武智は吉本興業に所属するお笑い芸人で、漫才コンビ「スーパーマラドーナ」では向かって右側に立つメンバーです。M-1グランプリでの実績に加え、漫才のネタ作りにも携わってきました。
本名については、M-1グランプリ公式サイトのコンビ情報に「武智正剛(たけち・せいごう)」と記載されています。芸名は名字だけの「武智」です。
吉本興業の公式プロフィールによると、1978年8月3日生まれで、出身地は愛媛県松山市。2026年11月2日現在、48歳です。身長180cm、体重70kg、血液型はB型と公表されています。
武智の基本プロフィール一覧| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 芸名 | 武智(たけち) |
| 本名 | 武智正剛(たけち・せいごう) |
| 生年月日 | 1978年8月3日 |
| 年齢 | 48歳(2026年11月2日現在) |
| 出身地 | 愛媛県松山市 |
| 身長 | 180cm |
| 体重 | 70kg |
| 血液型 | B型 |
| 所属事務所 | 吉本興業 |
| NSC | 大阪校22期生(1999年入門) |
| 担当 | ツッコミ・ネタ作り |
| 相方 | 田中一彦 |
芸人としてのキャリアは1999年のNSC大阪校入門から始まります。同期には多くの実力派芸人がいますが、武智は漫才への強いこだわりを持ち、賞レースを中心に実績を積み上げてきました。
特に注目したいのは、M-1グランプリに対する情熱です。2023年12月の日刊スポーツのインタビューでは、20年間の芸人人生を振り返り、M-1には誰よりも全力で取り組んできたという趣旨の思いを語っています。
【スーパーマラドーナ結成の経緯】田中一彦との出会いと再結成

スーパーマラドーナの歴史は、2003年12月にさかのぼります。武智と田中一彦は吉本総合芸能学院(NSC)大阪校22期の同期生で、当初は「マラドーナ」というコンビ名で活動を始めました。
2003年に結成、2007年に解散、2008年に再出発2人は当初から順風満帆だったわけではありません。結成後、M-1グランプリの準決勝に進出するなど実力を示していましたが、コンビ内の関係には難しい時期もありました。
日刊スポーツの2023年の結成20周年インタビューによると、武智はネタ作りや指導に熱心で、田中はその厳しさに耐えられず、2007年末に一時的に姿を消したことがありました。その後、コンビは一度解散します。
しかし、2人の芸人人生はそこで終わりませんでした。2008年4月、武智と田中は「スーパーマラドーナ」として再結成。現在まで続くコンビの形が整いました。
この再結成は、単なるコンビ名の変更ではありません。互いの性格や漫才への向き合い方の違いを抱えながら、再び舞台に立つことを選んだ転機でした。
相方・田中一彦はどんな芸人?田中一彦は1977年10月15日生まれ、大阪府高槻市出身。身長175cm、体重51kg、血液型AB型です。武智とはNSC大阪校22期の同期に当たります。
舞台では、武智の強い口調や勢いに対して、田中の独特な受け答えや控えめなリアクションが対照的な笑いを生みます。2人の性格の違いそのものが、スーパーマラドーナの漫才の魅力になっています。
また、田中が一時的にコンビを離れた経験も、現在の関係を理解するうえで欠かせないエピソードです。日刊スポーツの20周年企画では、田中が武智の厳しい指導について振り返り、長年一緒に活動してきた相方への思いを語っています。
【M-1グランプリ4年連続決勝進出】スーパーマラドーナの実績と順位
スーパーマラドーナの名前を全国に広めた最大の実績が、M-1グランプリの4年連続決勝進出です。
2015年から2018年まで、毎年ファイナリストとして決勝の舞台に立ちました。特に2016年には最終決戦に進出し、優勝争いに加わっています。
2015~2018年のM-1決勝結果| 開催年 | 決勝順位 | 得点 | 大会の優勝者 |
|---|---|---|---|
| 2015年 | 5位 | 813点 | トレンディエンジェル |
| 2016年 | 3位 | 459点 | 銀シャリ |
| 2017年 | 5位 | 640点 | とろサーモン |
| 2018年 | 7位 | 617点 | 霜降り明星 |
※順位と得点はM-1グランプリ公式大会記録に基づきます。
2016年は最終決戦に進出する健闘4年間のなかでも、2016年は特に印象的な大会でした。スーパーマラドーナはファーストラウンドで459点を獲得し、3位で最終決戦に進出。優勝した銀シャリ、2位の和牛とともに最後の争いに残りました。
2015年も813点で5位と健闘。2017年は640点で5位、2018年は617点で7位という結果でした。
4年連続で決勝に進むには、毎年変わる出場者の顔ぶれや審査傾向に対応しながら、ネタの完成度を高め続けなければなりません。単年の好成績ではなく、継続的に高い水準を維持した点に、スーパーマラドーナの実力があります。
M-1以外の受賞歴も充実吉本興業の公式プロフィールには、M-1以外にも複数の受賞歴が記載されています。
- 2007年:第8回笑わん会 最優秀賞
- 2009年:第39回NHK上方漫才コンテスト 優秀賞
- 2010年:第8回MBS新世代漫才アワード 準優勝
- 2011年:第41回NHK上方漫才コンテスト 優勝
- 2011年:第9回MBS新世代漫才アワード 優勝
- 2017年:第52回上方漫才大賞 奨励賞
こうした受賞歴からも、武智は単にM-1で話題になった芸人ではなく、関西のお笑いシーンで長く評価を積み重ねてきた漫才師だと分かります。
【2018年M-1騒動と芸人としての評判】武智の転換点
スーパーマラドーナ武智の経歴を語るうえで避けられないのが、2018年12月に起きたM-1グランプリ終了後の騒動です。
上沼恵美子への不適切発言と謝罪2018年12月2日のM-1グランプリ終了後、武智は「とろサーモン」の久保田かずのぶらとともにインスタライブを配信しました。そのなかで、審査員を務めた上沼恵美子の審査姿勢を批判し、侮辱的な発言をしました。
動画はネット上で大きな批判を招き、武智と久保田は12月4日、それぞれSNSで謝罪。武智も上沼本人やM-1に携わった関係者に謝罪の意を示しました。
12月7日には大阪・なんばグランド花月の公演に出演し、舞台の冒頭で観客に謝罪。その後は相方の田中と通常どおり漫才を披露しました。日刊スポーツなどが当日の様子を報じています。
この騒動は、M-1の審査をめぐる議論だけではなく、発言者の立場や言葉の責任が問われた出来事でした。特に、審査員への批判と個人への侮辱は別の問題です。芸人としての評価にも長く影響する転機となりました。
騒動後も漫才を続けてきた騒動後、武智は劇場での活動を継続しました。2018年12月のなんばグランド花月の舞台では、自身の騒動を自虐的にネタへ取り入れたことも報じられています。
一方、本人は2026年8月の集英社オンラインのインタビューで、騒動後に届いた誹謗中傷が約2万件に及び、その後の精神状態や飲酒習慣にも影響したと振り返っています。
この経緯を踏まえると、武智の芸人としての評判は、漫才の技術と公の場での振る舞いを分けて考える必要があります。M-1での実績は客観的な大会記録として残る一方、2018年の発言については本人の謝罪だけでなく、その後の姿勢も評価の対象になっています。
【アルコール依存症とパニック症】武智が禁酒を決意した理由
2026年に武智の近況として大きく報じられたのが、長年の飲酒習慣と禁酒への挑戦です。
集英社オンラインが2026年8月3日に公開した本人インタビューでは、武智は不安症やアルコール依存症と診断された経緯、さらにパニック症を経験して禁酒を決断するまでの過程を明かしました。
約20年間続いた大量飲酒武智によると、本格的に酒を飲み始めたのは芸人になったばかりの若手時代でした。劇場の仕事が終わった後、先輩芸人と飲みに行く機会が増え、飲酒が日常に組み込まれていったといいます。
大きな転機は2013年ごろでした。芸人としての仕事が安定せず、収入が少ない時期が続き、仕事への不安や生活のプレッシャーを抱えるようになりました。本人は当時、夜から朝まで自宅で一人で飲む生活を送っていたと振り返っています。
2026年5月の日刊スポーツの報道では、20年以上にわたり毎日ジョッキ10杯以上を飲んでいたこと、医師からアルコール依存症を指摘されて飲酒を止めるよう命じられたことが紹介されました。
しかし、診断を受けてもすぐには飲酒をやめられず、その後も約4年間、隠れて飲み続けたといいます。2026年8月の本人インタビューでも、飲酒が楽しみではなく、苦しさを忘れるための行動に変わっていった様子が語られています。
映画館で起きた異変が禁酒の決定打に武智が禁酒を決意する直接のきっかけになったのは、映画館での出来事でした。
集英社オンラインのインタビューによると、武智は二日酔いの状態で映画館へ出かけ、飲み物を購入しようとした際、買い方が分からなくなったと説明しています。その後、突然汗が止まらなくなり、映画館が暗くなると心臓が締め付けられるような感覚に襲われ、外へ飛び出しました。
後日、心療内科を受診したところ、医師からパニック症だと告げられたといいます。
不安症やアルコール依存症に続き、パニック症まで経験したことは、本人にとって大きな衝撃だったようです。酒を飲み続ける生活をこのまま続けるのか、それとも終わらせるのか。自問した末に、禁酒を決めました。
禁酒を始めた最初の4日間は不眠に苦しむ2026年9月18日の日刊スポーツの報道によると、武智は禁酒を始めて300日目を迎えたことをYouTubeで報告しました。
特に苦しかったのは最初の4日間だったといいます。まったく眠れない状態が続き、4日目を過ぎてようやく2時間ほど眠れるようになり、その後、少しずつ睡眠時間が増えていったと振り返りました。
また、禁酒を続けるなかでも飲酒欲求に襲われることがあったと明かしています。長年の習慣を変える難しさを、本人が日々の動画で発信している点も注目されます。
なお、アルコール依存症や飲酒後の離脱症状は医学的な対応が必要になる場合があります。武智の経験は本人の体験談であり、禁酒の方法を一般化できるものではありません。飲酒問題を抱える人は、医療機関や専門の相談窓口につながることが大切です。
【2026年最新】武智の現在は?禁酒300日とYouTube・劇場活動
2026年11月現在の武智は、漫才師としての活動を続けながら、禁酒生活の発信にも力を入れています。
禁酒300日目を報告、目標は365日2026年9月18日、武智は自身のYouTubeチャンネルで禁酒300日目を迎えたことを報告しました。
日刊スポーツによると、300日目の時点では、体の痛みはないと説明する一方、人間ドックをしばらく受けていないため、9月から10月のうちに受診する意向も示していました。
本人が掲げていた当面の目標は365日間の禁酒です。1年間続けられた段階で、飲酒を再開するのか、それとも今後も飲まないのかを改めて考えると話していました。
9月18日の300日目の報告から11月2日までは約45日が経過しています。365日という節目が近づいている時期ですが、目標達成の公式な報告については、300日目の報道とは区別して確認する必要があります。
スーパーマラドーナ武智の禁酒断酒チャンネル武智が禁酒生活を発信しているのが「スーパーマラドーナ武智の禁酒断酒チャンネル」です。
集英社オンラインの2026年8月の取材によると、武智は2025年11月から禁酒生活をSNSやYouTubeで発信し始めました。毎日の記録を動画に残し、禁酒初期の不眠や飲酒欲求、その後の生活の変化を伝えています。
動画の特徴は、禁酒を成功談だけでまとめていないことです。飲みたい気持ちが残っていることや、以前の飲酒生活を懐かしく感じることなど、回復の途中で生じる複雑な感情も扱っています。
2026年8月の日刊スポーツの報道では、武智は毎日飲んでいた頃の人間関係や楽しかった飲み会を懐かしく思う一方、禁酒後は朝早い仕事でも起きられるようになったと話しています。
お酒をやめればすべてが簡単になるという単純な話ではなく、飲酒によって得ていた交流の機会や楽しみをどう置き換えていくかという問題も、発信の重要なテーマになっています。
2026年11月も劇場出演を継続武智は禁酒生活を発信する一方で、芸人としての舞台活動も続けています。
吉本興業のなんばグランド花月の公演情報によると、2026年11月3日には「19時ライブ」へのスーパーマラドーナの出演が予定されています。11月25日には吉本興業の公演情報に「大阪アングラ計画」への出演も掲載されています。
また、2026年9月の日刊スポーツの記事では、スーパーマラドーナのなんばグランド花月出演や、よしもと道頓堀シアターでの単独ライブ「スーパーマラドーナのネタやりまくりライブ4」も紹介されました。
こうした活動を見ると、2026年の武智は禁酒を軸にした個人発信だけに活動を限定しているわけではありません。コンビでの漫才、劇場公演、動画発信という複数の活動を並行させています。
【プロの結論】スーパーマラドーナ武智の評価は実績と現在の行動で見る
武智の芸人人生には、M-1グランプリ4年連続決勝進出という確かな実績と、2018年の騒動、そして長年の飲酒問題という複数の側面があります。
そのため、人物評価を一つの出来事だけで決めるのは適切ではありません。漫才師としての実績、公の場での発言に対する責任、現在の活動をそれぞれ分けて見ることが大切です。
武智のキャリアを評価する3つの視点1. 漫才師としての技術と継続力
4年連続のM-1決勝進出や2011年のNHK上方漫才コンテスト優勝は、長期にわたる実力の裏付けです。相方の田中との関係を修復しながら20年以上コンビを続けてきたことも、キャリアを考えるうえで重要です。
2. 公人としての言葉の責任
2018年の騒動は、酒に酔っていたことだけで片付けられる問題ではありません。審査員への批判を公の場でどのように伝えるべきだったのか、芸人としての影響力をどう扱うのかという課題を残しました。
3. 禁酒生活を通じた自己管理への取り組み
2025年11月から始めた禁酒の発信は、本人が自分の問題と向き合う過程を記録するものです。300日という節目は大きな前進ですが、本人が365日を目標としていることからも、回復は継続的な課題だと分かります。
特に興味深いのは、かつては芸人同士や仕事関係者との交流の場だった飲酒を、現在はノンアルコールでの参加など別の形に変えようとしている点です。芸人という仕事では人間関係が仕事につながる場面もあります。飲酒をやめながら、交流や仕事の機会を維持することは、本人にとって重要なテーマになっています。
武智の今後を追う際には、禁酒日数だけでなく、医療的なサポートを含む健康管理、漫才の活動、相方とのコンビとしての仕事の3点を合わせて見ると、より実態に近い評価ができます。
【スーパーマラドーナ武智に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:スーパーマラドーナ武智の本名と年齢は?
A1:本名は武智正剛(たけち・せいごう)です。1978年8月3日生まれで、2026年11月2日現在48歳です。
Q2:武智の身長と出身地は?
A2:吉本興業の公式プロフィールでは、身長180cm、出身地は愛媛県松山市と公表されています。
Q3:スーパーマラドーナはM-1で何回決勝に進出した?
A3:2015年から2018年まで4年連続で決勝に進出しています。2016年には3位となり、最終決戦にも進出しました。
Q4:武智はなぜ禁酒を始めた?
A4:長年の大量飲酒によりアルコール依存症などを指摘されていたなか、映画館でパニック症を経験したことが直接のきっかけです。本人は2026年8月のインタビューで、これを機に飲酒生活を終わらせようと決意したと語っています。
Q5:武智の禁酒300日はいつ報告された?
A5:2026年9月18日の日刊スポーツの報道で紹介されました。本人はまず365日間の禁酒を目標にしていると説明しています。
Q6:武智は現在も芸人活動をしている?
A6:はい。スーパーマラドーナとして劇場出演を続けています。2026年11月3日には、なんばグランド花月の公演出演も予定されています。また、禁酒生活を発信するYouTubeチャンネルも運営しています。
スーパーマラドーナ武智は、1978年8月3日生まれ、愛媛県松山市出身の48歳。本名は武智正剛で、身長180cm。1999年にNSC大阪校22期へ入門し、田中一彦と2003年にコンビの源流となる「マラドーナ」を結成しました。
2008年にスーパーマラドーナとして再結成した後、2015年から2018年までM-1グランプリ決勝に4年連続で進出。2011年のNHK上方漫才コンテスト優勝など、関西漫才界でも実績を残してきました。
一方、2018年のM-1終了後の騒動は、芸人としての評判に影響を与えました。その後、本人が明かした長年の飲酒問題や不安症、パニック症の経験も、武智の人生を大きく変える出来事となっています。
2026年9月には禁酒300日を報告し、365日間の継続を目標に掲げました。YouTubeで日々の変化を発信しながら、相方の田中と劇場で漫才を続けていることも現在の大きな特徴です。
これから注目したいのは、禁酒1年という節目をどう迎えるのか、そして漫才師としてどのような新しい活動を展開するのかという点です。M-1で培った実力と、人生の転換点を経て発信する現在の姿。その両方が、2026年の武智を理解する重要な手がかりになっています。
主な参照資料: 吉本興業公式プロフィール、M-1グランプリ公式大会記録、日刊スポーツ、集英社オンライン、なんばグランド花月公式公演情報。