松本隆之介(まつもと・りゅうのすけ)は、神奈川県出身の元プロ野球選手です。横浜高校で実績を積み、2020年のドラフト会議で横浜DeNAベイスターズから3位指名を受けて入団しました。
最大の特徴は、188cm・94kgという恵まれた体格を持つ左投左打の投手であることです。長い腕を生かして投げ下ろす直球とフォークを持ち味とし、将来の先発候補として期待されていました。
松本隆之介の基本プロフィール
NPB公式選手データを基準に整理
- 生年月日:2002年7月31日
- 年齢:24歳(2026年11月現在)
- 出身地:神奈川県
- 身長・体重:188cm・94kg
- 投打:左投左打
- ポジション:投手
- 出身高校:横浜高校
- ドラフト:2020年3位
- 所属:横浜DeNAベイスターズ
- 最終的な背番号:140
松本は高校入学前の戸塚シニア時代から、130km台後半の速球を投げる本格派左腕として注目されていました。
横浜高校では1年春から招待試合に登板し、140km台の速球を披露。2年春にはセンバツに出場し、U-18日本代表候補にも選ばれています。
3年時には最速152kmを記録する左腕として評価を高めました。同学年には、後にDeNAでチームメートとなる度会隆輝もいました。
高校野球ドットコムの2026年10月の振り返り記事でも、松本は高校時代から将来を期待された大型左腕として紹介されています。
こうした高校時代の実績を背景に、2020年のドラフトでDeNAから3位指名を受けます。身長、球速、左腕という希少性を兼ね備えた素材型投手として、プロでの成長が期待されていました。
【経歴・年表】2020年の入団から2026年の引退までを時系列で整理

松本隆之介のプロ生活は、順調な成長だけで語れるものではありません。入団後に左肩の手術を経験し、二軍で実績を積みながらも一軍昇格まで時間を要しました。
2024年にようやく一軍デビューを果たしたものの、翌2025年には右膝の大きな故障に見舞われます。その後、育成契約を経て、2026年10月の引退発表に至りました。
松本隆之介の主な経歴と転換点
出典:横浜DeNAベイスターズ公式発表、日本野球機構、日刊スポーツ、高校野球ドットコム。
松本の故障歴を考えるうえで見落とせないのが、プロ2年目の2022年です。
球団は2022年3月24日、松本が横浜市内の病院で左肩のクリーニング手術を受け、無事終了したと発表しました。
当時の本人コメントでは、手術を行うかどうか悩んだ末、自身の不安要素をなくすために決断したと説明しています。
この時点ですでにリハビリを経験しており、2025年の右膝の大けがは、プロ入り後初めての故障ではありませんでした。
【プロ初登板・投球成績】2024年10月5日に見せた5回2失点の力投
松本隆之介のプロ野球人生で、大きな節目となったのが2024年10月5日の中日戦です。
プロ4年目にして、初めて一軍のマウンドに立ちました。しかも、リリーフではなく先発投手としてのデビューでした。
2024年10月5日、中日戦でプロ初登板初先発を果たした松本隆之介。
相手は中日ドラゴンズ。バンテリンドームで行われた試合で、松本は188cmの長身から伸びのある直球を投げ込みました。
特に見せ場となったのは4回です。1点リードの1死二、三塁というピンチで、代打カリステと岡林勇希を連続三振に仕留めました。
最終的な投球内容は5回6安打2失点、奪三振4、与四球3。勝ち投手の権利を持って降板しましたが、DeNAはその後に追いつかれ、9回にサヨナラ負け。プロ初勝利はなりませんでした。
それでも、初先発で5回を投げ切ったことは、将来への期待を感じさせる登板でした。
松本隆之介の一軍投球成績日本野球機構(NPB)の個人年度別成績によると、松本の一軍公式戦出場は2024年の1試合です。
3.60
一軍通算防御率
1
登板
5
投球回
4
奪三振
0勝0敗
勝敗
通算成績を詳しく見ると、被安打6、与四球3、失点2、自責点2です。防御率3.60という数字は、先発投手としての初登板で記録したものが、そのまま一軍通算成績になっています。
二軍では一軍登板前から成長を示していた一軍の登板数だけを見ると実績が少ないように感じられますが、ファームでの投球には成長の跡がありました。
特に注目したいのが2023年と2024年です。
- 2023年:二軍9試合、14イニング、防御率1.29、奪三振20。
- 2024年:二軍19試合、59回2/3、防御率3.02、3勝1敗、奪三振52。
- 2025年:二軍2試合、7回2/3、防御率1.17。
2023年は登板数こそ少ないものの、防御率1.29と奪三振20を記録。2024年には投球回数を大きく増やし、先発としての経験も積みました。
こうしたファームでの実績が、一軍初先発につながったと考えられます。少なくとも、2024年の初登板は単なる話題づくりではなく、二軍で積み重ねた投球実績を背景に実現したものでした。
【怪我の理由と手術】2025年4月の右前十字靱帯断裂が大きな転換点に
松本隆之介が現役引退に至る経緯を理解するうえで、最も重要な出来事が2025年4月の右膝の負傷です。
2024年に一軍デビューを果たし、翌年の飛躍を目指していた松本でしたが、シーズン序盤に大きな故障に見舞われました。
怪我のきっかけは4月2日のファーム公式戦日刊スポーツの2025年4月24日の報道によると、松本は4月2日に行われたオイシックス戦で登板。投球直後に転倒し、2回途中で降板しました。
当時はイースタン・リーグで2試合に先発し、防御率1.17を記録していました。数字だけを見れば、2025年も順調なスタートを切っていた時期です。
しかし、途中降板後に右膝の前十字靱帯を損傷していたことが明らかになります。
ここで区別しておきたいのは、負傷のきっかけとして報道されたのは投球直後の転倒であり、球団が公表した医学的な処置は右前十字靱帯の再建術だったという点です。具体的な靱帯損傷の詳細な発生メカニズムまでは、公式発表では説明されていません。
2025年4月24日に右前十字靱帯再建手術横浜DeNAベイスターズは2025年4月24日、松本が所沢市内の病院で右前十字靱帯再建術を受け、無事終了したと発表しました。
本人も、2025年は何としても活躍しようと考えていた中で靱帯を切ってしまったことについて、やり切れない気持ちを明かしています。
「進化した姿でまたマウンドに立てるよう頑張りたいと思います!」
このコメントからは、手術後も復帰を目指す意思があったことが分かります。引退を決めたのは、この手術の直後ではありません。
ただし、右膝の前十字靱帯再建術は競技復帰に向けて長いリハビリが必要になる手術です。投手にとって、下半身は投球時の体重移動や軸足の安定、着地動作などに関係する重要な部分です。
松本の場合は、以前の左肩の手術歴もあり、故障からの復帰と実戦での調整を繰り返すことがプロ生活の大きな課題になっていました。
【育成契約から引退まで】2026年10月6日に決断した理由とは
2025年の右膝の手術後、松本はリハビリを続けながら復帰を目指しました。しかし、翌2026年シーズンを迎えるにあたり、球団との契約形態が変わります。
2025年10月に支配下契約を結ばないと通知横浜DeNAベイスターズは2025年10月2日、松本に対して2026年シーズンの支配下選手契約を結ばない旨を通知したと発表しました。
これは、支配下登録の枠から外れることを意味します。ただし、この段階で松本が即座に野球を辞めたわけではありません。
同年11月13日、球団は松本と2026年シーズンの育成選手契約を結ぶことを正式発表。背番号は140となりました。
育成契約は、支配下登録とは異なる契約形態で、選手が復帰や成長を目指す道を残すものです。松本にとっても、もう一度実戦で結果を残し、支配下への復帰を目指す機会でした。
2026年はファーム公式戦1試合に登板育成契約で迎えた2026年、松本は3月20日の巨人戦でファーム公式戦に先発しました。
日本野球機構の試合記録によると、投球内容は次のとおりです。
- 投球回:4回
- 投球数:68球
- 被安打:1
- 奪三振:2
- 与四球:2
- 与死球:1
- 失点:0
- 自責点:0
4回1安打無失点という内容は、数字だけを見れば悪くありません。少なくとも、復帰後の登板で失点を許さなかったことは事実です。
しかし、この試合が2026年のファーム公式戦における唯一の登板となりました。3月20日の登板後、一軍への復帰は実現しませんでした。
9月29日の戦力外通告から10月6日の引退発表へ2026年9月29日、松本は横浜DeNAベイスターズから戦力外通告を受けました。
日刊スポーツの報道では、通告を受けた当日の松本は、今後について「いろんな方とお話しして決めたい」という意向を示していたとされています。
そして10月6日、球団が松本の現役引退を正式発表しました。
引退の理由について、本人は特定の故障や医学的な理由だけを挙げているわけではありません。ただし、これまでの経緯を整理すると、次の要素が重なったことが分かります。
1. プロ入り後、2022年に左肩の手術を経験した。
2. 2025年には右前十字靱帯を損傷し、再建手術を受けた。
3. 長期リハビリによって一軍での登板機会を得られなかった。
4. 2026年は育成契約で再出発したものの、ファーム公式戦の登板は1試合にとどまった。
5. 9月29日に戦力外通告を受け、今後の進路を検討した末に引退を決断した。
つまり、故障による長期離脱と実戦機会の減少、球団との契約終了が重なったことが、引退に至るまでの大きな背景です。
一方で、引退の決断そのものは松本本人が行ったものです。球団の10月6日の発表でも、本人が現役引退を決断したことが明記されています。
度会隆輝との一軍共闘がかなわなかったことも心残りに松本のプロ生活を振り返るうえでは、横浜高校時代から同学年だった度会隆輝との関係も印象的です。
日刊スポーツによると、2人は高校時代からの親友で、卒業後も交流を続けていました。松本は、度会と横浜スタジアムで一緒にプレーすることを望んでいたものの、その夢は実現しませんでした。
2026年10月5日付の日刊スポーツの記事では、引退を決めた松本が度会との一軍共闘を果たせなかった心残りについて語ったことも紹介されています。
高校時代に同じユニホームを着ていた2人が、プロの舞台でともにプレーする。松本にとって、その実現は野球人生の大きな目標の一つだったことがうかがえます。
【松本隆之介の現在】引退後の進路と本人が語ったこれから
2026年11月現在、松本隆之介は現役を引退しています。2002年7月31日生まれの24歳で、プロ野球選手としてのキャリアは2020年の入団から2026年までの6年間でした。
引退発表で特に印象に残るのは、本人が球団や周囲の人々への感謝を強調していることです。
「大好きなチームで大好きな野球ができて、この上ない幸せでした。」
加えて、引退後については、ファンに戻って横浜DeNAベイスターズを全力で応援していきたいという気持ちを明かしました。
球団の公式発表には、リハビリ期間中も復帰に向けて努力を続け、多くのチームメートやスタッフから慕われていたとの記述があります。
なお、2026年11月2日時点で、引退後の具体的な職業や指導者への転身、球団スタッフとしての活動などは公表されていません。現在について確実に言えるのは、現役生活に区切りをつけ、今後はファンとして野球を応援する意向を示していることです。
【プロの結論】松本隆之介の引退から見える才能とプロ野球の厳しさ
松本隆之介のキャリアを評価するとき、一軍通算1試合という数字だけで投手としての能力を判断するのは適切ではありません。
高校時代には最速152kmの速球を投げ、プロ入り後も2023年の二軍防御率1.29、2024年の二軍59回2/3という実績を残しました。2024年の一軍初先発でも5回2失点と、先発投手として一定の力を示しています。
一方、プロ野球は能力だけでなく、継続して試合に出られるコンディションを維持することも求められる世界です。
松本の場合、2022年の左肩の手術、2025年の右膝前十字靱帯再建手術と、異なる部位の故障がキャリアの転換点になりました。復帰を目指す時間が長くなるほど、若手選手として一軍で経験を積む機会は限られていきます。
特に投手は、実戦登板を通して球威や制球、変化球の精度を高める必要があります。ブルペンで投げられることと、公式戦で先発として結果を残せることは同じではありません。
松本が2026年3月20日に4回無失点を記録したことは前向きな材料でした。しかし、その後の公式戦登板が続かなかったことも、現役続行を判断するうえで無視できない状況だったと考えられます。
今回の引退から読み取れるのは、ドラフト上位指名を受けた有望選手であっても、故障によって成長の時間を失うことがあるというプロ野球の厳しさです。
それでも、2024年10月5日の初登板は、松本が一軍の先発投手として5回を投げ抜いた確かな記録です。短い一軍キャリアの中にも、積み重ねてきた努力と実力を示した瞬間がありました。
【松本隆之介に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:松本隆之介はいつ現役引退を発表しましたか?
A1:2026年10月6日です。横浜DeNAベイスターズが公式サイトで現役引退を発表しました。9月29日に戦力外通告を受けた後の決断でした。
Q2:松本隆之介の怪我の理由は何ですか?
A2:2025年4月2日のファーム公式戦で投球直後に転倒し、右前十字靱帯を損傷しました。同月24日に再建手術を受けています。また、2022年には左肩のクリーニング手術も経験しています。
Q3:松本隆之介のプロ初登板はいつですか?
A3:2024年10月5日の中日戦です。プロ初登板初先発で5回6安打2失点、4奪三振を記録しました。勝敗はつかず、プロ初勝利はなりませんでした。
Q4:松本隆之介の一軍通算成績は?
A4:NPB公式記録では1試合登板、0勝0敗、5イニング、防御率3.60、奪三振4です。一軍での登板は2024年の1試合のみでした。
Q5:松本隆之介は2026年に育成契約だったのですか?
A5:はい。2025年11月13日に横浜DeNAベイスターズとの2026年シーズンの育成選手契約が発表され、背番号140で再出発しました。
Q6:松本隆之介は引退後、何をしていますか?
A6:2026年11月現在、具体的な職業や次の進路は公表されていません。引退時には、これからはファンとして横浜DeNAベイスターズを応援したいという意向を示しています。
松本隆之介は、横浜高校から2020年ドラフト3位で横浜DeNAベイスターズに入団した大型左腕でした。高校時代から将来を期待され、二軍で実績を積み、2024年10月5日に念願のプロ初登板初先発を果たしています。
しかし、2025年4月の右前十字靱帯損傷と再建手術が大きな転換点になりました。育成契約で迎えた2026年も、ファーム公式戦1試合の登板にとどまり、9月29日の戦力外通告を経て、10月6日に現役引退を発表しました。
一軍通算1試合という結果だけを見れば、プロ野球選手としての実績は限られています。しかし、二軍で積み重ねた投球成績や、2024年の初先発で見せた5回2失点の力投には、投手としての可能性が表れていました。
本人が語った「大好きなチームで大好きな野球ができた」という言葉には、苦しいリハビリ期間を含めた6年間への思いが込められています。
松本隆之介のプロ野球人生は2026年に終わりましたが、横浜高校からDeNAへ進み、一軍の先発マウンドに立った歩みは、確かな野球人生の記録として残ります。
主な情報源:横浜DeNAベイスターズ公式発表、日本野球機構(NPB)個人年度別成績、日刊スポーツ、高校野球ドットコム。