三上朋也(みかみ・ともや)は、横浜DeNAベイスターズや読売ジャイアンツなどで活躍した元プロ野球投手です。1989年4月10日生まれ、岐阜県出身。法政大学、JX-ENEOSを経て2014年にDeNAへ入団し、主に中継ぎ投手として通算368試合に登板しました。
2025年8月に現役引退を表明し、同年12月には古巣ENEOS野球部のコーチに就任。2026年現在は、プロで培った経験を社会人野球の選手たちに伝える新たな立場にいます。プライベートでは、元東海テレビのフリーアナウンサー・関根和歌香さんとの結婚も話題になりました。
2015年には右肘の炎症によってシーズン序盤を棒に振りながらも、防御率0.81という好成績を記録。一方、阪神戦での暴投がDeNAのシーズン68暴投というプロ野球ワーストタイ記録に関係したことでも知られています。
この記事では、三上朋也の経歴、妻との馴れ初め、2015年の成績と故障の経緯、引退後の指導者としての活動までを整理します。
【三上朋也の現在】2025年に引退しENEOS野球部のコーチへ

三上朋也の現在を知るうえで重要なのが、2025年の現役引退と、その後の指導者への転身です。
2025年8月29日に現役引退を発表2025年8月29日、オイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブは、三上朋也が2025年シーズン限りで現役を引退すると発表しました。
三上は球団を通じて、ベイスターズ、ジャイアンツ、オイシックスで過ごした12年間への感謝を表明しています。
本人は、ファンやチームメート、球団関係者に恵まれ、幸せなプロ野球人生を送ることができたという趣旨のコメントを発表しました。
1989年生まれの三上にとって、36歳で迎えた引退でした。
DeNAで長年リリーフを務め、巨人やオイシックスでも現役を続けた経験を踏まえると、12年間のプロ野球生活は決して短いものではありません。
2025年12月、古巣ENEOSのコーチに就任引退後の進路については、2025年12月1日にENEOSが公式発表を行いました。
三上はENEOS野球部のコーチに就任しています。
注目したいのは、ENEOSが三上にとって単なる新しい勤務先ではないことです。
2012年から2年間、JX-ENEOS(現ENEOS)の投手としてプレーしており、2012年と2013年の都市対抗野球大会連覇、2012年の社会人野球日本選手権大会優勝に貢献しました。
かつて選手として結果を残したチームに、今度は指導者として戻る形です。
ENEOSの発表では、本人も次のような意欲を示しています。
自身がプロ野球選手として培ってきたすべてをチームに還元し、投手陣の成長をサポートしたい。
プロで経験したリリーフ投手としての調整方法や、厳しい場面での精神面の準備などは、社会人野球の投手にとっても参考になる経験です。
2026年現在、確認できる直近の公式な活動情報はENEOS野球部のコーチ就任です。
【三上朋也の経歴】岐阜県多治見市から法政大学、DeNAへ
三上朋也は、学生時代から社会人野球まで着実に実績を積み上げてきた投手です。
岐阜県出身で県立岐阜商業高校へ三上は1989年4月10日生まれ。岐阜県多治見市出身として紹介されている選手です。
出身校は県立岐阜商業高校。
同校は野球の伝統がある高校として知られ、三上も高校時代から野球に取り組みました。
その後、法政大学へ進学。大学野球を経験し、卒業後は社会人野球のJX-ENEOSに入社しました。
法政大学からJX-ENEOSへ法政大学卒業後の2012年、三上はJX-ENEOSに入社します。
社会人野球では投手として力を発揮し、2012年と2013年の都市対抗野球大会連覇に貢献しました。
加えて、2012年の社会人野球日本選手権大会でも優勝を経験しています。
社会人野球での実績を積み重ねたことが、プロ入りにつながりました。
2013年ドラフト4位でDeNAに入団2013年のドラフト会議で、横浜DeNAベイスターズから4位指名を受けます。
2014年にプロ入りすると、1年目からリリーフとして大きな存在感を示しました。
190cm、90kgという体格を生かした投球が特徴で、右投右打のスリークオーター投手として活躍しました。
特に2014年は65試合に登板し、21セーブを記録。新人ながらチームの終盤を任される存在となりました。
三上朋也の経歴・所属チーム年表| 時期 | 所属・出来事 | 主な実績 |
|---|---|---|
| 1989年 | 岐阜県で誕生 | 4月10日生まれ |
| 高校時代 | 県立岐阜商業高校 | 高校野球を経験 |
| 大学時代 | 法政大学 | 大学野球で経験を積む |
| 2012~2013年 | JX-ENEOS | 都市対抗野球大会2連覇 |
| 2014年 | 横浜DeNA | 65試合登板、21セーブ |
| 2015年 | 横浜DeNA | 21試合登板、防御率0.81 |
| 2016~2022年 | 横浜DeNA | 中継ぎ投手として活躍 |
| 2023年 | 読売ジャイアンツ | 育成契約から支配下登録 |
| 2024~2025年 | オイシックス新潟 | 現役生活の最終所属先 |
| 2025年8月 | 現役引退を表明 | 12年間のプロ生活に区切り |
| 2025年12月 | ENEOS野球部 | コーチに就任 |
この経歴を見ると、三上はプロ入り前から社会人野球で全国タイトルを経験していたことが分かります。
プロ入り後もDeNAで長期間プレーし、巨人やオイシックスへと活躍の場を移しました。
【2015年の成績】右肘炎症で出遅れた三上朋也の21試合と防御率0.81
三上朋也のキャリアを振り返ると、2015年は故障と好成績が同居した特徴的なシーズンでした。
春季キャンプ中の右肘炎症が出遅れの原因2015年、三上は春季キャンプ中に右肘の炎症を起こしました。
この影響で開幕から一軍に定着できず、二軍での調整が続きます。
一軍公式戦でのシーズン初登板は、8月8日の阪神タイガース戦まで持ち越されました。
右肘の炎症は投手にとって投球動作そのものに関係する問題です。
特に中継ぎ投手は、試合状況に応じて登板の準備を繰り返す必要があります。コンディションが整わなければ、首脳陣も重要な場面で起用しにくくなります。
なお、春季キャンプ中の炎症という経緯は報じられていますが、発症の具体的な原因や医学的な診断内容までは公表情報から読み取れません。
2015年の一軍成績は21試合、防御率0.81NPB公式の年度別成績によると、三上の2015年の成績は次のとおりです。
| 項目 | 2015年の成績 |
|---|---|
| 一軍登板数 | 21試合 |
| 勝利 | 1勝 |
| 敗戦 | 1敗 |
| セーブ | 0 |
| ホールド | 9 |
| 投球回 | 22回1/3 |
| 被安打 | 16 |
| 奪三振 | 20 |
| 与四球 | 9 |
| 防御率 | 0.81 |
21試合という登板数は、前年の65試合と比べると大幅な減少です。
しかし、防御率は0.81。登板した試合では失点を抑える投球を見せていました。
ここで注意したいのは、ネット上で見かける「三上朋也の防御率0点台」という表現です。
正確には、0.81は2015年シーズンの防御率です。NPBでの通算防御率は3.22であり、通算成績と単年成績を混同してはいけません。
山﨑康晃の台頭とセットアッパーへの転換2015年は新人の山﨑康晃がクローザーに定着した年でもあります。
そのため、三上は主に山﨑へつなぐセットアッパーとして起用されました。
ただし、三上の役割が完全に固定されていたわけではありません。
9月には山﨑の調子が落ちたこともあり、一時的にクローザーへ復帰しています。
前年に21セーブを挙げた経験があったからこそ、終盤の重要な局面で再び起用される余地があったと考えられます。
2015年12月15日の契約更改では、推定年俸3000万円、前年から200万円減という条件で更改したとされています。
登板数が減少した一方、防御率0.81という数字を残したことは、このシーズンを評価するうえで見逃せないポイントです。
【阪神タイガース戦の暴投】2015年9月29日に起きた68暴投の記録
三上朋也の名前を検索すると、阪神タイガース戦での暴投が関連情報として表示されることがあります。
これは2015年9月29日、阪神甲子園球場で行われた阪神対DeNA戦で起きた出来事です。
江越大賀への投球で振り逃げが成立試合は3対3の同点で9回裏を迎えました。
マウンドに上がった三上は、先頭打者の江越大賀と対戦します。
三振を奪う場面でしたが、最後のスライダーがワンバウンドとなり、捕手が捕球できずに振り逃げが成立しました。
この投球がDeNAにとってシーズン68個目の暴投となりました。
当時の報道によれば、これはプロ野球のシーズン最多暴投記録に並ぶ数字でした。
暴投だけでは終わらなかったサヨナラ負けこの試合の結末には、さらに複数の守備上のミスが重なりました。
江越が出塁した後、俊介の犠打を処理した三上の一塁送球をロペスが落球。続いて、代打・関本への投球を捕手の嶺井が捕逸し、三塁走者が生還しました。
結果は阪神の4対3のサヨナラ勝ちです。
NPBの公式試合結果でも、三上に敗戦が記録されています。
この場面を三上個人の暴投だけで説明するのは正確ではありません。
暴投、送球処理のミス、捕逸が連続して発生し、最終的に失点につながった試合でした。
NPBの暴投数68は個人記録ではなくチーム記録ここは誤解されやすい部分です。
68という数字は三上個人の暴投数ではありません。DeNAのチームとしてのシーズン暴投数です。
三上の2015年シーズン個人暴投数は3でした。
つまり、三上が記録した一つの暴投がチームの年間記録を68に押し上げたのであって、本人が68個の暴投を記録したわけではありません。
この区別は、当時の出来事を正しく理解するために重要です。
【三上朋也の結婚】妻・関根和歌香との馴れ初めは法政大学時代の縁
三上朋也のプライベートで知られている話題が、フリーアナウンサーの関根和歌香さんとの結婚です。
妻は元東海テレビの関根和歌香さん2015年12月14日、日刊スポーツなどが三上の結婚を報じました。
お相手は、元東海テレビのフリーアナウンサー・関根和歌香さんです。
結婚が明らかになった当時、三上は26歳、関根さんは31歳でした。
そのため、2人の年齢差は5歳です。
関根さんも法政大学出身で、三上と大学時代のつながりがありました。
馴れ初めは共通の知人からの紹介2人が知り合ったきっかけは、法政大学時代の共通の知人による紹介だったと報じられています。
出会ってから約1年間の交際期間を経て結婚しました。
婚姻届を提出したのは2015年のシーズン序盤とされています。
提出日については、三上が両親と同じ日であることを明かしたと日刊スポーツが伝えています。
興味深いのは、結婚が明らかになった2015年が、三上にとって右肘の炎症で苦しんだシーズンだったことです。
当時の報道では、関根さんが野球に集中できる環境を整え、前向きになれるよう支えていたことも紹介されました。
家族に関する情報はどこまで公表されている?三上と関根さんの結婚については、2015年の報道によって馴れ初めや結婚時期が明らかになっています。
一方、その後の家庭生活については、広く報道されている情報が限られています。
子どもの有無や家族構成についても、確認できる公表情報だけで断定することはできません。
夫婦のプライベートと、三上の野球指導者としての活動は分けて考える必要があります。
【プロの結論】三上朋也の本当の評価は通算368試合の実績にある
三上朋也を2015年の故障や阪神戦の暴投だけで評価するのは、選手としてのキャリアを十分に捉えた見方とはいえません。
NPB公式記録による通算成績は次のとおりです。
| 項目 | NPB通算成績 |
|---|---|
| 登板 | 368試合 |
| 勝利 | 10勝 |
| 敗戦 | 16敗 |
| セーブ | 23 |
| ホールド | 121 |
| 投球回 | 346回2/3 |
| 奪三振 | 257 |
| 防御率 | 3.22 |
特に注目したいのは、121ホールドという実績です。
リリーフ投手は、先発投手のように長い投球回を投げることが主な役割ではありません。
試合の途中から登板し、相手の反撃を抑え、次の投手につなぐことが大切です。
三上はDeNAで複数年にわたって中継ぎを務め、2014年には21セーブ、2016年には32ホールドを記録しました。
2015年に山﨑康晃へクローザーの役割を譲った後も、セットアッパーとしてチームを支えています。
こうした役割を長期間担った経験は、指導者としても価値のある財産です。
三上朋也の選手生活から読み取れる3つの特徴1. 新人時代から終盤を任された経験
2014年の65試合登板、21セーブは、プロ入り直後から重要な場面を任されていたことを示しています。
2. 故障後も結果を残した適応力
2015年は右肘の炎症で大きく出遅れましたが、復帰後は防御率0.81を記録しました。
3. 複数の球団とカテゴリーを経験したこと
DeNA、巨人、オイシックスという異なる環境でプレーした経験は、選手の育成やチームづくりを考えるうえでも役立つ可能性があります。
引退後の活動で注目すべきポイント2025年12月のENEOSコーチ就任は、三上のキャリアにおける大きな転換点です。
選手としてENEOSに所属していた2012~2013年と、指導者として復帰した2025年以降では立場が異なります。
選手時代は自分自身の結果が求められましたが、コーチは選手個々の成長やチーム全体の成果を支える役割です。
特にリリーフ投手の育成では、技術だけでなく、登板間隔に応じた調整、試合状況の判断、精神面の準備など、多くの要素が関係します。
プロで368試合に登板した経験を、どのように社会人野球の投手育成へ還元するのかが、今後の注目点です。
【三上朋也に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:三上朋也は2026年現在、何をしている?
A1:2025年に現役を引退し、同年12月にENEOS野球部のコーチに就任しました。2026年現在、確認できる直近の公式情報では指導者として活動しています。
Q2:三上朋也の妻は誰?
A2:妻は元東海テレビのフリーアナウンサー・関根和歌香さんです。2015年に結婚が明らかになりました。
Q3:三上朋也と関根和歌香の馴れ初めは?
A3:法政大学時代の共通の知人による紹介がきっかけです。約1年間の交際を経て結婚したと報じられています。
Q4:三上朋也の2015年の防御率は?
A4:2015年の一軍公式戦では21試合に登板し、防御率0.81を記録しました。これは通算防御率ではなく、2015年単年の成績です。
Q5:三上朋也の右肘炎症の理由は?
A5:2015年の春季キャンプ中に右肘の炎症を起こしたことが報じられています。具体的な発症原因や詳細な診断内容は公表されていません。
Q6:阪神戦の暴投で68という数字は何を意味する?
A6:2015年9月29日の阪神戦で三上が暴投を記録し、DeNAのシーズン暴投数が68に到達しました。これはチームのシーズン記録であり、三上個人の暴投数ではありません。
Q7:三上朋也のプロ野球通算成績は?
A7:NPB通算368試合、10勝16敗、23セーブ、121ホールド、防御率3.22です。
三上朋也は、岐阜県出身で法政大学、JX-ENEOSを経てプロ入りした元リリーフ投手です。
DeNAでは2014年に21セーブを記録し、長年にわたって中継ぎの一角を担いました。
2015年は右肘の炎症によって出遅れ、阪神戦での暴投という記録にも関係しましたが、シーズン防御率0.81という数字も残しています。
私生活では2015年に関根和歌香さんとの結婚が明らかになり、法政大学時代の共通の知人を通じて知り合ったことも報じられました。
そして、2025年に現役生活へ区切りをつけ、同年12月にはENEOS野球部のコーチへ就任しています。
三上のキャリアを振り返る際に大切なのは、2015年の故障や一つの暴投だけに注目しないことです。
NPB通算368試合、121ホールドという実績と、社会人野球で全国優勝を経験した背景こそが、指導者・三上朋也を理解する重要な手掛かりです。
2026年以降は、現役時代に培った投手としての技術や経験を、次世代の選手たちにどう伝えていくのか。その新しいキャリアにも注目が集まります。
主な根拠資料: NPB公式年度別成績、ENEOS公式コーチ就任発表、オイシックス新潟公式引退発表、日刊スポーツの2015年結婚報道、NPB公式試合記録、デイリースポーツの2015年9月29日試合報道。