須崎御用邸の所在地は、静岡県下田市須崎です。伊豆半島の南東部にあり、海岸線や緑豊かな自然に囲まれています。
宮内庁の公式施設案内では、那須御用邸、須崎御用邸、葉山御用邸の3施設が紹介されています。いずれも天皇皇后両陛下をはじめ、皇室の方々が静養するための施設です。
須崎御用邸の特徴は、海に近い立地にあります。都会の公務の環境から離れ、海辺で過ごしたり、自然に親しんだりできることが、この施設ならではの魅力です。
天皇陛下が須崎御用邸で静養される理由御用邸の基本的な役割は、皇室の方々に休息の時間と場所を提供することです。
天皇陛下は日常的に国事行為や宮中行事、国内外の賓客との面会など、さまざまな公務に臨まれます。皇后雅子さまや愛子内親王殿下も、それぞれの活動やご公務を担われています。
そうした日常から一定期間離れ、自然環境の中で過ごすことは、皇室の生活における静養の機会となります。
須崎御用邸では、海水浴や海辺の散策なども行われています。2025年には天皇陛下がシュノーケリングを楽しまれ、水中写真を撮影されたことも報道されました。
なお、特定の健康上の問題や治療を目的として須崎御用邸を利用されているという公式発表はありません。静養という施設本来の目的と、個別の健康事情は区別して考える必要があります。
【昭和46年に完成した須崎御用邸の歴史と設置の背景】

須崎御用邸は、昭和46年(1971年)に完成しました。
宮内庁の公式案内によると、建設されたのは昭和46年です。さらに下田市の歴史年表では、1971年11月に須崎御用邸が完成したと記録されています。
宮内庁の設計・工事関係資料も残されており、昭和43~44年の造営記録や昭和46年の落成式関係資料などが宮内公文書館の目録に登録されています。
つまり、須崎御用邸は単に一時的な宿泊場所として設けられた施設ではなく、皇室の静養を支える施設として計画・整備されたものです。
昭和天皇の時代から続く静養の場所須崎御用邸は、現在の天皇陛下の時代に突然利用が始まった施設ではありません。
皇室の方々が利用してきた歴史があり、昭和天皇の時代から親しまれてきた場所としても報道されています。
須崎の海や自然環境は、皇室の夏の静養と結びついてきました。
特に天皇ご一家にとっては、愛子内親王殿下が幼いころから訪れていた場所でもあります。
2025年までの主な出来事を時系列で整理| 時期 | 関係する人物・機関 | 出来事と意味 |
|---|---|---|
| 1971年11月 | 宮内庁・下田市 | 須崎御用邸が完成 |
| 2019年8月 | 天皇ご一家 | 令和になって初めての須崎での静養 |
| 2025年8月1日 | 天皇皇后両陛下・愛子内親王殿下 | 6年ぶりにご一家で滞在 |
| 2025年8月5日 | 愛子内親王殿下 | 日本赤十字社の仕事のため先に帰京 |
| 2025年8月7日 | 天皇皇后両陛下 | 須崎御用邸での静養を終えて帰京 |
| 2025年8月27日 | 宮内庁 | 静養中の写真を公開 |
| 2026年7月28日 | 熊本県・気象庁 | 令和8年熊本地震が発生 |
| 2026年7月29日 | 宮内庁 | 予定されていた8月の静養中止を発表 |
この年表から分かるのは、須崎御用邸が長期的に皇室の静養を支えてきた一方、利用時期は社会情勢や皇室の日程によって変わるということです。
【2025年の天皇ご一家は6年ぶりに須崎御用邸へ!滞在中の様子】
2025年の須崎御用邸での静養は、皇室の動向を追う読者にとって大きな話題になりました。
天皇皇后両陛下と愛子内親王殿下がご一家で須崎御用邸に滞在されたのは、2019年8月以来、6年ぶりだったからです。
新型コロナウイルス感染症の流行などもあり、令和になってから須崎でのご一家の静養は久しぶりの実現となりました。
2025年8月1日、伊豆急下田駅に到着2025年8月1日夜、天皇ご一家は静岡県下田市に到着されました。
伊豆急下田駅では、地元住民や観光客など約100人以上が出迎えました。
ご一家は集まった人々と交流され、笑顔で歓迎に応えられました。
この日は、7月30日にロシア・カムチャツカ半島付近で発生した地震に伴う津波が日本沿岸でも観測された直後でした。
報道によると、陛下は出迎えた人々に津波の被害について気遣いを示されました。
静養先への移動という私的な時間の中でも、地域の人々の安全を気にかけられたことが印象的な場面として伝えられています。
愛子さまは8月5日に一足早く帰京2025年の滞在では、天皇皇后両陛下と愛子内親王殿下の帰京日が異なりました。
宮内庁の公表日程によると、愛子内親王殿下は8月5日に須崎御用邸を出発されています。
日本赤十字社での仕事があるため、両陛下より先に皇居へ戻られました。
一方、天皇陛下は須崎御用邸でも執務を行われています。
この点は見逃せません。静養期間中であっても、天皇陛下の公務や執務が完全になくなるわけではありません。
三井浜での海水浴とシュノーケリング2025年8月27日、宮内庁は天皇ご一家が須崎御用邸に滞在された際の写真を公開しました。
公開された写真は6枚で、特に注目されたのが御用邸の敷地内にある三井浜での海水浴です。
報道された写真には、海水浴を楽しむご一家の様子に加え、陛下がシュノーケリングをして撮影されたクロホシイシモチの水中写真も含まれていました。
また、皇后雅子さまと愛子内親王殿下が撮影された須崎の海の風景も紹介されました。
これらの写真は、須崎御用邸が単なる宿泊施設ではなく、皇室の方々が自然に親しみながら過ごす静養の場所であることを伝える内容でした。
【2026年の須崎御用邸での静養はなぜ中止?熊本地震との関係】
2026年の須崎御用邸をめぐる最大のニュースは、夏の静養が取りやめになったことです。
天皇皇后両陛下と愛子内親王殿下は、当初、2026年8月3日から7日まで須崎御用邸で静養される予定でした。
ところが、出発直前に大規模な地震が発生し、予定が変更されました。
7月28日に発生した令和8年熊本地震2026年7月28日午後4時27分、熊本県熊本地方を震源とする大きな地震が発生しました。
気象庁の発表によると、地震の規模はマグニチュード7.1で、熊本県宇城市と氷川町では最大震度7を観測しています。
その後も活発な地震活動が続き、被害が広がりました。
この地震は、気象庁によって「令和8年熊本地震」と命名されています。
7月29日、宮内庁が静養中止を発表地震発生の翌日、宮内庁は天皇ご一家が予定していた須崎御用邸での静養を取りやめると発表しました。
テレビ朝日や共同通信の報道によると、中止の理由は熊本県で甚大な地震被害が発生したことに、両陛下が心を痛められているためです。
また、同じ7月29日に予定されていた皇居での雅楽演奏会も延期されました。
つまり、須崎御用邸の施設そのものに問題が発生したという話ではありません。
被災地の状況を受け、皇室行事や静養の日程を見直したという経緯です。
2026年の中止をめぐる重要な確認事項- 当初の予定:8月3日~7日
- 中止発表:7月29日
- 発表の背景:7月28日の令和8年熊本地震
- 中止の理由:被災地の甚大な被害に両陛下が心を痛められたこと
- 施設の閉鎖や廃止:中止発表から、そのような事実は確認できない
このように、2026年の静養中止は一時的な日程変更として理解するのが適切です。
「須崎御用邸が使われなくなった」「施設が閉鎖された」という情報とは区別する必要があります。
2026年11月現在の利用状況は?2026年11月3日時点で確認できる宮内庁の公表日程では、8月の須崎御用邸滞在は中止となっており、その後の新たな滞在予定は確認できません。
宮内庁が公開する10月の日程では、天皇ご一家の行事や公務が掲載されていますが、須崎御用邸での滞在は記載されていません。
ただし、公表日程に滞在の記載がないことと、施設が使用されていないことは同じではありません。
御用邸は皇室の静養施設として維持されており、宮内庁による管理業務も継続しています。
【須崎御用邸は一般公開されている?管理体制と那須・葉山との違い】
須崎御用邸について、観光目的で訪問できるのか、一般の人も三井浜を利用できるのかという疑問を持つ人も少なくありません。
ここでは、一般公開の実態と施設管理、ほかの御用邸との違いを整理します。
須崎御用邸は一般公開されている?須崎御用邸は、一般の観光客向けに開放された観光施設ではありません。
宮内庁の公式サイトでは、須崎御用邸の所在地と案内図が紹介されています。しかし、一般向けの館内見学ツアーや自由に入れる観光施設としての営業時間などは案内されていません。
したがって、御用邸の建物や敷地内を一般の観光客が自由に見学できるわけではありません。
また、2025年に報道された三井浜は、御用邸敷地内にあるビーチです。一般の海水浴場と同じ感覚で訪問できる場所ではありません。
三井浜と九十浜は別の場所ここで注意したいのが、三井浜と九十浜海水浴場の違いです。
下田市の観光情報によると、九十浜海水浴場は須崎御用邸に隣接する一般向けの海水浴場です。
2026年の開設期間は7月18日から8月31日までで、開設時間は午前8時から午後4時までと案内されています。
一方、三井浜は2025年に天皇ご一家が海水浴を楽しまれた御用邸敷地内のビーチです。
| 比較項目 | 三井浜 | 九十浜海水浴場 |
|---|---|---|
| 所在・位置 | 須崎御用邸の敷地内 | 御用邸に隣接 |
| 利用目的 | 皇室の静養 | 一般向け海水浴 |
| 一般利用 | 御用邸の一般公開施設ではない | 一般利用可能 |
| 2026年の営業 | 一般向け営業案内なし | 7月18日~8月31日 |
| 主な特徴 | 2025年にご一家が海水浴 | 入り江にある自然豊かなビーチ |
須崎御用邸周辺を観光する場合は、一般利用できる九十浜海水浴場などと、御用邸の敷地を混同しないことが大切です。
須崎御用邸の管理は誰が担当している?須崎御用邸の管理を担当するのは宮内庁です。
宮内庁の組織案内によると、管理部の下には管理課、工務課、庭園課などの部署が設置されており、那須・須崎・葉山の各御用邸管理事務所も置かれています。
具体的な管理業務には、次のようなものがあります。
- 建物や施設の維持管理
- 庭園や敷地の維持管理
- 施設の新設・改修工事
- 皇室用財産に関する管理事務
宮内庁の職員案内でも、管理部が皇居や御用邸の建物・庭園の管理、維持に関する工事などを担当すると説明されています。
つまり、須崎御用邸は利用者がいない期間も放置される施設ではなく、宮内庁の管理体制の下で維持される皇室用施設です。
那須御用邸・葉山御用邸との違い日本にある御用邸は、須崎だけではありません。
宮内庁の公式案内で紹介されている3施設を比較すると、それぞれ所在地や建設時期が異なっています。
那須御用邸
栃木県那須郡那須町にあります。本邸は大正15年(1926年)、附属邸は昭和10年(1935年)に建てられました。
葉山御用邸
神奈川県三浦郡葉山町にあります。本邸は昭和56年(1981年)に再建されました。
須崎御用邸
静岡県下田市須崎にあります。昭和46年(1971年)に建てられました。
3施設とも皇室の静養の場という基本的な役割は共通しています。
その中で須崎御用邸は、伊豆半島の海に近い環境と、三井浜での海水浴などが特徴的です。
那須は自然に囲まれた高原地域、葉山は相模湾に面した海辺の地域という違いもあります。
ただし、各施設の利用頻度や利用者を単純に比較して、どこが最も重要な施設なのかを判断することはできません。
【天皇陛下と須崎御用邸に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:須崎御用邸はどこにありますか?
A1:静岡県下田市須崎にあります。伊豆半島南東部の海に近い場所に設けられた皇室の静養施設です。
Q2:須崎御用邸はいつ建てられましたか?
A2:昭和46年(1971年)です。下田市の歴史年表では1971年11月の完成と記録されています。
Q3:天皇ご一家が須崎御用邸を訪れたのはいつですか?
A3:2025年8月1日から7日まで滞在されました。ご一家での滞在は2019年8月以来、6年ぶりでした。愛子内親王殿下は8月5日に先に帰京されています。
Q4:2026年に須崎御用邸での静養が中止された理由は何ですか?
A4:2026年7月28日に発生した令和8年熊本地震で甚大な被害が生じたことを受け、両陛下が心を痛められたためです。宮内庁は7月29日に中止を発表しました。
Q5:須崎御用邸の三井浜は一般の人も泳げますか?
A5:三井浜は御用邸敷地内のビーチで、一般向けの海水浴場として案内されている場所ではありません。近隣には一般利用できる九十浜海水浴場があります。
Q6:須崎御用邸は一般公開されていますか?
A6:一般観光客向けの自由見学施設ではありません。宮内庁の公式案内では施設の所在地や案内図を確認できますが、一般向けの館内見学制度は案内されていません。
Q7:2026年11月現在、須崎御用邸は閉鎖されていますか?
A7:2026年の夏の静養が中止されたことは確認されていますが、施設の閉鎖や廃止が発表された事実は確認できません。宮内庁の管理対象として維持されています。
須崎御用邸は、静岡県下田市須崎にある昭和46年(1971年)完成の皇室施設です。天皇陛下とご一家にとって、海や自然に親しみながら静養できる場所として長く利用されてきました。
2025年には天皇皇后両陛下と愛子内親王殿下が6年ぶりに滞在され、三井浜での海水浴やシュノーケリングなど、静養中の様子も宮内庁から公開されました。
一方、2026年は令和8年熊本地震の発生を受け、予定されていた夏の滞在が中止となりました。この出来事は、皇室の静養も社会の重大な出来事と無関係ではないことを示しています。
今後の注目点は、須崎御用邸での静養がいつ再開されるのか、そして天皇ご一家が再び三井浜で過ごされる機会があるのかという点です。
施設の存続や利用状況を判断するときは、宮内庁の公式施設案内とご日程を確認することが基本です。静養の中止と施設の廃止を混同せず、2025年の実績と2026年の変更を分けて理解することが、須崎御用邸の実態を正しく知るためのポイントです。