カトゥーン(KAT-TUN)の初期メンバーは、亀梨和也、赤西仁、田口淳之介、田中聖、上田竜也、中丸雄一の6人です。2001年に結成されたKAT-TUNは、2006年3月22日にシングル「Real Face」でCDデビュー。個性的なメンバー構成と力強い音楽性で人気を集めましたが、2010年から2016年にかけて3人が相次いで脱退しました。
その後、亀梨和也・上田竜也・中丸雄一の3人体制で活動を続けたものの、2025年3月31日にグループは解散。さらに同年11月8日には解散後のラストライブ「Break the KAT-TUN」が開催されました。2026年現在は、6人それぞれが個人として新たな活動を展開しています。
【KAT-TUNの初期メンバーは6人!名前と当時のメンバー構成】

KAT-TUNは、2001年に結成された男性アイドルグループです。結成当初のメンバーは6人で、現在の3人体制から知った人にとっては、当初の構成が意外に感じられる可能性があります。
初期メンバーの名前は次のとおりです。
- 亀梨和也:グループ名の「K」にあたるメンバー。解散まで在籍した中心メンバーの一人。
- 赤西仁:「A」にあたるメンバー。2010年にグループを脱退し、その後はソロアーティストとして活動。
- 田口淳之介:「T」にあたるメンバー。2016年に脱退し、以降は個人で音楽やイベントなどに出演。
- 田中聖:もう一つの「T」にあたるメンバー。2013年に脱退し、音楽活動などを展開。
- 上田竜也:「U」にあたるメンバー。解散まで在籍し、現在は俳優や舞台を中心に活動。
- 中丸雄一:「N」にあたるメンバー。解散まで在籍し、テレビや漫画、イラストなど幅広い分野で活動。
この6人がそろっていた時代が、一般に「KAT-TUNの6人時代」と呼ばれる時期です。
2001年4月には、NHKの音楽番組「ポップジャム」で堂本光一のバックダンサーとして6人で初めて舞台に立ちました。デビュー前から注目を集めていたことも、当時のKAT-TUNを語るうえで欠かせない背景です。
なお、2010年以降にメンバーが減っていったものの、亀梨和也・上田竜也・中丸雄一の3人は最後までグループに在籍していました。3人は脱退した元メンバーではなく、2025年の解散まで活動した最後のメンバーです。
【KAT-TUNのグループ名の由来とは?ハイフンに込められた意味】
KAT-TUNというグループ名は、初期メンバー6人の名字の頭文字を組み合わせて作られています。
- K:Kamenashi(亀梨和也)
- A:Akanishi(赤西仁)
- T・T:Tanaka(田中聖)・Taguchi(田口淳之介)
- U:Ueda(上田竜也)
- N:Nakamaru(中丸雄一)
6人の名字を英語表記にした際の頭文字を並べると、KAT-TUNになります。
さらに注目したいのが、中央に入っているハイフン(-)です。これはファンを象徴するものとして知られています。メンバーとファンをつなぐ存在という意味合いがあり、単なるアルファベットの組み合わせではありません。
この由来を知ると、グループが解散した後もファンの間で「ハイフン」という呼び名が大切にされている理由が見えてきます。
6人時代のKAT-TUNが人気を集めた理由KAT-TUNの特徴は、当時のアイドルグループの中でも存在感のあるワイルドなビジュアルと、ロックやラップを取り入れた力強い音楽性でした。
2006年3月22日には、デビューシングル「Real Face」を発売。同日にはアルバム「Best of KAT-TUN」とDVD「Real Face Film」もリリースされ、3作品同時のデビューという大きな展開を見せました。
2009年には東京ドームで8日間連続公演を実施。大規模な会場で連日公演を成功させた実績は、当時の人気と集客力を示す出来事でした。
単にメンバーの知名度だけでなく、楽曲、ライブ演出、個々のキャラクターが組み合わさったことが、KAT-TUN独自の存在感につながっていました。
【KAT-TUNのメンバー脱退順を時系列で解説!赤西・田中・田口の3人】
KAT-TUNのメンバー脱退は、2010年から2016年にかけて段階的に起こりました。脱退した順番は、赤西仁、田中聖、田口淳之介です。
ここで重要なのは、3人が同時に脱退したわけではないという点です。それぞれ異なる時期にグループを離れ、残ったメンバーが新しい体制を作りながら活動を続けました。
脱退から解散までの年表| 時期 | 出来事 | メンバー構成・備考 |
|---|---|---|
| 2001年 | KAT-TUN結成 | 亀梨・赤西・田口・田中・上田・中丸の6人 |
| 2006年3月22日 | 「Real Face」でCDデビュー | 6人体制 |
| 2010年 | 赤西仁が脱退 | 5人体制へ |
| 2013年 | 田中聖が脱退 | 4人体制へ |
| 2016年 | 田口淳之介が脱退 | 亀梨・上田・中丸の3人体制へ |
| 2025年2月12日 | 解散を正式発表 | STARTO ENTERTAINMENTが公表 |
| 2025年3月31日 | KAT-TUN解散 | 亀梨は事務所を退所、上田・中丸は個人契約を継続 |
| 2025年11月8日 | 「Break the KAT-TUN」開催 | 3人によるKAT-TUNとしてのラストパフォーマンス |
このように、KAT-TUNは6人から5人、4人、3人へとメンバー構成が変わっていきました。脱退のたびにグループの方向性や活動形態にも変化が生まれました。
2010年:赤西仁が脱退最初にグループを離れたのは赤西仁です。2010年にKAT-TUNを脱退し、その後はソロアーティストとして活動する道を選びました。
赤西は海外での活動にも取り組み、音楽制作やライブを中心に独自のキャリアを築いていきます。KAT-TUNの初期メンバーとしての知名度を持ちながらも、個人の音楽活動を発展させていった人物です。
2013年:田中聖が脱退2013年には田中聖がグループを脱退しました。これにより、KAT-TUNは4人体制となります。
田中はグループ在籍時からラップなど音楽面でも存在感を示していました。脱退後も音楽活動を続け、後年は「JOKER」の名義を用いた活動にも取り組んでいます。
2016年:田口淳之介が脱退2016年には田口淳之介が脱退。これにより、結成当初の6人のうち、亀梨和也、上田竜也、中丸雄一の3人が残る形になりました。
この時期からKAT-TUNは3人体制で活動を続けます。メンバーの脱退が続いた後も、グループとしての活動を継続したことは、KAT-TUNの歴史における大きな転換点でした。
なお、2016年以降は充電期間を経て、3人での活動を継続しています。
【KAT-TUNはなぜ解散した?2025年の発表と経緯を検証】
KAT-TUNの解散が公表されたのは、2025年2月12日です。所属していたSTARTO ENTERTAINMENTが公式サイトで発表し、2025年3月31日をもってグループを解散することを明らかにしました。
発表の中心となったのは、2024年4月から始まった同社との契約と、その後のメンバー間・事務所間での協議です。
STARTO ENTERTAINMENTは、約1年間にわたって話し合いを重ねた結果、2025年4月1日からの2年目の契約を迎えるにあたり、グループ名を掲げ続けるよりも、それぞれの道を選ぶ方がメンバーにとって良いと判断したと説明しました。
「KAT-TUNの看板を下ろし、それぞれの道を選ぶ」
これは公式発表の内容を端的に表す部分です。解散理由として公表されたのは、メンバーと事務所による協議の結果、それぞれが個人の活動に進む選択をしたということでした。
亀梨和也の退所が解散の唯一の理由だったのか解散発表と同時に注目されたのが、亀梨和也の事務所退所です。
公式発表によると、亀梨は2025年3月31日の契約満了をもってSTARTO ENTERTAINMENTを退所。一方、上田竜也と中丸雄一は、同社との契約を個人として継続することになりました。
このため、亀梨の退所が解散につながったのではないかという見方も広がりました。
しかし、2025年2月13日付の日刊スポーツは、関係者の話として、解散は亀梨の退所決断だけが直接的な理由ではなく、メンバー間および事務所との話し合いを重ねた末の判断だったと報じています。
つまり、公式に説明された解散理由と報道で伝えられた背景を分けて理解することが大切です。特定のメンバーだけに解散の責任を帰する根拠は、公式発表からは読み取れません。
解散後のラストライブ「Break the KAT-TUN」解散発表時、STARTO ENTERTAINMENTは、メンバーの希望により、近い将来ファンと会える場所を作るために調整していると説明していました。
その後、2025年11月8日に千葉県のZOZOマリンスタジアムで開催されたのが「Break the KAT-TUN」です。
注目すべきなのは、このライブが2025年3月31日の正式な解散後に開催されたことです。Storm Labelsの公式作品紹介でも「グループ解散後のライブ開催」という異例の形で行われた公演として紹介され、3人によるKAT-TUNとしてのラストパフォーマンスと位置づけられています。
さらに2026年3月22日には、同公演のBlu-ray・DVDが発売されました。同日にはKAT-TUNの全楽曲の音楽配信もスタートしており、グループの歴史を振り返る機会が改めて設けられています。
【2026年現在】KAT-TUN初期メンバー6人の活動と現在
2026年11月現在、KAT-TUNはグループとして解散していますが、初期メンバー6人の活動がすべて終わったわけではありません。
それぞれが個人の名前で活動しており、音楽、俳優業、舞台、テレビ出演、イベントなど、活動分野は多岐にわたっています。
亀梨和也:ソロアーティスト・俳優として活動亀梨和也は2025年3月31日にSTARTO ENTERTAINMENTを退所し、その後は個人として活動しています。
2026年にはソロアルバム「WAVE」を7月8日にリリース。さらに「KAZUYA KAMENASHI LIVE TOUR 2026 -FROM HERE-」を開催し、9月にはツアー完走に関する情報も公式サイトで発信されました。
音楽活動だけでなく、テレビやラジオ、YouTubeなどの発信も継続しています。KAT-TUN時代に培った知名度を生かしながら、ソロアーティストとしての活動領域を広げています。
赤西仁:独立した音楽活動とライブを継続赤西仁は2010年の脱退後、ソロアーティストとして活動してきました。
2025年には「JIN AKANISHI LIVE TOUR 2025 “REDWEST”」や「N/A LIVE 2025 “THE MEN IN THE ARENA”」などのライブを開催。2026年も「JIN AKANISHI HEART LIVE 2026」を実施しています。
公式サイトでは2026年10月にも山田孝之が関係する企画「THE OPEN CALL -MAIN PARTNER 山田孝之-」への出演情報が掲載されており、音楽に限らず活動の幅を広げていることが分かります。
田口淳之介:ライブ・イベント・エンターテインメント分野で活動田口淳之介は2016年の脱退後、個人での芸能活動を続けています。
2026年も公式サイトではライブやイベント情報が発信されており、京都でのイベント、大阪でのランチショー、誕生日当日のディナーショーなどが告知されています。
また、トークイベントやショートドラマなどにも取り組んでおり、音楽活動を軸にしながらファンと直接交流する機会も設けています。
田中聖:2026年に音楽活動再開を発表田中聖は2013年にKAT-TUNを脱退した後、音楽活動などを続けてきました。
2026年9月24日には「田中聖 a.k.a.JOKER」名義で復帰アルバム「KING'S BACK」の配信を開始。本人の公式発信を受けて、テレビ朝日などの報道各社も音楽活動再開を伝えました。
加えて、2026年11月5日には埼玉県の大宮ソニックシティで復帰ライブ「LIFE ~encore~」を開催する予定です。11月2日現在、公式ファンクラブでも公演に関する案内が掲載されています。
この動きは、KAT-TUNへの復帰や再結成を意味するものではありません。あくまで田中聖個人の音楽活動として発表されたものです。
上田竜也:舞台・俳優活動を中心に活躍上田竜也は解散後もSTARTO ENTERTAINMENTとの個人契約を継続しています。
2026年は舞台での活動が目立ち、10月には川島如恵留とともに「ノッキンオン・ロックドドア THE STAGE」に主演。公演は10月から11月にかけて行われています。
また、ミュージカル「三銃士:Reborn」への主演も発表されており、舞台俳優としての活動を広げています。
KAT-TUN時代の音楽活動とは異なる形で、演技や舞台表現に力を注いでいることが、2026年の活動から見て取れます。
中丸雄一:テレビ・漫画・イラストなど多方面で活動中丸雄一も、解散後は個人としてSTARTO ENTERTAINMENTとの契約を継続しています。
2026年の公式サイトには、MBS・TBS系「プレバト」への出演告知や、テレビ番組への出演情報が掲載されています。
また、漫画やイラスト、YouTubeなどにも取り組んでおり、タレントとしてだけでなくクリエイティブな分野でも活動しています。
公式サイトではファン向けのイベントや交流企画も案内されており、個人としての活動基盤を整えていることが分かります。
【間違えやすいポイント】KAT-TUNの6人時代と解散を正しく理解する
KAT-TUNの歴史を振り返る際には、初期メンバー、脱退したメンバー、最後まで在籍したメンバー、そして解散後のライブを混同しないことが重要です。
誤解1:KAT-TUNは最初から3人組だった?これは誤りです。KAT-TUNは2001年に6人で結成されました。2016年に田口淳之介が脱退した後、亀梨和也・上田竜也・中丸雄一の3人体制になっています。
現在の3人の姿が広く知られているため、結成当初から同じメンバーだったと勘違いされることがありますが、初期メンバーは間違いなく6人です。
誤解2:亀梨和也もグループを途中で脱退した?亀梨和也は赤西仁、田中聖、田口淳之介のように途中で脱退したメンバーではありません。2016年以降の3人体制を支え、2025年3月31日のグループ解散まで在籍していました。
同日付で事務所も退所していますが、これはグループからの途中脱退とは異なります。
誤解3:2025年3月31日以降、KAT-TUNのライブは一切なかった?これも正確ではありません。グループとしての解散日は2025年3月31日ですが、その後の11月8日に「Break the KAT-TUN」が開催されました。
ただし、これは通常のグループ活動の再開ではなく、解散後に行われた1公演限りのラストパフォーマンスです。公式のライブ作品紹介でも、KAT-TUNとしての最後のステージとされています。
【プロの結論】KAT-TUNの歴史から分かる6人時代の本当の意味
KAT-TUNの歴史を理解するうえで重要なのは、初期の6人と最後の3人を別々の時代として捉えることです。
2001年の結成から2006年のCDデビューまで、6人はグループの基礎を築きました。その後、2010年、2013年、2016年とメンバーが脱退していく中でも、グループは活動を続けました。
特に注目したいのは、人数が変わってもKAT-TUNというグループ名と音楽活動を守り続けた期間があったことです。3人体制になった後も新しい作品を発表し、ライブを重ね、独自の存在感を維持しました。
そして2025年、メンバーと事務所の協議を経て解散を決定。さらに解散後のラストライブを経て、2026年にはライブ映像作品や楽曲配信という形でグループの歴史が残されています。
読者がKAT-TUNの情報を調べる際には、次の3つを区別すると理解しやすくなります。
- 初期メンバーを知りたい場合:2001年結成時の6人を確認する。
- 脱退順を知りたい場合:2010年の赤西仁、2013年の田中聖、2016年の田口淳之介という順番を確認する。
- 2026年現在を知りたい場合:グループの解散と、6人それぞれの個人活動を分けて調べる。
この視点を持てば、KAT-TUNの初期メンバーや脱退の歴史、解散理由、現在の活動を混同せずに理解できます。
【カトゥーン初期メンバー】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:KAT-TUNの初期メンバーは誰ですか?
A1:亀梨和也、赤西仁、田口淳之介、田中聖、上田竜也、中丸雄一の6人です。2001年に結成され、2006年3月22日に「Real Face」でCDデビューしました。
Q2:KAT-TUNのメンバーは誰から脱退しましたか?
A2:最初は2010年の赤西仁、次に2013年の田中聖、最後が2016年の田口淳之介です。その後は亀梨和也、上田竜也、中丸雄一の3人で活動していました。
Q3:KAT-TUNはいつ解散し、2026年現在はどうなっていますか?
A3:2025年3月31日に解散しました。ただし、同年11月8日には解散後のラストライブ「Break the KAT-TUN」が開催されています。2026年現在、6人はそれぞれ個人で音楽活動、俳優業、舞台、テレビ出演などを続けています。
KAT-TUNの初期メンバーは、亀梨和也、赤西仁、田口淳之介、田中聖、上田竜也、中丸雄一の6人です。2001年の結成から2006年のCDデビュー、3人の脱退、3人体制での活動、そして2025年3月31日の解散まで、グループは大きな変化を経験してきました。
解散理由として公式に説明されたのは、約1年間の協議を経て、それぞれの道を選ぶことがメンバーにとってより良いという判断です。解散後には「Break the KAT-TUN」というラストライブも実現し、2026年には映像作品や音楽配信という形でその歴史が引き継がれています。
2026年現在、6人は同じグループとして活動しているわけではありません。しかし、それぞれが培ってきた経験を生かし、異なる分野で新しいキャリアを築いています。KAT-TUNの歴史を振り返る際には、6人で始まった原点と、最後まで活動を続けた3人、そして解散後のそれぞれの歩みを合わせて見ることが大切です。
主な情報確認先: STARTO ENTERTAINMENT公式発表、Storm Labels公式ディスコグラフィー、各メンバーの公式サイト、テレビ朝日、日刊スポーツ、スポニチ、MANTANWEB。