衆議院議員総選挙の投票所で、候補者や政党とは別に、最高裁判所の裁判官の名前が並んだ投票用紙を渡されて戸惑った経験はないだろうか。「裁判官には何を投票すればいいの?」「全員に×を付けるの?」「何も書かなかったら無効になる?」と疑問を持つ人は少なくない。
この投票は、最高裁判所裁判官国民審査という憲法に定められた制度だ。辞めさせるべきだと判断した裁判官の欄にだけ「×」を記入し、それ以外は何も書かずに投票する。白紙は無効票ではなく、罷免を求めない有効な意思表示として扱われる。2026年11月3日時点で直近の国民審査は、2026年2月8日の第27回であり、高須順一判事と沖野眞已判事の2人が対象となった。
【まず結論】最高裁判所裁判官国民審査とは?選挙で裁判官に投票する理由

最高裁判所裁判官国民審査とは、最高裁判所の裁判官について、国民がその任命の適否を審査する制度である。
根拠となるのは、日本国憲法第79条だ。最高裁判所の裁判官は内閣によって任命されるが、その任命について国民が審査する機会を設けている。
つまり、裁判官を国民が直接選ぶ選挙ではない。すでに任命された裁判官について、職務を続けることが適切かどうかを判断する仕組みだ。
最高裁判所は、長官1人と判事14人の合計15人で構成される。日本の司法制度における最上級の裁判所であり、法律や命令、行政処分などが憲法に適合しているかを最終的に判断する役割も担っている。
その判断は、国民の権利や自由、社会の制度に大きな影響を及ぼす。だからこそ、裁判官の任命についても国民が意思を示せるようにしている。
国民審査はいつ行われる?毎回の衆院選で全員が対象になるわけではない国民審査は、衆議院議員総選挙と同じ日に実施される。ただし、最高裁判所の裁判官全員が毎回審査されるわけではない。
対象となるのは、原則として次の裁判官だ。
- 最高裁判所に任命されてから、まだ一度も国民審査を受けていない裁判官
- 前回の国民審査から10年を経過した後、初めて行われる衆議院議員総選挙を迎えた裁判官
この仕組みは憲法79条2項と最高裁判所裁判官国民審査法第2条に規定されている。任命直後の最初の審査と、その後の10年経過後の再審査が基本的な流れとなる。
したがって、衆院選が行われても、審査対象となる裁判官がいなければ国民審査は実施されない。
また、審査権を持つのは衆議院議員の選挙権を有する人だ。国民審査は単なる世論調査ではなく、憲法と法律に基づく正式な国民の権利である。
【衆議院議員総選挙との違い】裁判官の投票用紙は何のためにある?
選挙の投票所では、衆議院議員の小選挙区、比例代表、最高裁判所裁判官国民審査という複数の投票を行う場合がある。
同じ日に実施されるため混同しやすいが、それぞれの目的は大きく異なる。
衆院選は代表者を選び、国民審査は裁判官の罷免を判断する衆議院議員総選挙では、地域の代表となる候補者や、比例代表で議席を得る政党などに投票する。これに対して国民審査は、裁判官を新たに選ぶ制度ではなく、辞めさせるべきかどうかを判断する制度だ。
特に重要なのは、国民審査には候補者の名前を書く欄がないという点である。対象裁判官の氏名は投票用紙にあらかじめ印刷されており、有権者は罷免を求める人にだけ×を付ける。
国民審査と衆院選の主な違い- 衆議院小選挙区:候補者の中から議員を選ぶ。
- 衆議院比例代表:政党などに投票し、議席配分に反映させる。
- 最高裁判所裁判官国民審査:裁判官ごとに罷免を求めるかどうかを判断する。
また、国民審査の対象は最高裁判所の裁判官に限られる。地方裁判所や家庭裁判所、高等裁判所の裁判官を選んだり、辞めさせたりする投票ではない。
もう一つ誤解しやすいのが、特定の判決を取り消すための投票ではないという点だ。過去の判決は裁判官を評価する材料になるが、国民審査によって個別の裁判の結論が変更されることはない。
【2026年最新】国民審査の対象裁判官は誰?高須順一・沖野眞已の経歴と結果
2026年2月8日に実施されたのは、第51回衆議院議員総選挙と第27回最高裁判所裁判官国民審査である。
今回の対象者は、高須順一判事と沖野眞已判事の2人だった。いずれも2024年10月の前回衆院選後に最高裁判所判事へ任命された人物である。
2026年の審査対象裁判官一覧| 項目 | 高須順一判事 | 沖野眞已判事 |
|---|---|---|
| 告示番号 | 1番 | 2番 |
| 最高裁任命日 | 2025年3月27日 | 2025年7月24日 |
| 主な経歴 | 弁護士・法政大学大学院法務研究科教授、研究科長 | 東京大学・一橋大学などで法学研究に従事した大学教授 |
| 専門的背景 | 弁護士・民事法分野 | 法学研究・民事法分野 |
| 2026年の審査結果 | 罷免されず | 罷免されず |
高須順一判事は1959年10月9日生まれ。法政大学法学部を卒業後、1988年に弁護士登録を行った。
その後、法政大学法学部の非常勤講師、法政大学大学院法務研究科教授などを歴任。2018年には同研究科長を務めた。京都大学大学院法学研究科の博士課程も修了している。
民法や民事司法制度に関する専門的な活動を重ね、2025年3月27日に最高裁判所判事に任命された。
弁護士としての実務経験と大学での法学教育・研究の双方を経験している点が、経歴上の特徴だ。最高裁判所の公式プロフィールでは、主要な関与裁判や裁判官としての心構えも公開されている。
沖野眞已判事は大学で法学研究を重ねた学者出身沖野眞已判事は1964年1月12日生まれ。1986年に司法試験に合格し、翌1987年に東京大学法学部を卒業した。
筑波大学、学習院大学、一橋大学などで教員を務め、2010年には東京大学大学院法学政治学研究科教授に就任。2025年には同研究科長および法学部長を務めていた。
専門的な法学研究や教育に携わった経歴を持ち、2025年7月24日に最高裁判所判事に任命された。
高須判事が弁護士としての実務経験を持つのに対し、沖野判事は大学での研究・教育を中心にキャリアを築いてきた。2人の経歴を比べると、最高裁判所が異なる専門的背景を持つ人材によって構成されていることが分かる。
2026年の国民審査結果はどうなった?2026年2月の審査では、2人とも罷免されなかった。
全国集計を掲載した自治体の公式選挙結果資料によると、裁判官別の結果は次のとおりだ。
- 高須順一判事:罷免を可とする票7,664,301票、罷免を可としない票46,489,132票。
- 沖野眞已判事:罷免を可とする票7,436,291票、罷免を可としない票46,717,272票。
罷免を可とする票の割合は、それぞれ有効な記載のうち約14.15%、約13.73%だった。いずれも罷免を求めない票が大幅に上回った。
1949年の第1回から2026年の第27回まで、国民審査によって実際に罷免された最高裁判所裁判官はいない。制度が存在していても、実際に罷免が成立するハードルは非常に高いことがうかがえる。
【投票方法を完全解説】裁判官の×の付け方と何も書かない場合の扱い
国民審査で最も迷いやすいのが、投票用紙への記入方法だ。
基本ルールは非常にシンプルである。辞めさせたい裁判官の欄にだけ、自分で「×」を書く。罷免を求めない裁判官には何も書かない。
実際の投票手順は3ステップステップ1:投票用紙に印刷された裁判官の氏名を確認する。
投票用紙には審査対象となる裁判官の氏名があらかじめ印刷されている。2026年の審査では高須順一判事と沖野眞已判事の2人が記載されていた。
ステップ2:罷免を求める裁判官にだけ×を記入する。
その裁判官を最高裁判所判事として続けさせるべきではないと判断した場合、その氏名に対応する欄に「×」を書く。複数人について罷免を求める場合は、それぞれの欄に×を付けてよい。
ステップ3:記入した投票用紙を投票箱に入れる。
罷免を求めない裁判官については、何も書かず、そのまま投票する。
何も書かない白票は無効票ではないここは特に要点だ。
国民審査では、投票用紙に何も書かずに投票した場合、その票は無効にはならない。法律上、罷免を可としない投票として扱われる。
つまり、白紙で投票することは、制度上、対象裁判官の罷免を求めないという意思表示になる。
ただし、投票そのものに参加したくない場合は話が違う。投票用紙を受け取る前に係員へ申し出るか、受け取った後であれば投票箱に入れず、係員に返却する方法がある。用紙を持ち帰ることはできない。
国民審査の無効票になる記入方法最高裁判所裁判官国民審査法第22条では、所定の投票用紙を使用しない場合や、×以外の事項を記載した場合などを無効と定めている。
例えば、次のような記入は避けなければならない。
- 「○」や「△」を書く。
- 「チェックマーク」や「レ点」を付ける。
- 裁判官の氏名やコメントを書く。
- 「信任」「不信任」などの文字を書く。
- 自分で記入していない×がある。
国民審査で使う記号は「×」だけだ。ほかの記号や文字を使って意思表示しようとしても、法律上の有効な投票にはならない。
特に注意したいのは、白紙と無効票を混同しないことだ。白紙は有効票として扱われる一方、×以外の記号を記入すると無効になる可能性がある。
【罷免条件を解説】日本国憲法第79条と国民審査法の基準
裁判官に×を付ける人が多ければ、すぐに罷免されるわけではない。罷免が成立するためには、憲法と最高裁判所裁判官国民審査法が定める条件を満たす必要がある。
憲法79条3項が定める罷免の基本原則日本国憲法第79条3項は、国民審査において投票者の多数が裁判官の罷免を可とした場合、その裁判官が罷免されるという原則を定めている。
具体的な投票の判定方法は、最高裁判所裁判官国民審査法第32条に規定されている。
同条によれば、罷免を可とする投票数が、罷免を可としない投票数を上回った裁判官が罷免を可とされたものと扱われる。ただし、投票総数に関する最低条件も設けられている。
罷免が成立するための2つの条件条件1:罷免を可とする票が、罷免を可としない票を上回ること。
単に×が一定数集まっただけでは足りない。罷免を求める票が、罷免を求めない票より多くなければならない。
条件2:投票総数が選挙人名簿登録者総数の100分の1以上に達すること。
最高裁判所裁判官国民審査法第32条には、投票総数が選挙人名簿登録者などの総数の1%に達しない場合は、罷免の効力が生じないという例外規定がある。在外選挙人名簿の登録者も法律上の母数に含まれる。
ここで間違えやすいのは、1%という数字の意味だ。罷免を求める×の票が有権者全体の1%を超えればよい、という意味ではない。審査の投票総数が所定の最低水準に達している必要があるということだ。
罷免成立の仕組みを具体例で理解する仮に、ある裁判官について次のような投票結果になったとする。
- 罷免を可とする票:60万票
- 罷免を可としない票:40万票
- 投票総数:100万票
この場合、罷免を可とする票が上回っているため、法律上の最低投票総数の条件も満たしていれば罷免の対象となる。
一方、罷免を可とする票が40万票、罷免を可としない票が60万票なら、罷免は成立しない。
なお、実際の罷免の効力が発生する時期についても法律上の規定がある。国民審査法第35条では、所定の訴訟提起期間が経過した日、または訴訟があった場合にはその手続が終了した日などを罷免の時期として定めている。
これまで罷免された最高裁判所裁判官はいる?制度が始まった1949年から2026年の第27回まで、国民審査で罷免された裁判官はいない。
ただし、これは国民審査に意味がないことを示すものではない。罷免に至らなくても、各裁判官に対してどれほどの有権者が罷免を求めたかは、公式の審査結果として記録される。
2026年の結果でも、高須判事と沖野判事に対する罷免を可とする票はそれぞれ700万票を超えた。罷免が成立しなかったことと、すべての有権者が両判事を積極的に支持したことは同じではない。
【判断材料の調べ方】裁判官の判決・経歴はどこで確認できる?
裁判官に×を付けるかどうかを判断するには、人物の知名度や肩書だけでなく、実際にどのような裁判に関与し、どのような法的判断を示してきたかを確認することが大切だ。
法律の専門家でなくても、公式資料を使えば基本的な情報を調べられる。
1. 選挙管理委員会が発行する審査公報最初に確認したいのが、最高裁判所裁判官国民審査の審査公報だ。
最高裁判所裁判官国民審査法第53条と同法施行令に基づき、都道府県の選挙管理委員会が発行する資料で、主に次の情報が掲載される。
- 審査対象となる裁判官の氏名
- 生年月日
- これまでの経歴
- 最高裁判所で関与した主要な裁判
- 審査に関して参考となる事項
審査公報には裁判官から提出された掲載文も掲載される。紙の資料だけでなく、各都道府県の選挙管理委員会のウェブサイトで閲覧できる場合もある。
2026年の審査についても、各都道府県の選挙管理委員会が高須順一判事と沖野眞已判事の情報や審査公報を公開した。
2. 最高裁判所の公式プロフィールより詳しい経歴を確認するなら、最高裁判所の公式ウェブサイトにある裁判官紹介が参考になる。
各裁判官のページには、学歴、職歴、専門的な活動、裁判官としての心構えなどが掲載されている。また、最高裁判所で関与した主要な裁判についても、年度別に情報を確認できる。
経歴を見る際には、弁護士出身、裁判官出身、検察官出身、学者出身などの違いにも注目したい。それぞれ異なる実務経験や専門知識を持っているため、人物の背景を理解する手がかりになる。
3. 最高裁判所の判例検索で判断内容を確認する裁判官の評価で特に重要になるのが、実際の判決内容だ。
最高裁判所の裁判例検索を利用すると、判決日、事件名、判示事項などから裁判例を探すことができる。
確認する際には、次の3点を意識したい。
- 多数意見:裁判所として採用された判断の内容や法的根拠。
- 補足意見:結論は同じでも、判断理由をさらに説明した意見。
- 反対意見:多数意見とは異なる法的判断を示した意見。
最高裁判所の判決は、複数の裁判官が参加して判断する。全員が同じ理由で結論に至っているとは限らないため、判決の結論だけで個々の裁判官の考え方を決めつけないことが重要だ。
×を付けるか迷ったときの判断基準国民審査には、全員に共通する公式の評価点数や、×を付けるべき裁判官を決めるチェックリストは存在しない。
判断材料として考えたいのは、例えば次のような観点だ。
- 判決の法的根拠や論理に納得できるか。
- 憲法や法律に基づいた判断を行っているか。
- 国民の基本的人権や自由に対する理解はどうか。
- 多数意見と反対意見の双方を踏まえて評価できるか。
- 裁判官としての独立性や公平性を信頼できるか。
特定の判決に賛成できないという理由だけで、裁判官全体の適格性を判断するのは慎重であるべきだ。判決は法令、証拠、過去の判例などを踏まえて出されるため、結論だけでは判断過程の全体像が分からないこともある。
反対に、経歴や専門性だけで判断する必要もない。裁判官としての実績や判断の積み重ねを確認し、自分なりの基準を持つことが国民審査の本来の意義につながる。
【よくある質問】選挙で裁判官の投票がわからない人向けFAQ
Q1:国民審査で何も書かずに投票すると無効になりますか?
A1:無効にはならない。白紙の投票用紙は有効で、各裁判官について罷免を可としない投票として扱われる。罷免を求める場合だけ×を記入する。
Q2:国民審査では全員に×を付けてもいいですか?
A2:法律上、罷免を求める裁判官の欄には複数人であっても×を記入できる。ただし、×以外の記号や文字を書かないこと。誰を罷免すべきかは、それぞれの経歴や判決などを判断材料に決める。
Q3:裁判官のことが分からない場合はどうすればいいですか?
A3:審査公報や最高裁判所の公式プロフィール、判例情報を確認するとよい。罷免を求めない場合は白紙で投票できる。国民審査そのものに参加しない場合は、投票用紙を受け取る前に係員へ申し出るか、受け取った用紙を投票箱に入れず返却する。
選挙で裁判官の投票がわからないと感じたときは、まず最高裁判所裁判官国民審査という制度の基本を押さえればよい。
覚えておきたいルールは、辞めさせたい裁判官にだけ×を付け、罷免を求めない裁判官には何も書かないこと。白紙は無効票ではなく、罷免を可としない有効な投票として扱われる。
また、罷免が成立するには、罷免を可とする票が罷免を可としない票を上回り、法律で定められた最低投票総数の条件も満たす必要がある。
2026年2月8日の第27回国民審査では、高須順一判事と沖野眞已判事の2人が審査対象となり、いずれも罷免されなかった。
国民審査は、単に投票所で渡された用紙を処理するための手続きではない。司法の独立を尊重しながら、最高裁判所の裁判官の任命に国民が意思を示すための憲法上の制度である。
次回の審査に備える意味でも、選挙管理委員会の審査公報や最高裁判所の判例情報を日頃から確認しておきたい。投票用紙の正しい扱いを知り、裁判官の仕事を自分の目で確かめることが、国民審査を有意義なものにする第一歩となる。
主な事実確認資料
- 日本国憲法第79条・衆議院公式資料
- 最高裁判所裁判官国民審査法・e-Gov法令検索
- 最高裁判所公式プロフィール(高須順一判事・沖野眞已判事)
- 2026年第27回国民審査・各都道府県選挙管理委員会の公表資料
- 2026年2月8日執行の投開票結果・自治体公式集計資料