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【結論】純烈を辞めた人は誰?歴代メンバー4人の名前と脱退時期

土谷 雅人 土谷 雅人 • 更新: • 公開: • 読了約 19 分
目次

純烈の歴代メンバーを整理すると、グループを離れた人物は次の4人です。

- 林田達也:2016年12月31日卒業
- 友井雄亮:2019年1月脱退・芸能界引退
- 小田井涼平:2022年12月31日卒業
- 岩永洋昭:2025年3月31日卒業

このうち、林田達也、友井雄亮、小田井涼平は2007年の結成当初から在籍していたオリジナルメンバーです。岩永洋昭は小田井の後任として2023年に加入したメンバーで、初期メンバーではありません。

また、2027年3月末には白川裕二郎の卒業も予定されています。

つまり、過去に脱退・卒業した4人と、これから卒業する予定の白川を区別して考える必要があります。

【歴代メンバー変遷】純烈は6人から3人体制へ!結成から2026年までの年表

純烈辞めた人

純烈は2007年、元特撮ヒーロー俳優を中心とする6人組として結成されました。

当初のメンバーは、酒井一圭、白川裕二郎、小田井涼平、友井雄亮、林田達也、後上翔太です。

約3年間の準備期間を経て、2010年6月23日にシングル「涙の銀座線」でメジャーデビューしました。

当初は決して順調な活動ではありませんでしたが、健康センターやスーパー銭湯でのライブを積み重ね、2018年には第69回NHK紅白歌合戦への初出場を実現しています。

純烈のメンバー変遷年表

時期 出来事 メンバー構成・備考 2007年 純烈結成 酒井、白川、小田井、友井、林田、後上の6人 2010年6月 メジャーデビュー 「涙の銀座線」を発売 2016年12月31日 林田達也が卒業 両親のサポートを優先 2018年12月 NHK紅白歌合戦に初出場 5人体制 2019年1月 友井雄亮が脱退 不祥事を受け芸能界引退 2022年12月31日 小田井涼平が卒業 新たな活動への挑戦 2023年1月1日 岩永洋昭が加入 再び4人体制に 2025年3月31日 岩永洋昭が卒業 オリジナルメンバー3人に戻る 2026年11月 3人体制で活動中 酒井、白川、後上 2027年3月31日 白川裕二郎が卒業予定 新体制への移行を控える

この年表で注目したいのは、2018年の紅白初出場を境に、グループの顔ぶれが大きく変わっていったことです。

紅白初出場は純烈にとって長年の夢が実現した瞬間でした。しかし、その直後に友井雄亮の問題が発覚し、グループは再び大きな試練に直面します。

さらに小田井、岩永の卒業を経て、2025年4月からは結成当初からのメンバー3人による活動に戻りました。

【脱退理由と現在】林田・友井・小田井・岩永は今何をしている?

ここからは、4人それぞれの卒業・脱退理由と、その後の活動を詳しく見ていきます。

1.林田達也|2016年12月に卒業した理由は両親の介護


林田達也(はやしだ・たつや)

2016年12月31日卒業
純烈のオリジナルメンバー

林田達也が純烈を卒業した最大の理由は、両親の健康状態が悪化し、家族を支える必要が生じたことでした。

2016年8月ごろから家族のサポートを理由に卒業の意向を示し、同年12月26日に卒業を正式に発表。12月31日をもってグループでの活動を終えました。

当時の報道によると、林田は両親の体調が悪くなったことを受け、そばにいて支えたいという思いを強くしていたといいます。

林田は、純烈の合言葉だった「夢は紅白、親孝行!」にも触れ、親をないがしろにすることはできないという考えを示しました。

林田達也の現在の活動

林田は卒業当時、芸能界に復帰する予定はなく、一般の仕事に就く考えを明かしていました。

しかし、その後の人生はさらに新しい方向へ進んでいます。

2026年9月の週刊女性PRIMEのインタビュー記事では、林田がジュエリーブランド「オシェル」を立ち上げ、デザイナーとして活動していることが紹介されました。

また、2024年の純烈初の日本武道館公演ではスペシャルゲストとして出演し、久しぶりにファンの前で歌声を披露しています。

芸能界から完全に距離を置いたままというわけではなく、現在はデザインの仕事を軸に、かつての仲間やファンとの交流も続いていることが分かります。

林田の卒業は、人気が低迷したからでも、メンバーとの対立が原因でもありません。

家族を優先するために自らの進路を選んだ卒業でした。

2.友井雄亮|2019年1月の不祥事による脱退と芸能界引退


友井雄亮(ともい・ゆうすけ)

2019年1月脱退
芸能界引退

友井雄亮の脱退は、ほかのメンバーとは大きく異なる経緯をたどりました。

2018年末、純烈は念願だったNHK紅白歌合戦への初出場を果たします。しかし、そのわずか11日後の2019年1月8日、週刊文春によって過去の交際女性とのトラブルが報じられました。

報道された内容は、女性への暴力や金銭問題、不倫交際をめぐるトラブルなどです。

2019年1月11日、友井は都内で記者会見を開き、女性とのトラブルを認めて謝罪しました。

会見では、女性に手を上げたことや、交際女性の貯金を使い込んだことについても認めています。

そして、自身の行動が純烈の掲げてきたスローガンに反するものだったとして、グループ脱退と芸能界引退を発表しました。所属事務所との契約も解除されています。

友井雄亮の現在は焼肉店経営?

芸能界を引退した友井は、その後、大阪で飲食業に転身しました。

2020年6月には、大阪・北新地で焼肉店「神威(かむい)」の店長として新たな生活を始めたことがスポニチの取材で報じられています。

芸能活動とは異なる世界で、一から食肉や接客について学び直したことも紹介されました。

さらに2024年3月のデイリースポーツの取材では、焼肉店での仕事に加え、近隣にカラオケバー「オレンジ」を開店したことも報じられています。

注目されたのは、純烈メンバーとの再会です。

2021年4月、友井の店を酒井一圭ら元メンバーが訪問。友井は直接謝罪できる場ができたことについて、うれしかったと振り返っています。

また、2023年には岩永洋昭の加入に伴い、純烈の振り付けを知る立場として協力したことも明らかになりました。

ただし、2024年の報道で確認できる店舗運営の状況と、2026年11月現在の営業状況は同じとは限りません。

友井の脱退については、単なる方向性の違いや独立ではなく、本人が報道内容を認めて引退を決断したという事実が重要です。

3.小田井涼平|2022年12月に卒業した理由は新しい挑戦


小田井涼平(おだい・りょうへい)

2022年12月31日卒業
オリジナルメンバー・俳優

小田井涼平は2022年4月1日、同年末をもって純烈を卒業すると発表しました。

小田井の卒業理由は、以前から考えていた人生の節目と、新しいことに挑戦したいという思いです。

実は、小田井は純烈が初めて紅白歌合戦に出場した2018年の段階で、事務所に卒業の意向を伝えていました。

当初は50歳になるタイミングでグループ活動を終える考えだったといいます。

しかし、友井雄亮の脱退や新型コロナウイルス感染拡大による公演延期などが重なり、発表は2022年まで延期されました。

小田井はインタビューでも、体力が衰えてから新しいことを始めるのではなく、まだ自分が動けるうちに次の人生へ進みたいという考えを説明しています。

また、純烈での活動を続けること自体が嫌になったわけではなく、グループは居心地のよい場所だったとも語っています。

卒業は不仲やトラブルによるものではなく、自らの将来を考えた前向きな選択だったのです。

小田井涼平の現在の活動

小田井は卒業後も芸能活動を続けています。

代表的な経歴には、2002年の俳優デビュー作『仮面ライダー龍騎』で演じた北岡秀一/仮面ライダーゾルダがあります。

純烈卒業後はタレントや俳優として活動し、テレビ出演、イベントMC、トークショーなどにも取り組んでいます。

所属事務所のプロフィールでは、温泉宿を紹介するBS10の番組「今泊まりたい!いいふろ温泉宿」への出演なども紹介されています。

純烈で築いた知名度を生かしながら、個人の仕事の幅を広げているのが現在の小田井です。

4.岩永洋昭|2025年3月卒業の理由は家族と過ごす時間


岩永洋昭(いわなが・ひろあき)

2025年3月31日卒業
2023年加入の元メンバー

岩永洋昭は、2023年1月1日に純烈へ加入しました。

小田井涼平の卒業後に加わった初の新メンバーとして注目され、俳優としての経験を生かしながらグループの活動に参加していました。

しかし、加入から約2年で卒業を決断します。

2024年6月30日、所属事務所が2025年3月末での卒業を発表しました。

岩永本人が明かした理由は、全国を飛び回る多忙な活動の中で、家族と過ごす時間がなくなっていたことです。

本人は、充実した活動を送っていた一方で、家庭との時間を改めて考えた結果、卒業を決めたと説明しています。

岩永洋昭の現在は俳優業

岩永は純烈卒業後も所属事務所のジースター・プロに在籍し、俳優として活動を続けることを発表していました。

岩永の卒業は、友井のような不祥事によるものではありません。

また、グループとの関係が悪化したことを示す公式発表もありません。

本人が公表した家族との時間を大切にしたいという理由が、卒業の中心にあります。

この点では、林田達也の卒業とも共通する部分があります。どちらもグループ活動と家族の時間の両立を考えた末の決断でした。

【2027年の重大転換】白川裕二郎が卒業を発表!3人体制はどうなる?


白川裕二郎(しらかわ・ゆうじろう)

2027年3月31日卒業予定
オリジナルメンバー・リードボーカル

2026年6月8日、純烈にとって新たな大きなニュースが発表されました。

リードボーカルを務める白川裕二郎が、2027年3月31日をもって純烈を卒業するという発表です。

白川は2007年の結成当初からグループを支えてきた中心人物で、純烈の歌唱面を象徴する存在でもあります。

今回の卒業は、約20年間にわたるグループ活動に区切りをつける決断です。

白川裕二郎が卒業する理由は母親の死と心境の変化

白川の卒業発表で注目されたのは、母親との関係です。

2026年6月の記者会見で、白川は以前から卒業について考えており、約5年前から酒井らに伝えていたことを明かしました。

そして、2025年10月に母親が亡くなったことが、自身の気持ちに大きな変化をもたらしたと説明しています。

白川にとって、純烈の活動は母親に親孝行をするという思いと深く結びついていました。

「夢は紅白!親孝行!」というグループの目標も、母親への思いが原点にあります。

その大切な存在を失ったことで、これまでと同じ気持ちで活動を続けることが難しくなったというのが、今回の卒業の背景です。

所属事務所の発表では、卒業後も白川はG-STAR.PROに所属する予定です。

まずは本人の時間や家族との時間を大切にし、その後の活動については本人のペースを尊重するとされています。

また、白川本人も心身を充電する期間を設け、純烈とは別の形でファンの前に戻りたいという意向を示しています。

2026年11月現在の純烈メンバーは3人

2025年3月に岩永洋昭が卒業した後、純烈は次の3人で活動しています。

- 酒井一圭:リーダー。グループの中心として運営やプロデュースも担う。
- 白川裕二郎:リードボーカル。2027年3月末に卒業予定。
- 後上翔太:オリジナルメンバー。グループの最年少メンバー。

純烈の公式プロフィールでも、この3人が現在のメンバーとして掲載されています。

白川卒業後に新メンバーは加入する?

2026年6月8日の会見では、白川の卒業発表とあわせて「純烈セカンドチャンスオーディション2026」の開催が明らかになりました。

これは純烈の新メンバーだけでなく、弟分グループのモナキに続く新グループのメンバーも募集する企画です。

酒井一圭は会見で、純烈に新メンバーを3人増やしたいという構想を説明しました。

つまり、白川の卒業後に酒井と後上だけで活動することを前提としているわけではありません。

新しいメンバーを迎え、グループの形を変えていくことを視野に入れています。

ただし、オーディションの実施発表と、新メンバーの正式決定は別の話です。2026年11月現在の正式な新体制については、今後の公式発表が判断材料になります。

【脱退理由の真相】純烈のメンバーはなぜ次々に辞めるのか?

ここまでの経緯を見ると、純烈では複数のメンバーがグループを離れています。

そのため、「メンバー同士の不仲が原因なのでは?」「グループ内部で何か問題が続いているのでは?」と疑問を持つ人もいる可能性があります。

しかし、実際の発表内容を比較すると、それぞれの事情はかなり異なります。

脱退・卒業はすべて同じ理由ではない

大きく分類すると、次のようになります。

- 林田達也:両親のサポートという家庭の事情
- 友井雄亮:報道された女性トラブルを認めたことによる責任
- 小田井涼平:人生の節目と新しい活動への挑戦
- 岩永洋昭:家族と過ごす時間の確保
- 白川裕二郎:母親との死別を経た心境の変化と休養

このように、家庭の事情、本人の将来設計、不祥事への責任など、背景は一つではありません。

特に、友井の脱退をほかのメンバーの卒業と同列に扱うのは正確ではありません。

一方で、林田、小田井、岩永、白川については、本人が公表した理由や所属事務所の説明から、それぞれの人生における決断として読み取れます。

純烈の強さはメンバー交代に対応できる運営力

純烈の特徴は、単に歌やダンスのパフォーマンスだけではありません。

健康センターやスーパー銭湯での活動を通して、ファンとの距離が近い関係を築いてきたことも大きな強みです。

2018年の紅白初出場後、友井の脱退という厳しい局面に直面しましたが、残ったメンバーは活動を継続しました。

2022年には小田井が卒業し、2023年には岩永が加入。2025年には再び3人体制へ戻っています。

2024年には初の日本武道館公演を成功させ、2025年には明治座、新歌舞伎座、御園座で座長公演を開催しました。

メンバーの変化が続く中でも、グループとしての活動規模を広げてきたことは見逃せません。

【プロの結論】注目すべきは脱退人数ではなくグループの継続性

純烈の歴史を振り返ると、メンバーが減ったことだけを取り上げても、グループの実態は理解できません。

大切なのは、誰がどのような事情で卒業し、残ったメンバーがどのようにグループを継続してきたかという点です。

純烈は2007年の6人から、2026年には3人体制へと変わりました。

それでも、結成時から掲げてきた「夢は紅白!親孝行!」という目標や、ファンとの距離を大切にする姿勢はグループの重要な軸として受け継がれています。

今後の注目点は、リードボーカルである白川の卒業後に、どのような歌唱体制とメンバー構成を築くのかということです。

単なる人数の補充ではなく、純烈の音楽的な個性をどう引き継ぐかが、新体制の成否を左右するポイントになります。

【純烈を辞めた人】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:純烈を辞めた人は全部で何人ですか?
A1:2026年11月現在、過去にグループを離れた主なメンバーは林田達也、友井雄亮、小田井涼平、岩永洋昭の4人です。白川裕二郎も2027年3月31日付で卒業する予定です。

Q2:純烈を辞めた人で不祥事が理由だったのは誰ですか?
A2:友井雄亮です。2019年1月、過去の女性トラブルについて報道され、本人が会見で問題を認めて謝罪し、グループ脱退と芸能界引退を発表しました。

Q3:林田達也は現在何をしていますか?
A3:2026年9月の報道では、ジュエリーブランド「オシェル」を立ち上げ、デザイナーとして活動しています。2024年の純烈日本武道館公演にもスペシャルゲストとして出演しました。

Q4:純烈は2026年現在、何人体制ですか?
A4:酒井一圭、白川裕二郎、後上翔太の3人体制です。2025年3月末に岩永洋昭が卒業したことで、オリジナルメンバー3人による活動に戻りました。

Q5:白川裕二郎が卒業するのはなぜですか?
A5:母親との死別を経験し、純烈を続けるモチベーションに変化が生じたことなどが背景にあります。2027年3月末に卒業し、まずは心身を休めて家族との時間を大切にする予定です。

Q6:小田井涼平は純烈を辞めた後も芸能活動をしていますか?
A6:はい。純烈卒業後も俳優・タレントとして活動しています。テレビ出演やイベントMCなど、個人での活動を続けています。

純烈を辞めた人は、林田達也、友井雄亮、小田井涼平、岩永洋昭の4人です。それぞれの卒業・脱退理由は異なり、家庭の事情や将来への挑戦、不祥事への責任など、個別の背景がありました。

2026年11月現在は、酒井一圭、白川裕二郎、後上翔太の3人体制で活動しています。そして、2027年3月31日には白川も卒業する予定です。

白川の卒業は、純烈の歴史における大きな節目になるでしょう。新メンバーオーディションも発表されており、グループは次のステージへ進もうとしています。

純烈の歴史を理解するうえで大切なのは、脱退した人数や噂だけで判断しないことです。本人の発表、所属事務所の説明、信頼できる報道を照らし合わせれば、それぞれの決断の違いが見えてきます。

6人で始まったグループが、どのような形で新しい純烈を築いていくのか。2027年のメンバー構成と活動の行方に注目が集まります。

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コンテンツディレクター 土谷 雅人
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芸能取材14年。所属事務所の公式リリース、制作発表の資料、配信サービスの告知を一次情報として確認し、確認できない話は記事にしていません。

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