創共協定を理解するうえで、もう一つ欠かせないのが公明党の存在です。創価学会と日本共産党の協定が成立したからといって、公明党まで日本共産党と友好関係になったわけではありません。
公明党は創価学会から生まれた政党公明党の前身である公明政治連盟は1961年11月27日に結成され、1964年11月17日に公明党として正式に発足しました。当時の創価学会会長だった池田大作の発意が結党の背景にあります。
公明党の公式沿革によると、創価学会の仏法の理念を背景に、大衆福祉や人間性を尊重する民主主義の実現を目指して結党されました。現在の公明党も、創価学会を支持団体、政党をその支持を受ける側と説明しています。
創価学会と公明党の関係は、創共協定締結当時から政治的な議論の対象でした。特に1970年の言論・出版問題を経て、両者の関係をどのように整理するかが大きな課題になっていました。
公明党と日本共産党は何が違う?公明党と日本共産党は、どちらも国政に参加する政党ですが、思想的な出発点や政策の方向性は異なります。
- 公明党:仏法の人間主義を政治理念の背景に持ち、中道政治や福祉政策を重視する。
- 日本共産党:社会主義・共産主義の理念を掲げ、資本主義のあり方や経済格差、政治制度の改革を重視する。
政策面でも違いがあります。例えば、安全保障関連法や自衛隊の位置付け、原発政策、日米安全保障体制などは、両者の政治的な立場を比較する際の重要な論点です。
2026年1月に発表された中道改革連合の基本政策では、存立危機事態における自衛権行使を合憲とする立場や、条件付きの原発再稼働容認が示されました。日本共産党はこれらの方針を批判し、政策上の違いを明確にしています。
政教分離と憲法20条は創価学会の政治活動を禁止しているのか創価学会の政治活動を考える際、必ず確認したいのが日本国憲法第20条です。
憲法第20条は、信教の自由を保障するとともに、宗教団体が国から特権を受けたり、政治上の権力を行使したりすることを禁じています。また、国やその機関による宗教教育や宗教的活動も禁止しています。
一方で、ここでいう政教分離は、宗教団体が政治について意見を述べたり、政党を支持したりすることを一律に禁止する規定ではありません。
2000年5月19日の参議院における政府答弁では、憲法20条の「政治上の権力」は、国や地方公共団体に独占される統治的権力を意味すると説明されています。立法権、裁判権、課税権、行政権などがその例です。
加えて、2022年8月の岸田内閣による政府回答でも、政教分離原則は国家が宗教に介入・関与することを排除する趣旨であり、宗教法人の政治活動を排除するものではないとの認識が示されました。
このため、創価学会が公明党を支援することだけをもって、直ちに憲法違反と判断することはできません。
ただし、憲法上問題がないという説明と、政治活動の透明性や宗教団体と政党の意思決定の独立性について社会的な検証が不要になることは別問題です。政教分離を考える際には、法的な適否と政治的な説明責任を分けて考える必要があります。
【2026年最新】共産党と創価学会の現在の関係は?政治情勢から検証

2026年現在、創価学会と日本共産党の間に、1974年の創共協定に基づく継続的な政治協力関係はありません。かつての協定は歴史的な合意として位置付けられており、現在の政党間の連携を意味するものではありません。
一方、公明党と創価学会の関係は続いています。さらに2025年から2026年にかけて、公明党を取り巻く政治情勢は大きく変わりました。
2025年、公明党が自民党との連立政権から離脱公明党は1999年以来続いていた自民党との連立関係を、2025年10月10日に終了する方針を発表しました。
公明党の公式発表では、自民党側の政治資金問題への対応が不十分だったことが、連立継続を断念した大きな理由として説明されています。これは創共協定とは直接関係のない、現代の政治改革をめぐる判断でした。
2026年1月、創価学会が中道改革連合を支持2026年1月には、立憲民主党と公明党を中心とする新党「中道改革連合」が結成されました。
公明党は1月22日、衆議院議員全員が公明党を離党して新党に参加する方針を決定。参議院議員と地方議員で構成する公明党は、新党を全面的に支援する体制となりました。
注目すべきなのは、創価学会も2026年1月22日の中央社会協議会で中道改革連合への支持を決定したことです。創価学会の公式発表では、同党の人間主義や中道政治、生活者を重視する政策などを評価したと説明されています。
2026年2月の衆議院選挙で共産党は4議席に後退2026年2月8日の衆議院議員総選挙では、自民党が大きく議席を伸ばす一方、中道改革連合は49議席、日本共産党は4議席となりました。
日本共産党中央委員会は2月9日付の総選挙総括で、改選8議席から4議席への後退を公表しています。比例代表の得票も、前回の336万2千票から251万9千票へ減少しました。
2026年9月、中道改革連合が事実上分裂中道改革連合は、結党後に立憲民主党や公明党との組織的な合流をめぐる協議がまとまらず、2026年9月に新たな形へ移行することを決めました。
立憲民主党出身議員は新党「民主改革の会」を結成する方向へ進み、公明党出身議員は公明党への復党を選択しました。
公明党は9月24日、衆議院議員28人の復党を承認。参議院議員21人と合わせ、国会議員49人の体制で再出発することになりました。
また、9月24日には公明党出身者、民主改革の会、中道改革連合に残る議員などによって、衆議院の統一会派「中道」が結成されました。これは政党の組織的な合併とは異なる、国会内での協力関係です。
2026年11月時点での両者の位置関係このような政治再編を経ても、日本共産党と創価学会が1974年のような協定を再締結した事実はありません。
日本共産党は田村智子委員長の下で独自の党活動を続けており、2026年10月には第30回党大会に向けた決議案や綱領の一部改定案を公表しています。
創価学会は、2025年活動報告でも公明党への継続的な支援を明記しています。また、選挙ごとに支持方針を検討することや、学会員個人の政党支持は自由であることも説明しています。
現在の関係を整理すると、次のようになります。
- 創価学会と日本共産党:1974年の協定は実質的に終了しており、現在の政治的な協力関係はない。
- 創価学会と公明党:支持団体と支持を受ける政党という関係が継続している。
- 公明党と日本共産党:政策や政治路線の違いがあり、創共協定を通じた連携も存在しない。
- 公明党と中道系勢力:2026年の再編後も、国会内での統一会派などを通じた協力が続いている。
つまり、2026年の政治情勢を見るうえで重要なのは、創共協定の歴史と、創価学会・公明党が現在進めている政治活動を混同しないことです。
【共産党創価学会の疑問を解消】よくある質問(FAQ)
Q1:創共協定はいつ締結されたのですか?
A1:1974年12月28日です。創価学会と日本共産党が相互の自主性を尊重し、信教の自由や政治的自由を守ることなどを確認しました。協定は10年間を期間としていました。
Q2:創共協定は池田大作と宮本顕治が結んだのですか?
A2:両組織間で協定が締結され、翌12月29日に池田大作と宮本顕治が会談して合意を確認しました。作家の松本清張が仲介役を務めました。
Q3:創共協定によって公明党と共産党は協力したのですか?
A3:いいえ。創価学会と日本共産党が結んだ協定であり、公明党と日本共産党の正式な政治連合や連立政権が成立したわけではありません。公明党は共産党との政治的共闘を否定しました。
Q4:2026年現在、創価学会と日本共産党は敵対しているのですか?
A4:1970年代のような激しい対立を前提とする関係ではありませんが、協定に基づく友好関係や政治協力もありません。現在はそれぞれ独立した組織として活動しています。
Q5:創価学会が公明党を支援することは憲法違反ですか?
A5:宗教団体が政党を支持したり選挙活動を行ったりすること自体は、憲法20条によって一律に禁止されていません。国家による宗教への介入や宗教団体による統治権力の行使などとは区別して考える必要があります。
日本共産党と創価学会は、かつて激しい対立を経験しながらも、1974年12月28日に創共協定を締結しました。その背景には、言論・出版問題をめぐる対立の緩和、信教の自由の保障、野党勢力の結集をめぐる政治的な期待がありました。
しかし、両者が協定に求めたものは同じではありませんでした。日本共産党は公明党を含む政治的な協力関係への発展を期待し、創価学会は組織の自主性と共存を重視しました。この認識の違いに公明党の反発や当時の政治的な圧力が重なり、協定は短期間で実質的な機能を失いました。
現在の関係を理解するうえでは、次の3点が重要です。
- 歴史:創共協定は1974年に締結され、1979年には死文化が明確になった。
- 組織:創価学会は宗教法人、日本共産党と公明党はそれぞれ独立した政党である。
- 現在:創価学会と公明党の関係は継続している一方、日本共産党との間に創共協定に基づく政治協力はない。
【プロの結論】創共協定が教えてくれるのは、思想や信仰が異なる組織でも、共通の利益や社会的課題を前にすれば協力することがあるという政治の現実です。同時に、組織の自主性や政治的な目的が一致しなければ、協定を結んでも長期的な協力にはつながらないという教訓も残しています。
2026年の政治情勢を読み解く際も、創価学会と公明党、日本共産党を同一視せず、それぞれの組織の成り立ち、公式方針、実際の政治行動を区別することが、歴史と現在を正しく理解するための判断基準になります。