上島さんの逝去後、ダチョウ倶楽部の活動を支える存在として話題になったのが、歌謡コーラスグループの純烈だ。
結成のきっかけは肥後の追悼コメントきっかけは2022年5月14日の追悼コメントだった。肥後が「二人で、純烈のオーディションを受けます」と冗談交じりに発表すると、純烈のリーダー・酒井一圭が反応した。
読売テレビ系「ダウンタウンDX」で紹介された経緯によると、酒井は肥後のコメントをネットニュースで読み、その後の対談などを通じて交流を深めた。酒井側から一緒に歌うことを提案したことが、コラボレーションにつながった。
もともとダチョウ倶楽部は熱湯風呂などのお風呂にまつわる芸で知られ、純烈も健康センターや温浴施設での活動を通じて人気を広げてきた。両者には「お風呂」という共通点があった。
「プロポーズ」の配信と紅白歌合戦での共演2022年7月に「純烈ダチョウ」としてのコラボレーションが発表され、同年8月10日には純烈の楽曲「プロポーズ」の特別バージョンが配信限定でリリースされた。
純烈の公式ディスコグラフィーにも、純烈とダチョウ倶楽部による「プロポーズ」が2022年8月10日発売の配信シングルとして掲載されている。さらに同年のNHK紅白歌合戦では、有吉弘行も加わったメンバーで「白い雲のように」を歌唱し、話題になった。
2026年の40周年感謝祭でも共演純烈との関係は、一度きりの企画で終わっていない。2026年5月25日の40周年感謝祭でも、純烈とダチョウ倶楽部はステージで共演した。
オリコンのイベントレポートによると、両者は「白い雲のように」と「プロポーズ」を披露。肥後は、ダチョウ倶楽部が落ち込んでいた時期に純烈に救われたという感謝の思いを伝えた。歌唱中には客席を回るファンサービスも行われた。
この共演が示しているのは、純烈が単に話題性を提供する相手ではなく、上島さんを失った後のダチョウ倶楽部にとって、実際に活動を支えてくれた仲間でもあるということだ。
なお、「純烈ダチョウ」はコラボレーションユニットの名称であり、純烈への正式加入やダチョウ倶楽部への新メンバー加入を意味するものではない。肥後と寺門の2人体制は変わっていない。
【芸歴40年の代表作】熱湯風呂・聞いてないよォはなぜ愛され続ける?

ダチョウ倶楽部の魅力を語るとき、欠かせないのが長年受け継がれてきた定番ギャグとリアクション芸だ。
「聞いてないよォ」は1993年の流行語大賞銀賞ダチョウ倶楽部を全国的に知らしめたフレーズの一つが「聞いてないよォ」だ。
このギャグは「ビートたけしのお笑いウルトラクイズ!!」の収録中に生まれたものとして知られている。番組の進行や事前の打ち合わせをめぐる芸人側のリアクションが笑いにつながり、次第に広く使われるようになった。
1993年には「新語・流行語大賞」の大衆語部門で銀賞を受賞した。2025年9月のスポニチの報道では、肥後が番組収録中に生まれた経緯や、片岡鶴太郎から「流行語になるからやれ」と勧められたエピソードを語ったことが紹介されている。
熱湯風呂は単なる体を張った芸ではない「押すなよ!絶対に押すなよ!」という前振りから、最後には風呂に落ちる。熱湯風呂は、ダチョウ倶楽部を象徴するリアクション芸だ。
重要なのは、単に熱いお湯に入ることではない。押す側と押される側の駆け引き、観客が展開を予想する間、そして予想どおりの結末に至るまでのテンポが一つの芸として成立している。
2019年の日刊ゲンダイの取材では、上島さんが熱湯風呂について、温度や演出も含めてファンタジーだと説明していた。肥後や寺門がきっかけをつくり、上島さんがリアクションで笑いを完成させる。3人の呼吸がそろって初めて成立する芸だった。
2026年の感謝祭で受け継がれた伝統芸2026年5月の40周年感謝祭では、熱湯風呂が大きな見せ場になった。
出川哲朗をはじめ、土田晃之、カンニング竹山、粗品、笑福亭鶴瓶、爆笑問題の太田光らも巻き込んだステージは、まさにダチョウ倶楽部らしい展開だった。最後には上島さんを含めた3人の思い出が語られ、会場全体でグループの歴史を共有するようなエンディングとなった。
ここにダチョウ倶楽部の芸の強さがある。ネタそのものが完成されているだけでなく、共演者が参加することで新しい笑いを生み出せる。40周年イベントで粗品と新ネタを披露したことも、その柔軟性を示す出来事だった。
【よくある誤解を検証】ダチョウ倶楽部の現在を正しく理解するポイント
検索では、解散説やメンバー交代説、肥後と寺門の不仲説などが気になる人も多い。実際の発表や本人の発言を整理すると、次のようになる。
- 「ダチョウ倶楽部は解散した」:事実ではない。2022年に肥後と寺門が解散しないと明言している。
- 「現在は正式に3人体制」:事実ではない。現役メンバーは肥後と寺門の2人。
- 「純烈に正式加入した」:事実ではない。純烈との共演はコラボレーション活動。
- 「肥後と寺門は不仲」:本人たちの発言から不仲と断定する根拠はない。
- 「上島さんの存在はグループから消えた」:そうではない。2026年の40周年イベントでも上島さんを含めた3人の歴史が大切にされた。
特に注意したいのは、イベントで「3人」と表現されることと、正式な所属メンバーの人数は別の話だという点だ。現在の活動形態は2人、精神的な意味でのダチョウ倶楽部は3人という整理が最も実態に近い。
【ダチョウ倶楽部の肥後克広】に関するよくある質問(FAQ)
A1:1963年3月15日生まれで、2026年11月現在63歳です。沖縄県出身で、太田プロダクションに所属しています。
A2:肥後克広と寺門ジモンの2人です。上島竜兵さんは2022年5月11日に亡くなりましたが、2人は同月14日にグループを解散しないと発表しました。
A3:不仲と断定できる事実はありません。もともと互いの個性や距離感を尊重してきた関係で、上島さんの逝去後も2人で活動を継続しています。
A4:2022年に結成された純烈とダチョウ倶楽部のコラボレーションユニットです。「プロポーズ」の特別バージョンを配信し、紅白歌合戦や2026年の40周年イベントでも共演しました。
A5:2026年7月には寺門ジモンとTOKYO FM「TOKYO SPEAKEASY」に出演し、同月30日にはダイヤモンド・オンラインのインタビューが公開されました。また、5月25日には40周年感謝祭を開催しています。
2026年現在の肥後克広は、63歳を迎えてもダチョウ倶楽部のリーダーとして活動を続けている。寺門ジモンとの2人体制は定着し、テレビ・ラジオ、俳優業、イベント、純烈とのコラボレーションなど、活動の場も広がっている。
2026年5月25日の40周年感謝祭は、その歩みを象徴する出来事だった。5000席を超える会場を埋めた観客の前で、肥後と寺門は定番の芸を披露し、純烈や出川哲朗ら仲間と笑いを届けた。そして上島竜兵さんの存在も、イベントの大切な一部として受け継がれた。
今回の取材情報から見えてくるのは、肥後のリーダーシップが「新しいメンバーを入れて別のグループをつくる」ことではなく、これまでの芸風や人間関係を尊重しながら活動を継続することにあるという点だ。
2026年7月のインタビューでも、肥後は周囲の人を頼り、助け合う姿勢について語っている。2025年8月に出版した初の著書『頼る力』にも、こうした人生観や芸能活動を通じて得た経験がまとめられている。
今後のダチョウ倶楽部を見る際の判断基準は3つある。 正式なメンバーは肥後と寺門の2人であること、純烈との活動はコラボレーションであること、そして上島さんを含む3人の歴史は現在も大切にされていることだ。
「聞いてないよォ」も「どうぞどうぞ」も「熱湯風呂」も、3人で積み重ねた時間があったからこそ、今も多くの人に伝わる。肥後克広が守っているのは、単なる芸人グループの名前ではない。上島さんと寺門とともにつくってきた、ダチョウ倶楽部という唯一無二の笑いの形なのだ。