白鬚橋(しらひげばし)は、東京都の荒川区・台東区と墨田区の間を流れる隅田川に架かる道路橋です。橋を通る道路は、東京都道306号王子千住夢の島線、通称「明治通り」。西側は荒川区南千住三丁目と台東区橋場二丁目、東側は墨田区堤通一丁目・二丁目に接しています。
現在の白鬚橋が完成したのは1931年(昭和6年)6月です。橋の名前は、墨田区東向島にある白鬚神社に由来しています。「白髭橋」と書かれることもありますが、正式な表記は「白鬚橋」です。2026年現在、架設から95年を迎えたこの橋は、東京の近代橋梁史を伝える歴史的な建造物でもあります。
【場所と道路】白鬚橋はどこにある?隅田川と明治通りの位置関係

白鬚橋は、東京都東部を流れる隅田川に架かる橋です。位置を把握する際の要点は、川を挟んで西側に荒川区と台東区、東側に墨田区があること。そして、橋の上を明治通りが通っていることです。
白鬚橋の基本的な位置橋の西側は、荒川区南千住三丁目と台東区橋場二丁目に接しています。一方、東側は墨田区堤通一丁目と堤通二丁目に接しています。
つまり、白鬚橋は単純に荒川区と墨田区だけを結ぶ橋ではありません。西側の取り付け部分には台東区も関係しており、3区にまたがる地域の境界に位置する橋です。
隅田川の流れに沿って周辺を眺めると、橋の東側には墨田区の市街地が広がり、白鬚神社や向島方面にもつながっています。西側は南千住・橋場方面に続き、台東区の浅草北部にも近い位置関係です。
東京都道306号と明治通りの関係白鬚橋を通っている道路は、東京都道306号王子千住夢の島線です。この路線の通称が明治通りで、北区王子方面から荒川区・台東区・墨田区などを経て、江東区の夢の島方面へとつながっています。
東京都建設局の道路管理資料でも、都道306号の路線名は「王子千住夢の島」、通称は「明治通り」と整理されています。
ここで押さえたいのは、明治通りが道路の通称であり、王子千住夢の島線が都道の路線名だという点です。別々の道路が橋の上で交差しているわけではありません。同じ道路を、通称と正式な路線名称で呼び分けています。
また、一部の橋梁資料には「王子千住南砂町線」という表記も見られます。資料によって路線名称の表現に違いがあるため、現在の東京都建設局の道路管理資料に基づく名称を確認する場合は「東京都道306号王子千住夢の島線」とするのが適切です。
【区境を詳しく解説】白鬚橋の東岸・西岸はどの区に属する?
白鬚橋の所在地を調べると、荒川区、台東区、墨田区という3つの区名が出てきます。これは橋の西側と東側で自治体が異なるだけでなく、それぞれの橋詰めの北側と南側でも町名が分かれているためです。
西岸は荒川区南千住三丁目と台東区橋場二丁目隅田川の西岸にある橋の取り付け部分は、北側が荒川区南千住三丁目、南側が台東区橋場二丁目です。
特に台東区橋場二丁目は、白鬚橋の西側に位置する地域です。台東区の公式観光情報でも、白鬚橋の所在地は東京都台東区橋場二丁目として案内されています。
そのため、地図サービスや観光情報で「白鬚橋は台東区にある」と説明される場合があります。ただし、それだけでは橋全体の位置関係を正確に表現できません。橋の西側には荒川区も接しています。
東岸は墨田区堤通一丁目・二丁目隅田川の東岸は墨田区です。橋の北側が堤通二丁目、南側が堤通一丁目に接しています。
墨田区側には、橋名の由来となった白鬚神社があります。神社の所在地は墨田区東向島三丁目で、橋の東側周辺の歴史や地名を理解するうえでも重要な場所です。
白鬚橋周辺を歩くときは、橋そのものの所在地と、橋の両側にある町名を分けて考えると位置関係が分かりやすくなります。
3区と4つの町名の関係を整理それぞれの地域と橋との関係を
- 荒川区南千住三丁目:橋の西側・北側に接する地域。
- 台東区橋場二丁目:橋の西側・南側に接する地域。
- 墨田区堤通二丁目:橋の東側・北側に接する地域。
- 墨田区堤通一丁目:橋の東側・南側に接する地域。
白鬚橋を地図で確認する際には、単に「隅田川に架かる橋」と見るだけでなく、東岸・西岸と、それぞれの町名をセットで把握すると迷いにくくなります。
【歴史と年表】白鬚橋はいつできた?木橋から現在の鋼橋まで
現在の白鬚橋は1931年(昭和6年)に完成しました。しかし、橋の歴史はそれより17年前の1914年(大正3年)までさかのぼります。
もともとこの地域には、隅田川を渡るための「橋場の渡し」がありました。橋が整備される以前は渡船が重要な交通手段であり、川の両岸を結ぶ往来を支えていました。
1914年に地元住民の出資で木橋が誕生大正時代に入ると、地域の交通を改善するため、地元の有志が資金を集めて橋を建設する動きが進みました。
1914年(大正3年)、地域の人々の出資によって木橋の白鬚橋が架けられます。これは現在の橋の前身にあたるもので、当時は有料で通行する橋でした。
橋梁に関する技術資料によると、当時の木橋は地域住民の出資による民間事業として整備され、その後、東京府による買収を経て都市計画事業へとつながっていきました。
1931年、現在の鋼橋が完成現在の白鬚橋は、東京の都市基盤を整備する計画の一環として建設されました。昭和初期には東京の道路網の整備が進み、隅田川を横断する道路橋の役割も大きくなっていました。
1931年(昭和6年)6月、現在の鋼橋が完成します。明治通りの整備と結びついた都市計画事業によって、白鬚橋は地域の渡河施設から、東京の道路交通を支える橋へと発展しました。
台東区の公式観光情報や墨田区の橋梁資料でも、現在の橋の完成年は昭和6年とされています。
白鬚橋の歴史を年表で確認| 年代 | 出来事 | 白鬚橋との関係 |
|---|---|---|
| 古くから | 橋場の渡し | 現在の橋周辺で隅田川を渡る交通を担った。 |
| 1914年(大正3年) | 初代の木橋が完成 | 地域住民の出資によって有料の木橋が架けられた。 |
| 1925年(大正14年) | 東京府による買収 | 民間橋から都市計画事業へと移行する過程の節目となった。 |
| 1931年(昭和6年)6月 | 現在の鋼橋が完成 | 明治通りの道路網を支える現在の橋が整備された。 |
| 1999年度(平成11年度) | 東京都選定歴史的建造物に選定 | 歴史的・景観的価値を持つ建造物として評価された。 |
| 2026年 | 架設から95年 | 東京の近代橋梁を伝える現役の道路橋として利用されている。 |
東京都の歴史的建造物に関する資料では、白鬚橋は1999年度の選定建造物として掲載されています。単なる交通施設ではなく、昭和初期の東京の都市景観を伝える存在として位置づけられています。
【名前の由来】白鬚橋と白鬚神社の関係、「白髭」との違い
白鬚橋という名前を初めて見た人が疑問に感じやすいのが、「白鬚」という漢字です。「白髭橋」と書いてもよさそうに思えますが、正式な橋名は白鬚橋です。
橋名は墨田区東向島の白鬚神社に由来白鬚橋の名前は、隅田川東岸の墨田区側にある白鬚神社に由来します。
墨田区観光協会の紹介によると、白鬚神社は天暦5年(951年)に慈恵大師が白鬚大明神の分霊を祀ったことを起源とする神社です。祭神は猿田彦命で、道案内や道の守護に関わる神として信仰されてきました。
神社の所在地は東京都墨田区東向島三丁目5番2号です。橋の名前は、近隣の歴史的な信仰の場に由来しており、地域と神社の結びつきを今に伝えています。
つまり、白鬚橋という名称は、単に白いひげを意味する言葉を組み合わせたものではありません。橋の東岸にある神社の名前を受け継いだ地名的な由来を持っています。
「白鬚」と「白髭」は何が違う?「鬚」と「髭」は、どちらもひげを表す漢字ですが、伝統的には指す部分に違いがあります。
- 鬚:あごやあご周辺に生えるひげを表す漢字。
- 髭:主に口の上に生える、いわゆる口ひげを表す漢字。
漢字の意味を踏まえると、白鬚という表記には、古くから使われてきた名称としての特徴があります。
橋の正式名称は「白鬚橋」です。検索や文章作成で「白髭橋」と入力されることがあっても、東京都の歴史的建造物資料や橋梁資料などで使用されている正式表記は「白鬚橋」となっています。
地名や施設名を正確に調べたい場合は、一般的な漢字の変換候補だけで判断せず、自治体や橋梁管理に関する資料に記載された名称を確認することが大切です。
【アクセス・行き方】白鬚橋へ電車やバスで行く方法
白鬚橋は隅田川沿いに位置していますが、駅の出口を出てすぐ目の前にあるタイプの橋ではありません。訪問する場合は、橋のどちら側を目的地にするかによって利用する駅やバス停を選ぶと便利です。
電車でアクセスする場合東京都の歴史的建造物案内では、白鬚橋周辺の最寄り駅として、東京メトロ日比谷線の南千住駅、東武スカイツリーラインの東向島駅などが紹介されています。
台東区の公式観光情報では、東京メトロ日比谷線の三ノ輪駅から徒歩約23分と案内されています。徒歩で訪れる場合は、駅から橋場方面へ向かい、隅田川沿いを目指すルートが目安になります。
バスでアクセスする場合公共交通機関を利用して橋の近くまで移動したい場合は、バスも選択肢です。
台東区の公式観光情報では、次のバス停が案内されています。
- 都営バス「橋場二丁目」:下車後、徒歩約2分。
- ぐるーりめぐりん「橋場二丁目アパート前」:下車後、徒歩約2分。
また、東京都の歴史的建造物案内では、都営バスの「白鬚橋東」停留所も周辺のアクセス情報として掲載されています。
目的地に合わせて東岸・西岸を選ぶ白鬚橋は東西の両側で接する区が異なるため、目的地を決めてから移動手段を選ぶと効率的です。
- 西側を訪れる場合:台東区橋場や荒川区南千住方面を目印にする。
- 東側を訪れる場合:墨田区堤通や東向島方面を目印にする。
- 白鬚神社も訪れる場合:墨田区東向島三丁目を目的地として移動する。
なお、バスの運行経路や時刻は変更される場合があります。実際に訪れる際は、利用する交通事業者の最新情報を確認してください。
【橋の構造と価値】白鬚橋の長さ・幅・建築的な特徴
白鬚橋は、昭和初期の鋼橋らしい重厚なアーチ構造が特徴です。隅田川に架かる橋の中でも存在感があり、橋そのものの構造や景観に注目して訪れる人にとっても見どころがあります。
橋長168.8メートル、幅員22.1メートル墨田区の公式橋梁資料によると、白鬚橋の橋長は168.8メートル、幅員は22メートルです。橋の完成時期は1931年(昭和6年)6月と記録されています。
橋梁調査会の資料では、構造形式は下路式ブレースドリブドタイドアーチ橋とされています。アーチを支える部材にトラス構造を組み合わせた鋼橋で、骨太な印象を与える外観が特徴です。
橋の形式を簡単に説明すると、アーチ状の主構造と、三角形を組み合わせたトラス部材を用いることで、橋全体の強度と構造的な安定性を確保する仕組みです。
東京都選定歴史的建造物としての評価白鬚橋は、東京都が選定する歴史的建造物の一つです。1999年度に選定されており、昭和初期の橋梁技術や都市景観を伝える建造物として評価されています。
また、橋梁の長寿命化に向けて床版の改修や耐震補強なども実施されてきました。橋梁技術に関する資料では、2014年に鋼床版化されたことも記録されています。
1931年に完成した橋が2026年にも道路橋として利用されている背景には、構造物を建設して終わりにするのではなく、補修・補強を重ねながら維持管理する取り組みがあります。
白鬚橋を訪れたときの見どころ現地では、まず橋全体のアーチの形に注目すると、白鬚橋の特徴が分かりやすくなります。遠くから見ると、隅田川の水面に対して大きな鋼製のアーチが浮かぶような姿を確認できます。
橋の東側には白鬚神社があり、橋名の由来となった地域の歴史にも触れられます。橋だけを見て帰るのではなく、周辺の町並みや神社と合わせて歩くと、白鬚橋がこの場所に架けられた意味を理解しやすくなります。
ただし、白鬚橋は現在も車両が通行する道路橋です。橋上で見学する際は歩道を利用し、車道への立ち入りや通行の妨げになる行為は避けてください。
【白鬚橋に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:白鬚橋の読み方は何ですか?
A1:白鬚橋は「しらひげばし」と読みます。「しろひげばし」ではありません。
Q2:白鬚橋は何区にありますか?
A2:隅田川に架かり、西側は荒川区南千住三丁目と台東区橋場二丁目、東側は墨田区堤通一丁目・二丁目に接しています。3区に関係する橋です。
Q3:白鬚橋を通る道路は何ですか?
A3:東京都道306号王子千住夢の島線です。通称は明治通りで、北区王子方面と江東区夢の島方面を結ぶ道路の一部です。
Q4:白鬚橋の名前の由来は何ですか?
A4:墨田区東向島三丁目にある白鬚神社に由来します。神社の名前を橋名に取り入れたものです。
Q5:「白髭橋」と「白鬚橋」はどちらが正しいですか?
A5:正式名称は「白鬚橋」です。「鬚」はあごひげを表す漢字で、「髭」は主に口ひげを表します。一般的な変換や入力では「白髭橋」となる場合がありますが、正式表記は「白鬚橋」です。
Q6:白鬚橋はいつ完成しましたか?
A6:現在の鋼橋は1931年(昭和6年)6月に完成しました。それ以前の1914年(大正3年)には、地域住民の出資による木橋が架けられていました。
Q7:白鬚橋へ行くにはどの駅が便利ですか?
A7:南千住駅や東向島駅などが周辺の最寄り駅として案内されています。台東区の観光情報では、三ノ輪駅から徒歩約23分、都営バス「橋場二丁目」から徒歩約2分とされています。
白鬚橋は、東京都の隅田川に架かり、荒川区・台東区側と墨田区側を結ぶ歴史ある道路橋です。橋の上を通るのは東京都道306号王子千住夢の島線で、通称は明治通りです。
西側には荒川区南千住三丁目と台東区橋場二丁目、東側には墨田区堤通一丁目と二丁目が接しています。橋の位置を正確に理解するには、3区と4つの町名の関係を押さえることがポイントです。
また、橋名は墨田区東向島の白鬚神社に由来し、正式な漢字表記は「白鬚橋」です。1914年に木橋として誕生し、1931年に現在の鋼橋が完成したという歴史も、この橋の大きな特徴です。
2026年で架設から95年を迎えた白鬚橋は、単に隅田川を渡るための交通施設ではありません。地域住民の往来を支えた渡し場の歴史、昭和初期の都市計画、近代橋梁技術、そして白鬚神社に結びつく地域文化を今に伝えています。
場所を調べるなら「隅田川・明治通り・3区の境界」、歴史を知るなら「1914年の木橋・1931年の鋼橋」、名前を確認するなら「白鬚神社・正式表記の白鬚」。この3つの視点を押さえれば、白鬚橋の位置や役割、名前の由来まで正確に理解できます。