中村米吉の家系を理解するには、父方の二つの兄弟家族に注目すると分かりやすくなります。
父は五代目中村歌六、父の弟が三代目中村又五郎です。それぞれの家に息子がおり、米吉と龍之助、歌昇と種之助という次世代につながっています。
中村米吉の家系図
四代目 中村歌六
旧名・二代目中村歌昇/没後に四代目歌六を追贈
五代目 中村歌六
米吉の父・人間国宝
五代目 中村米吉
本人・1993年生まれ
初代 中村龍之助
弟・1995年生まれ
三代目 中村又五郎
米吉の叔父
四代目 中村歌昇
いとこ・長男
初代 中村種之助
いとこ・次男
公表されている親子関係をもとに整理。左右は父方の兄弟二家系を表しています。
この家系図で押さえたいのは、五代目中村歌六と三代目中村又五郎が実の兄弟という点です。
そのため、米吉と又五郎の息子である歌昇・種之助は、いずれも父方のいとこにあたります。
祖父の四代目中村歌六についても補足が必要です。祖父は生前、二代目中村歌昇を名乗っていた人物で、1973年に亡くなった後、1981年に四代目中村歌六の名跡を追贈されました。日本俳優協会の歌舞伎俳優名鑑にも、この経歴が記録されています。
つまり、家系図に登場する「四代目中村歌六」は、現在の父・五代目中村歌六とは別人です。
【父・五代目中村歌六】人間国宝として活躍する名優の経歴

1950年10月14日生まれ/東京都出身
屋号:播磨屋。本名:小川進一。五代目米吉の父。
中村米吉の父である五代目中村歌六は、歌舞伎界を代表する実力派俳優です。
1950年10月14日生まれ。祖父にあたる四代目中村歌六の長男として生まれ、1955年9月、歌舞伎座『夏祭浪花鑑』で四代目中村米吉を名乗り初舞台を踏みました。
その後、1981年6月の歌舞伎座『一條大蔵譚』で五代目中村歌六を襲名しています。
父が人間国宝に認定されたのは2023年五代目中村歌六は、長年にわたる歌舞伎への貢献が評価され、2023年に重要無形文化財「歌舞伎脇役」の各個認定保持者、いわゆる人間国宝に認定されました。
ほかにも、2015年には読売演劇大賞優秀男優賞や芸術選奨文部科学大臣賞、2016年には日本芸術院賞、2018年には紫綬褒章を受けています。
父と息子は同じ「中村米吉」を名乗っていた米吉の家系で特に興味深いのが、父もかつて中村米吉だったことです。
父は1955年に四代目中村米吉を襲名し、1981年に五代目中村歌六となりました。その後、息子が2000年に五代目中村米吉を襲名しています。
父が若い頃に名乗っていた名前を、息子が代数を進めて受け継いだわけです。
これは単に親子で同じ職業に就いたというだけではなく、家の芸や名跡を次世代につないでいく歌舞伎独特の継承文化を表しています。
【弟・叔父・いとこ】中村米吉と親族の関係を一覧表で比較
ここでは、検索されることの多い親族を一人ずつ整理します。
| 人物 | 米吉との続柄 | 家系上の関係 |
|---|---|---|
| 五代目中村歌六 | 父 | 四代目歌六の長男 |
| 初代中村龍之助 | 弟 | 歌六の次男 |
| 四代目中村歌六 | 祖父 | 父の実父 |
| 三代目中村又五郎 | 叔父 | 父・歌六の弟 |
| 四代目中村歌昇 | いとこ | 又五郎の長男 |
| 初代中村種之助 | いとこ | 又五郎の次男 |
1995年4月22日生まれ
五代目中村歌六の次男で、米吉の弟。
中村龍之助は1995年生まれ。2000年7月、歌舞伎座『宇和島騒動』の若殿春松君役で初代中村龍之助を名乗り、初舞台を踏みました。
兄の米吉と同じく播磨屋に属しています。日本俳優協会の歌舞伎俳優名鑑でも、歌六の次男と記載されています。
兄弟で歌舞伎の世界に身を置いている点は、播磨屋の次世代を考えるうえでも興味深いところです。
叔父・三代目中村又五郎は父の実弟
1956年4月26日生まれ
四代目中村歌六の次男。五代目歌六の弟。
三代目中村又五郎は、米吉の父・五代目歌六の弟です。
もともとは三代目中村歌昇を名乗り、1981年に襲名。その後、2011年9月の新橋演舞場『菅原伝授手習鑑』で三代目中村又五郎を襲名しました。
つまり、現在の「中村又五郎」という名前になる前は、父と同じく歌昇の名跡を名乗っていた時期がありました。
いとこ・四代目中村歌昇は又五郎の長男
1989年5月6日生まれ
三代目中村又五郎の長男。米吉のいとこ。
四代目中村歌昇は、又五郎の長男です。
1994年6月に四代目中村種太郎を名乗って初舞台を踏み、2011年9月に四代目中村歌昇を襲名しました。
立役を中心に活躍し、弟の種之助とともに自主公演の勉強会「双蝶会」にも取り組んでいます。
いとこ・初代中村種之助は又五郎の次男
1993年2月22日生まれ
三代目中村又五郎の次男。歌昇の弟で、米吉のいとこ。
種之助は1999年2月、歌舞伎座『盛綱陣屋』の小三郎で初代中村種之助を名乗り、初舞台を踏みました。
立役と女方の両方を勤める俳優で、兄の歌昇との「双蝶会」でも研鑽を重ねています。
このように、米吉と歌昇・種之助は単なる同門の役者ではなく、父親同士が兄弟という明確な血縁関係にあります。
【播磨屋の系譜】萬屋から播磨屋に戻った2010年の転換点
中村米吉の家系を理解する際、もう一つ重要なのが「播磨屋」という屋号です。
屋号は歌舞伎俳優の家や一門を示す呼称で、舞台上でも「播磨屋」という掛け声が使われます。
米吉、歌六、又五郎、歌昇、種之助、龍之助は、いずれも播磨屋の屋号を持っています。
なぜ萬屋から播磨屋に戻ったのか実は、五代目中村歌六と三代目中村又五郎の兄弟は、かつて萬屋を屋号としていました。
2010年9月の「秀山祭九月大歌舞伎」を機に、二人は屋号を播磨屋に戻しました。
歌舞伎 on the webの当時の発表によれば、1971年に祖父にあたる三代目中村時蔵の意向もあって萬屋を名乗るようになり、その後、2008年に三代目時蔵の五十回忌を終えたことなどを経て、播磨屋への復帰が決まりました。
このとき、歌六の長男・米吉と次男・龍之助、又五郎の息子たちの屋号も同時に播磨屋となりました。
播磨屋と萬屋はどう違う?ここで注意したいのは、屋号の変更と名跡の襲名は別の出来事だという点です。
- 屋号の変更:一門や家が舞台で名乗る呼称に関するもの。
- 名跡の襲名:歌舞伎俳優が代々受け継ぐ芸名を引き継ぐもの。
- 血縁関係:親子や兄弟、いとこといった家族上のつながり。
この3つは互いに関連していますが、同じ意味ではありません。
2010年の播磨屋復帰によって、米吉たちの世代も、父や叔父と同じ屋号を共有することになりました。
【名跡継承の経緯】四代目米吉から五代目米吉へ続く歴史
歌舞伎では、名前を受け継ぐことが芸の継承と深く結びついています。
中村米吉の場合、父と息子が同じ名前を異なる代数で名乗ったことが、家系を読み解く最大のポイントです。
父と息子の襲名年表
1955年9月
父・小川進一が四代目中村米吉を名乗り、歌舞伎座『夏祭浪花鑑』で初舞台。
1981年6月
父が歌舞伎座『一條大蔵譚』で五代目中村歌六を襲名。
1993年3月8日
長男の中村米吉が誕生。
2000年7月
米吉が父の前名を継ぎ、五代目中村米吉を襲名して初舞台。
2011年1月
浅草公会堂での公演を経て、米吉が名題に昇進。
2023年
父・五代目中村歌六が人間国宝に認定。
日本俳優協会の俳優名鑑および中村歌六・米吉公式プロフィールに基づく年表。
中村米吉は1993年3月8日生まれです。
2000年7月、歌舞伎座『宇和島騒動』の武右衛門せがれ武之助役で、五代目中村米吉を襲名して初舞台を踏みました。
このとき継いだのが、父がかつて名乗っていた四代目中村米吉の名前です。
つまり、父が四代目、息子が五代目という関係になります。
2011年から女方を志す米吉の芸歴でもう一つの転換点が2011年です。
公式プロフィールによると、この年から女方を志し、本格的に歌舞伎役者としての道を歩み始めました。
2015年には南座『鳴神』の雲の絶間姫で十三夜会奨励賞を受賞。2021年には第42回松尾芸能賞新人賞を受賞しています。
父の歌六が立役を中心に存在感を示す一方、米吉は女方として独自の持ち味を磨いてきました。
歌舞伎の名跡を受け継ぐことと、同じ芸風を再現することは同義ではありません。家の伝統を背負いながら、自分の得意分野を確立していくところに、米吉の役者としての歩みがあります。
【2026年最新】中村米吉の現在の活動と今後の注目点
五代目中村米吉
2026年11月現在
古典歌舞伎から新作歌舞伎まで幅広い舞台で活動。
2026年の中村米吉は、古典歌舞伎だけでなく、人気アニメや漫画などを題材にした新作歌舞伎にも出演しています。
2026年は『流白浪燦星 碧翠の麗城』にも出演2026年3月の新橋演舞場、4月の御園座を経て、9月には南座で上演された『流白浪燦星 碧翠の麗城』に出演しました。
同作は『ルパン三世』と歌舞伎を融合させた作品の第2弾です。
米吉が演じたのはヒロインの瀬織姫。歌舞伎のお姫様らしい表現を大切にしながら、アニメや映画に登場するヒロイン像も意識した役作りに取り組んだことを、歌舞伎美人のインタビューで語っています。
2026年11月は歌舞伎座『仮名手本忠臣蔵』2026年11月1日から25日まで、歌舞伎座では「吉例顔見世大歌舞伎」として通し狂言『仮名手本忠臣蔵』が上演されています。
米吉は昼の部の大序・三段目で足利直義を勤め、Aプロ・Bプロの両方に出演しています。
同じ公演では父・五代目中村歌六も四段目の石堂右馬之丞を勤めるなど、親子が同じ舞台に名を連ねています。
このような活動を見ると、米吉は単に名門の後継者という立場にとどまらず、古典の大役と新作のヒロインという異なる領域で経験を積んでいることが分かります。
中村米吉の評価で注目したい3つのポイント- 女方としての個性:2011年から女方を志し、雲の絶間姫や初菊など、さまざまな役を経験。
- 古典と新作の両立:伝統的な演目に加え、『風の谷のナウシカ』や『ファイナルファンタジーX』などの新作歌舞伎にも出演。
- 播磨屋の次世代:父・歌六や叔父・又五郎の世代から受け継いだ芸の伝統を、独自の持ち味で発展させている。
【中村米吉の家系図】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:中村米吉の父親は誰ですか?
A1:五代目中村歌六です。2023年に重要無形文化財「歌舞伎脇役」の各個認定保持者、いわゆる人間国宝に認定されました。若い頃は四代目中村米吉を名乗っていました。
Q2:中村米吉と四代目中村米吉は同一人物ですか?
A2:別人です。四代目中村米吉は現在の米吉の父・五代目中村歌六が1955年から1981年まで名乗っていた名前です。息子が2000年に五代目中村米吉を襲名しました。
Q3:中村米吉と中村歌昇・中村種之助はどんな関係ですか?
A3:父方のいとこです。歌昇と種之助の父は三代目中村又五郎で、又五郎は米吉の父・五代目中村歌六の弟にあたります。
中村米吉の家系図を読み解くうえで、最も大切なのは、親族関係と歌舞伎の名跡を混同しないことです。
改めて整理すると、次のようになります。
- 父は人間国宝の五代目中村歌六。
- 祖父は四代目中村歌六。
- 弟は初代中村龍之助。
- 叔父は三代目中村又五郎。
- いとこは四代目中村歌昇と初代中村種之助。
- 父の前名は四代目中村米吉で、息子が五代目を襲名。
- 屋号は2010年に萬屋から播磨屋へ復帰。
特に注目したいのは、父・歌六がかつて名乗った四代目中村米吉の名前を、息子が五代目として受け継いだことです。
これは歌舞伎における名跡継承の具体例であり、家族の歴史と芸の伝統が一つの名前に結びついていることを示しています。
2026年現在、米吉は古典歌舞伎から新作歌舞伎まで活動の幅を広げています。父や叔父の世代から続く播磨屋の伝統を受け継ぎながら、五代目中村米吉としてどのような役者に成長していくのか。今後の舞台にも注目が集まります。
主な参照資料
- 日本俳優協会「歌舞伎俳優名鑑・現在の俳優篇」
- 中村歌六・中村米吉オフィシャルサイト
- 伝統歌舞伎保存会「役員一覧」
- 歌舞伎 on the web「中村歌六、中村歌昇の屋号が『播磨屋』に」
- 松竹「歌舞伎美人」2026年公演・出演者情報