2026年現在も、お笑いコンビ・オードリーの春日俊彰を語るうえで欠かせない場所が、東京・杉並区阿佐ヶ谷にあるアパート「むつみ荘」だ。家賃3万9,000円、風呂なし、約6畳という質素な部屋で、春日はブレイク前から約20年間にわたって暮らしていた。テレビ番組のロケやラジオで数々の伝説を生み、芸人・春日の節約生活を象徴する場所として全国に知られるようになった。
2019年の結婚を機に退去した後も、むつみ荘への注目は続いている。特に2026年7月21日放送のBSフジ「わがまち散歩」では、春日が久しぶりに阿佐ヶ谷を訪れ、むつみ荘の前で思い出を語った。建物は今どうなっているのか、取り壊しの噂は本当なのか。そして、なぜこのアパートがこれほどまでに愛されているのか。過去の本人インタビュー、放送記録、2026年の再訪報道をもとに、その全貌を整理する。
【関係の核心】むつみ荘とは?春日俊彰が約20年間暮らした伝説のアパート

むつみ荘は、東京都杉並区阿佐ヶ谷にある集合住宅で、オードリー春日俊彰が長年暮らしていたことで知られるアパートだ。
一般的な芸人の自宅とは異なり、むつみ荘は春日の生活そのものがテレビ番組やラジオの題材になってきた場所だった。
春日が住み始めたのは2000年頃2017年11月に新潮社の読書情報誌『波』で掲載された、春日俊彰・矢部太郎・能町みね子の鼎談では、本人が入居時期について詳しく語っている。
春日によると、むつみ荘に住み始めたのは2000年頃。当時はオードリーがM-1グランプリで注目を集めるよりも前で、春日にとって初めての一人暮らしだった。
上京後、できるだけ家賃を抑えようと複数の風呂なし物件を内覧したものの、ほかの物件にはあまり魅力を感じなかったという。
ところが、むつみ荘を見たときには印象が違った。
本人は当時の決断を次のように振り返っている。
「見た瞬間『ここに住みたい』と即決でした。完全に“ビビビ契約”です」
この発言から分かるのは、単に家賃が安かったから選んだわけではないということだ。
売れない時代から芸人として活動を続ける春日にとって、むつみ荘は東京での生活を始める拠点であり、仕事が増えていく過程を見届けた場所でもあった。
むつみ荘が春日の代名詞になった理由オードリーがテレビで知名度を高めるにつれ、春日の自宅も番組で繰り返し取り上げられるようになった。
特に、質素な部屋で生活する春日と、そこから生まれる独特の節約エピソードは、芸人としてのキャラクターを強く印象づけた。
また、むつみ荘の大家がテレビ番組の撮影に協力的だったことも大きい。
新潮社の鼎談で春日は、売れる前に部屋で10人ほどの観客を集めてネタライブを開催していたことや、大家が撮影に寛容だったことを明かしている。
つまり、むつみ荘は単なる芸人の住居ではなく、オードリーの下積み時代を象徴する小さな活動拠点でもあった。
【生活の実態】家賃3万9,000円・風呂なし!春日の節約生活はどれほど過酷だった?
むつみ荘の名前が広く知られるようになった最大の理由は、春日の徹底した節約生活だ。
売れた後も高級マンションに移ることなく、長年同じアパートに住み続けた。その暮らしぶりは、単なるテレビ向けの演出として片付けられないほど具体的だった。
家賃3万9,000円、6畳一間の暮らし2017年の新潮社『波』の鼎談で、春日は当時の家賃を明確に答えている。
39,000円
本人が2017年の鼎談で明かした月額家賃
部屋の広さ
約6畳
浴室
なし
入居開始
2000年頃
居住期間
約20年間
出典:新潮社『波』2017年11月号、2019年のテレビ番組に関する報道。
興味深いのは、春日が契約時に家賃の値下げ交渉までしていたことだ。
本人によると、大家に交渉したところ、家賃を2,000円下げてもらえたという。こうした細かな節約へのこだわりも、春日の人物像を形づくっている。
風呂なし生活を支えた驚きの工夫2019年4月放送のTBS系『ニンゲン観察バラエティ モニタリング』では、春日のむつみ荘での生活が紹介された。
当時の報道によれば、部屋は6畳一間で風呂がなく、家賃は3万9,000円。
番組では、窓に段ボールを貼って寒さをしのいでいたことや、入浴の代わりに赤ちゃん用のおしりふきを使って全身を拭くという節約方法も紹介された。
春日は、その費用について1枚1円と説明していた。
また、ペットボトルの水にあめ玉を入れた自家製ジュースも登場。一般的な飲料を購入するより安く済ませるという、春日らしい工夫だった。
もちろん、こうした生活は快適さを優先する一般的な住環境とは大きく異なる。
しかし、春日にとっては、住居費を抑えて自分の目標に向かうための選択でもあった。
節約は単なるキャラクター設定だったのか春日の節約生活を考えるうえで重要なのは、ブレイク前から同じ価値観を持っていたことだ。
2017年の鼎談では、春日が近所の店で飲み物を買わずに済ませていたことや、大家への家賃を半年分まとめて手渡ししていたことなども語られている。
加えて、本人は家賃の支払いを忘れて大家から催促の紙を貼られた経験まで笑い話にしていた。
こうしたエピソードから見えるのは、単に安い部屋に住んでいたというだけではない。生活費の小さな支出まで意識する習慣が、若手時代から根付いていたということだ。
一方で、テレビで紹介される節約エピソードには笑いを生む演出も含まれる。すべての生活行動をそのまま一般化するのではなく、本人のインタビューと番組で紹介された内容を分けて理解する必要がある。
【2019年の退去理由】なぜ春日は約20年間暮らしたむつみ荘を離れたのか?
春日がむつみ荘を退去したのは、2019年7月末頃だ。
約20年間住み続けたアパートを離れるきっかけとなったのは、同年の結婚だった。
結婚を機に新生活へ春日は2019年4月、TBS系『ニンゲン観察バラエティ モニタリング』で、長年交際していたクミさんに公開プロポーズした。
その後、2019年5月に結婚。夫婦で生活する新居を探すことになった。
それまでのむつみ荘は、約6畳で風呂もない一人暮らし向けの部屋だった。夫婦で暮らすには手狭であり、新しい生活環境を整える必要があった。
2019年8月4日のオリコンニュースは、春日が8月3日深夜の『オードリーのオールナイトニッポン』で引っ越しを報告したことを伝えている。
本人は新しい物件が見つかったことや、荷造りに苦労したことを語った。
引っ越し当日には、大家の息子と娘が挨拶に訪れ、門出を祝う花束を渡してくれたという。
約20年間の暮らしを振り返るうえで、非常に印象的なエピソードだ。
退去後も続いた「むつみ荘ロス」春日は引っ越しを終えた後も、すぐにはむつみ荘への思いを断ち切れなかった。
オリコンの報道によると、新居に移ってから約1週間が経過しても、毎日のようにむつみ荘を見に行っていたという。
本人は、外観を見ないと落ち着かないという趣旨の発言をしていた。
これは、家賃の安い部屋から新居へ移ったという単純な引っ越し話ではない。
20年間という長い時間を過ごし、仕事がなかった時代から人気芸人になるまでの変化を見届けた場所との別れだった。
退去理由と取り壊しは別問題ここは誤解されやすいポイントだ。
春日が退去したのは、結婚後の夫婦生活に適した住居へ移るためだった。
建物の老朽化による強制退去や、解体を理由とした引っ越しだったという裏付けはない。
実際、2019年12月にはTBS系『水曜日のダウンタウン』で、春日の後にむつみ荘の部屋へ住む芸人を決める企画が行われている。
つまり、春日が退去した後も、部屋そのものは次の入居者へと引き継がれていった。
【関係者・歴代エピソード】むつみ荘をめぐる人物と出来事を時系列で整理
むつみ荘が特別な存在になった背景には、春日だけでなく、相方の若林正恭、当時の大家、後継入居者、ラジオ番組など複数の関係者がいる。
主な人物と出来事を整理すると、次のようになる。
新潮社『波』の鼎談によると、春日は売れる前から、むつみ荘の部屋でネタライブを開催していた。
観客は約10人。
若林とともに芸人として活動していた頃、部屋に人を集めて2時間ほどネタを披露していたという。
大家はその活動を認め、特に苦情を言うこともなかった。
放送ライブラリーに登録された2019年の最後の生放送の記録では、若林が当時のライブを振り返り、10人限定だったにもかかわらず、実際に集まった観客は7人だったというエピソードも紹介されている。
現在のオードリーの人気を考えると、非常に興味深い話だ。
伝説2:元横綱・曙がドアを破壊したロケむつみ荘のエピソードとして特に有名なのが、元横綱・曙によるドア破壊ロケだ。
春日は2017年の鼎談で、朝7時頃に曙が自宅へ来て、玄関ドアを破壊する撮影があったと説明している。
ドアだけでなく、周辺の壁まで崩れていくような状況だったという。
さらに驚くのは、大家の反応だ。
通常なら大きなトラブルになってもおかしくない撮影だったが、大家はその様子を笑いながら見ていたという。
番組側が修復費用を負担することも含め、撮影に理解を示していた。
この大家の協力的な姿勢が、むつみ荘で数多くのロケが行われた理由の一つだった。
伝説3:「さよならむつみ荘」の最後の生放送2019年8月31日深夜、オードリーのラジオ番組は、むつみ荘から最後の生放送を実施した。
放送上は8月31日25時開始、日付では9月1日午前1時からの番組となる。
タイトルは「オードリーのオールナイトニッポン~むつみ荘から最後の生放送~」。
番組開始時点では、いつものスタジオと異なる音の様子に気づいたリスナーもいたという。
その後、むつみ荘から放送していることが明かされ、リスナーの間で大きな反響を呼んだ。
番組では、春日と若林が売れない時代の思い出や、むつみ荘での出来事を振り返った。
特に、10人限定の小さなネタライブから、全国のリスナーが聴くラジオへとつながった時間の流れは、この放送を象徴するものだった。
放送ライブラリーにも正式な番組記録が登録されている。
ギャラクシー賞の評価は?受賞の意味を正確に確認この最後の生放送は、単にファン向けの記念企画にとどまらなかった。
2020年6月、放送批評懇談会が発表した第57回ギャラクシー賞のラジオ部門で、同番組は選奨に選ばれた。
ここで重要なのは、単なるノミネートや候補入りではなく、公式の受賞記録に「選奨」として掲載されていることだ。
放送ライブラリーにも第57回選奨という受賞歴が登録されている。
評価されたのは、引っ越しという個人的な出来事を、10年間の番組の歴史やリスナーとの関係と結びつけた放送だった。
むつみ荘は、春日の自宅という枠を超えて、オードリーとリスナーが共有してきた物語の舞台になったのである。
【2026年最新】むつみ荘は現在も存在する?取り壊しの噂と建物の現状
むつみ荘の現在を知るうえで、最も重要な出来事が2026年の春日による阿佐ヶ谷再訪だ。
2026年7月21日放送のBSフジ『わがまち散歩』では、春日が久しぶりに阿佐ヶ谷を訪問し、思い出の場所を巡った。
2026年7月「わがまち散歩」で春日が再訪2026年7月7日付の神戸新聞による共同通信配信記事では、6月下旬に行われた収録の様子が詳しく紹介されている。
春日は阿佐ヶ谷駅前から街歩きを始め、かつて通った喫茶店や思い出の場所を訪問。
その途中で、長年暮らしたむつみ荘の前にも立ち寄った。
記事では、春日が当時の大家への感謝を語ったことも伝えられている。
さらにBSフジの公式番組情報によると、春日は久しぶりにむつみ荘を訪れ、むつみ荘住みます芸人とも再会した。
亡くなった大家への思いを語る場面も紹介されている。
この再訪は、単なる懐かしのロケではない。
約20年間暮らした場所が、春日の人生にとってどのような意味を持っていたのかを改めて伝える機会になった。
むつみ荘の取り壊しは決定したのか?ネット上では、春日が退去したことをきっかけに、むつみ荘が取り壊された、あるいは取り壊しが決まったという情報が流れることがある。
しかし、2026年11月現在、解体決定を裏付ける公式発表は確認できない。
むしろ、2026年6月下旬の『わがまち散歩』の収録では、春日がむつみ荘の前を訪れている。
つまり、少なくとも2026年6月の収録時点では、建物が現存していたことが報道写真と番組情報から確認できる。
取り壊しが決定したという噂と、実際に確認できる建物の状況は分けて考える必要がある。
建物の現状で分かっていること2026年時点で確認できる情報を整理すると、次のようになる。
- 春日が約20年間住んだ建物は、2026年6月下旬の収録時に現存していた。
- 2026年のBSフジ番組で、春日自身が久しぶりに訪問している。
- 当時の大家はすでに亡くなっており、春日は再訪時に感謝の気持ちを語っている。
- 建物内部の現在の間取りや設備、各部屋の詳細な状態については、最新の公的な建物資料で確認できる情報が限られている。
- 解体決定を裏付ける公表資料は確認できない。
なお、2017年の本人インタビューでは、大家の息子が建て替えを検討していたものの、大家が春日の入居中は反対していたらしい、という話も紹介されている。
ただし、これは当時の春日が聞いていた話であり、その後の建物の所有・管理方針まで示すものではない。
重要なのは、春日の退去と建物の取り壊しは別の問題だということだ。
【場所と聖地巡礼】むつみ荘はどこ?訪問時に守りたいマナー
むつみ荘があるのは東京都杉並区の阿佐ヶ谷エリアだ。
BSフジの番組情報や放送ライブラリーの記録でも、春日の思い出の場所として阿佐ヶ谷が紹介されている。
むつみ荘の場所は阿佐ヶ谷阿佐ヶ谷はJR中央線沿線に位置する住宅地で、商店街や飲食店が充実している。
春日はこの街で若手時代を過ごし、学生時代から通った場所や、芸人として活動していた頃の思い出を数多く持っている。
2026年の『わがまち散歩』でも、阿佐ヶ谷の街並みや昔通った喫茶店が取り上げられた。
むつみ荘だけでなく、春日と阿佐ヶ谷という街の関係そのものが番組のテーマになっていた。
なお、むつみ荘は観光施設ではなく、一般の住民が生活する住宅だ。住人のプライバシーに関わるため、正確な部屋番号や個人宅への訪問を目的とした詳細な所在地の共有は控えたい。
聖地巡礼で避けるべき行動むつみ荘を知って実際に阿佐ヶ谷を訪れたい人もいるだろう。
ただし、ここは一般住宅であることを忘れてはいけない。
訪問する場合は、次の点を守りたい。
- 建物の敷地や共用部分に無断で立ち入らない。
- 入居者の窓や室内を撮影しない。
- インターホンを押したり、住人に声をかけたりしない。
- 大声で芸人の名前を叫んだり、長時間その場に滞在したりしない。
- 近隣住民の通行や生活を妨げない。
- SNSに住人や建物内部のプライベートな情報を掲載しない。
春日と大家の関係が温かいものだったからこそ、現在暮らしている人たちの生活も尊重することが大切だ。
春日と阿佐ヶ谷の関係は2026年も続いている2026年の『わがまち散歩』で印象的なのは、春日がむつみ荘だけでなく、阿佐ヶ谷という街全体を懐かしんでいたことだ。
共同通信配信の記事では、春日が阿佐ヶ谷の物価の安さや、夢を持った若者が集まる街としての魅力を語ったことも紹介されている。
かつて生活費を抑えながら芸人としての成功を目指した春日にとって、阿佐ヶ谷は単なる住居の所在地ではない。
若手時代の自分を形づくった場所なのだ。
【プロの結論】むつみ荘が今も語り継がれる本当の理由
むつみ荘の魅力は、家賃3万9,000円の古いアパートという物件情報だけでは説明できない。
本当に価値があるのは、そこで積み重ねられた約20年間の人間関係と芸人としての歴史だ。
春日が売れない時代に開催した観客7人のネタライブ。大家が協力した数々のテレビロケ。若林とともに語ったラジオの思い出。そして、2019年の退去時に行われた最後の生放送。
これらの出来事が積み重なり、むつみ荘はオードリーのファンにとって特別な場所になった。
加えて、2020年の第57回ギャラクシー賞ラジオ部門選奨という実績が、最後の生放送を単なる懐古企画ではない放送文化の記録として残した。
2026年の再訪で春日が大家への感謝を語ったことも象徴的だ。
建物そのものが有名になったのではなく、そこで暮らした人と支えた人の関係が、多くの人の記憶に残っているのである。
むつみ荘の情報を見極めるなら、次の3点が判断基準になる。
1. 現在の建物については2026年の現地収録を重視する。 2019年の退去報道や古い外観写真だけで、現在の状況を判断しない。
2. 取り壊し情報は公的な発表と実際の現地報道を照合する。 春日が退去したことだけを解体の根拠にしない。
3. 聖地巡礼では観光地と一般住宅を区別する。 ファンの思い出を大切にすることと、現在の住人の生活を守ることは両立できる。
【むつみ荘と春日の関係】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:むつみ荘は2026年現在も存在していますか?
A1:2026年6月下旬のBSフジ『わがまち散歩』の収録時点では現存していました。春日自身が建物の前を訪れ、当時の大家への感謝を語っています。解体決定を裏付ける公式発表は確認できません。
Q2:春日俊彰がむつみ荘を退去した理由は何ですか?
A2:2019年5月の結婚を機に、妻との新生活を始めるためです。約6畳で風呂のない部屋から、新しい住居へ引っ越しました。強制退去や建物の取り壊しが直接の理由ではありません。
Q3:むつみ荘の家賃はいくらでしたか?
A3:春日が住んでいた当時の家賃は月額3万9,000円です。2017年の新潮社『波』の鼎談でも本人が明かしています。
Q4:春日は何年間むつみ荘に住んでいたのですか?
A4:2000年頃から2019年まで、およそ20年間です。2019年8月のラジオでも、本人が約20年間住んでいたことを振り返っています。
Q5:むつみ荘の最後のラジオ放送はギャラクシー賞を受賞しましたか?
A5:はい。2019年8月31日深夜の『オードリーのオールナイトニッポン~むつみ荘から最後の生放送~』は、第57回ギャラクシー賞のラジオ部門で選奨に選ばれました。
Q6:2026年に春日がむつみ荘を訪れた番組は何ですか?
A6:BSフジの『わがまち散歩』です。2026年7月21日放送の第10回で春日俊彰が東京・阿佐ヶ谷を訪れ、久しぶりにむつみ荘にも立ち寄りました。
むつみ荘は、オードリー春日俊彰が2000年頃から2019年まで約20年間暮らした、家賃3万9,000円の風呂なしアパートだ。
2019年の結婚を機に退去したものの、その思い出は消えていない。最後のラジオ生放送は第57回ギャラクシー賞の選奨に選ばれ、2026年にはBSフジ『わがまち散歩』で久しぶりの再訪が実現した。
建物についても、2026年6月の収録時点で現存していたことが報道から確認できる。取り壊しが決定したという情報を裏付ける公的発表はない。
むつみ荘が伝説になったのは、豪華な設備や立地が理由ではない。売れない時代の春日を支えた大家との関係、若林との思い出、そして芸人として成長していく時間がそこに詰まっていたからだ。
むつみ荘は、春日にとって単なる昔の住まいではない。オードリーがスターになる前の時間を今に伝える、かけがえのない場所なのである。
主な参考資料:新潮社『波』2017年11月号、オリコンニュース(2019年8月4日)、放送ライブラリー、放送批評懇談会・第57回ギャラクシー賞受賞記録、BSフジ『わがまち散歩』公式番組情報、神戸新聞・共同通信(2026年7月7日)、entax(2023年5月30日)。