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今井絵理子の現在は?2026年の副大臣就任とSPEEDからの歩みを徹底解説

桂木 洋 桂木 洋 • 更新: • 公開: • 読了約 20 分
目次

2026年11月現在、今井絵理子さんは、自由民主党所属の参議院議員として2期目を務め、内閣府副大臣という政府の要職にも就いています。1996年にSPEEDのメンバーとしてデビューし、数々のヒット曲で人気を集めた彼女は、歌手、母親、そして政治家へと活動の場を広げてきました。

私生活では、2004年に175Rのボーカル・SHOGOさんと結婚し、同年に長男の今井礼夢(らいむ)さんを出産。2007年の離婚後は、先天性の聴覚障害がある礼夢さんと歩みながら、手話の普及や聴覚障害者の情報保障にも取り組んできました。現在の政治活動からSPEEDの再結成、ERIHIROでの音楽活動、家族の歩みまで、2026年の最新情報を整理します。

【2026年最新】今井絵理子の現在は参議院議員2期目・内閣府副大臣

今井絵理子現在

今井絵理子さんの現在を知るうえで、最も大きな転機となったのが2026年の内閣府副大臣への就任です。

2026年9月17日に発足した第2次高市改造内閣で副大臣人事が行われ、翌18日、今井さんは内閣府副大臣に就任しました。これまで内閣府大臣政務官や復興大臣政務官を経験してきましたが、副大臣への起用は初めてです。

内閣府副大臣として担当する政策分野

内閣府の公式プロフィールによると、今井さんの担当分野は幅広く、沖縄及び北方対策、消費者及び食品安全、アイヌ施策、規制改革、こども政策、少子化対策、若者活躍、共生・共助などです。

とりわけ、子どもや若者に関する政策、障害のある人も暮らしやすい社会づくりは、これまでの活動との接点が大きい分野です。

本人の政治活動では、聴覚障害者への情報保障、手話の普及、難聴児支援などが継続的なテーマになっています。芸能活動を通じて培った知名度だけでなく、長年取り組んできた社会活動を政策にどう結び付けるかが、今後の注目点です。

内閣府の公式活動記録には、2026年10月1日から2日にかけての沖縄訪問も掲載されています。沖縄出身の今井さんにとって、故郷に関わる政策も重要な担当分野の一つです。

現在も参議院議員として2期目

今井さんは2016年7月の第24回参議院議員通常選挙で、自民党公認の全国比例代表候補として初当選しました。

その後、2022年7月の第26回参議院議員通常選挙でも再選。2026年11月現在、参議院議員2期目を務めています。

参議院の議員プロフィールでは、内閣委員会の理事、予算委員会、沖縄及び北方問題に関する特別委員会などでの役職が掲載されています。

かつてのアイドルというイメージが強い人もいる可能性がありますが、現在の今井さんは、政府の政策を担当する副大臣として公務に携わる立場です。

【政治活動と経歴】SPEEDから国政へ進んだ理由と転換点

今井絵理子さんは1983年9月22日、沖縄県那覇市生まれ。1996年、女性4人組ダンス&ボーカルグループSPEEDのメンバーとしてデビューしました。

歌手としての活動が広く知られる一方、2008年に長男の聴覚障害を公表してからは、手話や障害者支援に関する活動にも力を入れるようになります。

2016年の参議院選挙への出馬は、こうした活動の延長線上に位置付けられます。

政治家としての主な経歴

今井さんの政治家としての歩みを振り返ると、初当選後に政務官や党の役職を経験し、委員会での活動を重ねながら政府の副大臣へと進んできたことが分かります。

主な経歴は次のとおりです。

年月 出来事・役職 主な内容
1996年 SPEEDでデビュー 歌手・タレントとして芸能活動を開始
2000年 SPEED解散 ソロ活動を開始
2004年 長男を出産 家庭生活と音楽活動を両立
2008年 聴覚障害を公表 手話や聴覚障害への理解促進に取り組む
2016年7月 参議院議員に初当選 自民党公認・全国比例代表
2019年9月 内閣府大臣政務官 第4次安倍第2次改造内閣
2022年7月 参議院議員に再選 2期目に入る
2024年11月 内閣府大臣政務官・復興大臣政務官 第2次石破内閣で兼任
2026年9月 内閣府副大臣 第2次高市改造内閣で初就任
政治活動の中心にある障害者支援と情報保障

今井さんの政策を理解するうえで欠かせないのが、聴覚障害者を含む障害のある人への情報保障です。

本人の公式サイトでは、国会で手話を併用した質疑を行ったことを実績として紹介しています。また、2022年から参議院本会議の主要演説に手話通訳が配置されるようになったことにも触れています。

加えて、難聴児支援や特別支援学校の教科用図書の改訂、医療的ケア児への支援、電話リレーサービスなど、障害のある人が日常生活や教育、行政サービスにアクセスするための課題にも取り組んできました。

ここで注目したいのは、個人の経験をそのまま政治に持ち込むのではなく、社会全体の制度や環境の改善につなげようとしている点です。

ただし、副大臣への就任は政策の成果が自動的に保証されることを意味しません。今後は担当政策について、具体的な制度変更や予算措置、実施状況が問われることになります。

【SPEED・ERIHIRO】今井絵理子の音楽活動と再結成の歩み

今井絵理子さんの芸能活動を語るうえで、SPEEDは欠かせない存在です。

1996年8月、シングル「Body&Soul」でデビューしたSPEEDは、今井絵理子さん、島袋寛子さん、上原多香子さん、新垣仁絵さんによる4人組グループでした。

「STEADY」「White Love」「my graduation」などの楽曲で人気を集め、1990年代後半の日本の音楽シーンを代表するグループの一つとなりました。

2000年の解散から2008年の再結成へ

SPEEDは2000年に解散を発表し、メンバーはそれぞれの道へ進みました。

今井さんもソロ歌手として活動を始め、2005年にはelly名義で音楽活動を再開しています。

大きな転機となったのは2008年8月31日放送の日本テレビ系『24時間テレビ』です。番組内でSPEEDがパフォーマンスを披露し、今井さんは長男の聴覚障害についても公表しました。

この出演をきっかけに、SPEEDの活動再開を望む声が寄せられ、同年に正式な再結成が決定。11月12日には再結成第1弾シングル「あしたの空」が発売されました。

この再結成は、単なる懐かしのグループの復活ではありません。メンバーそれぞれがソロ活動や人生経験を重ねたうえで、再び4人で音楽を届けるという節目でもありました。

2015年に島袋寛子とERIHIROを結成

今井さんは2015年7月、SPEEDのメンバーだった島袋寛子さんと新ユニット「ERIHIRO」を結成しました。

ユニット名は、今井さんの「ERI」と島袋さんの「HIRO」を組み合わせたものです。

同年8月26日にはデビューシングル「Stars」を発売。EDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)とポップスを融合させたサウンドが特徴で、SPEED時代とは異なる大人の音楽表現に挑戦しました。

同年9月には発売記念イベントも開催され、2人で「Stars」やカップリング曲「Save me」を披露しています。

2026年のSPEED再結成はどうなっている?

2026年はSPEEDのデビューから30周年に当たる節目です。

ただし、2008年に実現した正式な活動再開と、2026年に新たな4人での活動が実現するかどうかは別の話です。

2026年11月現在、政府や本人の公式プロフィールでは、SPEEDの新たな4人組としての活動予定は掲載されていません。今井さんは政治活動を中心に公務を担っており、島袋さんやほかのメンバーもそれぞれの活動を続けています。

したがって、SPEEDの再結成については、過去の正式な活動再開と、現在の新規プロジェクトの情報を分けて捉える必要があります。

【結婚・離婚と長男】元夫SHOGOとの経緯と今井礼夢の現在

今井絵理子さんの家族について検索すると、元夫のSHOGOさんや長男の今井礼夢さんの名前が多く登場します。

SHOGOさんはロックバンド175R(イナゴライダー)のボーカルとして知られるミュージシャンです。2人の結婚、出産、離婚は、今井さんの人生における大きな転機となりました。

2004年にSHOGOと結婚、同年に長男を出産

2004年5月、今井さんは175RのSHOGOさんとの結婚を発表しました。当時、今井さんは妊娠5か月でした。

同年6月に結婚し、10月18日に第1子となる男の子を出産。長男は今井礼夢(いまい・らいむ)さんと名付けられました。

その後、今井さんは出産と育児のために一時的に芸能活動を休業。2005年にはelly名義で音楽活動を再開しています。

2007年9月24日に離婚を発表

2007年9月24日、今井さんは自身の公式サイトを通じてSHOGOさんとの離婚を発表しました。

当時の発表では、互いの将来像や家庭像の違いなどが理由として説明されました。長男の親権は今井さんが持つことになりました。

この離婚によって、今井さんは母親としての生活を送りながら、歌手活動や社会活動を続けていくことになります。

なお、SHOGOさんは2014年に女優の石井あみさんとの再婚を発表しています。今井さんとの婚姻関係は2007年に終了しており、両者の結婚歴を混同しないことが大切です。

長男・今井礼夢は2020年にプロレスラーデビュー

今井さんの長男である礼夢さんは、2004年10月18日生まれ。先天性難聴があり、報道では高度感音性難聴として紹介されています。

今井さんは2008年の『24時間テレビ』で息子の聴覚障害を公表しました。この出来事は、彼女が手話や聴覚障害者の社会参加について発信する大きなきっかけとなりました。

一方、礼夢さん自身はプロレスラーになる夢を追い、2017年10月にプロレスリングHEAT-UPの道場へ入会。その後、2020年4月に正式入門し、プロテストに合格しました。

2020年12月7日、16歳でプロレスラーデビュー。デビュー戦では師匠のTAMURA選手と対戦しました。

プロレスリングHEAT-UPの公式プロフィールによると、礼夢さんは全日本プロレスやDDTなどの大会にも参戦。2022年にはHEAT-UPユニバーサルタッグ王座にも挑戦しています。

2024年には後楽園ホールで初のメインイベントを経験。2025年1月には成人の日を迎え、今井さんも長男との写真とともに成人を祝う内容をSNSで発信したことが報じられました。

2026年11月現在、礼夢さんは22歳。プロレスリングHEAT-UPの公式選手プロフィールにも掲載されています。

母親の知名度によって注目されることもありますが、礼夢さんは自身の意思でプロレスの道を選び、競技者として経験を重ねてきました。聴覚障害の有無だけで人物を語るのではなく、プロレスラーとしての歩みにも目を向けたいところです。

【手話・ろう学校・こころおと】今井絵理子が続ける社会活動

今井絵理子さんの活動を理解するうえで、音楽と同じくらい重要なのが手話を通じた社会活動です。

長男の聴覚障害を公表した2008年以降、今井さんは手話の普及や聴覚障害への理解を促す活動に取り組んできました。

NHK「みんなの手話」の司会や全国各地での交流

今井さんはNHKの「みんなの手話」で司会を歴任。手話を使ったコミュニケーションの大切さを広く伝えてきました。

また、本人の公式プロフィールでは、特別支援学校や福祉施設などで約10年にわたりボランティア活動を行ってきたことが紹介されています。

全国各地のろう学校や特別支援学校、福祉イベントなどで講演やミニコンサートを実施し、音楽を通じて聴覚障害のある人とない人が交流する機会をつくってきました。

こうした活動の背景には、手話を単なる補助的なコミュニケーション手段ではなく、一つの言語として尊重する考え方があります。

手話ロックバンド「こころおと」との交流

今井さんと関係のある団体として知られるのが、手話ロックバンド「こころおと」です。

こころおとは1999年に活動を開始した、ろう者・CODA・聴者による混合バンドです。CODAとは、ろう者の親を持つ聴者の子どもを指す言葉です。

手話と音楽を結び付け、聴覚の状態や手話への理解度にかかわらず、同じ空間で音楽を楽しむことを活動の柱としています。

今井さんは2010年10月10日に開催されたこころおとの10周年記念ライブに、elly名義でスペシャルゲストとして参加しました。当時の公式配信アーカイブにも、その出演記録が残っています。

この交流は、今井さんが芸能活動を続けていた時期から、手話と音楽を通じた社会参加に関わっていたことを示すエピソードです。

ただし、2010年の共演記録と2026年現在の継続的な共同活動は区別する必要があります。現在の活動の中心として確認できるのは、本人の公式サイトで紹介されている手話普及や情報保障などの政策・社会活動です。

障害者の情報保障を政策課題に

今井さんの手話活動は、政治家になった後も続いています。

本人の公式サイトでは、国会で手話を併用した質疑を行ったことを実績として掲載しています。また、難聴児支援の予算拡充や、特別支援学校の教科書改訂、電話リレーサービスなども政策上の取り組みとして紹介されています。

特に注目されるのが「情報保障」という考え方です。

音声によるアナウンスや災害情報、電話での連絡など、聴者にとって当たり前の情報取得手段が、聴覚障害のある人には利用しにくい場合があります。

そのため、手話通訳や文字情報、視覚的な案内などを整備し、必要な情報を誰もが取得できる環境をつくることが重要になります。

2026年の今井さんの政治活動は、こうした課題を芸能人時代からの社会活動と結び付け、政府の政策に反映させる段階に進んでいると見ることができます。

【誤解を整理】今井絵理子の現在についてよくある疑問

政治家としての現在と芸能活動を混同しない

今井さんについては、SPEED時代の印象や家族に関する話題が先行しやすい一方、現在は副大臣として公務を担っています。過去の芸能活動と現在の役職を分けて理解すると、近況が把握しやすくなります。

長男の経歴は母親のプロフィールとは別に見る

礼夢さんは今井さんの長男ですが、プロレスラーとしての活動は本人自身のキャリアです。デビュー年や所属団体の公式プロフィールなど、競技者としての情報を確認することが大切です。

過去の音楽活動と現在の新規活動は別

SPEEDの2008年の再結成や、2015年のERIHIRO結成は確認できる過去の活動です。これらを2026年の新規活動と混同しないことが、現在の状況を正しく理解するポイントです。

【今井絵理子の現在】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:今井絵理子は2026年現在、何をしている?
A1:自由民主党所属の参議院議員として2期目を務め、2026年9月に内閣府副大臣へ初就任しました。沖縄及び北方対策、消費者・食品安全、こども政策などを担当しています。

Q2:今井絵理子はSPEEDに再結成メンバーとして参加している?
A2:2008年にSPEEDは正式な活動再開を発表し、同年11月に「あしたの空」を発売しました。また、2015年には島袋寛子さんとERIHIROを結成しています。2026年の新たな4人での活動については、公式な活動予定の掲載は確認できません。

Q3:今井絵理子の元夫は誰?
A3:元夫はロックバンド175Rのボーカル・SHOGOさんです。2004年に結婚し、同年10月18日に長男の礼夢さんが誕生しました。2007年9月24日に離婚を発表しています。

Q4:今井絵理子の息子・今井礼夢は現在何をしている?
A4:礼夢さんはプロレスラーです。2020年12月7日に16歳でデビューし、プロレスリングHEAT-UPの公式プロフィールにも選手として掲載されています。2026年11月現在は22歳です。

Q5:今井絵理子の息子にはどのような障害がある?
A5:礼夢さんには先天性難聴があり、報道では高度感音性難聴と紹介されています。今井さんは2008年の『24時間テレビ』で息子の聴覚障害を公表し、手話の普及や聴覚障害への理解促進に取り組んできました。

Q6:今井絵理子は現在も歌手活動をしている?
A6:SPEED解散後はelly名義でソロ活動を再開し、2015年にはERIHIROとして「Stars」を発売しました。ただし、2026年現在の公式プロフィールでは政治活動が中心となっており、新たな音楽活動の予定は掲載されていません。

Q7:今井絵理子は現在、再婚している?
A7:SHOGOさんとの離婚は2007年に発表されています。2026年11月現在、本人の公式プロフィールなどで再婚を公表した情報は確認できません。

今井絵理子さんは、2026年現在、参議院議員2期目を務めるとともに、内閣府副大臣として政府の政策を担当しています。

1996年のSPEEDデビューから、2000年の解散、2008年の再結成、2015年のERIHIRO結成まで、音楽活動ではさまざまな転機を経験しました。

私生活では、2004年にSHOGOさんと結婚し、長男の礼夢さんを出産。2007年の離婚後も、母親としての経験を重ねながら、手話や聴覚障害者への理解を広げる活動を続けてきました。

礼夢さんは2020年にプロレスラーデビューを果たし、現在は成人したプロレスラーとして活動しています。

今井さんの歩みを振り返ると、芸能人から政治家への転身だけでなく、家庭での経験を社会制度や政策の課題へとつなげてきた点が特徴的です。

2026年9月の副大臣就任によって、その役割はさらに広がりました。今後注目したいのは、手話や情報保障、難聴児支援、子ども政策、沖縄振興といった分野で、どのような具体的な成果を残していくかという点です。

SPEEDの元メンバーという過去だけでは捉えきれない、政治家・社会活動家としての今井絵理子さん。その現在を知るには、芸能活動、家族の歩み、そして国会や政府での仕事を合わせて見ることが欠かせません。

主な確認資料: 内閣府、参議院、今井絵理子公式サイト、SPEED公式サイト、エイベックス、プロレスリングHEAT-UP、日刊スポーツ、J-CASTニュースなど。

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桂木 洋

映画・ドラマの公開情報を担当。配給会社のプレスシートと公式サイト記載を基準に、あらすじと配役をまとめます。

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