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りくりゅうペアの現在は?2026年五輪金と引退理由、今後の活動を徹底解説

桂木 洋 桂木 洋 • 更新: • 公開: • 読了約 23 分
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2026年、フィギュアスケート界に歴史的な快挙をもたらした「りくりゅうペア」。三浦璃来(みうら・りく)選手と木原龍一(きはら・りゅういち)選手は、ミラノ・コルティナ冬季オリンピックのペア競技でショートプログラム5位から大逆転し、日本ペア史上初となる金メダルを獲得した。フリーで記録した158.13点は世界歴代最高得点という圧巻の数字だった。

しかし、金メダル獲得から約2か月後の2026年4月17日、2人は今シーズン限りでの現役引退を発表。4月28日の記者会見では、五輪で競技人生のすべてを出し切ったという決断の背景を明かした。さらに8月には婚約を発表し、9月にはプロデュースする全国アイスショーツアーの開催も発表している。

2026年現在、りくりゅうペアはどのような活動をしているのか。三浦璃来・木原龍一の出会いと2019年の結成、北京オリンピックからミラノ五輪までの軌跡、引退理由、そしてプロスケーターとしての新たな挑戦まで、競技人生の7年間を振り返りながら整理する。

【りくりゅうペアの現在】2026年4月に現役引退を発表!金メダリストの新たな人生

りくりゅうペア

りくりゅうペアこと三浦璃来・木原龍一組は、2026年11月現在、競技者としての現役生活を終え、プロスケーターとして新たな活動を進めている。

2026年2月のミラノ・コルティナ冬季オリンピックで金メダルを獲得した2人は、4月17日に連名で現役引退を発表した。引退の発表はそれぞれのSNSを通じて行われ、長年応援してきたファンやフィギュアスケート関係者に大きな反響を呼んだ。

発表では、競技人生に区切りをつける一方、今後もペア競技の魅力を日本に広めるため、2人で新しいことに挑戦していく意向を示した。

その後、4月28日に東京都内で開かれた引退会見では、決断に至った経緯や今後の活動について具体的に説明。競技から完全に離れるのではなく、プロとして氷上に立ち続ける道を選んだことが明らかになった。

三浦璃来と木原龍一のプロフィール

2人はともに木下グループに所属し、カナダを拠点に世界のトップレベルで戦ってきた。2026年現在のプロフィールは以下のとおり。

  • 三浦璃来:2001年12月17日生まれ、兵庫県出身。2015年に女子シングルからペアへ転向した。
  • 木原龍一:1992年8月22日生まれ、愛知県出身。2013年に男子シングルからペアへ転向した。
  • 所属:木下グループ
  • 競技種目:フィギュアスケート・ペア
  • 愛称:りくりゅう
  • ペア結成:2019年8月
  • 主な指導者:ブルーノ・マルコット、メーガン・デュハメルら

三浦と木原は9歳の年齢差があり、競技経験も異なる。それぞれが別の道を歩んできた2人が、ペアとして同じ目標を追い続けたことが、世界の頂点に立つ原動力になった。

【結成は2019年8月】三浦璃来が木原龍一に声をかけた運命の出会い

りくりゅうペアの結成は2019年8月。三浦璃来が木原龍一に声をかけたことから、2人の競技人生が大きく動き始めた。

三浦璃来からの打診がきっかけ

結成の経緯については、日本オリンピック委員会(JOC)が2026年7月に公開した2人のインタビューでも詳しく語られている。

当時、三浦はペアのパートナーを探していた。一方、木原は過去に別のパートナーとオリンピックに出場した経験を持ち、新たな競技活動の方向性を模索していた。

三浦が木原に声をかける際には、共通の友人だったアイスダンス選手の小松原美里が背中を押したという。三浦は木原に対して最初は少し怖そうな印象を持っていたと、JOCのインタビューで振り返っている。

実際にトライアウトを行ったところ、木原は一緒に滑ることに直感的な手応えを感じたという。三浦も木原の技術や相性を確かめながら、新しいペアとして歩み始めることになった。

2人の強みはスピードと一体感

りくりゅうペアの演技を特徴づけているのは、スピード感と2人の動きが一体となった滑りだ。

フィギュアスケートのペア競技では、ジャンプやスロージャンプ、リフト、ツイストリフトなど、男女が協力して完成させる技術が求められる。男性が女性を持ち上げるリフトでは、力だけでなく、タイミングや重心の移動、互いの呼吸を合わせる能力が欠かせない。

2人はカナダを練習拠点とし、ブルーノ・マルコットらの指導を受けながら技術を磨いた。結成当初から世界トップを狙える可能性を指摘されていたものの、本人たちも最初からオリンピック金メダルを確信していたわけではなかった。

結成から約3年で北京オリンピックに出場し、その後、世界選手権を制するまでに成長。7年間にわたる積み重ねが、2026年の金メダルにつながった。

【7年間の戦績を年表で整理】北京7位から世界選手権2度の優勝へ

りくりゅうペアの競技人生を理解するうえで重要なのが、2019年の結成から2026年の引退までに達成した主要大会の成績だ。

最初から五輪金メダリストだったわけではない。北京オリンピックでの入賞、世界選手権での優勝、そしてミラノ・コルティナ五輪での歴史的快挙という段階を踏んで、日本ペアの競技水準を大きく引き上げた。

りくりゅうペアの主要大会・活動年表
時期 大会・出来事 主な実績・意味
2019年8月 ペア結成 三浦璃来と木原龍一が新チームを結成
2022年2月 北京オリンピック 個人戦7位、団体戦銀メダル
2022年3月 世界選手権 日本ペアとして当時の最高成績となる銀メダル
2022-23シーズン 年間グランドスラム GPファイナル、四大陸選手権、世界選手権で優勝
2023年3月 世界選手権 日本ペア初の世界選手権優勝
2024年3月 世界選手権 銀メダル獲得
2025年3月 世界選手権 2度目の世界選手権優勝
2026年2月 ミラノ・コルティナ五輪 個人戦金メダル、団体戦銀メダル
2026年4月17日 現役引退発表 今シーズン限りで競技生活に区切り
2026年8月 婚約発表 2人が連名で婚約を公表
2026年9月 全国ツアー発表 2027年からのアイスショー開催を発表

特に大きな転換点となったのは2022-23シーズンだ。グランプリファイナル、四大陸選手権、世界選手権という主要タイトルを制覇し、日本ペア初の年間グランドスラムを達成した。

2023年の世界選手権では、日本のペア競技にとって歴史的な初優勝を実現。2025年にも同大会で優勝し、世界のトップ選手としての地位を確かなものにした。

そして2026年、北京大会での個人7位を上回る金メダルを獲得。JOCの選手プロフィールや大会記録でも、2人が日本のペア競技史を塗り替えてきた過程が紹介されている。

北京オリンピック7位は決して小さな結果ではなかった

2022年の北京オリンピックでは、個人戦7位という成績を残した。これは当時の日本ペアとしてオリンピック史上初の入賞だった。

さらに団体戦では日本の銀メダル獲得に貢献。日本フィギュアスケートの総合力を世界に示すうえでも大きな役割を果たした。

北京大会で得た経験は、4年後のミラノ・コルティナ五輪での勝利に直結した。世界のトップ選手との競争を経験し、技術だけでなく大舞台での精神的な対応力も磨いていったのである。

【ミラノ・コルティナ五輪の逆転金】ショートプログラム5位から158.13点を記録した歴史的演技

りくりゅうペアの名前を日本中に知らしめた最大の出来事が、2026年2月のミラノ・コルティナ冬季オリンピックだ。

個人戦ではショートプログラム(SP)で思わぬミスが出て5位に後退。しかし翌日のフリースケーティング(FS)で世界歴代最高得点を記録し、最終的に逆転金メダルを獲得した。

ショートプログラムは得意のリフトでミス

2026年2月15日(現地時間)に行われたペアのショートプログラムで、三浦・木原組は73.11点を記録。順位は5位だった。

演技中盤、得点源の一つであるリフトでバランスを崩したことが大きく響いた。リフトは2人のタイミングや呼吸が少しずれるだけでも完成度が変わる技術だ。

日刊スポーツの競技報道によると、リフトはレベル2の評価となり、出来栄え点でも減点を受けた。三浦自身も、リフトは2人の呼吸が合ってこそ成立するもので、少しのずれが演技に影響したと説明している。

SP終了時点では、首位のドイツ代表ハーゼ/ボロディン組と6.90点差。金メダルを狙ううえでは厳しい状況となった。

フリーで世界歴代最高の158.13点を記録

翌16日(現地時間)のフリーで、2人は圧巻の演技を披露した。

冒頭から高難度の技を成功させ、その後もジャンプやスロージャンプ、リフトなどを高い完成度でまとめた。SPの失敗を引きずることなく、持ち味であるスピード感と一体感を存分に発揮した。

その結果、フリーで158.13点を獲得。当時の世界歴代最高得点を更新する演技となった。

合計得点は231.24点。ショートプログラム5位からの大逆転で、ついに日本ペア初となるオリンピック金メダルを手にした。

五輪ペア競技の主要得点
  • ショートプログラム:73.11点・5位
  • フリースケーティング:158.13点・1位
  • 合計得点:231.24点
  • 最終順位:金メダル・1位
  • 歴史的記録:日本ペア初のオリンピック金メダル

さらに2人は団体戦でも日本の銀メダル獲得に貢献している。個人戦の金メダルだけでなく、団体戦でも結果を残したことは、チームジャパンの一員としての貢献を示すものだった。

JOCや大会報道では、SP5位からの逆転劇とフリー158.13点という記録が大きく取り上げられた。日本のペア競技において、単なるメダル獲得を超える歴史的な一日となった。

【りくりゅうペアの引退理由】なぜ金メダル獲得から2か月で現役引退を決めたのか

五輪金メダルを獲得した選手が、次のオリンピックを目指さずに引退する。ファンにとっては驚きの決断だったが、2026年4月28日の引退会見で、2人はその理由を率直に説明している。

三浦璃来は「すべてを出し切った」という達成感を説明

三浦は、シーズンの初めから引退する可能性を考えながら競技に臨んでいたと明かした。

一方、ミラノ五輪のショートプログラムで5位になった直後には、悔しさから「あと4年やるか」という話も2人の間で出ていたという。

しかし、フリーで自分たちが積み重ねてきたものを信じ、すべてを出し切ることができた。その結果、五輪終了時点で競技人生に区切りをつける決断をした。

「フリープログラムでは、すべてを出し切ることができたので、すごくやり切った思いがあった」

この言葉が、引退理由を理解するうえで最も要点だ。

木原龍一は2025年5月ごろから最後のシーズンを意識

木原も、2025年5月ごろから自分たちにとって最後のシーズンになるという思いが強くなっていたと説明した。

つまり、引退は五輪の結果を受けて急に決めたものではない。以前から2人の間で競技人生の終着点を考え、最後のシーズンとして準備していた背景があった。

ショートプログラムで5位になった時点では、次の4年間を続ける可能性も話し合っていた。しかし、フリーで世界最高得点を出して金メダルを獲得したことで、競技者として目指してきたものを達成したという気持ちが強まった。

引退は故障による突然の競技離脱だったのか

木原は過去に腰の故障を経験し、2023-24シーズンには一部大会を欠場した時期もあった。そのため、引退と身体的な負担を結びつけて考える人もいるかもしれない。

ただし、2026年4月の引退会見で2人が中心的に説明したのは、ミラノ五輪での完全燃焼と達成感だった。故障だけを引退の理由とする説明はしていない。

また、2人は3月下旬の世界選手権を欠場しており、五輪が最後の競技演技となった。世界選手権に出場して最後を飾るのではなく、金メダルを獲得した大会を競技人生の終点に選んだ形だ。

引退会見で木原は、2人の競技生活を支えた人々への感謝を語り、三浦も7年間の活動をかけがえのない時間として振り返った。

次の五輪を目指すことだけがアスリートの成功ではない。自分たちが納得できるタイミングで競技生活を終え、その経験を次の世代へつなぐことも、一つの大きな選択なのである。

【引退後の活動】プロスケーター・全国アイスショー・後進育成への挑戦

2026年現在、りくりゅうペアは競技生活を終えたものの、スケート界から離れたわけではない。プロスケーターとしての活動に加え、日本のペア競技を広げるための取り組みを進めている。

プロスケーターとして活動を継続

4月28日の引退会見で、木原は今後プロとして活動していく予定を明らかにした。

特に重視しているのは、日本の観客にペア競技の魅力を直接届けることだ。

日本ではシングル競技に比べてペアを観戦する機会が限られてきた。ペアならではのダイナミックなリフトやスロージャンプ、男女が一体となって滑る美しさを、より多くの人に知ってもらいたいという思いがある。

2026年夏にはアイスショー「THE DESTINY」を開催

2人は現役引退後、プロデュースするアイスショーにも取り組んだ。2026年夏には「THE DESTINY」を開催し、3日間で計4公演を実施。日刊スポーツの報道によると、延べ1万8000人を動員し、全公演が完売した。

これは、りくりゅうペアが競技会の成績だけでなく、プロスケーターとして観客を集める力も持っていることを示す実績だ。

2027年から全国約10都市を巡る「ありがとうツアー」

2026年9月15日には、木下グループとともに「りくりゅうのありがとうツアー presented by 木下グループ」の開催を発表した。

2027年1月から全国約10都市を巡る予定で、これまで支えてくれたファンに直接感謝を伝えることが大きなテーマとなっている。

2026年秋までに公表された第1弾の開催地は次のとおり。

  • 大阪:2027年1月8日~10日、東和薬品RACTABドーム
  • 広島:2027年1月29日~31日、ひろしんビッグウェーブ
  • 旭川:2027年2月19日~21日、道北アークス大雪アリーナ
  • 熊本:2027年3月19日~21日、アクアドームくまもと

全国約10都市での開催を予定しており、今後の公演地や出演者などは順次発表される計画だ。

競技用サイズのリンクでペア競技の迫力を伝えることも、ツアーの大きな特徴となる。単に有名選手が滑るショーではなく、日本でペア競技を普及させるための活動として位置づけられている。

将来は指導者を目指し、りくりゅうアカデミー構想も

引退後の活動で特に注目されるのが、後進育成への意欲だ。

4月28日の会見では、木下グループの木下直哉代表が、将来的に2人のアカデミーをつくりたいという構想を明らかにした。

三浦は自身がペアを始めた当時、日本国内にペアを専門的に指導できる環境が十分ではなかったことを振り返った。海外を拠点に練習することには言葉の壁や生活面での難しさもあり、競技を始めたい選手にとって大きなハードルとなっている。

木原も、日本国内にペアの指導者が少ないため、競技を始める段階から海外へ行かなければならない状況を課題として挙げている。

2人が将来目指しているのは、ペア競技を始めたい選手が国内で第一歩を踏み出せる環境づくりだ。

ただし、アカデミーは会見で示された将来的な構想であり、すでに正式開校した施設というわけではない。指導者としての経験を積みながら、実現に向けて準備を進めていく段階と捉えるのが適切だ。

2026年8月には婚約を発表

競技上のパートナーとして7年間を歩んできた2人は、2026年8月23日に連名で婚約を発表した。

2人はSNSで、うれしい時も苦しい時も多くの時間を共に過ごし、支え合ってきたこと、互いにとってかけがえのない存在になったことを報告した。

これは本人たちが公表した事実であり、婚約の発表をもって結婚済みという意味ではない。競技生活を終えた後も、2人で新しい人生を歩んでいくことを伝える発表となった。

競技パートナーとして培った信頼関係を、今後はプロ活動や指導者への挑戦にも生かしていくことが期待される。

【プロの結論】りくりゅうペアが日本フィギュア界に残した本当の功績

りくりゅうペアの功績は、2026年のオリンピック金メダルだけではない。日本のフィギュアスケートにおけるペア競技の存在感を高め、次世代の選手が目指せる新しい目標を示したことにも大きな意味がある。

金メダルが証明したのは2人の技術と信頼関係

ペア競技では、個人の技術が高いだけでは勝てない。2人の呼吸、タイミング、スピード、重心の移動など、互いの動きを理解していなければ高難度の技を完成させることは難しい。

ミラノ五輪のショートプログラムでのリフトの失敗は、ペア競技がいかに繊細な種目であるかを示した。一方、翌日のフリーでは失敗を引きずらず、158.13点という最高の演技を披露した。

この逆転劇は、単に技術力が高かったというだけでは説明できない。長年にわたって積み上げてきた練習、互いへの信頼、そして大舞台で自分たちの力を信じる精神力が結実した結果だった。

日本のペア競技が抱えてきた育成環境の課題

日本ではフィギュアスケートのシングル競技が広く知られている一方、ペア競技は選手数や指導環境の面で課題を抱えてきた。

ペアを始めるには、技術的な指導だけでなく、パートナー探し、専門的な練習環境、海外コーチとの連携など、多くの条件が必要となる。

りくりゅうペアが海外を拠点に世界のトップへ上り詰めた経験は、日本の育成環境に不足している部分を浮き彫りにしたともいえる。

その経験を持つ2人が、今度は指導する側を目指すことには大きな意義がある。自分たちの成功を個人の実績で終わらせず、次の選手が同じような夢に挑戦できる仕組みをつくることが、引退後の重要なテーマとなりそうだ。

りくりゅうペアの今後を判断する3つのポイント
  • プロ活動の継続:アイスショーや全国ツアーを通じて、競技で培った技術を観客に届けられるか。
  • 指導環境の整備:アカデミー構想を具体化し、日本国内でペアを始められる環境を整えられるか。
  • 競技の普及:金メダルをきっかけに高まった関心を、一時的なブームではなく次世代の選手育成につなげられるか。

ファンにとっては、今後も2人の演技を見られる機会があることがうれしいポイントだろう。一方、ペア競技の発展という観点では、2人の演技を見るだけでなく、将来どのような指導環境や育成活動を実現するのかにも注目したい。

【りくりゅうペアの現在】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:りくりゅうペアは2026年に引退したのですか?
A1:はい。三浦璃来と木原龍一は2026年4月17日に今シーズン限りでの現役引退を発表し、4月28日の会見で決断の経緯を説明しました。ミラノ・コルティナ五輪が最後の競技演技となっています。

Q2:りくりゅうペアの引退理由は何ですか?
A2:本人たちが説明した中心的な理由は、ミラノ五輪のフリーで持てる力をすべて出し切り、競技人生にやり切ったという達成感を得たことです。以前から最後のシーズンになる可能性を考えていたことも明かしています。

Q3:りくりゅうペアの五輪金メダルの得点は何点ですか?
A3:ショートプログラム73.11点、フリー158.13点、合計231.24点です。SP5位から逆転し、日本のフィギュアスケート・ペア競技史上初のオリンピック金メダルを獲得しました。

Q4:りくりゅうペアは引退後も一緒に活動していますか?
A4:はい。プロスケーターとして活動を続けています。2026年にはアイスショー「THE DESTINY」を開催し、2027年1月からは全国約10都市を巡る「りくりゅうのありがとうツアー」を予定しています。

Q5:りくりゅうペアは結婚したのですか?
A5:2026年8月23日に婚約を発表しています。婚約の公表はありましたが、婚姻の成立を意味するものではありません。

Q6:りくりゅうペアは今後、指導者になるのですか?
A6:2人は将来的に指導者を目指す意向を示しています。木下グループの代表からは、2人のアカデミーをつくる構想も示されました。国内でペア競技を始められる環境を整え、次世代の選手を育てることが目標です。

三浦璃来・木原龍一組、通称りくりゅうペアは、2019年8月の結成から約7年間にわたり、日本のフィギュアスケート・ペア競技の歴史を塗り替えてきた。

北京オリンピックでの個人7位と団体銀メダル、2023年と2025年の世界選手権優勝、そして2026年ミラノ・コルティナ五輪での日本ペア初の金メダル。特にSP5位からフリー158.13点を記録して逆転した演技は、2人の競技人生を象徴するものとなった。

2026年4月の現役引退は、競技への意欲を失ったからではなく、五輪で持てる力を出し切り、納得できる形で競技生活に区切りをつけたという決断だった。

現在はプロスケーターとして活動し、2027年には全国ツアーを予定。将来的には指導者として日本のペア競技を支える構想もある。

金メダルを獲得して終わるのではなく、その経験を次の世代へ引き継ぐ。りくりゅうペアの新しい挑戦は、日本のフィギュアスケート界にとっても大きな意味を持つ。これからも2人がどのような形で氷上に立ち、ペア競技の未来を切り開いていくのか、注目が集まっている。

主な事実確認資料: 日本オリンピック委員会(JOC)の選手プロフィール・五輪インタビュー・大会記録、日刊スポーツおよびスポニチの引退会見報道、木下グループの全国ツアー公式発表、国際スケート連盟の婚約報道を参照。

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桂木 洋

映画・ドラマの公開情報を担当。配給会社のプレスシートと公式サイト記載を基準に、あらすじと配役をまとめます。

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