四股名(しこな)とは、大相撲で力士が本場所などで名乗る名前のことです。大の里、豊昇龍、琴櫻といった名前が代表例で、力士の個性を表すだけでなく、出身地や相撲部屋、師匠から受け継いだ伝統なども反映されています。
実は、四股名はもともと「醜名」と書かれていました。「醜い名前」という現代の意味とは異なり、古くは自分の名前を謙遜して表す言葉として使われ、江戸時代には土俵で四股を踏む動作にちなんで「四股名」という表記が広まったとされています。2026年現在も、九重部屋の「千代」、春日野部屋の「栃」、佐渡ヶ嶽部屋の「琴」など、部屋ごとの伝統が受け継がれています。
【四股名とは?】力士が名乗る名前の意味と本名との違い

四股名とは、相撲界で力士が使用する固有の呼び名です。「しこな」と読み、一般的には「力士の名前」「相撲での名乗り」という意味で使われます。
例えば、現在の大相撲で知られる大の里や豊昇龍、琴櫻などは、それぞれの力士が名乗っている四股名です。一般社会における芸名や舞台名に近い役割を持ちますが、単なるニックネームではありません。番付や取組表、館内放送などでも使用される、力士としての公式な名乗りです。
四股名と本名は何が違う?本名は戸籍上の氏名であるのに対し、四股名は力士として活動する際に使用する名前です。四股名を変更しても、それによって戸籍上の氏名が変わるわけではありません。
入門時から本名とは異なる四股名を名乗る力士もいれば、本名をそのまま使用する力士もいます。力士としての実績や部屋の方針、本人や師匠の意向などによって、名乗り方は異なります。
また、四股名は名字に相当する部分だけを指す場合と、氏名全体を含めて考える場合があります。日本相撲協会の2025年4月18日公開の大相撲クイズでは、正式には氏と名の両方を含めて四股名と説明しています。
例えば、豊昇龍の場合は「豊昇龍 智勝」が氏名全体に当たります。一方、現在の一般的な呼び方では「豊昇龍」の部分だけを四股名として認識することが多くなっています。
四股名はなぜ相撲で必要なのか四股名には、力士個人を識別する役割だけでなく、相撲部屋や師匠の系譜を示す役割もあります。
特に伝統的な四股名を受け継ぐ場合、名前そのものが過去の名力士とのつながりを表します。先代の名前を継承することは、その力士の実績や相撲界で築いてきた歴史を背負うことにもつながります。
加えて、四股名には地元の山や川、地域の歴史にちなんだ文字が使われることもあります。名前を通して力士の出身地や所属部屋を想像できる点も、大相撲ならではの魅力です。
【「醜名」が語源?】四股名の由来と江戸時代に定着した背景
四股名の歴史を理解するうえで欠かせないのが、「醜名」という古い表記です。現在では「四股名」という漢字が一般的ですが、もともとは別の意味や背景を持つ言葉でした。
四股名の語源は「醜名(しこな)」四股名は、古くは「醜名」と書きました。日本相撲協会の公式解説によると、この「醜(しこ)」は、大地を踏みしめて地中の邪気を追い払う神事に関係する言葉です。
相撲における四股には、単なる準備運動だけでなく、大地を踏み固め、邪気を払うという宗教的・儀礼的な意味合いも伝えられています。
また、「醜」という字には現代と同じく「みにくい」という意味もあります。かつての「醜名」には、自分の名前をへりくだって表現する謙遜の意味もあったとされています。
ここで注意したいのは、「醜名」には複数の読み方と意味があることです。「しこな」と読む場合は力士の名乗りを意味しますが、「しゅうめい」と読む場合は、悪いうわさや不名誉な評判を意味します。同じ漢字でも読み方によって意味が異なります。
江戸時代に「四股名」の表記が使われるようになった「四股名」という表記が広まった背景には、力士が土俵で行う基本動作の四股があります。
力士が左右の足を交互に高く上げ、力強く地面を踏みつける動作が四股です。この動作が力士の名乗りである「しこな」と結び付けられ、江戸時代には「四股名」という漢字が当てられるようになりました。
つまり、四股名は最初から「四股」と「名前」を組み合わせて作られた言葉というより、先に存在した「しこな」という呼び名に、相撲の所作に合わせた漢字が当てられたものです。
中世から江戸時代にかけて四股名の文化が発展山川出版社の『山川 日本史小辞典 改訂新版』では、本名とは異なる名前で相撲を取った力士の史料上の記録は、中世末期に諸国を巡業した相撲人にまでさかのぼると説明されています。
当時は「稲妻」「辻風」のように、自然現象を連想させる名前も使われていました。
その後、江戸時代の勧進相撲が発展すると、力士が自然現象や出身地の山・川などにちなんだ名前を名乗る慣例が定着していきます。大名に抱えられた力士が藩にゆかりのある名前を名乗ることもあり、四股名は地域との結び付きを示す存在になりました。
この文化が現在の大相撲にも引き継がれています。日本相撲協会の歴史解説と山川出版社の日本史資料を照らし合わせると、四股名は中世の力士の異名から近世の興行文化を経て発展した、日本独自の伝統的な命名文化であることが分かります。
【四股名の決め方】出身地・師匠・相撲部屋による命名の仕組み
四股名は、力士本人が自由に決められるとは限りません。日本相撲協会の公式解説によると、相撲部屋の師匠が命名するケースや、両親、お世話になった人から名前を付けてもらうケースなどがあります。
特に重要なのが、出身地、師匠、相撲部屋との関係です。名前に使われる漢字や読み方には、それぞれの力士の背景が反映されていることがあります。
1.出身地の山・川・海などから名付ける四股名の代表的な命名方法が、力士の故郷にある自然や地名を取り入れる方法です。
日本相撲協会が紹介している代表例が、御嶽海です。長野県出身の御嶽海は、地元から望める御嶽山と、所属していた出羽海部屋の伝統にちなむ「海」を組み合わせた四股名です。
このように、出身地と相撲部屋の両方を一つの名前に込めることもあります。
2.師匠の四股名から一文字を受け継ぐ師匠が現役時代に名乗っていた四股名から、一文字を受け継ぐ方法もあります。
師匠の名前に使われていた漢字を弟子が受け継ぐことで、同じ部屋の力士であることが分かりやすくなります。また、師匠の実績や伝統を引き継いでほしいという願いが込められる場合もあります。
3.相撲部屋の伝統的な文字を使う部屋ごとに特定の文字を使う伝統もあります。
例えば、九重部屋の「千代」、春日野部屋の「栃」、佐渡ヶ嶽部屋の「琴」は、所属部屋を推測する手掛かりとして知られています。
ただし、これらの文字が付いていれば必ず同じ師匠から直接命名されたというわけではありません。部屋の伝統として受け継がれている文字と、個々の師匠から継承した四股名は区別して考える必要があります。
4.本名や両親・恩人の思いを取り入れる本名をそのまま四股名として使う方法もあります。また、両親や恩人から名前を付けてもらうこともあります。
四股名は必ずしも勇ましい漢字や伝統的な文字を使わなければならないわけではありません。本人の出身地や人生の背景、周囲の人々の思いなど、さまざまな要素が命名に関わっています。
【相撲部屋と四股名の関係】「千代・栃・琴」に見る伝統と継承
四股名の特徴を理解するには、相撲部屋ごとの命名文化を知ることが近道です。特定の漢字が繰り返し使われる背景には、師匠から弟子へと受け継がれる伝統があります。
日本相撲協会が2022年1月26日に公開した大相撲クイズでは、九重部屋、春日野部屋、佐渡ヶ嶽部屋の四股名に使われる代表的な文字が紹介されています。
相撲部屋別の四股名の特徴と代表例| 相撲部屋・系譜 | 代表的な文字 | 四股名の特徴・関係 |
|---|---|---|
| 九重部屋 | 千代 | 部屋の伝統を表す文字。千代の富士など、歴代の力士にも受け継がれてきた。 |
| 春日野部屋 | 栃 | 栃錦など、部屋の伝統と結び付いた四股名に使われる。 |
| 佐渡ヶ嶽部屋 | 琴 | 琴櫻など、部屋を象徴する文字として知られる。 |
| 出羽海部屋 | 海 | 御嶽海のように、出身地の山と部屋にちなむ文字を組み合わせた例がある。 |
| 陸奥部屋の系譜 | 霧 | 師匠の現役時代の四股名の一部を受け継ぐ命名例として協会が紹介している。 |
| 西岩部屋 | 若 | 師匠の現役時代の四股名に由来する文字を取り入れる伝統の例。 |
※部屋の伝統的な文字と、個々の力士が実際に命名された経緯は必ずしも同一ではありません。上記は日本相撲協会の公式解説に基づく代表的な関係です。
「千代の富士」など歴代力士の四股名が持つ意味九重部屋の「千代」という文字を考えるうえで欠かせないのが、昭和の大横綱として知られる千代の富士です。
千代の富士は九重部屋を代表する名力士であり、その四股名は同部屋の伝統を象徴する名前の一つとして知られています。
春日野部屋では栃錦、佐渡ヶ嶽部屋では琴櫻など、歴代の名力士が部屋の名前に結び付く四股名を名乗ってきました。こうした名前は、現役時代の実績だけでなく、後輩力士や相撲ファンにとっても部屋の歴史を思い起こさせる存在です。
四股名に同じ文字が使われている場合、単なる偶然ではなく、師匠や部屋の伝統を受け継いでいる可能性があります。番付を見るときに所属部屋と四股名を合わせて確認すると、力士同士のつながりをより深く理解できます。
【四股名の改名ルールと継承】名前を変える理由や止め名とは?
力士は入門後、四股名を変更することがあります。改名は一度きりとは限らず、力士としての成長や部屋の方針、師匠の意向などに伴って行われます。
ただし、四股名は完全に自由な名前ではありません。現役力士との重複や年寄名跡との関係など、相撲界ならではのルールや慣習が存在します。
四股名を改名する主な理由四股名を改名する理由には、次のようなものがあります。
- 師匠の名前を継承する:師匠や部屋の伝統を受け継ぐため。
- 部屋の伝統を反映する:部屋で代々使われている文字を取り入れるため。
- 出身地や個性を表す:地元の山、川、海などにちなんだ名前にするため。
- 心機一転を図る:新たな気持ちで相撲に取り組むため。
- 本名から四股名に変更する:力士としての新しい名乗りを持つため。
改名は必ずしも昇進や優勝といった成績上の節目だけに行われるものではありません。実際の改名は、所属部屋や力士の事情に応じて決まります。
現役力士と同じ四股名は名乗れる?日本相撲協会の2024年9月30日公開の公式解説では、現役力士が使用している四股名と同じ表記や読み方を使うことはできないと説明されています。前相撲については例外があります。
加えて、年寄名跡や行司家名である「木村」「式守」と重複する表記・読み方にも制限があります。
一方、呼出の名前と同じ表記や読み方を使用することは認められています。つまり、四股名の命名には、相撲界の役職や名前の体系に基づく独自の制限が設けられているのです。
また、2025年4月の日本相撲協会の解説では、氏に当たる部分の表記や読み方が現役力士と重複することは認められない一方、名に当たる部分は同じでもよいとされています。例えば、湘南乃海と剣翔は、ともに「桃太郎」という名を持つ例として紹介されています。
師匠や先代の名前を継承する仕組み四股名の継承は、大相撲の伝統を象徴する文化です。実績を残した力士の名前を弟子が受け継ぐことで、その名前に込められた歴史や期待も引き継がれます。
分かりやすい例が、横綱・若乃花の名前です。
日本相撲協会の公式解説によると、第45代横綱の若乃花幹士と第56代横綱の若乃花幹士は、同じ氏名の四股名を継承した関係にあり、第56代は二代目とされています。
一方、第66代横綱の若乃花勝は「若乃花」の部分を受け継いでいますが、名の部分が異なるため、同じ説明における三代目には該当しません。
この例からも、四股名の継承は単に名字に当たる部分が同じかどうかだけではなく、どの範囲の名前を正式に受け継いだのかが重要であることが分かります。
一度使われたら二度と使えない「止め名」とは?相撲界には「止め名(とめな)」という慣習があります。特に歴史的な実績を残した力士の四股名などを、後世の力士が簡単に使用できないようにする考え方です。
日本相撲協会の2024年2月2日の公式解説では、現在の年寄名跡として使用されている出羽海、不知火、阿武松などは、四股名として使用できない名前の例に挙げられています。
また、谷風、雷電、双葉山といった歴史的な大力士の四股名や、一代年寄の四股名も、明文化された永久欠番制度とは異なるものの、実質的に止め名として扱われる場合があります。
つまり、四股名は単純に先代の名前を受け継げばよいわけではありません。年寄名跡としての使用状況や、過去の力士が築いた功績、相撲界の慣習などを考慮する必要があります。
2026年現在も続く改名の実例四股名の改名は、現在も日本相撲協会の公式番付情報に掲載されています。
2026年11月場所に向けた改名力士一覧は、2026年10月26日に更新されました。そこには次の4人の改名が掲載されています。
- 寒風山から井川桜良(いかわさくら)
- 今村から猪名の山(いなのやま)
- 井上から泰我(たいが)
- 高野から弘騰龍(こうとうりゅう)
これらは、力士が本名などから新しい四股名へと変わる具体例です。改名は過去の伝統を守るだけでなく、新しい名前を生み出す形でも現在の大相撲に受け継がれています。
【本名・四股名のよくある誤解】番付から分かる名前の読み解き方
四股名については、漢字の意味や命名の背景から誤解されやすい点もあります。大相撲をより深く楽しむために、知っておきたいポイントを整理します。
「醜名」は力士を悪く表現する言葉ではない「醜」という漢字を見て、力士の容姿や人格を否定する言葉だと考えるのは誤りです。
四股名の古い表記である「醜名」は、謙遜の意味や、邪気を払う「醜(しこ)」に関係する伝統的な言葉です。現代の「醜い」という意味だけで解釈すると、本来の歴史的背景を見誤ってしまいます。
すべての力士が師匠の名前を継承するわけではない部屋ごとに伝統的な文字があるからといって、所属する全力士が必ず同じ文字を使用するわけではありません。
本名を使用する力士や、出身地にちなんだ独自の名前を持つ力士もいます。命名には複数の方法があり、部屋の方針や個々の事情によって異なります。
四股名の文字だけで出身地を断定することはできない四股名に山や海などの文字が含まれていても、必ずしもその力士の出身地を直接示しているとは限りません。
御嶽海のように出身地と所属部屋の両方が由来になっている例もあれば、師匠の四股名を継承した名前もあります。文字だけで判断せず、日本相撲協会が公開する力士情報の出身地や所属部屋と照らし合わせることが大切です。
四股名を知ると番付表の見方が変わる番付表を見るときは、力士の四股名だけでなく、所属部屋と出身地も合わせて確認すると、名前に込められた背景を理解しやすくなります。
例えば「千代」が付いていれば九重部屋、「栃」であれば春日野部屋、「琴」であれば佐渡ヶ嶽部屋との関係を考える手掛かりになります。
ただし、歴代の四股名や部屋の変遷もあるため、必ず現在の所属部屋と一致するとは限りません。現在の番付と公式力士情報を基準に確認するのが確実です。
【四股名とは】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:四股名とは簡単にいうと何ですか?
A1:四股名とは、大相撲で力士が名乗る名前です。一般社会における芸名に近い役割を持ちますが、番付や取組表などにも掲載される、力士としての正式な名乗りです。
Q2:四股名はなぜ「醜名」と書かれていたのですか?
A2:古くは「醜名」と表記され、自分の名前を謙遜する意味がありました。また、「醜(しこ)」は大地を踏みしめて邪気を払うという伝統的な意味にも関係しています。江戸時代には、力士が四股を踏む動作にちなみ「四股名」という漢字が当てられるようになりました。
Q3:四股名は誰が決めるのですか?
A3:相撲部屋の師匠が決めることが多く、両親やお世話になった人から名付けてもらう場合もあります。出身地、部屋の伝統、師匠の四股名などが命名の手掛かりになります。
Q4:九重部屋の「千代」、春日野部屋の「栃」、佐渡ヶ嶽部屋の「琴」は何を意味しますか?
A4:それぞれの相撲部屋に受け継がれている伝統的な文字です。九重部屋は「千代」、春日野部屋は「栃」、佐渡ヶ嶽部屋は「琴」が代表的で、所属部屋を推測する手掛かりになります。
Q5:力士は四股名を何度でも変更できますか?
A5:力士は現役中に四股名を変更することがあります。ただし、自由にどの名前でも使えるわけではなく、現役力士の四股名や年寄名跡、行司家名との重複制限など、相撲界独自のルールや慣習があります。
Q6:四股名を継承するとはどういう意味ですか?
A6:先代や師匠が名乗っていた四股名を、後輩の力士が受け継ぐことです。名前だけでなく、先代の実績や部屋の伝統を引き継ぐ意味合いがあります。ただし、歴史的な名力士の名前には「止め名」として使用を控える慣習もあります。
Q7:本名をそのまま四股名にする力士もいますか?
A7:います。力士全員が本名とは異なる四股名を使用するわけではありません。本名をそのまま名乗ることも、入門後に新しい四股名へ変更することもあります。
四股名とは、大相撲で力士が名乗る名前であり、単なる個人の呼び名にとどまらない伝統文化です。
もともとは「醜名」と書かれ、自分の名前を謙遜する意味や、邪気を払う「醜(しこ)」に由来する背景がありました。その後、江戸時代に土俵で四股を踏む動作と結び付いて「四股名」という表記が使われるようになりました。
現在の四股名にも、歴史の名残は色濃く残っています。九重部屋の「千代」、春日野部屋の「栃」、佐渡ヶ嶽部屋の「琴」といった部屋の伝統的な文字や、師匠の四股名を受け継ぐ文化は、その代表例です。
また、改名や継承には、現役力士との重複制限、年寄名跡との関係、止め名といった独自の決まりや慣習があります。2026年現在も、日本相撲協会の番付情報には新しい四股名と改名の記録が掲載されており、この伝統は受け継がれながら変化しています。
四股名の意味や由来を知ると、番付表に並ぶ名前が単なる文字の羅列ではなく、力士の故郷、師匠との関係、相撲部屋の歴史を映し出すものに見えてきます。次に大相撲を観戦するときは、力士の四股名に込められた由来や伝統にも注目してみてください。
主な参考資料:日本相撲協会公式サイト「大相撲クイズ No.650」「大相撲クイズ No.18」「大相撲クイズ No.1196」「大相撲クイズ No.996」「大相撲クイズ No.755」「改名力士一覧」「歴代横綱」、山川出版社『山川 日本史小辞典 改訂新版』、平凡社『世界大百科事典』。