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【誕生からクラシックまで】ヴェルトライゼンデの生涯を時系列で振り返る

高峰 弦 高峰 弦 • 更新: • 公開: • 読了約 19 分
目次

ヴェルトライゼンデは北海道安平町のノーザンファームで生産された黒鹿毛の牡馬だ。馬主は有限会社サンデーレーシング、管理調教師は栗東の池江泰寿氏。父にドリームジャーニー、母にマンデラを持つ血統背景で、デビュー前から注目される存在だった。

2019年、小倉競馬場でデビュー

初出走は2019年9月1日の小倉競馬場、芝1800メートルの2歳新馬戦。川田将雅騎手を背に1番人気の支持に応え、見事に初勝利を挙げた。

続く10月26日の萩ステークスも勝利。デビューから2連勝を飾り、早い段階で能力の高さを示した。

さらに12月28日のホープフルステークスでは、後に無敗の三冠馬となるコントレイルに次ぐ2着。GⅠの舞台でも通用する実力を証明した。

2020年、日本ダービー3着という大きな実績

2020年はクラシック路線に進み、皐月賞8着、東京優駿(日本ダービー)3着、菊花賞7着という成績を残した。

特に注目したいのが、5月31日の日本ダービーだ。

このレースでは10番人気という評価ながら、東京芝2400メートルで2分24秒9を記録して3着に入った。勝ったのはコントレイル、2着はサリオス。強豪が集まった世代の頂点を争うレースで、存在感を示した。

また、同年9月の神戸新聞杯でも2着に入り、コントレイルと再び接戦を演じている。

2021年、屈腱炎による長期休養

2021年1月のアメリカジョッキークラブカップでは2着と好走したものの、その後に屈腱炎を発症した。

競走馬にとって屈腱炎は競走能力や復帰時期に大きく影響する脚部の故障である。ヴェルトライゼンデも長期休養を余儀なくされ、約1年4カ月にわたってレースから離れた。

この休養期間が、後の鳴尾記念制覇をより印象的なものにしている。

【競走成績を徹底分析】鳴尾記念2022年と日経新春杯2023年の勝利

ヴェルトライゼンデ

ヴェルトライゼンデの競走成績を振り返ると、重賞2勝だけでなく、GⅠでの好走歴も評価すべきポイントになる。

JRAの公式記録によると、生涯のJRA通算成績は16戦4勝、獲得賞金は3億7,804万7,000円。着順別では4着以下が6回で、2着4回、3着2回という安定した実績を残した。

2022年6月4日・鳴尾記念で復活の重賞初制覇

2022年6月4日、中京競馬場で開催された第75回鳴尾記念(GⅢ)。

ヴェルトライゼンデにとって、このレースは単なる重賞挑戦ではなかった。屈腱炎による約1年4カ月の休養を経て臨んだ復帰戦だったからだ。

鞍上はダミアン・レーン騎手。2番人気で出走し、芝2000メートルを1分57秒7で走破した。

レースでは中団の内側で脚をため、最後の直線で進路を確保すると鋭く伸びて先頭へ。2着ジェラルディーナに半馬身差をつけて勝利した。

推定上がり3ハロンは33秒7。長期休養明けでありながら、優れた瞬発力を発揮した。

この勝利によって、ヴェルトライゼンデは初の重賞タイトルを獲得。故障による休養を乗り越え、競走馬として再び大きな舞台に立てることを示した。

2022年ジャパンカップ3着でGⅠ級の実力を証明

鳴尾記念の勝利後も活躍は続く。

2022年11月27日のジャパンカップでは、ダミアン・レーン騎手とのコンビで4番人気に支持された。

結果は3着。勝ち馬ヴェラアズールから0秒1差という接戦だった。

GⅠで上位に食い込んだこの結果は、鳴尾記念の勝利が単なる復帰戦の好走ではなく、本格的な能力回復を示していたことを裏付ける実績となった。

2023年1月15日・日経新春杯で2つ目の重賞タイトル

2023年1月15日、中京競馬場で第70回日経新春杯(GⅡ)が開催された。

ヴェルトライゼンデは59キログラムという重い斤量を背負って出走。騎乗したのはデイヴィッド・イーガン騎手だった。

レースは芝2200メートル、稍重馬場。ヴェルトライゼンデは道中で好位を確保し、最後の直線で力強く抜け出した。

勝ちタイムは2分14秒2。2着キングオブドラゴンにクビ差をつけ、2つ目の重賞タイトルを手にした。

特筆すべきは59キログラムの斤量を克服した点だ。前年の鳴尾記念に続く重賞制覇であり、長期休養を経て復活した馬が、さらに能力を伸ばしていたことを示す勝利だった。

ヴェルトライゼンデの主な競走成績・年表

競走生活の重要な転換点を整理すると、次のようになる。

時期 出来事・競走成績 意味・実績 2017年2月8日 北海道で誕生 父ドリームジャーニー、母マンデラ 2019年9月 小倉の新馬戦で初勝利 デビュー戦を制する 2019年10月 萩ステークス優勝 デビューから2連勝 2019年12月 ホープフルステークス2着 コントレイルに次ぐ成績 2020年5月 日本ダービー3着 10番人気から好走 2021年1月 AJCC2着、その後屈腱炎 約1年4カ月の休養 2022年6月 鳴尾記念優勝 復帰戦で重賞初制覇 2022年11月 ジャパンカップ3着 GⅠで上位入線 2023年1月 日経新春杯優勝 重賞2勝目、59キログラムを克服 2023年4月 大阪杯9着 その後、屈腱炎を再発 2024年6月 エプソムカップ9着 長期休養から復帰 2025年1月19日 日経新春杯10着 現役最後のレース 2025年2月8日 競走馬登録抹消 現役引退 2025年3月29日 死亡 馬房内での転倒事故による大腿骨骨折

出典:JRA公式競走馬情報、JBISサーチ全競走成績、競馬報道各社の発表をもとに整理。

【血統を解説】半兄ワールドエース・ワールドプレミアとの関係

ヴェルトライゼンデを語るうえで欠かせないのが血統だ。

父ドリームジャーニー、母マンデラという組み合わせは、競馬ファンにとって非常に興味深い背景を持っている。

父ドリームジャーニーはどんな競走馬?

父はステイゴールド産駒のドリームジャーニー。

ドリームジャーニー自身もGⅠを複数勝った実績馬であり、2009年には宝塚記念と有馬記念を制している。

ヴェルトライゼンデは、その父から競走能力を受け継いだ産駒の一頭だ。

母はドイツ産のマンデラ。母の父はドイツの名馬アカテナンゴ(Acatenango)である。

血統を整理すると次のようになる。

- 父:ドリームジャーニー
- 母:マンデラ
- 母の父:アカテナンゴ
- 父方の祖父:ステイゴールド
- 母の母:マンデリヒト(Mandellicht)

このように、日本の名馬と欧州の血統が組み合わさっている。

半兄ワールドエースは2014年マイラーズカップの勝ち馬

ヴェルトライゼンデの半兄にあたるワールドエースは、2009年生まれの牡馬。父はディープインパクト、母はマンデラだ。

2014年の読売マイラーズカップでは、A.シュタルケ騎手とのコンビで優勝。京都芝1600メートルを1分31秒4で走破した。

このレースではフィエロを2着に退けており、マイル路線で優れた実績を残している。

ワールドエースは、ヴェルトライゼンデと同じ母を持ちながら、父がディープインパクトという違いがある。

半兄ワールドプレミアは菊花賞・天皇賞(春)のGⅠ馬

もう一頭の半兄がワールドプレミアだ。

2016年生まれで、父はディープインパクト、母はマンデラ。ヴェルトライゼンデより1歳年上にあたる。

主な勝利実績は以下の2つ。

- 2019年:菊花賞(GⅠ)優勝
- 2021年:天皇賞(春)(GⅠ)優勝

特に2021年の天皇賞(春)は、阪神競馬場で開催された芝3200メートルのレース。福永祐一騎手を背に3分14秒7で優勝し、長距離GⅠのタイトルを獲得した。

2019年の菊花賞では武豊騎手とのコンビで勝利。クラシック最後の一冠を手にした。

同じ母マンデラから生まれた馬が、異なる父との組み合わせでそれぞれ重賞・GⅠ実績を残している点は、この牝系の大きな特徴だ。

3頭の血統・実績比較
馬名 父 母 主な実績
ワールドエース ディープインパクト マンデラ 2014年読売マイラーズカップ
ワールドプレミア ディープインパクト マンデラ 2019年菊花賞、2021年天皇賞(春)
ヴェルトライゼンデ ドリームジャーニー マンデラ 2022年鳴尾記念、2023年日経新春杯

ここで押さえたいのは、ワールドエースとワールドプレミアは全兄弟、ヴェルトライゼンデとは母親を同じくする半兄弟という関係だ。

父が違っても、母マンデラを共通の土台として、それぞれが競走馬として大きな実績を残した。

血統表だけでは競走能力のすべてを説明できないが、3頭がそれぞれ異なる舞台で活躍したことは、マンデラの繁殖牝馬としての価値を考えるうえでも興味深い。

ヴェルトライゼンデの名前の意味は?

馬名の「ヴェルトライゼンデ」は、ドイツ語の「Weltreisende」に由来する。

意味は「世界旅行者」。

ドイツ語の「Welt」は世界、「Reisende」は旅をする人・旅行者を意味する。

母マンデラがドイツにゆかりのある血統であることを踏まえると、欧州とのつながりを感じさせる名前でもある。

競走馬の名前には血統や馬主の思いが反映されることも多いが、ヴェルトライゼンデの場合は、響きの美しさと意味の両方が印象に残る。

【2025年3月29日に死去】引退から最期までに何があったのか

ヴェルトライゼンデの生涯を振り返るうえで、最後の数カ月は特に重要だ。

2025年2月8日に現役を引退した後、種牡馬入りを目指す動きがあった。しかし、その後に予期せぬ事故が発生した。

2025年2月8日、屈腱炎の再発で現役引退

2023年の大阪杯後、ヴェルトライゼンデは再び屈腱炎を発症した。

その後、2024年6月のエプソムカップで復帰したものの、以前のような安定した成績を取り戻すには至らなかった。

2025年1月19日には日経新春杯に出走したが、結果は10着。これが現役最後のレースとなった。

そして2025年2月8日、左前脚の屈腱炎再発を受けて現役引退が発表された。

JRAは同日付で競走馬登録の抹消を公表。当初は北海道苫小牧市のノーザンホースパークで乗馬になる予定だった。

2025年2月13日、種牡馬入りを目指してオークションへ

引退後の進路は、その後変更された。

ヴェルトライゼンデは種牡馬としての価値を評価する目的でサラブレッドオークションに上場された。

2025年2月13日に入札が終了し、最高入札価格は760万円(税抜き)だった。

この動きの背景には、半兄ワールドエースとワールドプレミアが種牡馬入りしていたこと、そして自身もGⅠで好走し重賞2勝を挙げた実績があった。

乗馬として余生を過ごす予定から、種牡馬として次世代につなぐ可能性を探る方向へと進路が変わったのである。

ただし、種牡馬入りが正式に実現したわけではない。あくまで種牡馬としての価値を評価するための売買だった。

2025年3月29日、馬房内の事故で死亡

しかし、その可能性が実現することはなかった。

2025年3月30日、競馬メディア各社がヴェルトライゼンデの死亡を報じた。

報道によると、事故が起きたのは前日の3月29日。馬房内で転倒し、大腿骨を骨折したという。

馬主の森本研太氏が自身のXで状況を報告し、予後不良と診断されたため、安楽死処置が取られたことを明らかにした。

享年は8歳。

2025年2月に引退したばかりで、種牡馬としての新しい可能性を模索していた時期だっただけに、突然の訃報は大きな出来事となった。

特に、現役時代に屈腱炎という困難を乗り越え、長期休養後に重賞を勝った馬が、競走生活を終えた後の事故で生涯を閉じたことは、競馬ファンにとっても重い知らせだった。

2026年現在、ヴェルトライゼンデはすでに死亡しており、現役復帰や種牡馬としての活動はない。

【2026年最新情報】ヴェルトライゼンデの現在と競走馬としての評価

2026年11月現在、ヴェルトライゼンデに関する最大の要点は、2025年3月29日に死亡しているという事実だ。

インターネット上では「ヴェルトライゼンデの現在」「引退後はどこにいるのか」「種牡馬になったのか」といった疑問につながる検索が考えられるが、経緯を整理すると次のようになる。

- 2025年2月8日:現役引退、競走馬登録抹消。
- 当初の予定:ノーザンホースパークで乗馬。
- 2025年2月13日:種牡馬としての価値を探るオークションで760万円(税抜き)で落札。
- 2025年3月29日:馬房内での転倒事故により死亡。
- 2026年現在:存命ではなく、種牡馬としての活動実績もない。

ここで注意したいのは、競走馬登録の抹消日と死亡日は別の日付だということ。

2月8日は現役引退の日であり、3月29日が生涯を終えた日である。この2つを混同すると、引退後の経緯を正確に理解できなくなる。

ヴェルトライゼンデの評価すべき3つのポイント

競走馬としての評価は、重賞勝利数だけでは測れない。

ヴェルトライゼンデには、特に次の3つの強みがあった。

1. クラシックで示した世代上位の能力

2020年の日本ダービー3着は代表的な実績だ。10番人気からの好走であり、コントレイルやサリオスといった同世代の強豪と競い合った。

2. 長期休養後に重賞を勝つ回復力

2021年の屈腱炎による休養後、2022年の鳴尾記念で復帰勝利を挙げた。故障から戻っただけでなく、重賞タイトルを獲得した点に大きな価値がある。

3. GⅠでの競争力と重賞での安定感

2022年ジャパンカップ3着、2023年日経新春杯優勝という実績は、年齢を重ねても高い能力を維持していたことを示している。

一方、繰り返された屈腱炎は競走生活に大きな影響を与えた。能力の高さと、脚部の故障に悩まされたキャリア。その両面を踏まえて評価する必要がある。

【プロの結論】ヴェルトライゼンデが競馬史に残したもの

ヴェルトライゼンデの生涯を評価するうえで、最も印象的なのは、故障からの復帰と、その後に重ねた実績の組み合わせだ。

2019年にデビューしてから、ホープフルステークス2着、日本ダービー3着とクラシック路線で活躍。その後、屈腱炎による長期休養を経験しながらも、2022年の鳴尾記念で重賞初制覇を果たした。

さらに2023年には日経新春杯を勝ち、重賞2勝馬としての地位を確立した。

競走馬の評価では、GⅠタイトルの有無や通算勝利数が注目されやすい。しかし、ヴェルトライゼンデの場合、GⅠでの好走歴、故障からの復帰、そして異なる距離での重賞勝利を総合的に見ることが大切だ。

また、半兄ワールドエースとワールドプレミアの実績も、この馬の血統背景を理解するうえで欠かせない。母マンデラから生まれた3頭が、それぞれ異なる父のもとで競走馬として活躍したことは、血統面から見ても興味深い事実である。

種牡馬として次世代に血を残す道は、残念ながら実現しなかった。それでも、16戦4勝、獲得賞金3億7,804万7,000円という数字と、2つの重賞タイトルは競走馬として残した確かな記録だ。

【ヴェルトライゼンデの生涯】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:ヴェルトライゼンデは死亡したのですか?

2025年3月29日に死亡した。馬房内で転倒して大腿骨を骨折し、予後不良と診断されたため安楽死処置が取られた。馬主による報告を受け、3月30日に競馬メディア各社が伝えている。

Q2:ヴェルトライゼンデの現在は?

2026年現在、すでに死亡している。2025年2月8日に現役を引退し、当初はノーザンホースパークで乗馬になる予定だった。その後、種牡馬入りを目指してオークションに出品されたが、3月29日の事故で生涯を終えた。

Q3:ヴェルトライゼンデの半兄は誰ですか?

半兄はワールドエースとワールドプレミア。3頭は母マンデラを共通の母に持つ。ワールドエースは2014年読売マイラーズカップ、ワールドプレミアは2019年菊花賞と2021年天皇賞(春)を制している。

Q4:ヴェルトライゼンデの主な勝ち鞍は何ですか?

主な勝ち鞍は2022年鳴尾記念(GⅢ)と2023年日経新春杯(GⅡ)。そのほか2019年萩ステークスも制している。GⅠでは2020年日本ダービー3着、2022年ジャパンカップ3着という実績がある。

ヴェルトライゼンデは、2017年2月8日に誕生し、2025年3月29日に8歳で生涯を終えた競走馬だ。

主な実績を振り返ると、次のように整理できる。

- 生年月日:2017年2月8日
- 父:ドリームジャーニー
- 母:マンデラ
- 主な勝ち鞍:2022年鳴尾記念、2023年日経新春杯
- GⅠ実績:2020年日本ダービー3着、2022年ジャパンカップ3着
- JRA通算成績:16戦4勝
- JRA獲得賞金:3億7,804万7,000円
- 引退日:2025年2月8日
- 死亡日:2025年3月29日
- 名前の意味:ドイツ語で「世界旅行者」

半兄ワールドエース、ワールドプレミアとともに、母マンデラの血統を競馬ファンに印象づけた存在でもある。

種牡馬としての未来を見ることはできなくなったが、長期休養を乗り越えた鳴尾記念、59キログラムを背負って勝った日経新春杯、そして日本ダービーやジャパンカップでの好走は、今後も競走成績の中に残り続ける。

ヴェルトライゼンデは、華やかな血統だけでなく、自身の走りで評価を築いた競走馬だった。 その生涯を知ることは、競走馬の能力だけでなく、故障と復帰、引退後の進路まで含めた競馬の現実を知ることにもつながる。

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コンテンツディレクター 高峰 弦
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