樋口了一さんは、2026年現在も熊本市を拠点にシンガーソングライターとして活動を続けています。『水曜どうでしょう』のテーマソングとして知られる「1/6の夢旅人2002」や、日本レコード大賞優秀作品賞を受賞した「手紙~親愛なる子供たちへ~」で知られる一方、パーキンソン病と向き合いながら、ライブや音楽制作、映画出演など表現の幅を広げてきました。
2026年には熊本日日新聞の連載企画「わたしを語る」に登場し、自身の生い立ちや音楽人生を全40回にわたって振り返りました。熊本での定期ライブも続いており、病気の公表から10年以上が経過した現在も、音楽を届ける活動は途切れていません。
- 現在の年齢は62歳。1964年2月2日生まれで、熊本市を生活と音楽活動の拠点にしています。
- パーキンソン病の確定診断は2009年3月、公表は2012年。公表には、病気を経験した自分だからこそ果たせる役割があるという思いが関係していました。
- 2026年もライブ活動を継続。熊本のライブハウスCIBで定期公演が告知され、熊本日日新聞では全40回の自伝的連載を展開しました。
- 「1/6の夢旅人2002」「手紙~親愛なる子供たちへ~」は現在も代表作として知られています。
- 2023年には映画『いまダンスをするのは誰だ?』で映画初出演・初主演を果たしました。
【プロフィール】樋口了一の年齢・生年月日・経歴を整理

樋口了一さんは、熊本県熊本市出身のシンガーソングライターです。歌手としての活動だけでなく、他のアーティストへの楽曲提供や映画出演など、幅広い分野で実績を残しています。
基本プロフィール| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 樋口了一(ひぐち・りょういち) |
| 生年月日 | 1964年2月2日 |
| 年齢 | 62歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 熊本県熊本市 |
| 血液型 | A型 |
| 職業 | シンガーソングライター、作曲家 |
| デビュー | 1993年7月28日 |
| デビュー曲 | 「いまでも」 |
| 所属レーベル | テイチクエンタテインメント/TAKUMI NOTE |
| 現在の活動拠点 | 熊本県熊本市 |
生年月日や経歴は、所属レーベルのテイチクエンタテインメントが公開する公式プロフィールにも掲載されています。
立教大学での音楽活動からプロの世界へ樋口さんは熊本県立済々黌高等学校を卒業後、1983年に立教大学経済学部へ進学しました。
大学在学中にはバンド活動を始め、ブラックミュージックを中心に音楽的な影響を受けていきます。その後、大学を中退して本格的に音楽の道へ進みました。
1987年にはバンドコンテストでベストボーカル賞を受賞。1989年には新たなバンドBAUDSを結成し、アメリカでも音楽活動を経験しています。
帰国後はバンド活動を停止し、作家としての活動にも取り組みました。
そして1993年7月28日、東芝EMIからシングル「いまでも」をリリース。これがメジャーデビューとなりました。
歌手だけではない、作曲家としての実績樋口さんのキャリアを理解するうえで見逃せないのが、他のアーティストへの楽曲提供です。
SMAP、郷ひろみ、石川さゆり、中島美嘉など、ジャンルの異なるアーティストの作品にも携わってきました。
自分自身が歌う楽曲だけでなく、他の歌手の個性に合わせた作品を生み出せることも、長く音楽業界で活動してきた理由の一つです。
【代表曲】「1/6の夢旅人2002」と「手紙」が生んだ大きな転機
樋口了一さんの名前を知ったきっかけとして、特に多く挙げられるのが「1/6の夢旅人2002」と「手紙~親愛なる子供たちへ~」です。
この2曲は同じシンガーソングライターが生み出した作品でありながら、音楽的な役割も、聴く人に届けるメッセージも大きく異なります。
「1/6の夢旅人2002」と水曜どうでしょう「1/6の夢旅人2002」は、北海道テレビ放送(HTB)の人気番組『水曜どうでしょう』のテーマソングとして広く知られる楽曲です。
2003年3月5日にCDリリースされ、樋口さんの代表曲の一つになりました。
『水曜どうでしょう』は鈴井貴之さんと大泉洋さんらが出演する旅番組です。番組独特の自由な空気感や、旅の中で生まれる仲間との絆と、この曲が持つ前向きな雰囲気が重なり、多くの視聴者に親しまれてきました。
北海道テレビの公式番組情報でも、テーマ曲として樋口了一さんの名前が記載されています。
この曲の魅力は、単純に旅の楽しさを表現しているだけではない点です。
思い通りにならない状況でも前に進むこと、仲間と一緒に困難を乗り越えること、そして到着した場所を新たな出発点にすること。
こうしたテーマが、番組のファンだけでなく、幅広いリスナーの共感を集めてきました。
「手紙~親愛なる子供たちへ~」が伝えた家族への思いもう一つの代表作が、2008年10月22日に発売された「手紙~親愛なる子供たちへ~」です。
この曲は、年を重ねた親が子どもに向けて語りかけるような内容で、老いや身体の変化を受け入れながら、家族に理解を求めるメッセージが込められています。
もともとのポルトガル語の詩を角智織さんが訳し、樋口さんが補足詞と作曲を担当しました。
2009年には第51回日本レコード大賞の優秀作品賞を受賞。さらに日本有線大賞でも有線音楽優秀賞を受賞しました。
介護施設や高齢者福祉の現場でも知られるようになり、親子の関係や老後について考えるきっかけとなる作品として受け止められてきました。
主な楽曲と音楽活動の関係| 時期 | 作品・活動 | 主な実績 |
|---|---|---|
| 1993年 | 「いまでも」 | 東芝EMIからメジャーデビュー |
| 2003年 | 「1/6の夢旅人2002」 | 『水曜どうでしょう』のテーマソング |
| 2008年 | 「手紙~親愛なる子供たちへ~」 | 家族や老いをテーマにした代表作 |
| 2009年 | 「手紙~親愛なる子供たちへ~」 | 第51回日本レコード大賞優秀作品賞 |
| 2010年 | アルバム「よろこびのうた」 | アルバム作品を発表 |
| 2022年 | 「いまダンスをするのは誰だ?」 | 映画関連の配信シングル |
| 2023年 | 30周年記念アルバム | 同名のアルバムをリリース |
| 2026年 | 熊本でのライブ・新聞連載 | 音楽活動と自身の歩みを発信 |
このように、樋口さんのキャリアは、テレビ番組を通じて広く知られた楽曲と、人生や家族をテーマにした作品の両輪で築かれてきました。
【パーキンソン病】病気を公表した理由と診断までの経緯
樋口了一さんの現在を語るうえで、パーキンソン病との関係は欠かせません。
樋口さんは2009年3月にパーキンソン病の確定診断を受け、2012年に自身が病気であることを公表しました。
診断から公表まで約3年間の時間があった背景には、ミュージシャンとしての葛藤がありました。
異変を感じ始めたのは2007年ごろ2023年にニッポン放送のインタビューで語った内容によると、樋口さんが身体の異変を感じたのは2007年ごろです。
パソコンに向かっている際に右腕が上がりにくくなり、その後、ギターが弾きにくくなる、声が出しづらくなるといった変化が現れました。
当初は原因が分からず、複数の医療機関を受診したといいます。
その後、神経内科を受診し、2009年3月にパーキンソン病の確定診断を受けました。
なぜ病気をすぐに公表しなかったのか樋口さんが病気の公表をためらった理由は、単に病気を知られたくなかったということだけではありません。
音楽家として、自分の作品が病名による先入観を持って評価されることへの不安がありました。
また、病気によって以前のように歌えない、演奏できないという状況を、周囲に知られたくない気持ちもあったと語っています。
当時は「パーキンソン病のミュージシャン」というイメージが先行することへの抵抗もあったそうです。
公表を決意したきっかけは周囲からの言葉転機になったのは、デビュー当時のプロデューサーからの助言でした。
病気を公表することには、自身の経験を社会に伝える役割があるのではないか。
そうした考え方に触れたことで、樋口さん自身の気持ちも変化していきました。
その後、ドキュメンタリー番組への出演をきっかけに、2012年に病名を公表しました。
この経緯は、2023年のニッポン放送やライブドアニュースのインタビューでも紹介されています。
公表の目的は、自分の病気を必要以上に強調することではなく、同じ病気を抱える人や、その周囲にいる人たちに理解を広げることにもありました。
パーキンソン病と音楽活動の両立パーキンソン病は、身体の動きに影響を及ぼす神経の病気です。
症状には手足のふるえ、筋肉のこわばり、動作の遅れなどがあり、薬の効果によって身体を動かしやすい状態と、動きにくい状態が変化することもあります。
樋口さんもインタビューで、薬の効果が切れると身体が重くなる感覚について説明しています。
2023年のニッポン放送の取材では、ライブの際にも薬の効果が出るタイミングを意識しながらステージに立っていることが紹介されました。
病気の影響を受けながらも、音楽活動を続けているのです。
大切なのは、病気を抱えていることと、音楽家としての実績を切り離して考えることです。
樋口さんは病気を公表した後も、作品を生み出し、ステージに立ち、表現者としての活動を続けています。
【2026年最新】樋口了一の現在は?熊本で続くライブ活動
2026年の樋口さんについて、特に注目したいのが熊本を拠点とした活動です。
2026年4月1日、熊本日日新聞で自伝的な連載企画「わたしを語る」が始まりました。
連載タイトルは「たどり着いたらそこがスタート」。全40回の構成で、幼少期から音楽との出会い、デビュー後の歩みなどを本人の視点から振り返る企画です。
2026年4月の新聞連載で明らかになった現在熊本日日新聞の連載紹介では、樋口さんは62歳で熊本市在住と紹介されています。
本人も第1回の記事で、熊本市黒髪で生まれ、現在も熊本市で暮らしながらシンガーソングライターとして活動していることを語っています。
連載は2026年5月28日の第40回まで続きました。
この企画の意義は、単なる過去の成功談を振り返るものではない点です。
幼少期の音楽体験から、バンド活動、デビュー、代表曲の誕生、病気との向き合い方まで、音楽家としての人生を本人の言葉で伝える機会になりました。
2026年の樋口さんを知るうえで、特に重要な一次的な発信といえます。
熊本のライブハウスCIBで定期公演ライブ活動についても、2026年の具体的な情報が確認できます。
熊本市中央区花畑町にあるRestaurant Bar CIBでは、樋口さんの定例ライブ「樋口了一 LIVE@CIB」が開催されています。
2026年には次の公演が告知されました。
- 2026年3月18日:LIVE@CIB Vol.84
- 2026年5月20日:LIVE@CIB Vol.85
- 2026年9月16日:LIVE@CIB Vol.87
CIBの公演情報では、樋口さんがボーカルを担当し、堀川誠さんがドラム、三角真由美さんがピアノ、渡辺健太郎さんがギターとコーラスを担当する編成が紹介されています。
公演情報には「1/6の夢旅人2002」や「手紙~親愛なる子供たちへ~」などの代表曲も掲載されています。
これは、過去のヒット曲を振り返るだけでなく、現在も生の音楽を届ける活動が続いていることを示す具体的な情報です。
なお、2026年11月3日時点で確認できる公開情報では、次回のCIB出演日までは特定できません。最新の開催予定は会場の公演情報で確認する必要があります。
ポストマンライブとは何か樋口さんの活動を語る際に欠かせないのが「ポストマンライブ」です。
これは、2009年に始めた無料ライブ企画で、「手紙~親愛なる子供たちへ~」を届ける活動として知られています。
介護施設などに歌を届ける取り組みとして紹介されており、通常のコンサートとは異なる社会的な意味を持っています。
この活動が興味深いのは、楽曲のテーマと実際の活動が結びついている点です。
「手紙」は、年老いた親と子どもの関係を描いた作品です。その曲を必要としている人たちのもとへ自ら届けることは、作品のメッセージを音楽以外の形でも伝えることにつながります。
ポストマンライブは、樋口さんの音楽活動における大切な取り組みの一つです。
【映画出演】『いまダンスをするのは誰だ?』で初主演した理由
樋口了一さんの活動を理解するうえで、2023年公開の映画『いまダンスをするのは誰だ?』も重要です。
この作品はパーキンソン病をテーマにした映画で、樋口さんが初出演・初主演を務めました。
主人公を演じることになった経緯当初、樋口さんは映画の主題歌を制作する依頼を受けていました。
監督の古新舜さんと話をするなかで、映画への主演も依頼されることになります。
演技経験がほとんどなかった樋口さんは、当初驚いたものの、病気について多くの人に知ってもらう機会になると考え、出演を決断しました。
映画は2023年10月7日から全国順次公開されました。
自身と同じ病気を抱える人物を演じた意味樋口さんが演じたのは、馬場功一という主人公です。
仕事や家庭を抱えながら、パーキンソン病と向き合っていく人物を描いた作品で、樋口さん自身の経験も役作りに生かされました。
共演者には塩谷瞬さん、杉本彩さん、IZAMさんらが名を連ねています。
この映画は、病気を抱える人の身体的な変化だけでなく、周囲にどう説明するか、社会の中でどのように生活するかという問題も描いています。
樋口さんにとっても、自身の経験を音楽とは違う表現方法で伝える挑戦になりました。
映画と音楽を結ぶ新たな表現2022年9月7日には配信シングル「いまダンスをするのは誰だ?」をリリースし、2023年8月16日にはデビュー30周年記念アルバムも発売しています。
歌手としての活動を続けながら、映画という新しい表現分野にも挑戦したことは、樋口さんのキャリアにおける大きな転換点です。
病気を経験したことが、音楽以外の表現にもつながったという点で、2023年の映画出演は見逃せません。
【現在の評判】樋口了一が長く支持される理由とは?
樋口了一さんの評価を考える際には、単にヒット曲の知名度だけで判断することはできません。
作品の持つメッセージ、他のアーティストへの楽曲提供、ライブ活動、そして病気を公表した後の表現活動まで、複数の側面があります。
代表曲が異なる世代に届いている「1/6の夢旅人2002」は、テレビ番組を通じて音楽に親しんだ人たちに知られています。
一方、「手紙~親愛なる子供たちへ~」は、親子関係や介護、老後を考える人たちに受け止められてきました。
同じアーティストの作品でありながら、異なる世代や生活環境の人々に届いていることが特徴です。
楽曲提供を通じた音楽業界への貢献SMAP、郷ひろみ、石川さゆり、中島美嘉などへの楽曲提供も、樋口さんの音楽的な実績を裏付けています。
本人の歌唱活動だけではなく、作曲家として多様なアーティストを支えてきたことも評価の対象です。
病気を公表してからも表現を続けている2012年の病気の公表後、樋口さんはライブ活動や作品制作を続け、2023年には映画主演にも挑戦しました。
病気について発信することと、アーティストとして作品を生み出すことを両立してきた点が、樋口さんの活動の特徴です。
2026年の熊本日日新聞の連載やCIBでの公演告知も、その継続を示しています。
ただし、現在の評判を一つの数値で示すような全国規模の最新調査は確認できません。評価を考えるなら、受賞歴、作品の広がり、継続的な公演、本人による発信などを分けて見ることが大切です。
【プロの結論】樋口了一の現在を理解するための3つの視点
樋口了一さんの2026年の活動から読み取れることは、大きく3つあります。
第一に、樋口さんは現在も音楽家として活動しているということです。
病気の公表後に歌手活動を引退したわけではありません。熊本でのライブや作品制作など、表現者としての仕事を継続しています。
第二に、病気の公表は音楽活動の終わりではなく、新しい発信の始まりになったということです。
2012年の公表以降、病気について語る機会が増え、2023年には映画主演にも挑戦しました。自身の経験を社会に伝えるという役割が、活動の一部になっています。
第三に、2026年の熊本日日新聞の連載は、これまでの人生を理解する重要な資料になっているということです。
全40回の連載を通じて、幼少期から音楽活動、現在の生活までを本人の視点で振り返っています。
樋口さんの現在を知りたい人は、過去の代表曲だけでなく、2026年の本人による発信やライブ活動にも注目すると、より立体的にその歩みを理解できます。
樋口了一の現在に関するよくある質問(FAQ)
Q1:樋口了一は2026年現在、何歳ですか?
A1:1964年2月2日生まれなので、2026年11月現在は62歳です。熊本県熊本市出身で、現在も熊本市を拠点に活動しています。
Q2:樋口了一のパーキンソン病はいつ公表されましたか?
A2:2009年3月に確定診断を受け、2012年に公表しました。公表を決めた背景には、病気の経験を社会に伝える役割があるのではないかという周囲からの助言がありました。
Q3:樋口了一は現在もライブ活動をしていますか?
A3:はい。2026年には熊本のライブハウスCIBで3月、5月、9月の公演が告知されています。また、熊本日日新聞では全40回の自伝的連載も行われました。
樋口了一さんは、1993年のメジャーデビューから30年以上にわたり、シンガーソングライター、作曲家として活動を続けてきました。
「1/6の夢旅人2002」で『水曜どうでしょう』のファンに知られ、「手紙~親愛なる子供たちへ~」で幅広い世代に作品を届けました。
2009年にパーキンソン病の確定診断を受け、2012年に公表した後も、音楽活動を続けています。2023年には映画『いまダンスをするのは誰だ?』で初主演を務め、2026年には熊本でのライブや新聞連載を通じて、自身の歩みを発信しました。
樋口了一さんの現在を一言で表すなら、病気と向き合いながら、音楽を届ける旅を続けているシンガーソングライターです。
代表曲の人気だけでなく、ライブ活動や社会への発信にも目を向けることで、その音楽人生の現在地が見えてきます。
主な確認資料
- テイチクエンタテインメント・TAKUMI NOTE公式プロフィール
- 北海道テレビ『水曜どうでしょう』公式番組情報
- 公益社団法人日本作曲家協会・第51回日本レコード大賞受賞記録
- 熊本日日新聞・2026年「わたしを語る」全40回
- Restaurant Bar CIB・2026年ライブスケジュール
- ニッポン放送 NEWS ONLINE・2023年インタビュー
- ライブドアニュース・2023年インタビュー
- 映画『いまダンスをするのは誰だ?』公式作品情報