ホーム スポーツ 三浦璃来・木原龍一「りくりゅう」の五輪金と引退後の現在、結成からの歩みを徹底解説

三浦璃来・木原龍一「りくりゅう」の五輪金と引退後の現在、結成からの歩みを徹底解説

星川 美空 星川 美空 • 更新: • 公開: • 読了約 23 分
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フィギュアスケートのペア競技で、日本の歴史を塗り替えた三浦璃来(みうら・りく)と木原龍一(きはら・りゅういち)。愛称「りくりゅう」として親しまれる二人は、2026年2月のミラノ・コルティナ冬季オリンピックで、ショートプログラム(SP)5位から驚異的な逆転を果たし、日本ペア史上初の金メダルを獲得した。

2019年のペア結成から世界選手権優勝、北京五輪での団体銀メダル、そして2026年の五輪制覇まで、二人が歩んだ道のりは決して平坦ではなかった。さらに同年4月17日には現役引退を発表。引退会見で明かされた決断の理由や、8月の婚約発表、2027年から始まる全国アイスショーなど、競技生活を終えた後にも新たな展開が続いている。

この記事では、三浦璃来・木原龍一のプロフィール、りくりゅうペア結成の理由、主要大会の戦績、ミラノ五輪の158.13点による逆転劇、現役引退の真相、そして2026年11月現在の活動と今後の展望を時系列で整理する。

【まず知りたい結論】フィギュアスケートの三浦璃来・木原龍一とは?

フィギュアペア木原三浦

「フィギュアペア木原三浦」と検索される二人は、三浦璃来と木原龍一による日本のフィギュアスケート・ペア競技のコンビだ。二人の名前を組み合わせた「りくりゅう」という愛称で知られ、所属はともに木下グループ。

最大の特徴は、スピード感のある滑りと、二人の動きが一体となった演技。ペア競技では、個々のジャンプやスケーティング技術だけでなく、リフト、スロージャンプ、ツイストリフトなど、男女が連携して行う技術の完成度も評価される。二人は長年の練習を通じて、その両方を高い水準に引き上げてきた。

三浦璃来と木原龍一のプロフィール
  • 三浦璃来:2001年12月17日生まれ、兵庫県出身。2026年11月現在24歳。2015年に女子シングルからペアへ転向した。
  • 木原龍一:1992年8月22日生まれ、愛知県出身。2026年11月現在34歳。2013年に男子シングルからペアへ転向した。
  • 所属:木下グループ。
  • ペア結成:2019年8月。
  • 主な指導者:ブルーノ・マルコット氏。

二人には9歳の年齢差がある。三浦は若くしてペア競技に挑戦し、木原はソチ2014、平昌2018とオリンピックを経験してきた選手だった。異なる競技経験を持つ二人が組んだことも、りくりゅうの歩みを理解するうえで重要な背景となる。

「りくりゅう」という愛称の由来

「りくりゅう」は、三浦の「りく」と木原の「りゅう」を組み合わせた呼び名だ。二人の名前を自然につなげた愛称として定着し、国内外の大会や報道でも広く使われている。

単なる愛称にとどまらず、日本のペア競技を象徴する存在となった現在では、「りくりゅう」という名前自体が、二人の競技人生と歴史的な実績を表す言葉になっている。

【結成理由を解説】三浦璃来と木原龍一はなぜペアを組んだのか?

りくりゅうペアが結成されたのは2019年8月。きっかけは、三浦璃来から木原龍一へ声をかけたことだった。

当時、二人はそれぞれ以前のパートナーとのペアを解消し、新しいパートナーを探していた。三浦は当時17歳、木原は26歳。年齢も競技経験も異なる二人だったが、トライアウトを経て、正式にコンビを組むことになった。

三浦から木原へのアプローチが出発点

2026年7月に公開された日本オリンピック委員会(JOC)のインタビューで、三浦は木原に声をかけるまでの経緯を振り返っている。

三浦は木原について、9歳年上で、最初は少し怖い印象を持っていたと説明。声をかけることをためらっていたが、共通の友人であるアイスダンサーの小松原美里から、木原は人柄のよい選手だと聞いたことが後押しになったという。

こうして三浦が木原にアプローチし、二人のトライアウトが実現した。

木原が感じた「絶対うまくいく」という直感

木原も、最初のトライアウトで好感触を得ていた。JOCのインタビューでは、実際に一緒に滑ったとき、直感的にうまくいくと感じたことを明かしている。

「絶対これはうまくいくな」という感覚がありました。

ペア競技では、二人の技術が高いだけでは十分ではない。ジャンプのタイミング、リフトでの重心移動、空中姿勢、着氷後の動きまで、互いの感覚を理解する必要がある。

そのため、パートナー選びでは身体的な相性だけでなく、信頼関係や意思疎通も大きな意味を持つ。二人がトライアウトの段階で相性のよさを感じたことは、その後の急成長につながる出発点だった。

海外を拠点とした強化とブルーノ・マルコットコーチ

りくりゅうの成長を支えた重要な人物が、カナダを拠点に指導するブルーノ・マルコットコーチだ。

結成後、二人は海外を拠点とする環境で練習を積み重ね、世界トップレベルのペアに必要な技術を磨いていった。

結成当初からオリンピック金メダルを具体的に目標としていたわけではない。JOCのインタビューでも、コーチから世界トップに入れる実力があると伝えられた一方、二人自身は当初そこまでの未来を想像できていなかったと振り返っている。

最初から完成されたコンビだったのではなく、日々の練習と失敗を積み重ねながら、世界一へと近づいていったことが、りくりゅうの特徴だ。

【完全年表】りくりゅうペアの結成から世界選手権・五輪優勝まで

三浦璃来と木原龍一の競技人生を理解するには、主要大会の結果を時系列で確認すると分かりやすい。2019年の結成から2026年の五輪金メダルまで、二人は段階的に実績を積み上げてきた。

二人の主な経歴と大会成績
時期 大会・出来事 実績・意味
2019年8月 りくりゅうペア結成 三浦璃来と木原龍一が新たなコンビをスタート。
2022年2月 北京冬季オリンピック 団体銀メダル、ペア個人7位。日本ペア初の五輪入賞。
2022年3月 世界選手権 日本ペアとして当時最高成績となる銀メダル。
2022年12月 グランプリファイナル 初優勝。世界トップクラスの実力を示す。
2023年1月 四大陸選手権 優勝。
2023年3月 世界選手権 合計222.16点で優勝。日本ペア初の世界選手権金メダル。
2024年3月 世界選手権 銀メダルを獲得。
2025年3月 世界選手権 合計219.79点で優勝。2度目の世界選手権制覇。
2026年2月 ミラノ・コルティナ冬季オリンピック SP5位から逆転し、合計231.24点で日本ペア初の金メダル。
2026年4月17日 現役引退発表 今シーズン限りで競技生活に区切りをつけると公表。
2026年4月28日 引退会見 五輪でやり切ったという思いと、今後のプロ活動について説明。

この年表で特に注目したいのが、2022~2023年シーズンの年間グランドスラムだ。

グランプリファイナル、四大陸選手権、世界選手権という主要な国際大会を同一シーズンに制覇したもので、日本ペアとして初めての快挙だった。世界選手権の優勝だけでなく、年間を通して安定して勝ち続ける力を証明した実績でもある。

2023年と2025年の世界選手権優勝が持つ意味

2023年の世界選手権では、合計222.16点を獲得して優勝。日本のペアが世界選手権で初めて頂点に立った。

その後、2024年は銀メダルとなったが、2025年のボストン大会で再び優勝。ISU(国際スケート連盟)の公式結果によると、優勝得点は219.79点だった。2位のドイツペアとの差はわずか0.71点という接戦だった。

2023年の初優勝が日本ペアの歴史を変えた瞬間だったとすれば、2025年の優勝は世界の強豪と競り合いながら頂点を取り戻した結果だった。

こうした実績を経て、二人は2026年ミラノ・コルティナ五輪に世界王者として臨むことになった。

【2026年ミラノ五輪】SP5位から158.13点で逆転金メダルを獲得した理由

りくりゅうの競技人生を象徴する出来事が、2026年2月のミラノ・コルティナ冬季オリンピックだ。

ペア個人戦で二人はショートプログラム5位という苦しいスタートを切った。しかし翌日のフリースケーティングで圧巻の演技を披露。フリー158.13点、合計231.24点を記録し、日本ペア史上初となるオリンピック金メダルを獲得した。

SPで5位に後退した原因はリフトのトラブル

2026年2月15日のショートプログラムでは、得意としていたリフトで思わぬトラブルが発生した。

五輪後のJOCインタビューで木原は、技術的なエラーというより、衣装のスカートとパンツの部分が滑り、リフトの際にずれてしまったことが原因だったと説明している。

これまで積み上げてきた技術を本番で発揮できなかったことは、二人にとって大きなショックだった。SPの得点は73.11点で、順位は5位。金メダルを狙うには厳しい状況となった。

しかし、三浦はすぐに気持ちを切り替えた。これまで経験してきた失敗や困難を思い出し、フリーではノーミスの演技を目指すという意識に集中したという。

フリー158.13点は世界歴代最高得点

迎えた2月16日のフリースケーティング。二人が披露したのは、映画「グラディエーター」の楽曲に合わせた力強いプログラムだった。

高難度のジャンプ、スロージャンプ、ツイストリフト、スピンなどを組み合わせ、スピードと一体感を生かした演技を展開。演技が進むにつれて会場の盛り上がりも高まった。

そして発表された得点は、驚異の158.13点。フリーの世界歴代最高得点を更新する数字だった。

結果は次のとおりだ。

  • ショートプログラム:73.11点・5位
  • フリースケーティング:158.13点・1位
  • 総合得点:231.24点・1位
  • 最終結果:金メダル

2位のジョージア代表、アナスタシア・メテルキナ/ルカ・ベルラワ組は合計221.75点。りくりゅうは9.49点差をつけて優勝した。

逆転を可能にしたのは技術だけではなかった

この逆転劇を単純に「フリーで高得点を出したから」と説明するだけでは、二人の強さを十分に理解できない。

JOCのインタビューで三浦は、SPの失敗を引きずらず、五輪を楽しんで終わりたいという気持ちでフリーに臨んだと振り返っている。

一方、木原はSPの結果に大きなショックを受けていた。フリー当日の練習でも感情があふれていたが、三浦やコーチ、トレーナーなど周囲の支えによって気持ちを立て直したという。

二人の証言から見えてくるのは、片方が落ち込んだとき、もう片方が支えるという関係性だ。ペア競技では二人が同じタイミングで動く必要があるが、精神面でも互いを補い合えることが大きな強みになっていた。

「諦めなければ夢をつかむことができるんだ」

これは金メダル獲得後、三浦がJOCのインタビューで語った言葉だ。SP5位からの逆転という結果は、二人が長年積み重ねてきた技術と、最後まで諦めない姿勢が結びついた瞬間だった。

なお、二人は個人戦の金メダルに加え、団体戦でも日本の銀メダル獲得に貢献している。ミラノ大会は、りくりゅうにとって個人・団体の両方で歴史に名を刻む大会となった。

【2026年4月に現役引退】りくりゅうが競技生活に区切りをつけた理由

五輪金メダルから約2か月後の2026年4月17日、三浦璃来と木原龍一は連名で現役引退を発表した。

日本ペア初のオリンピック金メダルを獲得した直後の発表だっただけに、驚いたファンも多かった。4年後の大会で連覇を目指す姿を期待していた人にとっても、大きなニュースとなった。

4月17日に連名で引退を発表

二人はSNSを通じて、今シーズンをもって現役を引退することを公表した。

発表文では、競技人生に区切りをつけることについて、次のように伝えている。

「私たちはやり切ったという気持ちでいっぱいで、悔いはありません。これまでのすべてが誇りであり、大切な財産です。」

また、今後については、ペア競技を日本の人々にもっと知ってもらうため、新しいことに二人で挑戦していく意向を示した。

4月28日の引退会見で明かされた本当の理由

引退発表後の4月28日、二人は東京都内で記者会見を開いた。

そこで三浦が説明したのは、五輪シーズンの初めから引退する可能性を考えていたということだった。

SPで5位になった際には、このままでは終われないという思いが強くなり、あと4年競技を続けることも話し合ったという。しかし、フリーで自分たちが積み重ねてきたものをすべて出し切ることができた。

その結果、オリンピックを終えた時点で、もう十分にやり切ったという気持ちになり、現役引退を決断したと説明している。

木原も同様に、五輪を終えた時点で自分たちの競技人生は一区切りだと感じていたと語った。

引退理由はけがだったのか?

引退について、けがや身体的な問題が原因だったのではないかと考える人もいるかもしれない。

しかし、4月28日の会見で二人が中心的に説明したのは、五輪で全力を出し切ったという達成感だった。引退を特定の故障が原因だったと説明したわけではない。

また、2026年3月下旬に予定されていた世界選手権については、2月27日に日本スケート連盟を通じて出場辞退を発表している。

その際、二人は今シーズンの大きな目標をオリンピックに置いており、金メダル獲得後に心身のコンディションを大会前の状態まで戻すことは難しいと判断したと説明した。

つまり、五輪後の世界選手権欠場と現役引退は、競技生活の大きな節目における一連の判断だった。

【2026年11月現在】りくりゅうの引退後の活動と今後の予定

現役引退によって、三浦璃来と木原龍一がスケートから離れたわけではない。二人はプロスケーターとして活動を続けながら、ペア競技の普及や後進の育成にも関心を示している。

プロスケーターとしてアイスショーに出演

4月28日の引退会見では、今後はプロとして活動していくことを明らかにした。

競技生活中は、国際大会で結果を出すために、練習や試合を中心としたスケジュールを送っていた。引退後は、アイスショーやテレビ出演などを通じて、より幅広い人々にペア競技の魅力を伝える活動にも取り組んでいる。

二人にとって、プロ活動は競技生活の延長というだけではない。勝敗や順位を競う大会とは異なり、観客に演技を楽しんでもらい、ペアスケートそのものを知ってもらう機会でもある。

2027年「りくりゅうのありがとうツアー」を開催

引退後の大きなプロジェクトとして注目されるのが、二人がプロデュースするアイスショー「りくりゅうのありがとうツアー presented by 木下グループ」だ。

木下グループが2026年9月15日に公式発表した内容によると、2027年1月から全国各地を巡る予定となっている。

11月2日現在、公式発表で開催が案内されている都市と日程は次のとおりだ。

  • 大阪:2027年1月8日~10日、東和薬品RACTABドーム
  • 広島:2027年1月29日~31日、ひろしんビッグウェーブ
  • 旭川:2027年2月19日~21日、旭川大雪アリーナ
  • 熊本:2027年3月19日~21日、アクアドームくまもと

大阪公演は全4公演が予定され、出演者として三浦璃来・木原龍一のほか、パイパー・ギレス&ポール・ポワリエ、エリー・カム&ダニー・オシェイ、宮原知子らの名前が発表されている。

木下グループの10月15日付発表では、大阪公演のチケット情報も公開された。11月3日からはプレリク先行の抽選受付が予定されている。

全国10都市を巡る構想も報道されているが、開催地や出演者などの詳細は順次発表される予定だ。

将来的には二人で指導者を目指す

りくりゅうの引退後を語るうえで、もう一つ重要なのが指導者としての将来像だ。

4月17日の春の園遊会後、二人は報道陣に対し、ペア競技を日本でもっと知ってもらうために活動し、将来的には二人で指導者になれるよう勉強したいという意向を示した。

日本のフィギュアスケートでは、シングル競技に比べてペアの競技人口や指導環境の充実が課題として挙げられてきた。JOCの報道でも、ペアのコーチ不足や練習環境の整備が課題として取り上げられている。

世界選手権とオリンピックを制した二人が、将来指導者として経験を伝えることになれば、日本のペア競技にとって大きな財産となる可能性がある。

ただし、指導者への転身は将来的な目標であり、現時点ではプロ活動や普及活動が中心だ。引退直後から正式な指導者として活動を始めたという意味ではない。

8月には婚約を発表、新たな人生の節目も

2026年8月23日には、三浦璃来と木原龍一が連名で婚約を発表した。

二人はSNSで、長い時間を共に過ごし、うれしいときも苦しいときも支え合ってきたことを報告。互いにかけがえのない存在になったと伝えた。

この発表は国際スケート連盟(ISU)も取り上げている。競技パートナーとして2019年に結成した二人が、人生においても新しい節目を迎えたニュースとなった。

なお、2026年11月2日現在、公表されているのは婚約であり、結婚式や入籍の日程についての公式発表とは区別する必要がある。

【プロの結論】りくりゅうが日本フィギュア界に残したものとは?

りくりゅうの功績は、単にオリンピックで金メダルを獲得したことだけではない。日本では長く、フィギュアスケートといえば男子・女子シングルに注目が集まりやすかった。そのなかで、ペア競技を日本中に知られる存在へ押し上げたことに大きな意味がある。

日本ペアの歴史を変えた競技実績

北京2022冬季オリンピックでは、ペアで日本勢初の入賞となる7位を記録。2023年には世界選手権で初優勝し、2025年にも再び世界王者となった。そして2026年には、オリンピックのペア競技で日本初の金メダルを獲得した。

これらの実績は、一時的な好調だけでは説明できない。複数シーズンにわたって世界トップレベルの演技を続け、主要大会で結果を残したからこそ実現したものだ。

競技の魅力を広める役割は引退後も続く

競技者としてのりくりゅうは引退したが、ペア競技の普及という目標は続いている。

特に、二人が企画するアイスショーや将来的な指導者への意欲は、次世代の選手にとって大きな意味を持つ。世界トップで戦った経験を、演技を通じて伝えるだけでなく、練習環境や育成の現場に生かせる可能性があるからだ。

日本のペア競技が継続的に世界で戦えるようになるには、才能ある選手の発掘だけでなく、パートナー選び、指導者、練習拠点、競技活動を支える環境が必要になる。

りくりゅうが今後どのような形で後進育成に関わるのかは、日本のフィギュア界にとっても注目すべきテーマだ。

情報を確認するときに押さえたい3つのポイント
  • 現役引退とスケート引退は別:競技大会からは引退したが、プロスケーターとしての活動は続いている。
  • 指導者就任は将来の目標:二人は指導者を目指す意向を示しているが、現在の中心的な活動はプロ活動や競技普及である。
  • 婚約と結婚は別:2026年8月に婚約を発表したが、結婚日程などは別途公表情報を確認する必要がある。

こうした区別を押さえておけば、引退後の活動や二人の近況をめぐる情報を正しく理解できる。

【フィギュアスケートの三浦璃来・木原龍一】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:りくりゅうペアは2026年ミラノ・コルティナ五輪で何位だった?
A1:金メダルを獲得した。SPは73.11点で5位だったが、フリーで158.13点を記録。合計231.24点で逆転優勝し、日本ペア史上初のオリンピック金メダルとなった。

Q2:三浦璃来と木原龍一は結婚した?
A2:2026年8月23日に二人で婚約を発表した。互いをかけがえのない存在と表現している。11月2日現在、公表されているのは婚約であり、入籍や結婚式の日程については公式発表されていない。

Q3:りくりゅうは引退後、何をしている?
A3:プロスケーターとして活動しており、アイスショーやペア競技の普及に取り組んでいる。2027年1月からは二人がプロデュースする「りくりゅうのありがとうツアー」を開催予定。将来的には二人で指導者を目指す意向も示している。

三浦璃来と木原龍一の「りくりゅう」は、2019年のペア結成から7年をかけて、日本フィギュアスケート界に新しい歴史を刻んだ。

2023年と2025年の世界選手権優勝、北京五輪での団体銀メダル、そして2026年ミラノ・コルティナ五輪での日本ペア初の金メダル。特にSP5位からフリー158.13点を記録して逆転した演技は、二人の競技人生を象徴する歴史的な瞬間となった。

2026年4月17日の現役引退発表は、競技生活に対する完全燃焼の結果だった。二人は競技から離れた後も、プロスケーターとして活動し、2027年の全国アイスショーや将来的な指導者への挑戦を見据えている。

金メダルを獲得して終わりではなく、その経験を次の世代や日本のペア競技へつないでいく。りくりゅうの物語は、競技者としての第一章を終え、新しいステージへ進んでいる。

これから注目したいのは、2027年の「ありがとうツアー」でどのような演技を見せるのか、そして二人が将来どのような形で日本のペア競技を支えていくのかという点だ。

オリンピックの金メダリストから、プロスケーター、そして未来の指導者へ。三浦璃来と木原龍一が切り開く新しい道にも期待が集まっている。

主な根拠資料:日本オリンピック委員会(JOC)の選手インタビュー・大会記録、国際スケート連盟(ISU)の公式競技結果、日本スケート連盟の発表、木下グループの公式公演発表、引退会見報道。

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星川 美空

アイドルと音楽を担当。公式スケジュール、リリース情報、本人の発表を突き合わせてから記事を構成します。

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