お笑いトリオ・東京03の飯塚悟志は、メンバーの中でどのような役割を担っているのか。答えは、トリオの中央に立つリーダーであり、コントの発想や構成を中心的に担う、東京03の創作活動を支える存在だ。1973年5月27日生まれ、千葉県四街道市出身。スクールJCAを経て、豊本明長とのコンビ「アルファルファ」で活動した後、2003年に角田晃広を加えて東京03を結成した。2009年にはキングオブコントで優勝し、実力派コント師としての地位を確立している。
2026年11月現在、飯塚は53歳。東京03の単独公演を継続する一方、テレビやラジオ、後輩芸人との企画イベントなどにも活動の幅を広げている。2026年の第28回単独公演「満更じゃないから」は全国17会場47公演で開催され、5万人を超える観客を動員した。飯塚の魅力は、単なるツッコミ役やネタ作り担当という肩書きだけでは説明できない。3人の個性を組み合わせ、日常の小さな違和感を笑いへと変える、その創作上の役割に注目したい。
【飯塚悟志のプロフィール】生年月日・出身地・スクールJCA時代

飯塚悟志は、プロダクション人力舎に所属するお笑い芸人。東京03では中央に位置し、リーダーとしてトリオをまとめている。所属事務所の公式プロフィールには、生年月日や出身地、スクールJCAの在籍歴が掲載されている。
飯塚悟志の基本プロフィール| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 名前 | 飯塚悟志(いいづかさとし) |
| 生年月日 | 1973年5月27日 |
| 年齢 | 53歳(2026年11月3日時点) |
| 出身地 | 千葉県四街道市 |
| 血液型 | O型 |
| 身長 | 170cm |
| 所属事務所 | プロダクション人力舎 |
| 養成所 | スクールJCA2期生 |
| 所属グループ | 東京03 |
| トリオ内の位置 | 中央 |
出典はプロダクション人力舎の公式プロフィール。生年月日は昭和48年5月27日と記載されており、西暦では1973年5月27日となる。2026年の誕生日を迎えているため、現在は53歳だ。
出身地は千葉県四街道市飯塚の出身地は千葉県四街道市。地元とのつながりは現在も続いており、2022年1月には四街道市PR大使に就任した。
四街道市の公式紹介によると、飯塚は市内の南小学校、千代田中学校を卒業。20歳になる直前まで四街道市で暮らしていたことも、本人が市民向けのメッセージで紹介している。
幼少期から青春時代までを過ごした場所として、中央公園の市民プールや移転前のイトーヨーカドーなど、地元の思い出にも触れている。芸人として全国的に知られるようになった後も、故郷との関係を大切にしていることがうかがえる。
四街道市の公式ページでは、飯塚のプロフィールに加え、2025年のTBSラジオ出演時に地元の商品を紹介したエピソードなども掲載されている。千葉県四街道市出身という情報は、単なるプロフィール上の記載ではなく、現在の地域との交流にもつながっている。
スクールJCA2期生として芸人の道へ飯塚が芸人としてのスタートを切るきっかけになったのが、プロダクション人力舎が運営する芸人養成所「スクールJCA」だ。
飯塚は2期生、後に東京03のメンバーとなる豊本明長は3期生として在籍していた。スクールJCAのインタビューでは、養成所時代の思い出や当時の芸人としての考え方についても語っている。
飯塚はコントへの関心が強く、ダウンタウンやウッチャンナンチャンなどが出演していたコント番組からも影響を受けたとインタビューで振り返っている。お笑いを始めた当初から、漫才よりもコントに強い関心を持っていた点は、後の東京03の方向性を理解するうえで重要だ。
スクールJCAは芸人としての出発点であり、飯塚と豊本が出会い、後のアルファルファ結成につながる場所でもあった。
【経歴】アルファルファから2003年の東京03結成まで
東京03の歴史を理解するには、飯塚悟志と豊本明長が活動していた「アルファルファ」の存在を知る必要がある。
東京03は、最初から現在の3人で活動していたわけではない。飯塚と豊本がコンビとして経験を積み、その後、角田晃広が加わることで誕生したトリオだ。
飯塚悟志と豊本明長によるアルファルファ飯塚と豊本はスクールJCAでの活動を経て、お笑いコンビ「アルファルファ」を結成した。
2人はネタ番組などへの出演を通じて経験を重ねていたが、コンビとしての活動では、コントの方向性やネタの展開に悩むこともあった。
飯塚は後年のインタビューで、コンビでネタを考える際、もう1人いれば展開の幅を広げられると感じていたことを明かしている。この発想が、3人で演じるコントの可能性を考えるきっかけになった。
元プラスドライバーの角田晃広が加入東京03結成の転機となったのが、角田晃広の加入だ。
角田は、かつて「プラスドライバー」というトリオで活動していた芸人。アルファルファの飯塚と豊本に加わり、2003年に新しいお笑いトリオとして東京03を結成した。
この組み合わせによって、飯塚と豊本のコンビ時代には実現しにくかった、3人それぞれの立場や感情が交差するコントが可能になった。
結成の背景には、それぞれが以前の活動で経験した苦労もあった。2022年に放送されたNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」関連の報道では、飯塚が新しい3人での活動を、最後に楽しいことをやりたいという思いから始めた経緯が紹介されている。
東京03という名前で活動を始めた後は、NHK「爆笑オンエアバトル」や日本テレビ「エンタの神様」などのネタ番組にも出演。舞台で培ったコントの力を、テレビを通じて広く知らしめていった。
【東京03での役割】飯塚悟志はリーダー兼ネタ作りの中心人物
東京03の中で飯塚悟志が担っているのは、リーダー、ネタ作りの中心、そして舞台上の人物関係を成立させる重要な役割だ。
ただし、東京03のコントを飯塚1人がすべて書いているわけではない。過去のインタビューでは、飯塚と角田がネタのアイデアを出し合い、飯塚が構成を練り上げるという制作スタイルが紹介されている。
中央に立つリーダーとしての存在感プロダクション人力舎の公式プロフィールでは、飯塚は「中」、豊本は「左」、角田は「右」と紹介されている。
この中央という位置は、東京03における飯塚の存在感を象徴するものだ。リーダーとしてトリオをまとめるだけでなく、ネタ作りや演技の方向性についても中心的な役割を担っている。
東京03のコントでは、角田が感情を大きく表現したり、豊本が独特の距離感で場面に変化を与えたりすることが多い。その中で飯塚は、状況を理解しようとする人物や、周囲の言動に違和感を覚える人物を演じることがある。
もちろん、毎回同じ役割を演じているわけではない。作品ごとに立場が変わるからこそ、3人の関係性に新しい展開が生まれる。
飯塚と角田がネタの発想を出し合う東京03のネタ作りで特徴的なのは、飯塚と角田が発想を出し合い、日常生活にある小さな違和感をコントへと発展させていくことだ。
2016年のインタビューでは、飯塚が自分の経験や周囲の人間関係から着想を得て、角田と相談しながらネタを組み立てる過程を説明している。
例えば、友人との距離感や、職場での微妙な言葉遣い、本人は自然だと思っている行動が周囲には不自然に映る瞬間など、誰もが経験しそうな出来事が発想の出発点になる。
また、飯塚はネタ作りの際に、設定上の人物が実際には言わないようなセリフを使わないというこだわりも語っている。笑いを取るためだけに不自然な発言をさせるのではなく、その人物の性格や状況に合った言葉を選ぶことを重視しているのだ。
豊本明長の存在がコントの幅を広げる豊本明長は、飯塚と角田の発想を舞台上で立体的にする存在だ。
過去のインタビューでは、豊本が2人とは異なる独特の個性を持ち、コントの中で予想外の展開を生み出すことが紹介されている。
飯塚自身も、コンビからトリオになったことで、ネタの展開を作りやすくなったと説明している。2人だけなら医者と患者、上司と部下といった単純な対立構造になりやすい設定でも、3人いれば第三者の視点を加えられる。
この3人目の存在が、物語に別の角度を与え、観客の予想を外す展開につながる。東京03のコントが、単なるボケとツッコミの繰り返しではなく、短い演劇のような印象を与える理由の一つだ。
【メンバー相関・経歴一覧】飯塚悟志と東京03の関係を整理
飯塚悟志を中心に東京03の成り立ちを整理すると、3人が異なる芸人経験を持ち寄って現在のスタイルを作り上げたことが分かる。
| 人物・名称 | プロフィール・経歴 | 飯塚・東京03との関係 |
|---|---|---|
| 飯塚悟志 | 1973年5月27日生まれ、千葉県四街道市出身。JCA2期生。 | アルファルファ結成メンバー。東京03の中央・リーダー。ネタ作りの中心。 |
| 豊本明長 | 1975年6月6日生まれ、愛知県出身。JCA3期生。 | 飯塚とアルファルファを結成。東京03では独特の演技と人物表現を担う。 |
| 角田晃広 | 1973年12月13日生まれ、東京都出身。元プラスドライバー。 | 2003年に加入。飯塚とネタの発想を出し合い、強い個性でコントを展開する。 |
| アルファルファ | 飯塚悟志と豊本明長によるお笑いコンビ。 | 東京03結成以前の2人の活動母体。 |
| 東京03 | 2003年結成。プロダクション人力舎所属。 | 飯塚・豊本・角田によるコントトリオ。2009年にキングオブコント優勝。 |
| キングオブコント2009 | 第2回大会。決勝進出者は8組。 | 東京03が2本目のネタで逆転し、2代目王者に輝いた。 |
この関係性で注目したいのは、東京03が単に飯塚の作家性だけで成立しているトリオではないことだ。
飯塚がネタの方向性を考え、角田が発想や演技で展開を広げ、豊本が独特の人物表現でコントに奥行きを加える。3人の異なる個性が組み合わさることで、東京03ならではの作品が生まれている。
また、所属事務所のプロダクション人力舎は、東京03の公式プロフィールで3人の経歴と活動実績を紹介している。所属事務所が公表するプロフィールと、メンバー自身のインタビューを合わせて見ると、トリオの成り立ちと役割分担がより明確になる。
【キングオブコント2009優勝】東京03の転機となった逆転劇
東京03のキャリアを語るうえで欠かせないのが、2009年のキングオブコント優勝だ。
キングオブコントは、コント日本一を決める大会。東京03が優勝したのは第2回大会で、現在のようなコント師としての評価を広げる大きな転機となった。
サンドウィッチマンを逆転して優勝TBSの公式番組情報によると、キングオブコント2009では決勝進出者が2本のネタを披露し、その合計点で順位を競うルールが採用されていた。
1本目を終えた段階では、サンドウィッチマンがトップ。優勝候補として注目されていた同コンビが有利な状況にあった。
しかし、2本目のネタで東京03が高い評価を獲得。逆転で優勝を果たし、第2代王者に輝いた。
この大会では、ダウンタウンの松本人志も東京03の2本目を高く評価したとTBSの番組紹介で伝えられている。
優勝が東京03にもたらしたものキングオブコント2009の優勝によって、東京03はコントの実力を広く認められるようになった。
ただし、優勝後に彼らが選んだ方向性は、テレビ出演を増やすことだけを目指すものではなかった。2022年のNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」に関する報道では、飯塚が舞台でコントを続け、それで生計を立てられることを理想としていたと紹介されている。
実際、東京03は優勝後も毎年の単独公演を大切にしてきた。テレビ番組への出演や俳優活動も行いながら、活動の軸をコントライブに置き続けている。
賞レースの優勝が一時的なブームに終わらず、長期的な舞台活動につながった点に、東京03のキャリアの特徴がある。
【2026年現在】飯塚悟志の活動・単独公演・テレビとラジオ
2026年11月現在、飯塚悟志は東京03としての活動に加え、個人でのテレビ・ラジオ出演や後輩芸人との企画にも参加している。
第28回単独公演「満更じゃないから」が5万人超を動員2026年の東京03は、第28回単独公演「満更じゃないから」を開催した。
所属事務所の公式発表によると、2026年5月の東京公演を皮切りに全国ツアーを実施。9月の追加公演まで、全国17会場で全47公演を行った。
WOWOWの公演紹介では、今回の単独公演の動員数が5万人を超えたと発表されている。
また、2026年11月7日(土)午後6時から、WOWOWで第28回単独公演「満更じゃないから」の放送が予定されている。9月5日に恵比寿ガーデンプレイスのザ・ガーデンホールで収録された舞台の模様が紹介される。
全国規模の公演を継続し、5万人以上を集める実績は、東京03がコントライブを活動の中心に置き続けていることを示している。
TBSラジオ「こねくと」で水曜パートナーを担当飯塚はTBSラジオの番組「こねくと」にも出演している。
パーソナリティーの石山蓮華とともに、水曜日のパートナーを担当。2026年11月4日の番組表にも飯塚の出演が掲載されており、2026年11月時点で継続している活動の一つだ。
コントでは人間関係の機微を鋭く表現する飯塚だが、ラジオでは日常の出来事やゲストとの会話を通じて、舞台とは異なる自然体のトークを楽しめる。
「熱狂マニアさん!」ではMCとして出演テレビでは、TBS系「熱狂マニアさん!」にMCとして出演。番組ではウエンツ瑛士とともに、さまざまなジャンルに強い関心を持つマニアたちの世界を紹介している。
コントで培った観察力や、相手の発言を受け止めて展開する会話力は、こうしたバラエティー番組でも生かされる要素だ。
2026年11月・12月にもイベント出演を予定2026年10月には、プロダクション人力舎から飯塚の出演する新たなイベント情報が発表された。
11月12日には、東京03のファンアプリ限定ラジオをきっかけとした「町屋茶房イベント〜いつもは口外禁止だけど〜」がTOKYO FMホールで開催される。共演者は岡野陽一とザ・マミィの林田洋平。1部は13時30分、2部は17時30分開演の予定だ。
このイベントでは、飯塚が3人でのコントに挑戦したいと考えていることも、所属事務所の告知で紹介されている。ライブ構成・演出には放送作家のオークラも参加する。
加えて、12月27日には東京03 presents Live「会合03」の開催も発表されている。会場は東京・ニッショーホールで、東京03のほか、ラバーガール、リニア、岡野陽一、真空ジェシカ、ザ・マミィ、スパイシーガーリックらが出演予定だ。
こうした予定からも、飯塚が東京03の単独公演だけでなく、人力舎の後輩芸人やコント界の仲間と交流しながら、新しい舞台企画にも取り組んでいることが分かる。
【プロの結論】飯塚悟志の本当の強みは3人の個性を生かす構成力
飯塚悟志を理解するうえで大切なのは、彼を単なるネタ作り担当やツッコミ役として捉えないことだ。
東京03のコントは、誰か1人が面白いことを言って終わる形式ではない。登場人物それぞれが自分なりの正しさや価値観を持ち、その食い違いが少しずつ大きくなっていくことで笑いが生まれる。
日常の違和感をドラマに変える能力東京03のコントには、職場、友人関係、恋愛、家族など、身近な人間関係を題材にしたものが多い。
例えば、何気ない会話の中で一人だけ話の意図を理解していなかったり、本人は親切のつもりでも相手には迷惑だったりする場面。そうした小さなずれが積み重なることで、登場人物の感情が変化していく。
飯塚の強みは、この感情の変化を細かく組み立てられることにある。大げさな設定や強引なオチに頼らず、人物の性格や会話の流れから自然に笑いを生み出す。
東京03のコントを見るときの3つの着眼点東京03の作品をより深く楽しむなら、次の3点に注目すると面白い。
- 最初の違和感:何気ない会話のどこに、登場人物同士の認識のずれが生まれているのか。
- 感情の変化:最初は冷静だった人物が、どのタイミングで怒りや焦りを見せるのか。
- 3人目の存在:途中から加わる人物が、場面の関係性や展開をどう変えているのか。
特に3人目の使い方は、コンビ芸人との大きな違いだ。飯塚と角田が作り上げた状況に豊本が加わることで、予想していなかった方向に物語が動く。3人それぞれの存在に意味があるという点が、東京03の大きな魅力になっている。
飯塚が長年こだわってきたのは、コントを作ることそのものだけではない。3人で演じるからこそ生まれる人間関係の面白さを追求し、毎年新しい舞台を作り続けることだ。
2009年のキングオブコント優勝から17年が経過した2026年も、東京03は全国ツアーを続け、5万人超の観客を動員している。その実績は、飯塚の創作力と3人の演技力が長期間にわたって支持されていることを物語っている。
東京03の飯塚悟志に関するよくある質問(FAQ)
Q1:東京03の飯塚悟志はどんな役割を担当していますか?
A1:東京03のリーダーであり、ネタ作りの中心人物です。飯塚と角田がアイデアを出し合い、飯塚が構成を練り上げるスタイルが知られています。舞台上ではツッコミ的な役割を担うこともありますが、作品ごとに演じる人物や立場は変わります。
Q2:飯塚悟志の生年月日と出身地はどこですか?
A2:1973年5月27日生まれで、千葉県四街道市出身です。2026年11月3日時点で53歳。スクールJCA2期生で、四街道市の南小学校と千代田中学校を卒業しています。
Q3:東京03はいつ結成され、キングオブコントで優勝したのは何年ですか?
A3:2003年に結成されました。飯塚悟志と豊本明長のアルファルファに、元プラスドライバーの角田晃広が加わって誕生しています。2009年のキングオブコント第2回大会で優勝し、2代目王者となりました。
東京03の飯塚悟志は、1973年5月27日生まれ、千葉県四街道市出身の芸人だ。スクールJCA2期生として芸人の道に入り、豊本明長とアルファルファを結成。その後、2003年に角田晃広を加えて東京03を結成した。
2009年のキングオブコント優勝は、東京03の実力を広く知らしめた大きな転機だった。その後も飯塚は、ネタ作りの中心人物として、角田や豊本とともにコントの可能性を追求している。
2026年現在も、第28回単独公演「満更じゃないから」の全国17会場47公演、5万人超の動員という実績を残し、テレビやラジオ、イベントでも活動を続けている。
飯塚悟志の本質的な魅力は、3人の個性を生かしながら、日常の些細な出来事を緻密な人間ドラマに変える構成力にある。東京03を楽しむ際には、飯塚のツッコミだけでなく、豊本や角田との関係性、そして会話の中で変化していく人物の感情にも注目したい。
キングオブコント優勝後も舞台を活動の軸に据え、結成から20年以上を経た今も新しいコントを作り続ける飯塚悟志。東京03のこれからを考えるうえでも、その創作へのこだわりと3人の関係性は、引き続き注目すべきポイントだ。