2026年の鹿児島県を舞台にした放送回は、そうめん流し店、木工工房、築98年の古民家という異なる3つのテーマに分かれています。
重要なのは、これらが同じ放送回で紹介されたものではないという点です。それぞれ別の日に放送されたエピソードであり、2026年11月1日には木工工房の男性を再訪する続編も放送されました。
2026年の鹿児島関連放送を時系列で整理- 5月17日: 築98年の古民家で暮らす80代夫婦
- 6月28日: 86歳の元大工が建てた山奥の木工工房
- 9月27日: 4代目夫婦が守る山奥のそうめん流し店
- 11月1日: 6月に登場した元大工の男性を再訪
出典:ABCテレビ、テレ朝POST、MANTANWEBの番組関連記事。
次回の放送日は11月8日2026年11月3日時点で、ABCテレビの公式番組ページには、次回放送が11月8日(日)午後7時54分と掲載されています。
番組の基本情報は次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 番組名 | ポツンと一軒家 |
| 放送局 | ABCテレビ・テレビ朝日系列 |
| 放送時間 | 毎週日曜午後7時54分 |
| MC | 所ジョージ |
| パネラー | 林修 |
| ナレーション | 緒方賢一・小山茉美 |
番組の特徴は、衛星写真を出発点に、地元住民への聞き込みを重ねて現地へ向かうこと。建物の正体だけでなく、そこに暮らす人の人生や地域との関わりまで追跡します。
【9月27日放送】鹿児島県出水市の山奥にある「流れ菴」と4代目夫婦

2026年9月27日の放送で登場したのが、鹿児島県の山あいにあるそうめん流し店です。
番組の放送記録では「ナガレアン」と紹介され、地域の店舗情報では「流れ菴」と表記されています。
この店を切り盛りしているのは、40歳の恵美さんと52歳の夫・智洋さん。恵美さんが4代目店主となり、夫が経営を支える夫婦です。
衛星写真から始まった捜索の道のり今回の捜索は、鹿児島県の深い山の中にある建物を衛星写真で発見したことから始まりました。
写真に映っていたのは、周囲の木々に囲まれた建物と広い敷地です。
捜索隊は最寄りの集落へ向かい、住民に衛星写真を見てもらいながら情報を集めました。
最初から店の名前や営業内容が判明していたわけではありません。
聞き込みを進めるうちに浮かび上がったのが、山奥にあるそうめん流し店という情報でした。
加えて、電話での情報提供が続き、かつて店でアルバイトをしていた人物ともつながります。その紹介を通じて店主に連絡が届き、ようやく目的地が明らかになりました。
山道を進んだ先に現れたのは、森に包まれた立派な門構えと大きな店舗。
衛星写真だけでは想像しにくい規模の施設だったことも、番組の見どころでした。
4代目店主・恵美さんが受け継いだ店の歴史この店には約50年の歴史があります。
もともと敷地周辺には、林業に携わる山師たちの集落がありました。しかし、山師たちが移動したことで人がいなくなり、その跡地を創業者が購入。そこにそうめん流し店を開いたと番組の放送記録で紹介されています。
恵美さんは30歳のとき、父から店を引き継ぎました。
興味深いのは、創業者と恵美さんの間に直接の血縁関係はないことです。3代目店主を務めた父から店を受け継ぎ、4代目として伝統を守っています。
店の歩みを語るうえで欠かせないのが、2020年の新型コロナウイルス感染拡大です。
外出や旅行の自粛によって観光関連の飲食店は大きな影響を受けました。この店も深刻な経営危機に直面したとABCテレビの紹介記事は伝えています。
それでも恵美さんは店を守る意思を持ち続け、夫の智洋さんも支援。夫婦で営業を続けてきました。
智洋さんは建築関係の仕事を本業としており、店の経営を支える役割も担っています。単に家業を継いだというだけでなく、夫婦それぞれの仕事や役割を生かして店を維持している点が印象的です。
繁忙期には300人規模!山奥の店が人気を集める理由番組内の紹介によると、この店には40席があり、繁忙期には最大300人規模の来店に対応する施設です。
山奥という立地からは想像しにくい集客力があります。
料理の特徴も見逃せません。
- 鹿児島独特の回転式そうめん流し
- マスの塩焼きなどの魚料理
- 鯉料理
- イノシシなどのジビエ料理
- 冬季に提供するイノシシ鍋
- 秋のもみじ祭りで提供する自作ピザ窯のピザ
そうめん流しだけでなく、山の自然や食材を生かした料理を提供していることが、この店の個性につながっています。
また、番組の放送記録では営業期間は6月から9月末と紹介されています。2026年11月現在、訪問を考えている場合は、季節営業の状況を事前に確認する必要があります。
【指宿市が発祥】鹿児島のそうめん流しと一般的な流しそうめんの違い
鹿児島のそうめん流しを理解するには、指宿市の唐船峡の歴史を知る必要があります。
一般的にイメージされる流しそうめんと、鹿児島で親しまれているそうめん流しは、食べ方が異なります。
回転式そうめん流しは1962年に始まった指宿市の公式資料によると、唐船峡そうめん流しが始まったのは1962年(昭和37年)6月1日です。
当初は竹樋を使った方式でしたが、その後、たらいの中で洗濯物が回る様子をヒントに、円形の回転式そうめん流し器が開発されました。
考案に関わったのは、旧開聞町の助役だった井上貞則氏と、部下の新村良一氏です。
初年度の半年間は約700人だった利用者が、翌年には1万1,000人を超えたという記録も残っています。
流しそうめんと鹿児島式そうめん流しの違い
一般的な流しそうめん
竹を割った樋などに水と麺を流し、上流から流れてくる麺を箸ですくって食べる方式です。
鹿児島式そうめん流し
テーブル中央の円形の器に水を循環させ、そうめんを回しながらすくって食べる方式です。
この違いは単なる呼び方の違いではありません。
鹿児島では、回転式の器を囲んで家族や友人と食事を楽しむ文化が定着しています。観光施設だけでなく、地域の飲食店にも広がっているのです。
流れ菴のような山あいの店舗が伝統を守り続けている背景には、こうした地域独自の食文化があります。
つまり、9月27日の放送は、山奥の飲食店を紹介するだけでなく、鹿児島の観光文化を受け継ぐ人々の姿を伝える内容でもありました。
【6月28日・11月1日放送】鹿児島の木工工房を自力で築いた86歳元大工の現在
2026年6月28日の放送では、鹿児島県の山奥にある木工細工の作業場が登場しました。
この場所を作ったのは、86歳の元大工・永野さんです。
捜索隊が最初に目にしたのは、衛星写真に映る三角形の敷地と3棟の建物。山道の途中では「森の木工工房」という看板も見つかりました。
最初の訪問では住人に会えませんでしたが、帰り道で偶然出会った人物が、この場所の所有者について情報を提供。翌日、改めて訪問することになりました。
元大工が山奥に工房を作った理由永野さんは、この土地で生まれ育った人物です。
かつてこの場所には農家が暮らす集落がありましたが、時代の変化とともに住民は町へ移り住み、集落は姿を消していきました。
永野さん自身も17歳ごろから出稼ぎに出て、21歳のときに大阪で大工の修業を始めています。
その後、長く大阪で生活し、2000年に鹿児島へUターンしました。
帰郷後も大工として働き、実家があった土地に作業場を整備。15年前には木工の作業場を建て、山奥に通い続けてきたとABCテレビの関連記事で紹介されています。
木材を加工する際には大きな音が出ます。
周囲に住宅が密集していない山奥は、木工や大工仕事に集中できる環境でもあります。
工房は仕事場であり、仲間が集まる場所この工房の魅力は、単なる作業場にとどまらないことです。
永野さんは木工細工にも取り組み、自分で作った作品を人に贈ることもありました。
また、地元の同級生や友人を招いて食事会を開くなど、人が集まる交流の場としても使っていました。
番組では、手作りのテーブルを用意して仲間と食事を楽しむ様子も紹介されています。
山奥に一人でこもって作業するだけではなく、地域の人々とのつながりを大切にしていたのです。
妻のために進めていた新しい住まいづくり6月の放送で特に印象的だったのが、妻への思いでした。
永野さんの妻は背骨を痛めて入院しており、退院後に一緒に過ごす場所を作るため、工房の隣にある建物を改修していました。
取り組んでいたのは、次のような設備づくりです。
- 日向ぼっこができるウッドテラス
- 車いすで移動しやすいスロープ
- トイレやキッチンの整備
- 手作りの浴室
- 夫婦で暮らすための室内改修
永野さんは妻と過ごす新生活を思い描きながら、自らの大工技術を生かして作業を続けていました。
夫婦は48歳のときにお見合いで出会い、半年後に結婚。大阪で12年間生活した後、鹿児島に戻っています。
11月1日の再訪で描かれたその後11月1日の放送では、捜索隊が約4か月ぶりに永野さんを訪問しました。
6月の放送から続くテーマは、妻の退院後の生活と、夫婦で楽しみにしていた車中泊旅行です。
番組の紹介では、妻を迎えるために進めていた家づくりのその後と、夫が新たに描く夢が取り上げられました。
再訪回は、山奥の工房を紹介して終わるのではなく、以前出会った人の人生を時間を置いて追いかける企画です。
このような再訪によって、視聴者は一度きりの放送では見えなかった生活の変化にも触れられます。
【5月17日放送】鹿児島県の築98年古民家で暮らす80代夫婦の人生
2026年5月17日の放送では、鹿児島県の山奥にある築98年の日本家屋が紹介されました。
この家に暮らしているのは、83歳の夫と78歳の妻です。
建物は妻の生家で、夫婦が終の棲家として選んだ場所でした。
捜索隊は山の裾野にある集落で情報を集め、衛星写真を住民に見せて確認します。そこで得られたのが、80歳くらいの人が暮らしている家があるという情報でした。
住民から山道の入り口を教えてもらい、捜索隊は険しい道を進みます。
道には倒れた竹や木があり、車が通るのも容易ではない状況でした。それでも轍を頼りに森を抜けると、立派な日本家屋が姿を現します。
築98年の家と妻の幼少期この古民家は、妻が生まれ育った家です。
妻は子どものころ、麓の集落にある小学校まで約3.5キロの山道を歩いて通っていたと紹介されています。
毎日の通学が体力づくりにつながったのか、本人は走ることが得意だったと振り返っています。
今では車での移動が当たり前になった地域も多いなか、当時の山里の子どもたちにとって、長い徒歩通学は日常生活の一部でした。
築98年という数字は、単に建物の古さを示すものではありません。そこには何世代にもわたる家族の歴史と、地域の暮らしが刻まれています。
夫は元芸能人の付き人・マネジャーもう一つ注目されたのが、夫の意外な経歴です。
夫は山形県出身で、若いころには芸能人の付き人やマネジャーなどを担当していました。
その後、58年前に妻と結婚。ドラマのような出会いを経て夫婦となり、現在の山奥の生活につながっています。
放送では、夫婦のなれそめも紹介されました。
ゲストの内藤剛志さんは、2人の話を聞いて、幸せな映画を見終えたような気分だという趣旨の感想を述べています。
華やかな芸能関係の仕事を経験した男性が、長い年月を経て妻の生家を終の棲家に選んだという経歴は、番組の中でも印象的なエピソードでした。
山奥の暮らしは現在も続いている?2026年5月の放送では、夫婦がこの家を終の棲家として選び、暮らしている様子が紹介されました。
ただし、番組で紹介された生活の様子と、放送後の現在の状況は区別する必要があります。
5月の放送内容から分かるのは、夫婦が山奥の家で暮らし続けてきたこと、そして家に残る思い出を大切にしていることです。
その後の転居や生活環境の変化については、継続的な公式発表が確認できるわけではありません。
一方、6月の木工工房の男性については11月1日の再訪がありました。こうした継続取材は、番組が描く山里の暮らしの現在を知るうえで重要な手がかりになります。
【過去放送との関係】鹿児島の3つの一軒家を比較
2026年の鹿児島関連エピソードを整理すると、共通しているのは、建物そのものよりも、そこを守る人々の人生に重点が置かれていることです。
それぞれの関係性を一覧にまとめました。
それぞれの舞台は異なります。
- 古民家は、家族の歴史と故郷を守る場所。
- 木工工房は、技術を生かしながら人との交流を続ける場所。
- そうめん流し店は、地域の食文化と仕事を次世代へつなぐ場所。
いずれも、山奥という立地だけでは説明できない価値を持っています。
また、番組の捜索方法にも共通点があります。衛星写真で建物を発見しても、その場所に誰がいるのか、どのような目的で使われているのかは分かりません。
現地の人への聞き込みが必要なのは、地図や画像だけでは地域の生活を理解できないからです。
この点に、番組の調査企画としての面白さがあります。
【プロの結論】ポツンと一軒家鹿児島2026から見える山里の暮らしの価値
2026年の鹿児島県の放送回を通して見えてくるのは、山奥で暮らすことと、社会から孤立することは同じではないという事実です。
流れ菴の夫婦は、山奥に店を構えながら多くの来店客を迎えています。
木工工房の永野さんは、町に自宅を持ちながら山奥の作業場へ通い、友人たちとの交流を続けてきました。
築98年の古民家の夫婦は、妻の故郷を終の棲家に選び、長い人生を重ねています。
つまり、山奥の一軒家には、生活の拠点、仕事場、地域文化の継承地という複数の役割があります。
山奥の暮らしを考える際の3つの判断基準番組を見て田舎暮らしや古民家生活に興味を持った人は、次の点に注目するとよいでしょう。
1. 交通と生活インフラ
自然に囲まれた環境は魅力的ですが、買い物、通院、道路の管理など、日常生活に必要な条件を確認する必要があります。
2. 仕事と地域とのつながり
流れ菴のように観光客を迎える事業を営む場合、立地だけでなく、地域の知名度や季節ごとの需要も重要です。木工工房のように自分の技術を生かせる環境も、山里で暮らす選択肢の一つです。
3. 家族の生活設計
古民家や山奥の家を終の棲家にするなら、建物の維持管理や将来の移動手段まで考える必要があります。永野さんの住まいづくりで紹介されたスロープやテラスも、年齢を重ねてからの生活を考えるうえで参考になる事例です。
山奥の暮らしには、自然の豊かさだけでなく、日常を支える仕組みが欠かせません。
【ポツンと一軒家鹿児島】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2026年に鹿児島県のポツンと一軒家が放送された日はいつですか?
2026年5月17日、6月28日、9月27日に鹿児島県を舞台にした放送回がありました。また、11月1日には6月に登場した元大工の男性を再訪する回が放送されました。
Q2:鹿児島県の山奥にあるそうめん流し店の名前は何ですか?
2026年9月27日の放送で紹介された店は、地域情報で「流れ菴」と表記される店舗です。4代目店主の恵美さんと夫の智洋さんが店を守っています。
Q3:鹿児島のそうめん流しはどこが発祥ですか?
回転式そうめん流しの発祥地は、鹿児島県指宿市の唐船峡です。1962年6月1日に施設が開設され、その後、円形の器を使った独特の食文化が広がりました。
Q4:鹿児島の木工工房に登場した男性は誰ですか?
86歳の元大工・永野さんです。自ら山奥に作業場を建て、木工細工や友人との交流を続けてきました。2026年11月1日には再訪回も放送されました。
Q5:築98年の古民家には誰が住んでいるのですか?
2026年5月17日の放送では、83歳の夫と78歳の妻が紹介されました。妻の生家である古民家を終の棲家として選んだ夫婦です。
Q6:ポツンと一軒家の見逃し配信はどこで見られますか?
番組の見逃し配信は、TVerやABEMAで案内されています。配信期間や対象エピソードは変わるため、各サービスの番組ページで確認してください。
2026年の「ポツンと一軒家」鹿児島編では、山奥のそうめん流し店、木工工房、築98年の古民家という3つの異なる場所が取り上げられました。
なかでも9月27日の流れ菴では、4代目店主の恵美さんと夫の智洋さんが、コロナ禍の経営危機を乗り越えて伝統の味を守る姿が描かれました。
6月28日と11月1日の木工工房編では、86歳の元大工が妻との新生活を願って住まいを整える姿が紹介され、5月17日の古民家編では、長い年月をともに歩んできた夫婦の人生が描かれています。
所ジョージさんと林修さんがスタジオから見守るこの番組の魅力は、衛星写真に映る小さな建物から、そこに暮らす人の大きな人生を見つけ出すことです。
鹿児島の山奥に残る風景や文化は、そこに暮らす人々の仕事、家族、地域とのつながりによって受け継がれています。2026年の放送回は、その価値を改めて感じさせる内容となりました。