ボクシングを続けられなくなった赤井さんは、引退後、次の目標を見つけられずにいました。
大きな目標だった世界チャンピオンへの道が突然閉ざされ、競技以外に何をすればよいのか分からない時期が続いたといいます。
そんな赤井さんに転機をもたらしたのが、高校の先輩でもある落語家・笑福亭鶴瓶さんでした。
2026年4月の女性セブンプラスのインタビューで、赤井さんは鶴瓶さんから自伝の執筆を勧められたことを振り返っています。
きっかけとなったのは、鶴瓶さんの「お前の人生おもろいから、本書いたらどうや」という言葉でした。
1987年には、自伝『浪速のロッキーのどついたるねん 挫折した男の復活宣言』を出版。この本が、後の映画化につながっていきます。
1989年『どついたるねん』で俳優デビュー自伝に注目したのが、当時まだ無名の新人監督だった阪本順治さんです。
1989年、赤井さんは映画『どついたるねん』で主演を務め、俳優としてデビューしました。
1989年公開・日本映画
- 監督・脚本:阪本順治
- 主演:赤井英和
- 共演:原田芳雄、相楽晴子、大和田正春ほか
- 役柄:ボクサー・安達英志
この映画で赤井さんが演じたのは、試合で頭部に重傷を負い、引退に追い込まれたボクサー・安達英志。現役時代の自分自身の経験と重なる役柄でした。
映画では、引退を受け入れられず、再びリングを目指す男の葛藤が描かれています。実際にボクシングで大きな挫折を経験した赤井さんだからこそ表現できる迫力が、作品の大きな魅力になりました。
映画は高く評価され、赤井さんは新人男優賞を受賞。プロボクサーから俳優への転身を印象づける作品となりました。
ボクサーから俳優へ、キャリアを築き直す『どついたるねん』以降、赤井さんは映画やテレビドラマ、バラエティー番組など活動の幅を広げていきます。
代表的な出演作には、映画『王手』『119』『十五才 学校IV』などがあります。近畿大学のOB紹介によると、『119』では日本アカデミー賞優秀主演男優賞、『十五才 学校IV』では優秀助演男優賞を受賞しています。
テレビドラマでは『高校教師』『人間・失格~たとえば僕が死んだら』『半沢直樹』などにも出演。ボクサー時代の強烈な印象とは異なる、俳優としての表現力を見せてきました。
2022年の映画『AKAI』でボクサー時代が再び注目される2022年9月には、赤井英和さんのボクサー時代に迫るドキュメンタリー映画『AKAI』が公開されました。
監督・編集を担当したのは、長男の赤井英五郎さんです。作品には、ブルース・カリー戦や大和田正春戦の試合映像、俳優デビュー作『どついたるねん』の映像、本人へのインタビューなどが収録されています。
現役時代の映像を通して、12連続KOを記録した強打や、世界王者に挑んだ試合、そして引退につながった事故を振り返る内容です。俳優としての赤井さんしか知らない世代にとって、若い頃の姿を知る貴重な作品になっています。
【プロの結論】若い頃の赤井英和を知ると俳優としての魅力も変わる

赤井英和さんの若い頃を振り返ると、単に強いボクサーだったというだけでは説明できない人物像が浮かび上がります。
注目したいのは、次の3つです。
1. アマチュア時代から実績を積み上げた本格派だった
高校時代のインターハイ優勝、アジアジュニア選手権優勝、モスクワ五輪代表候補という経歴は、プロ転向前から高い競技能力を持っていたことを示しています。
2. 12連続KOは人気だけでなく実力を裏付ける数字だった
21戦19勝16KOという戦績は、赤井さんが単なる話題先行のボクサーではなかったことを示しています。世界王者ブルース・カリーへの挑戦も、その実力が評価されていたからこそ実現したものでした。
3. 引退後の俳優転身は、過去の経験を新しい表現に変えた挑戦だった
『どついたるねん』では、実際の挫折を知る赤井さんがボクサー役を演じました。リングを離れたことがキャリアの終わりではなく、表現者としての出発点になったのです。
2026年現在、赤井さんの若い頃の写真や試合映像を見返す際には、見た目の変化だけでなく、浪速高校、近畿大学、プロデビュー、世界挑戦、引退という一連の流れを知ると、より深く楽しめます。
【赤井英和の若い頃】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:赤井英和の若い頃はイケメンだった?
精悍な顔立ちと引き締まった肉体が特徴で、若い頃から端正な印象のある人物でした。23歳頃には坂東玉三郎さんの紹介で写真家・篠山紀信さんの撮影も受けています。
Q2:赤井英和はボクサー時代に何連続KOを記録した?
プロデビューから12試合連続KO勝ちを記録しました。当時の日本記録に並ぶ快挙で、映画『AKAI』の公式資料では12試合の合計時間は72分とされています。
Q3:赤井英和のプロボクシングの通算戦績は?
21戦19勝16KO2敗です。勝利19試合のうち16試合がKO勝ちという、非常に高いKO率を残しました。
Q4:赤井英和はモスクワオリンピックに出場した?
実際には出場していません。近畿大学在学中に1980年モスクワ五輪の代表候補となりましたが、日本の大会不参加決定により出場の機会を失いました。
Q5:赤井英和の引退理由は何?
1985年2月5日の大和田正春戦で7ラウンドKO負けを喫し、急性硬膜下血腫と脳挫傷を負ったためです。緊急手術で一命を取り留めましたが、医師から競技継続はできないと告げられました。
Q6:赤井英和の俳優デビュー作は何?
1989年公開の阪本順治監督作品『どついたるねん』です。自身のボクサー経験を反映した主人公・安達英志役で主演を務めました。
Q7:赤井英和の若い頃の写真や画像はどこで見られる?
映画『AKAI』の公式資料やNumber Webの写真特集などで、浪速高校時代、近畿大学時代、現役プロボクサー時代の写真が紹介されています。特に篠山紀信さんが撮影した23歳頃の写真も注目されています。
赤井英和さんの若い頃は、浪速高校でのボクシングとの出会いから始まり、近畿大学での五輪代表候補、1980年のプロデビュー、12連続KO、世界タイトル挑戦へと続く、挑戦の連続でした。
1985年の大和田正春戦で負った深刻な頭部の負傷によって、25歳でプロボクサーとしての人生に幕を下ろすことになりました。しかし、その挫折を経て1989年に『どついたるねん』で俳優デビュー。新しい世界で再び自分の道を切り開きました。
若い頃の赤井英和さんの魅力は、整った顔立ちや強烈なパンチ力だけではありません。五輪への夢、世界挑戦、突然の引退、そして俳優としての再出発という歩みそのものにあります。
ボクサー時代の写真を見るときも、俳優として出演する作品を見るときも、その背景にある人生を知ることで、赤井英和という人物の魅力はさらに深まります。
2022年公開のドキュメンタリー映画『AKAI』は、若き日の赤井英和と「浪速のロッキー」の伝説を映像で振り返るうえで、特におすすめの作品です。