森越祐人(もりこし・ゆうと)さんは、愛知県稲沢市出身の元プロ野球選手で、中日ドラゴンズ、阪神タイガース、埼玉西武ライオンズの3球団で内野手としてプレーした人物です。1988年8月11日生まれで、2010年のドラフト4位で中日に入団。現役時代は堅実な守備と複数の内野ポジションをこなすユーティリティー性を持ち味としていました。
2026年現在は、古巣の中日ドラゴンズで内野守備走塁コーチを務めています。また、2016年3月には一般女性との結婚を発表しており、現役時代の家族に関する報道や二軍での出場実績にも関心が集まっています。NPBの公式記録、球団の選手・コーチプロフィール、当時の報道をもとに、選手時代から指導者としての現在までを整理します。
- 現在: 2026年度は中日ドラゴンズの内野守備走塁コーチとして登録されている。
- 経歴: 中日、阪神、西武の3球団で約10年間プレー。名城大学での指導経験を経て中日に復帰した。
- 結婚: 2016年3月18日に一般女性と結婚。2013年に知人の紹介で知り合ったと報じられている。
- 成績: NPB一軍通算94試合、打率.115。2016年の阪神二軍では92試合に出場し、打率.223を記録した。
- 特徴: 打撃成績だけでは測れない守備力と複数ポジションへの対応力が持ち味だった。
【プロフィール】森越祐人とはどんな人物?生年月日や出身校を紹介

森越祐人さんは、愛知県で育ち、地元の高校と大学を経てプロ野球の世界に進んだ内野手です。
中日ドラゴンズの公式プロフィールによると、1988年8月11日生まれ。2026年11月現在は38歳です。右投右打で、身長178cm、体重73kgと紹介されています。
基本プロフィール| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 森越祐人 |
| 読み方 | もりこし・ゆうと |
| 生年月日 | 1988年8月11日 |
| 年齢 | 38歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 愛知県 |
| 出身市 | 愛知県稲沢市 |
| 身長 | 178cm |
| 体重 | 73kg(球団公式プロフィール) |
| 投打 | 右投右打 |
| ポジション | 内野手(現役時代) |
| 出身高校 | 愛知啓成高校 |
| 出身大学 | 名城大学 |
| ドラフト | 2010年4位 |
| 現在 | 中日ドラゴンズ内野守備走塁コーチ |
出身校は国分小学校、稲沢西中学校、愛知啓成高校、名城大学という経歴です。
特に名城大学は、後に指導者として戻ることになる母校でもあります。プロ入り前から地元愛知を拠点に野球に取り組み、大学からドラフト指名を受けてプロへの道を切り開きました。
2010年の中日ドラゴンズのドラフト入団選手紹介では、4巡目指名の内野手として掲載されています。
当時の入団時コメントでは、守備で信頼される遊撃手を目指す意欲を示していました。華やかな長距離打者というより、守備でチームに貢献する選手を目指していたことがうかがえます。
【経歴・年表】中日から阪神、西武へ!プロ野球人生の転換点
森越さんのプロ野球人生を語るうえで欠かせないのが、3球団を渡り歩いた経験です。
2010年のドラフトで中日に指名され、2011年からプロとして活動を開始。その後、戦力外通告を受けながらも合同トライアウトでアピールし、阪神、西武と次の所属先を獲得していきました。
森越祐人の主な経歴一覧2010年のドラフト会議で中日から4位指名を受けた森越さんは、2011年にプロ入りしました。
中日時代の背番号は54。守備を評価され、内野のバックアップ要員として経験を積みました。
しかし、一軍で継続的に出場機会を得ることは簡単ではありませんでした。2014年シーズン終了後には戦力外通告を受けます。
阪神タイガース時代:トライアウトから再出発2014年11月、中日は森越さんとの翌シーズンの契約を結ばないことを発表しました。
その後、12球団合同トライアウトに参加。守備だけでなく打撃でもアピールし、阪神タイガースへの移籍が決まりました。
2015年から2019年まで在籍し、背番号は37でした。
阪神では、鳥谷敬選手や北條史也選手らと内野のポジションを争う環境にありました。複数の内野ポジションを守れることから、守備固めや控え選手としての役割も期待されていました。
2017年には一軍29試合に出場。本人にとって、一軍での出場機会が比較的多かったシーズンです。
埼玉西武ライオンズ時代:3球団目への挑戦2019年シーズン終了後、阪神から戦力外通告を受けた森越さんは、再び合同トライアウトに参加しました。
このときのトライアウトでは、3打数2安打1本塁打を記録。打撃面でも存在感を示し、2019年12月に埼玉西武ライオンズへの入団が発表されました。
背番号は59です。
ただし、西武では一軍への昇格機会がないまま2020年シーズンを終えました。同年11月13日には球団から翌シーズンの契約を結ばない旨が発表されています。
これが現役選手としての最後の所属球団となりました。
【成績を検証】一軍通算94試合と阪神二軍92試合の実績
森越さんの成績を調べる際に注意したいのが、一軍と二軍の数字を混同しないことです。
NPBの個人年度別成績に掲載されている数字は、一軍公式戦の記録です。一方、阪神時代にはウエスタン・リーグで多くの試合に出場していました。
この2つを分けて見ることで、現役時代の役割がより明確になります。
NPB一軍の通算打撃成績NPB公式記録によると、森越さんの一軍通算成績は次のとおりです。
通算出場試合94
試合
通算打率.115
78打数9安打
本塁打0
打点2
NPB公式記録・2025年シーズン終了時点の掲載データ
出場94試合、97打席、78打数、9安打、二塁打2本、盗塁1、打率.115、出塁率.225。
年度別に見ると、2017年の29試合が一軍での最多出場です。
| 年度 | 球団 | 試合 | 打率 |
|---|---|---|---|
| 2013年 | 中日 | 21 | .125 |
| 2014年 | 中日 | 19 | .143 |
| 2015年 | 阪神 | 7 | .000 |
| 2016年 | 阪神 | 2 | .000 |
| 2017年 | 阪神 | 29 | .130 |
| 2018年 | 阪神 | 16 | .125 |
| 通算 | 3球団 | 94 | .115 |
森越さんの現役時代を語るうえで、特に注目したいのが2016年の二軍成績です。
この年、一軍の公式戦出場はわずか2試合でした。一方、ウエスタン・リーグではチームトップとなる92試合に出場しています。
二軍の打撃成績は以下のとおりです。
| 項目 | 2016年成績 |
|---|---|
| 出場試合 | 92試合 |
| 打率 | .223 |
| 打数 | 197 |
| 安打 | 44 |
| 本塁打 | 3 |
| 打点 | 18 |
| 出塁率 | .332 |
| 長打率 | .330 |
打率.223という数字だけを見ると、打撃面で大きなインパクトを残したシーズンとは言いにくい可能性があります。
しかし、注目したいのは出場機会と守備面での貢献です。
当時の阪神は金本知憲監督のもと、野手の入れ替えを積極的に行っていました。森越さんも一軍を経験したものの、シーズン途中から鳥谷敬選手が三塁、北條史也選手が遊撃のレギュラーとして定着し、一軍での出場機会は限られました。
その一方、二軍では内野の全ポジションを守り、チームの戦力を支えていました。
つまり、2016年の森越さんは、一軍のレギュラーとして定着するには至らなかったものの、二軍で継続的に起用される守備力と対応力を持った選手だったのです。
この実績は、後年の指導者としてのキャリアにもつながる重要な経験といえます。
【結婚・妻】森越祐人は2016年に一般女性と結婚していた
森越さんの結婚については、2016年3月23日付の日刊スポーツが報じています。
記事によると、森越さんは2016年3月18日に婚姻届を提出し、一般女性と結婚しました。
当時27歳だった森越さんと同じく27歳の女性で、妻は会社員と報じられています。
妻との出会いは2013年日刊スポーツの報道によれば、2人が知り合ったのは2013年。共通の知人を通じて出会い、その後交際に発展したとされています。
結婚まで約3年間交際していたことになります。
報道された妻の情報は次のとおりです。
| 項目 | 公表された情報 |
|---|---|
| 結婚発表 | 2016年3月 |
| 婚姻届提出日 | 2016年3月18日 |
| 妻の職業 | 会社員 |
| 結婚当時の年齢 | 27歳 |
| 出身地 | 三重県津市 |
| 出会い | 2013年、知人の紹介 |
| 交際期間 | 約3年間 |
結婚発表時、森越さんは妻について、明るくしっかりした性格で、一緒にいて楽だという趣旨のコメントを残しています。
また、結婚によって気負うことなく野球に取り組みたいという姿勢も示していました。
当時は阪神でプレーしていた時期であり、シーズン開幕前の結婚でした。
森越祐人の妻はどんな人?子どもはいる?妻は一般女性であり、芸能活動などをしている人物ではありません。
氏名や顔写真、現在の職業、夫婦の日常生活などについては、日刊スポーツの結婚報道以降、広く公表された情報は確認できません。
一方、2019年12月の埼玉西武ライオンズ入団会見について、日刊スポーツは妻と長男が会場に同席したことを報じています。同記事では、長男の1歳の誕生日を祝った直後に西武から獲得の連絡があったというエピソードも紹介されました。
このため、少なくとも2019年時点で子どもがいたことは報道から確認できます。
家族の現在の生活や子どもの詳細については、本人や家族による公表情報が限られています。
【年俸・登場曲】森越祐人の収入とHundred Percent Freeとの関係
森越さんの年俸について検索する人も少なくありません。
プロ野球選手の年俸は、契約更改時の報道などから推定額が紹介されることがあります。ただし、球団が公表する契約情報と、報道・データベースに掲載される推定年俸は区別する必要があります。
現役時代の推定年俸民間のプロ野球年俸データベースに掲載された金額では、森越さんの阪神・西武時代の推定年俸は次のようになっています。
| 年度 | 所属 | 推定年俸 |
|---|---|---|
| 2016年 | 阪神 | 600万円 |
| 2017年 | 阪神 | 650万円 |
| 2018年 | 阪神 | 1,000万円 |
| 2019年 | 阪神 | 950万円 |
| 2020年 | 西武 | 750万円 |
この推移を見ると、2018年に1,000万円まで上昇した後、2019年と2020年には減少しています。
ただし、これらは民間データベースの推定値です。すべての年度について球団の正式発表額と同一であることを意味するものではありません。
また、2026年現在の中日ドラゴンズでのコーチ年俸については、確認できる球団公式プロフィールに金額の記載はありません。
登場曲はHundred Percent Freeの「ROCK CLIMBER」森越さんには、野球以外にも興味深いエピソードがあります。
阪神時代の登場曲として知られているのが、ロックバンドHundred Percent Freeの「ROCK CLIMBER」です。
2018年と2019年の阪神選手登場曲一覧にも、森越さんの使用曲として掲載されています。
登場曲は、選手が打席や登場時に球場で流す楽曲です。選手の好みや思い入れが反映されることもあり、ファンにとっては選手の個性を知る手掛かりになります。
森越さんとHundred Percent Freeについては、親族関係が選曲の背景にあったという紹介もあります。バンド名と選曲のエピソードは、森越さんのプロフィールに関連する興味深い話題です。
【現在】森越祐人は中日ドラゴンズのコーチとして活動
2026年現在、森越さんは中日ドラゴンズの内野守備走塁コーチを務めています。
現役引退後に野球界を離れたわけではなく、大学野球の指導者を経て、古巣の中日に指導者として復帰しました。
引退後は母校・名城大学のコーチに就任2020年シーズン終了後、西武から翌シーズンの契約を結ばない旨を通告された森越さん。
その後、2021年3月1日付で母校の名城大学硬式野球部のコーチに就任しました。
中日新聞の報道によると、大学では野手総合コーチとして守備や打撃を指導。プロで10年間プレーした経験を学生に伝える役割を担いました。
プロ時代に複数球団を経験したことは、大学野球の選手にとっても貴重な指導材料だったはずです。
名城大学は2021年から2022年までの森越さんの指導活動を紹介しており、大学野球のチームづくりにも携わっていたことが分かります。
2023年に中日ドラゴンズへ指導者として復帰2022年11月、中日ドラゴンズは森越さんが翌2023年から二軍内野守備走塁コーチに就任することを発表しました。
9シーズンぶりにドラゴンズのユニホームを着ることになり、選手ではなく指導者として古巣に戻ったのです。
就任時のスポーツナビ掲載インタビューでは、本人が指導者としての役割について次のように語っています。
「一軍で守れる選手を送り込むのが仕事」
この言葉には、現役時代に守備の重要性を実感してきた森越さんらしさが表れています。
打撃成績だけではレギュラーの座をつかめなかった経験や、複数のポジションを守ってチームを支えてきた経験は、守備力を重視する指導方針にも生かせるでしょう。
2026年は一軍の内野守備走塁コーチ2026年度の中日ドラゴンズ公式コーチングスタッフでは、森越さんは背番号81の内野守備走塁コーチとして登録されています。
球団公式プロフィールにも、現役時代の中日・阪神・西武での経歴と、2023年から中日で指導者を務めていることが掲載されています。
また、2026年5月4日には、平田良介コーチに代わってベースコーチとして登録されたことが中日スポーツで報じられました。
二軍での指導経験を積み、一軍の内野守備走塁を担当する立場へ進んだことは、引退後のキャリアにおける大きな変化です。
【プロの結論】森越祐人の評価は打率だけでは分からない
森越さんのプロ野球人生を振り返ると、最も特徴的なのは、複数球団で戦力外通告を受けながらも、野球に関わり続ける道を切り開いてきたことです。
中日を退団した後、合同トライアウトを経て阪神に入団。さらに阪神退団後もトライアウトに参加し、西武への移籍を実現しました。
プロ野球選手としての一軍通算成績は94試合、打率.115。数字だけを見れば、打撃で突出した実績を残した選手ではありません。
しかし、プロ野球では打撃成績だけで選手の価値が決まるわけではありません。
森越さんの場合、内野の全ポジションを守れる対応力、守備固めやバックアップとしての役割、そして二軍での継続的な出場経験が重要な評価材料でした。
加えて、引退後は名城大学で学生を指導し、2023年からは中日のコーチとして復帰しています。
選手として培った経験を、今度は若手選手の育成に還元する立場へと変わったのです。
森越祐人さんを理解するための判断基準は、一軍の打撃成績だけで評価しないことです。
二軍での出場実績、守備の汎用性、3球団での経験、そして指導者としての現在までを一つのキャリアとして見ることで、その人物像がより立体的になります。
森越祐人に関するよくある質問(FAQ)
Q1:森越祐人は現在何をしている?
2026年度は中日ドラゴンズの内野守備走塁コーチを務めています。2021年に母校の名城大学でコーチに就任し、2023年から中日に復帰しました。
Q2:森越祐人は結婚している?妻はどんな人?
2016年3月18日に一般女性と結婚しています。日刊スポーツによると、妻は当時27歳の会社員で、三重県津市出身です。2013年に知人を通じて知り合ったと報じられています。
Q3:森越祐人の現役時代の成績は?
NPB一軍通算94試合、9安打、打率.115、本塁打0、打点2です。一方、2016年の阪神二軍では92試合に出場し、打率.223、3本塁打、18打点を記録しました。
Q4:森越祐人はどの球団に所属していた?
中日ドラゴンズ(2011~2014年)、阪神タイガース(2015~2019年)、埼玉西武ライオンズ(2020年)の3球団です。
Q5:森越祐人の年俸はいくらだった?
民間データベースの推定値では、2018年の年俸は1,000万円、2020年は750万円です。現在のコーチ年俸は公表資料から確認できません。
Q6:森越祐人とHundred Percent Freeの関係は?
阪神時代の登場曲に、Hundred Percent Freeの「ROCK CLIMBER」を使用していました。2018年、2019年の登場曲一覧にも掲載されています。
森越祐人さんは、愛知県稲沢市出身で、2010年ドラフト4位で中日ドラゴンズに入団した元プロ野球選手です。
中日、阪神、西武の3球団で約10年間プレーし、現役時代は堅実な守備と複数ポジションをこなす能力を武器にチームを支えてきました。
2016年には一般女性との結婚を発表。阪神時代には一軍出場が限られた一方、ウエスタン・リーグで92試合に出場し、打率.223、3本塁打を記録しました。
2020年の現役引退後は名城大学のコーチを経て、2023年に中日ドラゴンズへ復帰。2026年度は一軍の内野守備走塁コーチとして活動しています。
現役時代の成績だけでは見えにくい守備力と経験を、今度は次世代の選手に伝える立場になった森越さん。3球団を経験した元内野手が、指導者としてどのような選手を育てていくのか、今後の活動にも注目が集まります。