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アンタッチャブルに何があった?活動休止から2019年復活までの真相を徹底解説

相沢 里奈 相沢 里奈 • 更新: • 公開: • 読了約 23 分
目次

2026年現在もテレビ番組でコンビとして活躍するお笑いコンビ「アンタッチャブル」。しかし、かつては約10年間にわたって2人そろってテレビで漫才を披露しない時期があった。きっかけとなったのは、2010年前後に発生した柴田英嗣の芸能活動休止と女性トラブル、そして警察から事情聴取を受けた騒動だ。

当時は山崎弘也との不仲説やコンビ解散説まで浮上したが、実際には2人の関係が完全に途絶えていたわけではない。柴田本人の説明、山崎が後年テレビ番組で明かした本音、所属事務所プロダクション人力舎の当時の状況を整理すると、復活まで10年かかった背景には複数の事情が重なっていたことが分かる。

- 活動休止の発端: 2010年、柴田英嗣が体調不良と女性問題をめぐる騒動で芸能活動を休止。警察から事情聴取を受けたが、逮捕された事実はない。
- 10年間の空白: 2011年に柴田は芸能活動へ復帰したものの、山崎とのコンビ出演は実現しなかった。人力舎社長の急逝や双方の仕事・考え方も影響した。
- 2019年に復活: 11月29日放送の『全力!脱力タイムズ』で約10年ぶりに漫才を披露。その後もコンビとして活動を続けている。

【アンタッチャブルに何があった?】2010年前後の活動休止と騒動の全貌

アンタッチャブル何があった

アンタッチャブルは、山崎弘也と柴田英嗣によるお笑いコンビだ。

1994年に結成し、2004年には『M-1グランプリ』で優勝。山崎の独特なボケと柴田の鋭いツッコミが高く評価され、人気お笑いコンビとして数多くのテレビ番組に出演していた。

ところが、2010年に柴田が突然、芸能活動を休止する。

2010年1月、突然発表された無期限休養

2010年1月29日、柴田が芸能活動を無期限で休養することが報じられた。

翌2月1日には、所属事務所のプロダクション人力舎が正式に休養を発表。当時、事務所が公表した理由は体調不良だった。

山崎については、当面1人で活動することも説明されている。

当時の報道では、女性問題や家庭の事情など複数の情報が取り沙汰されていた。しかし、事務所が最初に公表した説明はあくまで体調不良であり、具体的な事情は明らかにされていなかった。

そのため、ファンの間では突然の休養に驚きが広がり、コンビ解散の可能性まで報じられる状況になった。

2014年、柴田本人が活動休止の理由を説明

活動休止の経緯が本人の口から詳しく語られたのは、2014年1月29日放送のTBS系『世界のコワ~イ女たち』だった。

柴田は、最初に休養した理由について体調不良だったことを認めている。

加えて、休養している間に女性問題が発生したことも告白した。

つまり、当初の体調不良は事実であり、その後に女性関係の問題が重なったというのが本人の説明だ。

当初の「体調不良」という事務所発表だけでは説明できなかった部分が、本人の告白によって徐々に明らかになった。

この2014年の説明は、活動休止の理由を理解するうえで重要な転換点となった。

2015年には事情聴取についても告白

さらに2015年10月9日放送のフジテレビ系『ダウンタウンなうSP』で、柴田は活動休止の背景にあった女性トラブルと警察からの事情聴取について語った。

女性をめぐるトラブルの中で、柴田は警察から事情を聴かれることになったという。

このとき柴田は番組内で「逮捕された」という趣旨の表現を使ったが、番組画面には実際には逮捕ではなく事情聴取だったとの説明が表示された。

2016年3月には『ダウンタウンDX』でも改めて説明し、逮捕されていないことを明確にしている。

このように、柴田の活動休止には体調不良、女性問題、警察による事情聴取という複数の要素が関係していた。

【活動休止から復活まで】アンタッチャブルの10年間を年表で整理

アンタッチャブルの空白期間を理解するには、柴田個人の活動休止と、コンビとしての活動停止を分けて考える必要がある。

柴田が芸能活動を休んだのは約1年間。しかし、コンビで漫才を披露するまでには約10年を要した。

時期 主な出来事 詳細・背景
1994年 コンビ結成 人力舎の養成スクールで出会う
2004年 M-1グランプリ優勝 人気コンビとして大ブレイク
2010年1〜2月 柴田が活動休止 体調不良を理由に無期限休養を発表
2010年6月 人力舎の玉川善治社長が急逝 休養中の柴田を取り巻く事務所の状況にも変化
2011年1月 柴田が芸能活動再開 約1年間の休養を終える
2014年1月 休業理由を本人が説明 体調不良と休養中の女性問題を告白
2015年10月 事情聴取について説明 逮捕ではなかったことが番組内で明確化
2019年11月29日 コンビ復活 『全力!脱力タイムズ』で約10年ぶりに漫才
2019年12月8日 THE MANZAI出演 復活後の新作漫才を披露
2020年12月 空白期間の理由を説明 『金スマ』で2人が当時の心境を明かす
2025年9月 復活までの経緯を再び語る 『あちこちオードリー』で10年間の本音を披露
2026年 コンビ活動を継続 テレビ番組などで2人そろって出演

この年表から分かるのは、2011年の柴田の復帰と、アンタッチャブルとしてのコンビ復活は別の出来事だったということだ。

柴田は芸能界に戻っていたが、すぐに山崎とコンビで活動する状況にはならなかった。

【柴田英嗣の事情聴取と冤罪騒動】逮捕されたという噂は本当?

アンタッチャブルの活動休止について検索すると、「柴田英嗣は逮捕されたのか」「冤罪だったのか」という疑問も多く見られる。

この部分は、本人の発言と当時の報道を区別して理解する必要がある。

警察から事情聴取を受けた経緯

2015年の『ダウンタウンなうSP』で柴田が説明した内容によると、問題となった女性は柴田本人ではなく、後輩芸人と関係があった人物だったという。

その女性と後輩との間でトラブルが発生し、柴田が関わったことで状況が複雑になった。

柴田によれば、女性側から暴行や脅迫を受けたという趣旨の申し立てがあり、警察から事情を聴かれることになった。

その後、本人は誤解が解けたと説明している。

スポニチの2015年10月9日の報道でも、柴田の番組内での説明として、実際には逮捕ではなく事情聴取だったことが伝えられている。

「逮捕」と「事情聴取」はまったく違う

ここで注意したいのが、ネット上で広がった逮捕説だ。

柴田自身が番組内で話を分かりやすくするために「逮捕された」という表現を使ったことから、視聴者の間で本当に逮捕されたかのような誤解が広がった。

しかし、2016年3月10日の『ダウンタウンDX』では、柴田本人が事情聴取を受けただけであり、逮捕されたわけではないと改めて説明した。

したがって、事実関係は次のように整理できる。

- 警察から事情聴取を受けたことは本人が説明している。
- 本人は逮捕されていないと明確に否定している。
- 本人の説明では、女性側とのトラブルについて誤解が解けた。
- 2016年には「逮捕された」という発言が誤解を招いたことについて謝罪している。

いわゆる「冤罪騒動」という表現は、この事情聴取をめぐる誤解や本人の説明を指して使われることがある。

ただし、裁判で無罪判決を受けたという意味での冤罪事件とは区別しなければならない。

柴田は女性問題についても謝罪していた

もう一つ重要なのが、事情聴取に関する話と女性問題そのものを混同しないことだ。

2014年の番組では、柴田自身が休養中の女性問題を認めて謝罪している。

つまり、警察から事情聴取を受けた件については逮捕されていない一方、女性関係をめぐって本人にも反省すべき問題があったということだ。

この2つを一緒にして「柴田が犯罪を起こして逮捕された」と理解するのは正確ではない。

【山崎弘也との不仲説】10年間、2人の関係は本当に悪かったのか?

柴田の活動休止後、山崎弘也は1人でテレビ出演を続けた。

それまでアンタッチャブルとして活動していた2人が、突然別々に仕事をするようになったため、不仲説や解散説が浮上した。

しかし、後年の本人たちの説明を確認すると、単純に10年間口も利かなかったという話ではない。

山崎は柴田の復帰を拒否していたのか

2015年10月の『ダウンタウンなうSP』で、柴田は山崎との関係について説明している。

本人によれば、山崎からコンビ復活を完全に拒否されていたわけではなかった。

ただし、山崎には、柴田が復帰したからといってすぐにコンビで活動するのではなく、自分の力で仕事を獲得できるようになってほしいという考えがあったという。

柴田が紹介した山崎の考え方は、相方を一方的に助ける構図を避けたいというものだった。

柴田が自分の力で実績を積み、周囲から自然にコンビ出演を求められる状況を目指していたと理解できる。

2019年、柴田が明かした「2カ月に1回会っていた」という事実

2019年12月、コンビ復活直後に柴田は日刊スポーツの取材で、山崎とは実際には会っていたと説明した。

その頻度についても、2カ月に1回ほど会っていたという。

この発言は非常に重要だ。

10年間コンビで共演していなかったことと、10年間まったく交流がなかったことは同じではない。

2人はコンビとしてテレビに出る機会こそ失っていたが、完全に絶縁していたわけではなかった。

2020年の『金スマ』で明かされた山崎と柴田の本音

2020年12月25日放送のTBS系『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』では、2人が約10年間コンビ活動をしなかった理由について詳しく語った。

山崎は、最初は柴田の騒動に対して怒りがあったことを明かした。

一方で、1人で仕事をするようになると、ピン芸人としての活動にも手応えを感じるようになったという。

特に、山崎は1人で出演する方がギャラの面でも有利だったことを率直に語り、出演者の笑いを誘った。

柴田もまた、山崎がテレビで活躍する姿を見て複雑な気持ちを抱いていた。

相方が自分なしでも十分に活躍できていることに不安を感じ、自分自身も実力をつけなければならないと考えていたという。

ここから分かるのは、2人の間には怒りや不安、仕事上の事情があった一方、コンビ解散を選んだわけではなかったということだ。

【プロダクション人力舎の社長急逝】なぜ復活まで10年もかかったのか

アンタッチャブルの空白期間を理解するうえで、所属事務所プロダクション人力舎の当時の状況も欠かせない。

特に大きかった出来事が、2010年6月11日の玉川善治社長の急逝だ。

柴田の謹慎処分を決めた社長が亡くなった

玉川善治氏は、プロダクション人力舎を設立した人物で、多くのお笑い芸人を育てたことで知られている。

2010年6月11日、くも膜下出血のため63歳で亡くなった。

当時、柴田はすでに芸能活動を休止していた。

日刊スポーツの2010年6月15日の報道では、玉川社長の葬儀に柴田が姿を見せなかったことや、柴田の休養について事務所関係者が具体的な話し合いをしていないと説明したことが伝えられている。

そして2020年の『金スマ』で、山崎はこの社長の急逝がコンビ活動の再開に影響したことを明かした。

山崎の説明によると、謹慎処分を決めた社長が亡くなったため、事務所側も判断が難しい状況になったという。

つまり、柴田の休養期間が終われば自動的にコンビ活動が再開する、という単純な構造ではなかった。

10年間の空白は事務所の問題だけでは説明できない

ただし、社長の急逝だけが10年間の空白を生んだわけではない。

その後の本人たちの発言からは、双方の仕事の状況や気持ちも大きく影響していたことが分かる。

山崎はピンでの活動が順調になり、1人で出演する仕事の楽しさや経済的なメリットも感じていた。

一方、柴田は復帰後に自分の実力を示す必要性を感じていた。

2020年の『金スマ』では、柴田が自分の仕事を確立してからコンビとして戻りたいという考えを持っていたことも説明された。

加えて、2019年に復活する際には、くりぃむしちゅーの有田哲平が重要な役割を果たしている。

山崎は有田に相談しており、2019年8月ごろから具体的な復活の計画が進んだと、後年の番組で明かしている。

こうした経緯を整理すると、10年間の空白は次の要素が重なった結果だった。

1. 柴田の女性問題と約1年間の芸能活動休止。
2. 謹慎処分を決めた玉川社長の急逝による事務所側の判断の難しさ。
3. 山崎がピン芸人として成功し、単独活動にも手応えを感じていたこと。
4. 柴田自身が復帰後の実績を積み上げようとしていたこと。
5. コンビで再始動する具体的な機会とタイミングがなかなか生まれなかったこと。

2025年の番組で明かされた「復活が面倒だった」という本音

さらに興味深いのが、2025年9月17日放送のテレビ東京系『あちこちオードリー』での発言だ。

この番組ではアンタッチャブルの2人がゲスト出演し、コンビ結成から復活までの経緯を振り返った。

山崎は、最初は柴田に対して怒りがあったことを認める一方、ピンでの仕事の方がギャラの面でも魅力的だったと語った。

また、柴田も復帰後は山崎に追いつくために努力していた。

番組では、そもそも2人は友人同士としてコンビを組んだわけではなく、人力舎の養成スクールで周囲から組むように勧められたことも明かされた。

この話から見えてくるのは、アンタッチャブルが単なる仲良しコンビではなく、お互いの芸人としての能力を認め合う関係だったということだ。

10年という長さには、騒動や事務所の事情だけでなく、2人がそれぞれの仕事を確立し、もう一度コンビで活動する意味を見つけるまでの時間も含まれていた。

【2019年アンタッチャブル復活】きっかけは『全力!脱力タイムズ』

長く続いたコンビ活動の空白が終わったのは、2019年11月29日だった。

フジテレビ系のバラエティー番組『全力!脱力タイムズ』で、アンタッチャブルが約10年ぶりに漫才を披露した。

有田哲平が仕掛けたサプライズ復活

この日の放送では、柴田がゲスト出演していた。

番組の流れの中でアンタッチャブルの漫才を見たいという話題になり、山崎がサプライズで登場した。

柴田も本物の相方が現れるとは予想しておらず、驚きを隠せない様子だった。

番組の演出もあって、山崎の登場は大きなサプライズとなった。

その後、2人はアンタッチャブルとして漫才を披露。

2004年のM-1グランプリ優勝時を思い出させる掛け合いが復活し、長年待ち望んでいたファンにとっても印象的な放送となった。

12月のTHE MANZAIで新作漫才を披露

復活は1回限りではなかった。

2019年12月8日放送のフジテレビ系『THE MANZAI』にも出演し、新作漫才を披露した。

10年ぶりの復活を果たしただけでなく、再びコンビとして活動していくことを示す出演となった。

2019年12月の取材では、柴田はコンビが解散していたわけではないと説明している。

つまり、2019年は新しくコンビを結成し直した年ではなく、長く止まっていたコンビ活動を再始動させた年だった。

復活後も2人は少しずつコンビの感覚を取り戻した

復活したからといって、すぐに以前と完全に同じ状態に戻ったわけではない。

2023年のORICON NEWSのインタビューでは、柴田が復活後の最初の1年間は、以前の漫才の感覚を思い出す時間だったと振り返っている。

10年間で山崎の仕事のスタイルも変わっているかもしれないという意識があり、コンビとしての掛け合いを再び合わせるために、最初の1〜2年は互いに探り合うような時間があったという。

この発言からも、アンタッチャブルの復活は単なる一夜限りの話題づくりではなく、長期的な再始動だったことが分かる。

【アンタッチャブルの現在】2026年もコンビ活動は続いている?

2026年現在、アンタッチャブルは解散しておらず、コンビとしての活動を続けている。

プロダクション人力舎の公式プロフィールにも、山崎弘也と柴田英嗣の2人がアンタッチャブルとして掲載されている。

2026年も続くコンビでの番組出演

2026年の活動を確認するうえで注目したいのが、関西テレビの番組『アンタッチャブルでやらせてもらってます』だ。

同番組はアンタッチャブルの2人が出演するレギュラー番組で、2026年10月24日放送回の公式番組情報も公開されている。

番組では、ゲストとのロケやトークを通して2人の掛け合いが楽しめる。

また、人力舎の公式プロフィールには、コンビでの番組出演に加え、山崎と柴田それぞれの個人レギュラー番組も掲載されている。

山崎弘也と柴田英嗣、それぞれの個性も健在

山崎は独特のボケや自由なトークを武器に、バラエティー番組で活躍している。

柴田は鋭いツッコミに加え、動物に関する知識やスポーツなど幅広い分野で活動している。

2人が別々の番組でも実績を積んでいることは、コンビ復活後の活動にもプラスに働いている。

かつてのようにコンビだけで活動するのではなく、それぞれが個人としても存在感を持ちながら、アンタッチャブルとしても共演するスタイルが定着している。

【プロの結論】アンタッチャブルの復活に10年かかった本当の理由

アンタッチャブルの活動休止と復活を振り返ると、ネット上で語られる「山崎が柴田を嫌っていたから10年間共演しなかった」という説明だけでは、実際の経緯を十分に理解できない。

大きく分けると、10年間の空白には3つの段階があった。

第一段階は、2010年の騒動による活動停止。

柴田の体調不良に女性問題と事情聴取の問題が重なり、芸能活動を休止することになった。

第二段階は、2011年以降の個人活動の確立。

柴田が芸能界に戻った後も、山崎はピンでの活動を続けた。所属事務所の体制変化に加え、双方がそれぞれの立場で仕事を続けることになり、コンビでの再始動は実現しなかった。

第三段階は、2019年の再始動。

有田哲平の番組をきっかけに、2人が再びコンビとして漫才を披露する機会が生まれた。

ここで押さえておきたいのは、10年間という期間が、そのまま10年間の不仲や絶縁を意味するわけではないという点だ。

柴田は山崎と定期的に会っていたと説明しており、山崎もコンビ解散を選択していなかった。

また、復活までの時間には、芸能人としての立場や仕事上の事情、周囲の環境も関係していた。

アンタッチャブルの復活から学べるのは、人気コンビが活動を再開するためには、本人同士の関係だけでなく、仕事の環境や再始動するタイミングも重要だということだ。

騒動の責任と警察による事情聴取の事実を混同せず、本人たちの後年の発言を踏まえて考えることが、10年間の空白を正しく理解するポイントになる。

【アンタッチャブルに何があった?】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:アンタッチャブルはなぜ活動休止したのですか?

A1:2010年に柴田英嗣が体調不良を理由に芸能活動を休止しました。本人は後年、最初の体調不良は事実だったと説明し、休養中に女性問題も発生したことを明かしています。

Q2:柴田英嗣は逮捕されたのですか?

A2:逮捕されていません。柴田本人は2015年の番組で警察から事情聴取を受けたことを説明し、2016年にも逮捕されたわけではないと改めて否定しています。

Q3:山崎弘也と柴田英嗣は不仲だったのですか?

A3:当時、山崎には柴田の騒動に対する怒りがあり、柴田にも相方の成功に対する不安がありました。ただし、10年間完全に絶縁していたわけではなく、柴田によれば約2カ月に1回は会っていたそうです。

Q4:アンタッチャブルが復活したのはいつですか?

A4:2019年11月29日放送のフジテレビ系『全力!脱力タイムズ』です。約10年ぶりに2人で漫才を披露し、同年12月8日には『THE MANZAI』にも出演しました。

Q5:アンタッチャブルは2026年現在も活動していますか?

A5:活動しています。2026年も関西テレビの『アンタッチャブルでやらせてもらってます』など、コンビでの番組出演が確認できます。山崎と柴田はそれぞれ個人でも活動を続けています。

アンタッチャブルに何があったのかを振り返ると、2010年の柴田英嗣の活動休止には体調不良と女性問題、警察からの事情聴取という複数の事情が関係していた。

その後、柴田は2011年に芸能活動へ復帰したが、コンビとしての再始動には至らなかった。

プロダクション人力舎の玉川善治社長の急逝、山崎弘也のピンでの成功、柴田自身の再起に向けた努力など、さまざまな要素が重なった結果、約10年間の空白が生まれた。

そして2019年11月29日、『全力!脱力タイムズ』でついに復活。2026年現在も、2人はコンビとして活動を続けている。

アンタッチャブルの10年間は、単なる不仲や絶縁の歴史ではない。個々の芸人として成長し、再びコンビとして並び立つまでの時間だった。 これが、本人たちの発言と実際の活動経緯から見えてくる復活劇の本質だ。

主な根拠資料: ORICON NEWS、日刊スポーツ、スポニチ、デイリースポーツ、MANTANWEB、テレビ東京『あちこちオードリー』、プロダクション人力舎公式プロフィール、関西テレビ番組公式情報。

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相沢 里奈

スポーツ報道8年。連盟の公式記録、試合結果、会見の書き起こしで数値と経歴を確認しています。

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