台に、大学卒業、テレビ局への入社という新しいキャリアを築いてきた点にある。選抜回数という数字だけでは見えない、長い活動期間とその後の歩みに注目したい。
斎藤ちはるの乃木坂時代に関するよくある質問(FAQ)
Q1:斎藤ちはるは乃木坂46の何期生ですか?
A1:2011年8月21日に加入した1期生です。白石麻衣や生駒里奈、生田絵梨花などと同じ期にあたります。
Q2:斎藤ちはるの乃木坂46時代の選抜回数は何回ですか?
A2:シングル表題曲の選抜回数は1回です。2014年10月発売の10thシングル「何度目の青空か?」で初選抜入りしました。
Q3:斎藤ちはるの乃木坂46卒業日はいつですか?
A3:2018年7月16日です。20thシングル「シンクロニシティ」の発売記念個別握手会が最後の活動となりました。卒業は同年5月20日に発表されています。
Q4:斎藤ちはるの卒業理由は何ですか?
A4:卒業発表時には、乃木坂46での活動を通じて見つけた夢に向かって新しい人生を歩む決意を語っています。その後、2019年4月にテレビ朝日のアナウンサーとして入社しました。
Q5:斎藤ちはるは現在、どの番組に出演していますか?
A5:2026年現在、テレビ朝日の「グッド!モーニング」に出演しています。過去には「羽鳥慎一モーニングショー」のアシスタントを約3年間担当していました。
Q6:斎藤ちはるはどこの大学を卒業しましたか?
A6:明治大学文学部です。2015年に進学し、2019年3月に卒業しました。
斎藤ちはるは、2011年8月21日に乃木坂46の1期生として加入し、2018年7月16日まで活動した元メンバーだ。
在籍中の大きな節目は、2014年の「何度目の青空か?」での初選抜入り。選抜回数は1回だったが、アンダーメンバーとしての活動や数々の楽曲、アンダーライブへの参加を通じてグループを支えてきた。
卒業後は明治大学文学部を卒業し、2019年4月にテレビ朝日へ入社。「羽鳥慎一モーニングショー」のアシスタントを経て、2022年からは「グッド!モーニング」を担当している。
2026年現在、斎藤ちはるはアイドル時代とは異なる立場で、テレビを通じて情報を届ける仕事を続けている。乃木坂46の1期生として積み重ねた経験から、アナウンサーとしての現在までを一つのキャリアとして見ると、彼女の歩みがより立体的に理解できるはずだ。