始球式が行われたのは、現地時間2025年10月27日。対戦カードはロサンゼルス・ドジャース対トロント・ブルージェイズで、ワールドシリーズの第3戦だった。会場はドジャースの本拠地ドジャースタジアム。第1戦、第2戦を1勝1敗で終えた両チームが、ロサンゼルスで迎えた重要な一戦である。
野茂の登場は、試合前のセレモニーとして実施された。MLBは開催前の公式発表でも、ワールドシリーズ第3戦の始球式を野茂が担当すると告知していた。1995年にドジャースでメジャーリーグに挑戦してから30年という節目に、かつての本拠地へ戻ってきた形だ。
始球式の後に行われた試合も、歴史に残る展開となった。ドジャースはブルージェイズを6対5で破り、延長18回の激闘を制した。試合時間は6時間39分。フレディ・フリーマンのサヨナラ本塁打で決着した、2025年ワールドシリーズ屈指の名勝負だった。
野茂の登場は、この長時間の熱戦に先立つセレモニーとして、ドジャースの歴史と現在をつなぐ意味を持っていた。
【背番号16と山本由伸】トルネード投法を披露しなかった始球式の真相

始球式で最初に目を引いたのは、野茂が着用していたドジャースの背番号16のユニホームだった。
背番号16は、1995年にドジャースでメジャーデビューした野茂の象徴的な番号。30年後のワールドシリーズでも同じ番号を背負って登場したことで、当時のファンにとっては懐かしさを感じる場面となった。
捕手役は山本由伸。日本人投手の先駆者から現役エースへ投球を受ける捕手役を務めたのは、ドジャースの山本由伸だった。
日本のプロ野球で実績を積み、メジャーリーグへ渡った山本と、1990年代に日本人投手の可能性を切り開いた野茂。同じ日本出身の投手でありながら、挑戦した時代も環境も異なる2人が、ワールドシリーズの舞台で向き合った。
野茂はマウンドの手前に立ち、山本のミットを目掛けて投球。ボールはノーバウンドで届き、ストライクとなった。投球後には山本と握手を交わし、記念撮影も行われた。
なぜトルネード投法を披露しなかったのか今回の始球式で多くのファンが期待していたのが、野茂の代名詞であるトルネード投法だった。
しかし、実際に披露したのは、現役時代の特徴的なひねりを伴うフォームではなく、オーバースローによる投球だった。
トルネード投法は、投球動作の途中で上半身を大きくひねり、打者に背中を見せるような独特の動きを特徴とする。一般的な投手のフォームとは異なり、身体の回転を利用して球に力を伝えるスタイルだ。
野茂の投球を紹介したFull-Countも、今回の始球式ではトルネード投法を披露しなかったと報道している。
なお、今回のフォーム変更について、野茂本人が理由を説明した公式コメントは確認できない。年齢や身体的な事情だけを理由として断定することはできないが、始球式という短いセレモニーであっても、現役時代と同じ投球動作を再現する必要はない。
むしろ、山本に向けてしっかりストライクを投げ込んだことが、今回の始球式の見どころだった。
【野茂英雄の始球式動画と評判】現地ファンと日本の野球ファンの反応
野茂の始球式は、MLB公式Xでも動画が公開された。日刊スポーツもMLB公式の投稿を紹介する形で動画を掲載し、野茂の投球と山本の捕手役が注目を集めた。
動画を見る際には、次の3つの場面に注目したい。
動画で確認したい3つの見どころ1. 背番号16のユニホームで登場する瞬間
ドジャースのユニホームを身にまとった野茂が紹介されると、スタンドから大きな歓声が起こった。かつてのドジャースを支えた選手が、再び本拠地のグラウンドに姿を見せた瞬間だ。
2. 山本由伸に向けたノーバウンド投球
トルネード投法ではなく、オーバースローで投じた一球。マウンドの手前から投げたボールが山本のミットに収まり、ストライクとなった。
3. 投球後の山本との握手
投球を終えた野茂は山本と握手を交わした。世代の異なる2人の日本人投手が、ワールドシリーズという最高峰の舞台で交流したことが印象的だった。
野茂英雄の始球式に対する評判は?J-CASTニュースが2025年10月28日に紹介したSNS上の反応を見ると、ファンの感想にはいくつかの共通点があった。
まず目立ったのは、野茂のドジャース復帰を懐かしむ声だ。背番号16のユニホーム姿に、1990年代のメジャーリーグを思い出したファンも多かった。
続いて、山本由伸が捕手役を務めたことへの感動。日本人メジャーリーガーの道を切り開いた野茂と、その道を進む現役投手の共演は、世代を超えた象徴的な場面として受け止められた。
一方、トルネード投法を期待していたファンからは、往年のフォームを見たかったという反応も紹介されている。
また、久しぶりに野茂の投球を見られたこと自体を喜ぶ声もあった。
総合すると、今回の評判は、フォームへの期待と、レジェンドの再登場に対する歓迎が共存したものだった。トルネード投法を披露しなかったことが話題になった一方で、始球式そのものへの注目度は高かった。
【野茂英雄の経歴とメジャー通算123勝】1995年からの伝説を年表で整理
野茂英雄は1968年8月31日、大阪府生まれ。日本プロ野球の近鉄バファローズで活躍した後、1995年にロサンゼルス・ドジャースへ入団した。
日本での実績を持つ投手がメジャーリーグへ挑戦することが、現在ほど一般的ではなかった時代。野茂は独特の投球フォームとフォークボールを武器に、アメリカの打者を次々と打ち取った。
MLB公式選手プロフィールによると、メジャー通算成績は123勝109敗、防御率4.24、1918奪三振。通算323試合に登板し、2度のノーヒットノーランも達成している。
野茂英雄の主な経歴・記録一覧この年表から分かるのは、野茂のキャリアが単にメジャーで勝利を重ねた投手の記録にとどまらないことだ。日本で実績を残し、アメリカへ渡り、独特のスタイルで結果を出し、その後の日本人選手の挑戦を後押しする存在になった。
1995年メジャーデビューとアジア人初の新人王野茂がドジャースと契約したのは1995年2月。メジャーデビューは同年5月2日、サンフランシスコ・ジャイアンツ戦だった。
初年度の成績は13勝6敗、防御率2.54、236奪三振。ナショナル・リーグの奪三振王に輝き、最終的に新人王を受賞した。
この受賞は、日本出身選手がメジャーリーグの新人王に選ばれた初めてのケースだった。MLB公式の記録でも、野茂の1995年の新人王受賞が確認できる。
当時の野茂は、日本人投手がアメリカで通用するのかという大きな関心を集めていた。そのなかで新人王という結果を残したことは、後続の選手にとっても大きな意味を持った。
2度のノーヒットノーランはなぜ伝説なのか野茂の実績を語る際に欠かせないのが、メジャーリーグで達成した2度のノーヒットノーランだ。
最初の記録は1996年9月17日。ロサンゼルス・ドジャースの投手として、コロラド・ロッキーズの本拠地クアーズ・フィールドで達成した。
クアーズ・フィールドは標高が高く、打球が飛びやすい球場として知られる。打者に有利とされる環境で相手打線に安打を許さなかったことから、この試合はMLBの歴史に残る快挙として語り継がれている。
2度目は2001年。ボストン・レッドソックスに所属していた野茂は、ボルティモア・オリオールズを相手に再びノーヒットノーランを達成した。
異なる球団で2度の大記録を成し遂げたことも、野茂の投手としての価値を示している。
【デーブ・ロバーツと野茂英雄】山本由伸との共演が持つ本当の意味
今回の始球式では、山本由伸だけでなく、ドジャースのデーブ・ロバーツ監督と野茂の関係も注目された。
ロバーツ監督は現役時代にドジャースでプレーしており、野茂とチームメートだった時期がある。そのため、今回の再会は単なる監督と球団OBの交流ではなく、かつて同じチームで戦った仲間同士の再会でもあった。
ロバーツ監督が語った野茂への評価日刊スポーツの報道によると、ロバーツ監督は試合前の会見で野茂について次のように語った。
「すばらしい働き者で戦士。彼は日本を両肩に背負っていた。すばらしいチームメートで愛されていた」
加えて、野茂のチームメートであり友人だったことを幸運に思うという趣旨のコメントも残している。
「日本を両肩に背負っていた」という言葉は、野茂が当時どのような立場に置かれていたかを端的に表している。
日本人選手がメジャーリーグで成功する前例が少なかった時代、野茂には自身の成績だけでなく、日本人選手全体の評価を背負うような期待が集まっていた。
ロバーツ監督の発言は、そうした当時の重圧と、野茂がチームメートからどのように評価されていたかを伝えるものだった。
野茂から山本由伸へ。変わったものと変わらないもの1995年の野茂と2025年の山本では、メジャーリーグに挑戦するための環境が大きく異なる。
野茂が渡米した当時、日本人投手がメジャーの先発ローテーションで活躍することは、まだ珍しい挑戦だった。一方、山本が移籍した時代には、日本人投手の実績や評価がすでに国際的に確立されていた。
この違いは、野茂が切り開いた道の大きさを示している。
現在の日本人選手がメジャーリーグへ移籍し、実力を発揮できる環境が整ってきた背景には、野茂をはじめとする先駆者の挑戦がある。
今回の始球式は、過去の功績を称えるだけのセレモニーではなかった。山本という現役投手が捕手役を務めたことで、日本人メジャーリーガーの歴史が次の世代へ受け継がれていく様子を象徴する場面になった。
【野茂英雄の現在・2026年最新】パドレスでの役職と引退後の活動
2026年現在の野茂は、現役時代のようにメジャーリーグのマウンドに立つ選手ではない。現役引退後は野球界の運営や選手育成に関わり、サンディエゴ・パドレスで活動を続けている。
2016年からパドレスのアドバイザーに就任野茂がパドレスのアドバイザーに就任したのは2016年2月11日。球団が公式発表した役職名は「Advisor, Baseball Operations」だった。
就任時の球団発表では、主な役割として次の内容が挙げられていた。
- 選手育成に関する助言
- 球団の野球運営への協力
- 環太平洋地域での球団活動の拡大
特に注目したいのは、野茂の経験が選手育成や国際的な球団戦略に生かされることだ。
日本でプレーした経験と、メジャーリーグで長年戦った経験を持つ野茂は、日米の野球文化や選手を取り巻く環境を理解する立場にある。
2026年11月時点のパドレス公式フロントオフィス一覧では、野茂の肩書きは「Special Assistant, Baseball Operations」と掲載されている。2016年の就任発表にあるアドバイザーという呼称と、現在の公式名簿に記載された役職名は区別して理解したい。
2026年8月には栗山巧の引退セレモニーにも登場2026年の野茂の近況を伝える出来事として、8月30日にベルーナドームで行われた埼玉西武ライオンズ・栗山巧の引退セレモニーがある。
野茂は栗山が尊敬する人物の一人として式典に登場し、花束を贈呈。ともに練習してきた時間を振り返り、栗山の今後を応援する言葉を送った。
スポーツ報知の報道を掲載したパ・リーグ公式ニュースによると、野茂は栗山に対し、引退を撤回してほしいという趣旨のメッセージも伝えている。
このエピソードからも、野茂が現役を退いた後も、選手との交流や野球界とのつながりを大切にしていることがうかがえる。
【プロの結論】野茂英雄の価値は123勝という数字だけでは測れない野茂のメジャー通算123勝は、投手としての優れた実績を示す数字だ。しかし、野茂の本当の功績は、その数字だけに収まらない。
1995年に日本からメジャーリーグへ渡り、トルネード投法とフォークボールで結果を残したこと。新人王を獲得し、2度のノーヒットノーランを達成したこと。そして、後に続く日本人選手たちに挑戦の可能性を示したこと。
この3つを合わせて考えると、野茂は単なる優秀な投手ではなく、日本とアメリカの野球をつなぐ歴史的な存在だったことが分かる。
始球式でトルネード投法を披露しなかったことは、今回の登場の価値を下げるものではない。むしろ、背番号16を着て再びドジャースタジアムに立ち、山本由伸へストライクを投げ込んだことそのものに、30年という時間の重みがあった。
【野茂英雄の始球式】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:野茂英雄の始球式はいつ行われましたか?
A1:2025年10月27日(日本時間10月28日)です。ドジャースタジアムで開催されたワールドシリーズ第3戦、ドジャース対ブルージェイズ戦の試合前に実施されました。
Q2:始球式で捕手を務めたのは誰ですか?
A2:ドジャースの山本由伸投手です。野茂は背番号16のユニホームで登場し、山本に向けてノーバウンドのストライクを投げました。
Q3:野茂英雄は始球式でトルネード投法を披露しましたか?
A3:披露していません。今回の始球式ではオーバースローで投球しました。トルネード投法を期待していたファンからは、往年のフォームを見たかったという反応もありました。
Q4:野茂英雄のメジャー通算成績は何勝ですか?
A4:メジャー通算123勝109敗、防御率4.24、1918奪三振です。ノーヒットノーランも2度達成しています。
Q5:野茂英雄は2026年現在、何をしていますか?
A5:サンディエゴ・パドレスの球団運営に関わっています。2016年にアドバイザーとして就任し、2026年の球団公式スタッフ一覧では「Special Assistant, Baseball Operations」と掲載されています。
Q6:野茂英雄の始球式動画はどこで見られますか?
A6:MLB公式Xで公開された動画のほか、日刊スポーツや野球専門メディアFull-Countなどが当日の投球映像を紹介しています。背番号16での登場、山本由伸への投球、投球後の交流が主な見どころです。
野茂英雄の始球式が行われたのは、2025年10月27日のワールドシリーズ第3戦。背番号16のドジャースユニホームで登場し、捕手役の山本由伸に向けてストライクを投げ込んだ。
現役時代の代名詞だったトルネード投法は披露しなかったものの、ドジャースタジアムには大きな歓声が響いた。デーブ・ロバーツ監督との再会や、山本との握手も印象的な場面となった。
野茂のメジャー通算123勝、1918奪三振、2度のノーヒットノーラン、そして1995年の新人王という記録は、現在も日本人メジャーリーガーの歴史を語るうえで欠かせない。
2026年現在もパドレスの球団運営に関わり、国内の野球界との交流も続けている野茂。2025年の始球式は、過去の栄光を振り返るだけでなく、日本人選手が切り開いてきたメジャーリーグへの道を改めて感じさせる出来事だった。
山本由伸が捕手を務めたあの一球には、野茂が築いた歴史と、次の世代へ続く日本人メジャーリーガーの未来が重なっていた。