明石家さんまの知られざる素顔に迫る日本テレビ系の特別番組「誰も知らない明石家さんま」。2015年に第1弾が放送されて以来、本人へのインタビュー、関係者の証言、貴重な過去映像、実話を基にした再現ドラマなど、さまざまな手法で国民的お笑い芸人の知られざる人生を紹介してきた。2025年12月14日に放送された第11弾では、さんまの長男として知られる二千翔(にちか)さんの結婚式に密着。テレビ初となる親子2ショットインタビューや、披露宴でのスピーチが大きな見どころとなった。
加えて、山田裕貴が若き日の明石家さんまを演じ、山本耕史が坂本九を演じた特別ドラマ「さんまと坂本九 2人の国民的スター 知られざる運命」も放送。1985年の日航機墜落事故を巡る2人の運命が描かれた。2026年現在、71歳になっても第一線で活躍するさんま。番組の歴代企画から芸能界デビューまでの半生、二千翔さんとの親子関係、再現ドラマの背景を整理すると、テレビで見せる明るい姿とは異なる人物像が浮かび上がる。
【番組の正体】誰も知らない明石家さんまとは?2015年から続く日本テレビの特別番組

「誰も知らない明石家さんま」は、日本テレビ系で2015年に始まった明石家さんまを主役とする特別番組だ。
一般的な芸能人の紹介番組とは異なり、さんま本人の証言だけでなく、過去に関わった芸能人、仕事仲間、家族、番組関係者などの視点を組み合わせ、本人の人生を多角的に掘り下げる構成が特徴となっている。
番組の中心にあるのは、テレビで見せる「お笑い怪獣」としての姿と、その裏側にある一人の人間としての明石家さんまの違いだ。
普段のさんまは、どんな相手にも積極的に話しかけ、場の空気を読みながら笑いを生み出す。数々の人気番組で長年司会を務め、共演者の個性を引き出すトーク技術でも知られている。
しかし、番組では、そうした明るいイメージだけでは説明できない過去にも焦点を当てる。
- 少年時代から芸能界を目指すまでの経験
- 師匠・笑福亭松之助との師弟関係
- 若手時代の苦労と芸能界での転機
- 萩本欽一やビートたけしなど、時代を代表する芸人との関係
- 家族や親しい人々との交流
- 人生を左右した事故や忘れられない出来事
これらを再現ドラマや証言映像で紹介することで、単なる芸能人の成功物語ではなく、時代の変化とともに歩んできた人物の記録として成立させている。
なぜ「誰も知らない」というタイトルなのかさんまの名前や顔、代表番組を知らない人は少ない。一方で、テレビでの発言やリアクションからは見えにくい過去の人間関係、仕事への向き合い方、家族との距離感については、十分に知られていない部分がある。
番組タイトルの「誰も知らない」は、さんまが秘密主義であるという意味ではない。広く知られたスターの人生に、まだ紹介されていないエピソードや別の視点が残っているという企画の狙いを表している。
また、毎回同じ形式を繰り返すのではなく、人物インタビュー、人生を変えられた人々の証言、芸能史を再現するドラマ、家族への密着など、テーマに合わせて演出方法を変えている点も長期シリーズとしての特徴だ。
【第11弾の全貌】二千翔さんの結婚式と親子初対談で明かされた父親としての素顔
2025年12月14日放送、二千翔さんの結婚式に密着第11弾は2025年12月14日(日)午後7時から9時54分まで、日本テレビ系で放送された。
最大の注目企画は、2025年9月に乃木神社・乃木會館で執り行われた二千翔さんの結婚式への密着取材だった。
結婚式場の乃木會館も2025年12月8日付のお知らせで番組への協力を公表しており、式当日に撮影した映像や披露宴のスピーチ、親子2ショットインタビューが放送されることを紹介している。
この企画が注目された理由は、さんまと二千翔さんの関係にある。
二千翔さんは、女優・大竹しのぶと、さんまと結婚する前に大竹が結婚していた男性との間に生まれた子どもだ。さんまと血縁関係はなく、さんまと大竹が1992年に離婚した後も、2人の交流は続いてきた。
二千翔さんにとってさんまは、単に母親の元夫という存在ではない。幼少期から「ボス」と呼んできた、人生に深く関わる特別な人物だった。
結婚式の席次表に書かれた「新郎ボス」という肩書第11弾で特に話題になったのが、披露宴の席次表に記載されたさんまの肩書だ。
二千翔さんは、さんまを「父」と表記するのか、それとも「元父」とするのか、最後まで悩んだという。
実の父親ではない一方で、長年にわたって父親のような存在であり続けた。一般的な家族関係の肩書では、2人の関係をうまく表現できなかったのだ。
そこで二千翔さんが選んだのが、幼いころから使っていた呼び名の「ボス」だった。
「新郎ボス」
結婚式の席次表に記された、明石家さんまの肩書。
この呼び名には、2人の長い関係が凝縮されている。形式上の親子関係にこだわらず、実際に築いてきた信頼を大切にする二千翔さんの思いが表れた選択だった。
さんま自身も、結婚式直前のインタビューで、自分の立場について率直に語っている。実の父親ではなく、結婚して離婚した相手の息子の結婚式に出席するという、自分にとっても珍しい立場を意識していたという。
加えて、式では二千翔さんから「父親っぽく振る舞ってくれ」と頼まれていたことも明かされた。
笑いを取ることを仕事にしてきたさんまが、父親としてどのような振る舞いを見せるのか。その場面こそ、第11弾の大きな見どころだった。
テレビ初の親子2ショットインタビューで見えた信頼関係第11弾では、さんまと二千翔さんが並んで出演するテレビ初の2ショットインタビューも実現した。
これまで番組では、二千翔さんが単独でインタビューに応じたことがあり、2人の関係は過去の放送でも紹介されてきた。しかし、親子がそろって話す映像は、これまでの企画とは異なる意味を持っていた。
二千翔さんはさんまについて、血のつながりがなくても最高の父親だという思いを示している。
特に印象的なのは、さんまが大竹しのぶとの離婚後も二千翔さんとの関係を維持してきた点だ。
一般的に、夫婦が離婚すれば、相手の子どもとの日常的な交流が少なくなるケースもある。しかし、さんまは二千翔さんの人生に関わり続け、仕事や将来についても相談を受ける存在だった。
番組では、二千翔さんがウェブ制作会社を立ち上げる際に、さんまが背中を押したエピソードも紹介された。
親子関係を血縁や戸籍だけで測るのではなく、実際にどのような時間を共有してきたかという視点から見せたことが、この企画の大きな価値だった。
2020年の親子ドラマとのつながり今回の結婚式企画は、第11弾だけで突然始まったものではない。
2020年には、番組内で「笑顔に会いに行く道~父親 明石家さんま~」という再現ドラマが制作されている。二千翔さんとさんまの関係を題材に、幼少期のエピソードや父親としての関わりが描かれた。
番組で紹介されたエピソードには、幼い二千翔さんが喘息で苦しんでいたときの話や、ウェブ制作会社を始めることについて母親の大竹しのぶが心配していた際、さんまが二千翔さんを励ました話などがある。
2025年の結婚式密着は、過去の再現ドラマで描かれた関係が、その後どのように続いてきたのかを実際の映像で伝える企画だった。
【山田裕貴が熱演】さんまと坂本九の運命を描いた第11弾の再現ドラマ
山田裕貴が若き日の明石家さんま役に挑戦第11弾のもう一つの大きな企画が、スペシャルドラマ「さんまと坂本九 2人の国民的スター 知られざる運命」だ。
明石家さんま役を演じたのは俳優の山田裕貴。坂本九役には山本耕史が起用された。
このドラマは、1980年代にスターへの道を駆け上がっていた若き日のさんまと、すでに国民的歌手として活躍していた坂本九との交流を描いたものだ。
番組の発表によれば、制作にあたってはさんま本人への取材だけでなく、当時の関係者へのインタビューも実施。過去の出来事を再現するだけではなく、当事者の証言を基に2人の運命を描く構成となった。
山田裕貴は、撮影後のコメントで、演じる前はテレビで見るさんましか知らなかったと振り返り、役を体験するなかで涙が出てきたことを明かしている。
普段のバラエティー番組で見せるさんまのテンポの速い話術とは異なる、若き日の葛藤や人間的な側面を演じることは、俳優にとっても大きな挑戦だった。
1979年の出会いから1980年のテレビ共演へ2人の関係をたどると、1979年にさかのぼる。
当時、さんまは師匠である笑福亭松之助の指示で、集中力を養うため弓道場に通っていた。そこで、以前から大ファンだった坂本九と偶然出会ったという。
さんまは、いつか坂本と共演できるスターになりたいという思いを伝え、坂本が司会を務めていた人気番組「スター千一夜」への出演を希望した。
その後、1980年6月に同番組での共演が実現する。
若手芸人だったさんまにとって、すでに大きな知名度を持っていた坂本九との出会いは、単なる芸能界の交流以上の意味を持っていた。
憧れの人物に自分の将来を宣言し、その約束を実現させた経験は、若き日のさんまの行動力を象徴するエピソードでもある。
1985年8月12日、日航機墜落事故が変えた運命2人の人生が交差する最大の出来事が、1985年8月12日に発生した日本航空123便墜落事故だった。
坂本九は、この事故によって43歳で亡くなった。
一方、さんまも当初は大阪へ向かう事故機に搭乗する予定だったと、2025年の番組で紹介された。
当時のさんまは、大阪のラジオ番組「MBSヤングタウン」に出演するため、東京と大阪を定期的に移動していた。しかし、大阪での収録日が変更になったことで、事故前日に大阪へ到着していた。
事故の報道を知ったさんまにとって、坂本九の死は大きな衝撃だった。憧れの人物との出会いがあり、実際にテレビ共演も果たしていたからだ。
日刊スポーツの2025年12月15日付報道によると、さんまは番組内で当時を振り返り、自分は「生かされてんのや」と感じたことを語った。また、事故後は大阪と東京の移動で飛行機に乗れなくなり、新幹線を利用するようになったという。
このエピソードは、普段のさんまの明るいキャラクターからは想像しにくい、人生観に関わる重要な出来事だ。
単なる事故の再現ではなく、坂本九への憧れ、若手時代の交流、突然の別れ、そして自分自身が生き残ったことへの思いを描いた点に、第11弾のドラマの意義がある。
【半生と芸能界デビュー】明石家さんまはどのように国民的芸人になったのか
1955年生まれ、奈良で育った杉本高文明石家さんまは、1955年7月1日生まれ。和歌山県出身で、奈良県で育った。本名は杉本高文(すぎもと・たかふみ)だ。
幼少期から笑いに関心を持ち、学生時代には仲間とコントや漫才に取り組んでいた。新潮社から刊行されたエムカク著『明石家さんまヒストリー1 1955~1981「明石家さんま」の誕生』では、少年時代から師匠との出会い、芸能界での活動初期までが、本人の発言や資料を基に記録されている。
同書が描く若き日のさんまは、最初から順風満帆だったわけではない。芸を続けるかどうか悩んだ時期や、芸能界での立ち位置を模索した経験もあった。
1974年、笑福亭松之助に弟子入りさんまの芸能人生の出発点は、1974年の落語家・二代目笑福亭松之助への入門だ。
当初は落語家として修業を始め、「笑福亭さんま」の名前で活動した。その後、師匠の勧めもあり、落語だけにとどまらないコメディアンとしての道を歩み始める。
芸名を「明石家さんま」に改めたのは1975年。1976年にはテレビデビューを果たしている。
この時期に培ったのが、相手の言葉を受け止め、即座に笑いへ変換するトーク技術だ。現在の司会スタイルの原点は、若手時代の舞台経験や、師匠のもとで磨いた芸にある。
1981年「オレたちひょうきん族」で全国区へさんまの知名度を大きく押し上げた番組の一つが、1981年にスタートしたフジテレビ系「オレたちひょうきん族」だ。
当時は漫才ブームを背景に、お笑い芸人がテレビ番組の中心的な存在へと変わっていく時代だった。
さんまは、型にはまらないリアクションやテンポの速いトークで人気を獲得。ビートたけしら同時代の人気芸人とともに、お笑い番組の新しいスタイルを築いていった。
その後も「さんまのまんま」「踊る!さんま御殿!!」「恋のから騒ぎ」など、ジャンルの異なる番組で司会やトークを担当。芸人でありながら、俳優、歌手、テレビ司会者としても活動の幅を広げた。
大竹しのぶとの結婚と離婚、その後の家族関係プライベートでは、1988年に女優の大竹しのぶと結婚。2人の間には娘のIMALUが生まれたが、1992年に離婚した。
大竹しのぶには、さんまと結婚する前の夫との間に生まれた二千翔さんがいる。さんまは大竹との結婚期間中、二千翔さんと家族として生活し、離婚後も交流を続けてきた。
ここで押さえておきたいのは、二千翔さんはさんまの実子ではなく、戸籍上も父子関係にあるわけではないという点だ。
しかし、実際の関係は書類上の区分だけでは説明できない。二千翔さんがさんまを「ボス」と呼び続け、結婚式に招待し、父親のような役割を依頼したことが、その関係を物語っている。
2025年の結婚式企画は、さんまの人生において家族との関係がどれほど大切なものだったのかを伝える、シリーズ屈指のエピソードとなった。
「誰も知らない明石家さんま」は、2015年のスタートから、放送回ごとに異なる切り口でさんまの人生を紹介してきた。
特に近年は、本人の過去を再現するだけでなく、さんまと関わった人々の人生や、芸能史に残る出来事を取り上げる企画が目立つ。
日本テレビの番組発表資料や各回の放送情報から確認できる主な節目を整理すると、次のようになる。
| 時期・放送回 | 主な出来事・企画 | 注目ポイント |
|---|---|---|
| 1955年 | 明石家さんま誕生 | 本名は杉本高文。和歌山県生まれ。 |
| 1974年 | 笑福亭松之助に入門 | 落語家として芸能活動を開始。 |
| 1976年 | テレビデビュー | 若手芸人として活動の場を広げる。 |
| 1981年 | 「オレたちひょうきん族」スタート | 全国的な人気を獲得する転機。 |
| 1987年 | 萩本欽一との「欽ドン!」での共演 | 後年、第8弾の再現ドラマで取り上げられた。 |
| 2015年・第1弾 | 番組シリーズ開始 | さんまの知られざる一面を掘り起こす企画が始動。 |
| 2019年・第5弾 | 脳の検査や画商プロジェクト | 芸人以外の才能や新しい可能性に注目。 |
| 2022年・第8弾 | 「明石家さんまVS萩本欽一」 | 杉野遥亮と角田晃広が伝説の共演を再現。 |
| 2023年・第9弾 | さんまとビートたけしの友情物語 | 岩田剛典がさんま役、香取慎吾がたけし役を担当。 |
| 2024年・第10弾 | 「明石家さんまに人生を変えられた11人」 | さんまに影響を受けた人々の証言を特集。 |
| 2025年・第11弾 | 二千翔さんの結婚式と坂本九との運命 | 山田裕貴、山本耕史による再現ドラマも放送。 |
| 2026年11月現在 | 第11弾までの放送実績を確認 | 第12弾の放送日については公式発表待ち。 |
2019年放送の第5弾では、さんまが脳の検査を受けたことや、芸人以外の才能に注目した企画が取り上げられた。
なかでも「明石家さんま画廊」は、さんまがアーティストを発掘し、作品を世の中に紹介するという企画だ。
このプロジェクトは第8弾でも続編が取り上げられ、過去に紹介したアーティストの作品をオークションに出す展開へと発展した。
芸能人としての知名度を、自分自身のためだけではなく、他者の才能を紹介するために活用するという点が興味深い。
第8弾:萩本欽一との1987年の共演を再現2022年11月20日放送の第8弾では、1987年の明石家さんまと萩本欽一の共演が特別ドラマとして描かれた。
当時の萩本は「視聴率100%男」と呼ばれるほどの人気を誇っていた。一方、さんまは若手からスターへと駆け上がっていた時期だった。
舞台となったのは「欽ドン!スペシャル」。番組最終回での初共演は、当時のお笑い界における世代交代を象徴する出来事として紹介された。
再現ドラマでは、杉野遥亮がさんま役、東京03の角田晃広が萩本欽一役を担当。脚本は又吉直樹が手掛けた。
当時の番組演出家や関係者への取材を基に、若いさんまが大きな存在に挑んだ舞台裏を描いた企画だった。
第9弾:ビートたけしとの友情に注目2023年の第9弾では、明石家さんまとビートたけしの友情がテーマとなった。
再現ドラマでは、さんま役を岩田剛典、ビートたけし役を香取慎吾が演じた。
異なる芸風を持ちながら、お笑い界の第一線で活躍してきた2人の関係を描くことで、個人の成功だけでは分からない芸能界の人間関係にも光を当てた。
第10弾:「人生を変えられた11人」が示した影響力2024年12月1日放送の第10弾では、「明石家さんまに人生を変えられた11人」を特集。
阿部サダヲ、井上芳雄、後藤輝基、滝沢カレン、永野芽郁、錦鯉、東野幸治、山田邦子らがゲストとして出演した。
この企画の特徴は、さんま本人の過去を振り返るだけでなく、彼の言葉や行動によって影響を受けた側の人生から人物像を描いている点にある。
本人が自分の功績を説明するのではなく、他者の証言によって影響力を可視化する構成は、シリーズの中でも特徴的な試みだった。
【2026年現在の明石家さんま】71歳でも第一線で活躍する理由と番組の本質
2026年11月3日現在、年齢は71歳明石家さんまは1955年7月1日生まれ。2026年11月3日現在、71歳となっている。
現在も日本テレビ系「踊る!さんま御殿!!」をはじめ、フジテレビ系「ホンマでっか!?TV」、TBS系「週刊さんまとマツコ」など、テレビでの活動を続けている。
長年にわたって第一線で活躍できる理由の一つは、相手の話を引き出す能力にある。
さんまのトークは、自分だけが話し続ける形式ではない。共演者の発言を拾い、少し違った角度から質問を投げかけ、相手が予想していなかった反応を引き出す。
そのため、ゲストが変われば番組の雰囲気も変わる。俳優、芸人、スポーツ選手、一般人など、異なる立場の人々と会話を成立させられることが、長寿番組を支える強みとなっている。
第11弾から読み解く、さんまの知られざる一面第11弾で特に印象的だったのは、さんまの人間関係に対する姿勢だ。
バラエティー番組では、相手を笑わせるために自分の失敗や弱点もネタにする。しかし、二千翔さんの結婚式で見えたのは、笑いだけでは説明できない長期的な信頼関係だった。
大竹しのぶとの離婚後も二千翔さんとの関係を保ち、人生の節目に立ち会う。そこには、形式的な家族関係とは別のつながりが存在する。
もう一つの重要な側面が、坂本九とのエピソードだ。
若いころに憧れのスターと出会い、共演を実現させ、その後、突然の事故によって別れを経験した。さらに自分自身も事故機に乗る可能性があったという事実は、さんまの人生観を考えるうえで欠かせない。
普段の明るさの背景には、本人にしか分からない経験や記憶がある。第11弾は、そうした部分を本人の言葉と関係者の証言で描き出した。
2026年に第12弾は放送される?シリーズの次回放送を気にしている人も多いはずだ。
2026年11月3日時点で、日本テレビの過去放送番組一覧には第8弾から第11弾までが掲載されている。一方、第12弾の放送日や正式な企画内容については、確認できる公式発表がない。
2015年から続いてきたシリーズであるため、今後の新作を期待する声が出るのは自然だが、過去の放送間隔だけから次回の放送日を断定することはできない。
次回情報を確認する場合は、日本テレビの番組公式サイト、番組表、日テレTOPICSの発表を基準にするのが確実だ。
ネット上で混同されやすい情報と事実さんまの家族や過去の出来事については、インターネット上で情報が混同されることもある。特に注意したいのが、二千翔さんとの血縁関係と、1985年の日航機事故に関する情報だ。
それぞれの事実を整理すると、次のようになる。
- 二千翔さんはさんまの実子なのか:違う。大竹しのぶと前夫との間に生まれた子どもで、さんまとは血縁関係がない。
- さんまと二千翔さんは離婚後に絶縁したのか:違う。2025年の結婚式への出席や親子2ショットインタビューからも、交流が続いてきたことが分かる。
- さんまと坂本九は事故以前から知り合いだったのか:知り合いだった。1979年の出会いを経て、1980年に「スター千一夜」で共演している。
- さんまは1985年の日航機事故の事故機に乗っていたのか:搭乗予定だったが、収録日程の変更によって前日に大阪入りしており、事故機には乗っていない。
- 2026年に第12弾の放送が決まっているのか:11月3日時点で、正式な放送日を示す公式発表は確認できない。
「誰も知らない明石家さんま」の価値は、単に有名人の秘密を紹介することではない。
シリーズを通して見えてくるのは、さんまという人物が、師匠、先輩芸人、共演者、家族、憧れのスターなど、多くの人との関係の中で現在の姿を築いてきたという事実だ。
第8弾では萩本欽一との世代を超えた競演、第9弾ではビートたけしとの友情、第10弾ではさんまに人生を変えられた人々、そして第11弾では二千翔さんとの親子関係と坂本九との運命が描かれた。
こうして並べると、毎回の企画は異なっていても、共通しているのは「さんま本人だけでは語り切れない人生」を他者の証言によって浮かび上がらせる手法だ。
視聴する際の判断基準も明確にしておきたい。
- おすすめできる人:明石家さんまの半生、芸能界の歴史、家族との関係、共演者とのエピソードに興味がある人。
- 特に楽しめる人:実際の証言と再現ドラマを見比べながら、過去の出来事の背景を知りたい人。
- 期待とのギャップが生じやすい人:未公開の私生活や暴露話だけを目的にしている人。番組の中心は、本人や関係者の証言を通じた人生の振り返りにある。
再現ドラマは事実を基にした映像作品であり、すべてが当時の記録映像というわけではない。重要な出来事を知りたい場合は、本人の発言、関係者の証言、放送局の公式発表を合わせて見ることで、より正確な理解につながる。
【誰も知らない明石家さんま】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:誰も知らない明石家さんまはいつから始まった番組?
A1:2015年に日本テレビ系で第1弾が放送された特別番組。2025年12月14日に第11弾が放送された。
Q2:第11弾で二千翔さんの結婚式が放送されたのはいつ?
A2:番組は2025年12月14日午後7時から放送された。結婚式自体は同年9月に乃木神社・乃木會館で行われ、さんまの出席や披露宴のスピーチ、テレビ初の親子2ショットインタビューが紹介された。
Q3:二千翔さんは明石家さんまの実の息子?
A3:実子ではない。二千翔さんは大竹しのぶと前夫との間に生まれた子ども。さんまと血縁関係はないが、長年にわたって父親のような関係を築いてきた。
Q4:山田裕貴は誰も知らない明石家さんまで何の役を演じた?
A4:2025年の第11弾における特別ドラマ「さんまと坂本九 2人の国民的スター 知られざる運命」で、若き日の明石家さんま役を演じた。坂本九役は山本耕史が担当した。
Q5:第8弾で取り上げられた萩本欽一との関係は?
A5:1987年の「欽ドン!スペシャル」での初共演がテーマ。第8弾では、当時のさんまと萩本欽一の共演を再現ドラマで紹介した。さんま役は杉野遥亮、萩本役は東京03の角田晃広だった。
Q6:明石家さんまは2026年現在何歳?
A6:1955年7月1日生まれの71歳。2026年11月3日現在も、テレビ番組の司会やラジオなどで活動している。
Q7:誰も知らない明石家さんまの第12弾はいつ放送?
A7:2026年11月3日時点で、第12弾の正式な放送日や企画内容は公式発表されていない。新しい情報は日本テレビの番組公式情報で確認したい。
「誰も知らない明石家さんま」は、2015年のスタートから11回にわたり、国民的お笑い芸人の知られざる人生を掘り起こしてきた日本テレビ系の特別番組だ。
2025年12月14日の第11弾では、二千翔さんの結婚式への密着と親子初の2ショットインタビューが実現。席次表に記された「新郎ボス」という肩書は、血縁や戸籍だけでは表現できない2人の関係を象徴するものとなった。
また、山田裕貴と山本耕史による再現ドラマでは、若き日のさんまと坂本九の交流、1985年の日航機墜落事故を巡る運命が描かれた。
2026年現在、71歳になっても第一線で活躍する明石家さんま。その魅力は、卓越した話術や笑いのセンスだけではない。長年の仕事仲間との関係、家族への向き合い方、人生の転機となった出来事など、さまざまな経験が現在の人物像を形作っている。
第12弾の正式発表は今後の情報を待つ必要があるが、過去11回の放送を振り返るだけでも、さんまという人物の多面的な魅力を知ることができる。テレビで笑いを届け続けるスターの裏側にある人生を知りたい人にとって、このシリーズは見逃せない特別番組だ。
主な確認資料:日本テレビ公式番組情報・過去番組一覧、乃木會館の2025年12月8日付発表、ORICON NEWS、日刊スポーツ、新潮社刊『明石家さんまヒストリー1』、講談社「日本人名大辞典+Plus」。