2026年、世界保健機関(WHO)が注視した感染症の一つが、ハンタウイルス感染症だ。南大西洋を航行していたクルーズ船「MVホンディウス号」でアンデスウイルスによる集団感染が発生し、13人が感染、うち3人が死亡した。WHOは同年7月2日、接触者全員の健康観察が終了したことを受け、この集団感染の終息を発表している。
ハンタウイルス感染症は、ネズミなどのげっ歯類が保有するウイルスによって引き起こされる人獣共通感染症だ。主な感染経路はネズミの尿や糞便に含まれるウイルスを吸い込むことだが、南米で確認されるアンデスウイルスには、例外的に人から人への感染も確認されている。日本国内の発生状況、潜伏期間、初期症状、致死率、検査方法、治療法、予防策まで、2026年11月3日時点の公的情報をもとに整理する。
【ハンタウイルス感染症とは】肺と腎臓に深刻な影響を及ぼす感染症

ハンタウイルス感染症とは、ハンタウイルス科オルソハンタウイルス属に属するウイルスによって引き起こされる感染症の総称だ。自然界では主にネズミなどのげっ歯類がウイルスを保有しており、人間は感染した動物の排泄物や唾液に接触することで感染する。
国立健康危機管理研究機構や厚生労働省の解説では、感染するウイルスの種類や地域によって、主に2つの病型に分類されている。
ハンタウイルス肺症候群(HPS)ハンタウイルス肺症候群(Hantavirus Pulmonary Syndrome:HPS)は、主に北米・中南米で報告される感染症だ。肺や心臓、循環器系に深刻な影響を与えることが特徴である。
初期には発熱、頭痛、筋肉痛など、一般的なウイルス感染症に似た症状が現れる。その後、咳や呼吸困難、肺水腫、循環不全などへ急速に進行する場合がある。
重症化すると呼吸不全やショックを起こし、死亡することもある。厚生労働省は原因となるウイルスによって異なるものの、致命率を10〜50%程度と説明している。
腎症候性出血熱(HFRS)もう一つが腎症候性出血熱(Haemorrhagic Fever with Renal Syndrome:HFRS)だ。主にアジアやヨーロッパで報告され、腎臓や血管に影響を及ぼす。
発熱や頭痛、腰痛、腹痛などから始まり、重症化すると血圧低下、出血症状、ショック、急性腎不全などを引き起こす。
HPSが主に肺・心臓に影響するのに対し、HFRSは腎臓への障害が目立つ。この違いを理解しておくことが、ハンタウイルス感染症を正しく把握する第一歩となる。
【2026年クルーズ船集団感染】MVホンディウス号で何が起きたのか
2026年のハンタウイルス感染症をめぐる最大のニュースが、オランダ船籍のクルーズ船MVホンディウス号で発生した集団感染だ。
WHOへの最初の報告は2026年5月2日。南米アルゼンチンを出発した船内で、重い呼吸器症状を呈する乗客が複数確認されたことが発端だった。
その後の検査でハンタウイルス感染が確認され、5月5日にはウイルスの遺伝子解析によってアンデスウイルスが原因であることが確認された。これは、通常はネズミから人に感染するハンタウイルスの中でも、ヒトからヒトへの感染が報告されている例外的な種類だった。
集団感染の発生から7月2日の終息発表まで国立健康危機管理研究機構の最終報告によると、最初の患者は南米で屋外活動をした後に船へ乗船したとされる。4月3日に呼吸器症状が現れ、4月11日に死亡した。
その後、同じ船に関係する人々から感染者が確認された。初発例の感染源は南米での動物との接触が疑われているが、具体的な感染源や曝露状況は特定されていない。船内ではげっ歯類の侵入を示す証拠も確認されていない。
2026年7月2日、WHOは接触者全員の42日間の追跡調査が終了し、新たな二次感染が確認されなかったことを受け、今回の集団感染が終息したと発表した。
| 時期 | 主な出来事 | 公的機関による確認事項 |
|---|---|---|
| 2026年4月3日 | 初発例に呼吸器症状 | 南米での感染が疑われる |
| 4月11日 | 初発例が死亡 | 船内で検査確定に至らず |
| 5月2日 | WHOへ集団感染を通報 | ハンタウイルス感染を確認 |
| 5月5日 | 遺伝子解析が進む | アンデスウイルスと確認 |
| 5月10日 | 船がテネリフェ島に到着 | 日本人1人を含む147人が乗船 |
| 5月22日 | 最後の感染確認例 | スペインで健康観察中の無症状者が陽性 |
| 6月22日 | 日本人乗船者の健康観察終了 | 英国での健康観察を完了 |
| 7月2日 | WHOが終息を発表 | 接触者の追跡を完了し、追加感染なし |
WHOが7月2日に公表した最終状況は、次のとおりだ。
- 感染者:13人
- 検査確定例:12人
- 可能性例:1人
- 死亡者:3人
- 致命率:約23%
- 入院患者10人のうち8人が退院
- 高リスク接触者:317人
- 低リスク接触者:336人
- 接触者の追跡対象地域:33か国・地域
13人の感染者の年齢中央値は65歳で、男性9人、女性4人だった。死亡した3人は69歳、70歳、79歳だった。
接触者の合計は653人に上る。WHOは高リスク接触者の隔離・健康観察と、低リスク接触者の健康状態の確認を進め、最終的に全員の追跡を終了した。
7月2日の終息宣言は何を意味するのかここで注意したいのは、WHOが発表したのはMVホンディウス号に関連する集団感染の終息だという点だ。
ハンタウイルスそのものが世界から消滅したわけではない。アンデスウイルスは現在も南米の一部地域に存在し、ネズミから人への感染事例も報告されている。
今回の終息宣言は、感染者と接触した人々の追跡を完了し、42日間の観察期間中に新たな感染が確認されなかったことに基づくものだ。世界的な感染症の根絶宣言とは意味が異なる。
【感染経路と人から人への感染】ネズミ由来が基本、アンデスウイルスは例外
ハンタウイルス感染症の基本的な感染経路は、感染したネズミなどのげっ歯類との接触だ。
感染した動物は、必ずしも明らかな病気の症状を示すとは限らない。ウイルスを保有するネズミの尿、糞便、唾液などにウイルスが含まれ、それらが人間の生活環境を汚染することで感染の機会が生まれる。
主な感染経路は4つ- 粉じんの吸入:ネズミの尿や糞便で汚染された場所を掃除した際、乾燥した排泄物が舞い上がり、それを吸い込む。
- 直接接触:汚染された物や環境に触れ、ウイルスが付着した手で目・鼻・口に触れる。
- 咬傷や引っかき傷:感染したネズミにかまれたり、引っかかれたりする。
- 食品からの感染:ネズミの排泄物などで汚染された食品や飲料水を摂取する。
特に注意したいのが、長期間閉め切られた倉庫、納屋、山小屋、物置などの掃除だ。ネズミの排泄物が乾燥している環境では、清掃作業によって汚染された粉じんを吸い込む可能性がある。
ハンタウイルスは人から人へ感染するのか一般的なハンタウイルスは、人から人へ感染することが通常の感染経路ではない。感染の中心はあくまでげっ歯類から人への伝播である。
ただし、例外がアンデスウイルスだ。アルゼンチンやチリなど南米で確認されているこのウイルスでは、濃厚接触によるヒトからヒトへの感染が報告されている。
感染者との近距離での長時間の接触、飛沫への曝露、直接接触などが感染に関係すると考えられている。特に発症初期は感染性が高くなる可能性が指摘されている。
2026年のクルーズ船事例では、南米で感染したと考えられる初発例を起点に、船内で限定的なヒトからヒトへの感染が発生したとWHOや国立健康危機管理研究機構が評価している。
ただし、これは新型コロナウイルスのように一般社会で持続的な感染拡大が確認されたという意味ではない。アンデスウイルスによる人から人への感染は、これまでの報告でも濃厚接触を中心とする限定的なものだ。
【潜伏期間・初期症状・致死率】発熱や咳の後に急変する可能性
ハンタウイルス感染症で特に注意すべきなのは、感染から発症までに時間がかかることと、初期症状が一般的な感染症に似ていることだ。
ハンタウイルスの潜伏期間潜伏期間はウイルスの種類によって異なる。
- ハンタウイルス肺症候群(HPS):おおむね1〜7週間程度、通常は約2週間。
- 腎症候性出血熱(HFRS):おおむね1〜5週間程度、通常は2〜3週間。
WHOの一般的な解説では、ウイルスの種類によって感染から発症まで1〜8週間程度とされている。
感染直後に症状が出ないからといって、感染していないと判断することはできない。特に流行地域への渡航歴やネズミとの接触歴がある場合には、一定期間、体調の変化に注意する必要がある。
ハンタウイルス肺症候群の初期症状HPSの初期症状は、インフルエンザなどの一般的な感染症と似ている。
- 発熱
- 頭痛
- 悪寒
- 筋肉痛・関節痛
- 腹痛
- 吐き気・嘔吐
- 下痢
- 結膜充血
その後、数日を経て咳や低血圧が現れ、重症化すると肺に水分がたまる肺水腫や呼吸不全、循環不全へ進行する場合がある。
特徴的なのは、初期には風邪のように見えても、呼吸器症状が出始めると急激に悪化する可能性があることだ。
致死率はどの程度なのかハンタウイルス感染症の致死率は、原因ウイルスや病型、医療体制などによって異なる。
WHOのファクトシートでは、アジア・ヨーロッパの感染症は1〜15%未満から15%程度の範囲、南北アメリカの肺症候群は最大50%とされている。HPSは報告によって10〜50%程度と幅がある。
今回のクルーズ船事例では13人中3人が死亡し、致命率は約23%だった。
ここで重要なのは、今回の23%をすべてのハンタウイルス感染症に当てはめないことだ。異なる病型やウイルスの致命率を同一視すると、実際の感染リスクを誤って理解することになる。
【検査方法・治療法・ワクチン】早期診断と集中治療が重要
ハンタウイルス感染症は初期症状だけで確定診断することが難しい。発熱や筋肉痛、咳はほかの感染症でも見られるため、症状に加えて渡航歴やネズミとの接触歴を確認することが重要だ。
ハンタウイルスの検査方法厚生労働省によると、検査には主に次の方法がある。
- 血清学的検査:血液中のハンタウイルスに対する抗体を調べる。
- ウイルス遺伝子検査:PCRなどでウイルスの遺伝子を検出する。
- ウイルス分離・同定:検体からウイルスを検出し、性状を確認する。
WHOは、急性期のIgM抗体やIgG抗体価の上昇を調べる検査に加え、RT-PCRによるウイルスRNAの検出を診断方法として挙げている。
検査対象となる検体には全血、血清、血漿、唾液、鼻咽頭拭い液、組織などがある。ただし、検体の取り扱いには専門的な安全管理が必要であり、一般の医療機関で自己判断による検査を行うものではない。
特効薬はある?治療法の現状2026年11月現在、WHOや厚生労働省が公表している情報では、ハンタウイルス感染症を確実に治す特異的な治療薬は確立されていない。
治療の中心は、患者の症状や臓器障害に応じた支持療法・対症療法だ。
- 酸素投与などによる呼吸管理
- 心臓や循環機能の継続的な監視
- 血圧や体液量の管理
- 腎機能障害に対する適切な医療処置
- 重症例における集中治療
HPSは急速に重症化する場合があるため、疑われた段階から適切な医療機関で評価・管理を受けることが重要だ。診断確定を待ってから治療を始めるという考え方は危険である。
ワクチンは開発されているのかWHOによると、ハンタウイルス感染症に対する承認済みの特異的ワクチンはなく、特効的な抗ウイルス治療薬も確立されていない。
一部の国・地域では腎症候性出血熱に対するワクチンが研究・使用されてきた経緯があるが、すべてのハンタウイルスに有効な世界共通のワクチンが存在するわけではない。
今回の2026年の集団感染を受け、WHOは21か国が参加する研究を調整し、診断法・治療法・ワクチンの研究を進める方針を示した。今後の研究成果が注目される。
【日本国内の発生状況と予防方法】国内感染リスクを正しく理解する
海外で集団感染が起きると、日本でも感染者が発生するのではないかと不安になる人は少なくない。
しかし、2026年11月3日時点で確認できる国内の公的情報では、日本国内におけるハンタウイルス肺症候群の患者発生は報告されていない。
日本国内では過去に感染例があった腎症候性出血熱については、1970年代から1980年代に実験用ラットを介した感染事例が報告されている。
しかし、感染症法が施行された1999年以降、国内での感染事例は確認されていない。
一方、ハンタウイルス肺症候群については、これまで日本国内での患者発生報告がない。国立健康危機管理研究機構の解説では、HPSを引き起こすウイルスを媒介するげっ歯類は日本国内に生息していないとされている。
つまり、国内での感染リスクは高くないものの、ネズミとの接触や海外渡航に伴うリスクを完全に無視してよいという意味ではない。
日常生活で実践したい5つの予防策ハンタウイルス感染症の予防では、感染したネズミやその排泄物に接触しない環境をつくることが基本となる。
- 1. ネズミの侵入を防ぐ:建物の隙間や穴をふさぎ、ネズミが室内に入り込まないようにする。
- 2. 食品を適切に保管する:食品や飲料水はふた付きの容器などで保管し、ネズミが接触できない状態にする。
- 3. 排泄物を乾いたまま掃除しない:乾いた糞や尿をほうきで掃いたり、掃除機で吸い込んだりしない。
- 4. 汚染場所を適切に清掃する:ネズミの排泄物がある場所は、適切な消毒・湿式清掃を行い、粉じんの飛散を防ぐ。
- 5. 手洗いを徹底する:清掃や汚染環境に触れた後は、適切に手を洗う。
特に、長期間放置された物置や倉庫を掃除する場合は注意が必要だ。排泄物が確認された場合、乾いた状態で直接掃除するのではなく、適切な防護と消毒を行うことが求められる。汚染が広範囲に及ぶ場合は、専門業者への相談も検討したい。
海外旅行では何に注意すべきかアンデスウイルスの流行地域として知られるアルゼンチンやチリなどの南米地域では、農村部や森林、野外活動の際にネズミとの接触を避けることが大切だ。
特に、ネズミが侵入した可能性のある宿泊施設、閉め切られた小屋、倉庫などでは、排泄物に汚染された粉じんを吸い込まないよう注意したい。
帰国後に発熱や咳などの症状が現れた場合は、渡航先と滞在中のネズミとの接触歴を医療機関に伝えることが重要だ。呼吸困難や急激な体調悪化がある場合は、速やかに救急医療を受ける必要がある。
【ハンタウイルス感染症に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:ハンタウイルス感染症は日本でも流行していますか?
A1:2026年11月3日時点で、ハンタウイルス肺症候群の国内患者発生は報告されていない。腎症候性出血熱も1999年以降、国内感染例は確認されていない。現時点で国内の感染リスクは高くない。
Q2:ハンタウイルスは人から人へ感染しますか?
A2:一般的なハンタウイルスでは人から人への感染は通常確認されていない。ただし、南米のアンデスウイルスでは、濃厚接触による限定的なヒト間感染が報告されている。2026年のクルーズ船事例でも船内での二次感染が確認された。
Q3:ハンタウイルスの潜伏期間はどのくらいですか?
A3:ハンタウイルス肺症候群では1〜7週間程度、通常約2週間とされる。腎症候性出血熱では1〜5週間程度、通常2〜3週間だ。原因となるウイルスによって異なる。
Q4:ネズミに触れなければ感染しませんか?
A4:直接ネズミに触れなくても感染する可能性がある。尿や糞便で汚染された粉じんを吸い込んだり、汚染された手で目・鼻・口に触れたりすることでも感染する。
Q5:ハンタウイルス感染症の特効薬やワクチンはありますか?
A5:2026年現在、すべてのハンタウイルス感染症に有効な承認済みワクチンや特異的な治療薬は確立されていない。治療は呼吸管理や循環管理などの支持療法が中心となる。
Q6:WHOは2026年7月2日に何を終息宣言したのですか?
A6:クルーズ船MVホンディウス号に関連したアンデスウイルスの集団感染事例だ。13人の感染と3人の死亡が確認されたが、全接触者の健康観察が終了し、新たな二次感染が確認されなかったため終息が発表された。ハンタウイルスそのものが世界からなくなったわけではない。
ハンタウイルス感染症は、ネズミなどのげっ歯類を主な感染源とする人獣共通感染症であり、原因ウイルスによって肺や腎臓に深刻な障害を引き起こす。
2026年のMVホンディウス号の集団感染では、アンデスウイルスによる13人の感染と3人の死亡が確認された。通常はネズミから人へ感染するウイルスであっても、アンデスウイルスでは濃厚接触による人から人への感染が起こり得ることが、改めて示された事例だった。
WHOが7月2日に発表した終息宣言は、653人の接触者に対する追跡・健康観察が完了し、追加の二次感染が確認されなかったことに基づく。これは国際的な接触者管理と早期対応が感染拡大の抑制につながった事例でもある。
日本国内ではHPSの患者発生は報告されておらず、現在の感染リスクは高くない。しかし、海外の流行地域への渡航や、ネズミの排泄物に汚染された環境での作業には注意が必要だ。
最も重要なのは、感染源となるネズミとの接触を避け、汚染された粉じんを吸い込まないこと、そして渡航歴や曝露歴を伴う発熱・咳を軽視しないことだ。今後はWHOが進める診断法や治療法、ワクチンの研究が、ハンタウイルス感染症への国際的な備えを左右することになる。